5-14『幕間』
第五章、いつもの幕間です。
僕は、唖然と目を見開いた。
ありえない、どうしてこうなった?
場所は1年C組の教室の中。
朝比奈と黒月、そして僕。
三人しかいなかった教室の中で、爆弾発言が響き渡った。
「お、お前……な、にを――!」
「ええ、何度でも言うわ、悠人!」
少女の名は、1年B組四季いろは。
教室に入ってきた彼女は大きく息を吸うと、寸分違わず同じ言葉を口にした。
「愛してるわ! 私と付き合って、悠人!」
その言葉に、戦慄が走った。
何故こうなったかと言えば、時間は少し前へと遡る。
そう、あれは……黒月との話し合いから、間もなくのこと。
☆☆☆
「あら、雨森くんおはよう! いい朝ね!」
「失せろストーカー」
けっこう重傷だったはずなのに、何故か朝比奈嬢は登校してきた。
もしかして朝比奈嬢はゾンビだったりするのだろうか? 新崎(に扮した僕)から数発貰い、八咫烏(に扮した僕)から数発貰い……通常なら入院数ヶ月コースまっしぐらなはずだぞ。
それが……入院すらしてないってどういうことでしょうかね。
……まだ、雷を用いた細胞活性、自己治癒の域には至らないと考えていたが。彼女の評価を更に改めるべきかな。
「す、ストーカー……。わ、私の名前はあさひ――」
「黒月、今日の1時限目はなんだったか?」
「あぁ、国語だったはずだぞ」
評価はするが、無視もする。
彼女はガックシと肩を下げると、渋々自分の席まで歩いていく。
普段ならもうちょっと粘るんだが……さすがに傷は浅くないみたいだな。普段からこれくらい潔かったら扱いやすいんだが……。
そう考えていると……ふと、廊下の方から視線を感じた。
なんだか覚えのある気配だな……と思ってそちらを見ると、案の定。教室の外から四季がこっちの方を見つめている。何してんだこいつ。
彼女は僕と目が合うと、慌てたように頬を赤くする。
そして……そして? なんか、C組の中へと入ってきやがった。
「……ん? あら、あなたはB組の――」
朝比奈が先に気づいて、黒月がその言葉を受けて彼女を見た。
黒月の目には困惑が映っている。
そりゃそうだ。僕も黒月も、こんなことは聞いてない。
一体何をするつもりだ?
僕は一抹の嫌な予感を覚えて……そして、何気なく教室の外へと視線が向かった。
そこには、扉から顔を出して笑っている倉敷蛍の姿があった。
――ここに来て、嫌な予感が確信に変わった。
「……ちょっと、ゆ……雨森に、言いたいことがあって」
「まさか」
嫌な予感、ここに極まれり。
何するつもりだコノヤロウ、いや、なんとなく想像つくけども!
新崎康仁との決着はついた。
これでB組とC組が争うことはもうない。
加えて四季がスパイだってこともきっと新崎にはバレてる。
となれば、彼女がもう『我慢』する必要なんてどこにもなくて。
「愛してるわ! 私と付き合って、悠人!」
そして、話は冒頭へと戻る。
四季の顔は赤く染まり、恥ずかしさの中に真剣さが見て取れる。
……これ、マジなやつだ。
僕は察した。
十中八九、僕(新崎ver.)にまんまと騙され(1発殴られ)た倉敷が、何かしら僕に対して仕返しをしてやろうと考えたのだろう。
そして思い立った。この状況を。
「な、ななな、な、なに、なにを……!」
「……なるほど、そういう事か。朝比奈、離れるぞ」
「そ、そうは行くものですか!」
黒月が気を利かせて退室しようとしたが、朝比奈は彼の手を振り払った。
彼女は四季の目の前まで歩いていくと、その肩をがっしり掴む。
「し、四季さん! す、少し冷静になって? こ、ここ、告白、なのかしら。こういうのは見るの初めてだからアレなのだけれど、アレよ? もしも軽い感じで雨森くんに告白してるなら……」
「安心して、この愛は重いわ」
重いのかぁ。
勘弁して欲しいなぁ。
「私は心の底から悠人に惚れてるの! 今までは新崎がC組と喧嘩してたからずっと我慢してたけど、もう大丈夫でしょ?」
「そ、それは……まぁ、そうなのだけれど」
頼む朝比奈、否定してくれ。
昨日の敵は今日の友理論を展開しないでくれ。
四季を見れば、真っ直ぐに僕を見つめている。
さぁて……四季の恋心を利用した時点でいつかはこうなるとは思っていたが、想定してたより早かったな。倉敷め、後で覚えとけよ!
「四季、僕は――」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってちょうだい!」
僕は答えかけ、その途中で朝比奈が突っ込んできた。
「ま、まっ、待ってちょうだい! そんなに簡単に答えを出していいものなのかしら!? その、なんというか、既に答えが決まってたみたいな雰囲気だったわ! なんというか、……この、言語化できないけれどモヤモヤするわ!」
「……朝比奈、お前」
黒月が呆れたように天を仰いだ。
仰がなくていいからコイツをどうにかしてくれないか。
僕は目で訴えると、黒月は早速動き出す。
「朝比奈、さすがに首を突っ込み過ぎだ」
「で、でも! でもぉ!」
「でもも何も無い。お前は雨森の事が好きなのか? であれば十分に邪魔するがいいさ。そうでないなら他人の恋路の邪魔をするな。無粋が過ぎる」
「く、黒月……! アンタ良い奴ね! なんかいけ好かないと思ってたけど、気に入った! 友達になりましょう!」
黒月。四季からの好感度、爆上がり。
対する朝比奈は悔しそうに歯を食いしばる。
それを見た僕は立ち上がると、四季の手を取った。
「場所を変えよう。いろは」
「……!? は、はいっ!」
彼女は驚いたように返事を返し、僕は彼女を連れて歩き出す。
朝比奈嬢はなんとも言えない表情で立ち尽くしており、廊下に出たところで倉敷とすれ違う。彼女は楽しそうに笑っていた。
「凄いことになってるねっ、雨森くん!」
「あぁ、お蔭さまでな」
僕はそうとだけ返して歩き出す。
四季を連れて屋上へと続く階段へとやってきた。
振り返ると、彼女は頬を赤く染め、しきりに髪を弄っている。
「そ、その……ごめんなさい、悠人。押さえきれなくって……」
「……四季、お前は」
僕は大きく息を吐く。
その反応に彼女は目に見えて身体を震わせた。
「ご、ごめんなさい……っ! じょ、冗談。冗談よ……」
「いいや、いい。四季、お前は僕の大切な女だ。好きなだけ望め、僕は出来る限りお前の要望に応えよう」
彼女の手首を握り、そのまま壁へと押し付けた。
顔のすぐ隣へ右手をつき、そのまま彼女の目を覗き込む。
俗に言う壁ドンってヤツだ。
「あ、あ……っ」
「不安なら言え。僕はお前を見捨てない。離れるなんて有り得ない。お前はただ、安心して僕の隣に居ればいい。離さない、どんな事があろうとお前は僕だけのものだ。いろは」
「……っ、……!」
彼女の顔が限界まで赤くなる。
僕は、ここぞとばかりに攻め立てる。
彼女の体を抱き寄せると、ふわりといい匂いがした。
「身も心も、僕に預けろ。それでも不安なら、今度は僕がお前を監禁しようか? いろは」
「そ、それは――」
「来る日も来る日も、僕とお前の2人きり。暗闇でお前が考えるのは僕のことだけ。僕のことを考え続け、僕のためだけに生きる」
ゾクリと、彼女の体が震えた。
抱きしめた四季の身体の、体温が上がる。
お忘れかと思うが、彼女の心は既に一回壊れてる。
いいや、壊れかけたと言うべきか。
一度精神的に崩壊寸前まで追い込んで、そこを優しさで修復した。
故に、彼女はもう僕の優しさから逃れられない。
どんな苦痛でも、僕の強制であればそれすら幸せに変換出来る。
つまり、イカれてるんだ、この女も。
「ご、ごめんなさい……。ふ、不安で……」
「あぁ、分かってる」
付き合うとしても、僕らの関係はきっと変わらない。
相変わらず、夜宴の教室で密会するだけの関係になるだろう。
だけど、それでも『付き合っている』という事実があるだけで、ほんの少しだけ安心出来る。不思議と心が安らいで、幸せになれる。
まぁ、僕には理解のできないことだけど。
僕は彼女の頬へと手を当てる。
彼女は蕩けた表情で僕を見上げていた。
「まだ、不安か?」
「す、少しだけ……」
彼女が何を求めているのかは、容易く理解ができた。
僕は咄嗟に行動に移そうとして……ふと、動きを止めた。
うん、やっぱり『こっち』の方がいいかもしれない。
僕は片手で彼女の目を塞ぐ。
そして、その額へとキスをした。
「……! い、今のって……」
「……悪いな。少し恥ずかしかった。今はこれで勘弁してくれ」
なにせファーストキスだからね!
星奈さんに捧げるつもりだったのに! 全くもう四季ったら!
そんな感じで返事をすると、彼女の顔はますます赤くなった。
もうそろそろ湯気が出てきそうな勢いだ。
その表情を見て、僕は無理に笑顔を作った。
「続きは、また今度」
そう言って、僕はC組へと歩き出す。
背後を振り返れば、四季はその場に座り込んでいて、恥ずかしそうに両手で顔をおおっていた。手の隙間から、その顔が真っ赤になっているのは容易く覗けた。
これで、四季の件については大丈夫だろう。
雨森悠人に恋仲がいない。
もしかしたら今後、それが『使える』時が来るかもしれない。
だから、今、容易に誰かと付き合うとかは考えられない。
それに、四季のことは好きだ。
一切の誇張なく、彼女を手放したくないというのも僕の本心。彼女を誰かに渡すくらいなら、その相手を殺してやろうかと思う程度には……な。
まぁ、何はともあれ。
彼女の告白への答えは……それこそ、僕の【やるべき事】が全て終わってからでも遅くはない。
……いや、まぁ、遅いと思うけど。
告白に対して『ちょっと考えさせて』って言ってる時点でクズだと思うけれども。
そんなことを考えつつも、僕はC組の教室へと戻ってゆく。
……もちろん、戻ったC組で追求の限りを受けたのは言うまでもない事だ。
☆☆☆
そして、後日談の後日談。
僕ら文芸部に、新たな部員が入部した。
「B組の四季いろは! 悠人が目当てで入りました!」
その言葉には、部員たちは様々な反応を見せた。
井篠は顔を真っ赤にして慌てて。
火芥子さんは楽しそうに僕を突っつき。
間鍋君は興味無さそうに本を読み。
天道さんは本で顔の下半分を隠してる。
「ははーん、悠人、ねぇ? 雨森も隅に置けないねぇー」
「これは、雨森氏を狙って多くの女子がバトルロイヤル開催ですね」
火芥子さんや天道さんが、面白おかしく言っていた。
四季は幸せそうに僕の腕へと抱きついて。
僕は、おそるおそる星奈さんの方へと視線を向けた。
「……あの、星奈部長?」
「いいえ、別に」
返事として既に成り立って無かった。
彼女は頑なに僕へと背を向けている。
僕は咄嗟に星奈さんへと手をのばすが、届くことはなく。
「悠人とイチャついてると思うけど、無視していいからよろしくねー!」
四季の言葉がトドメになって、星奈さんは完全にそっぽを向いた。
――追記。
星奈さんの表情を見た火芥子さんが、ニタニタと笑っていた。……どんな顔をしていたんだろうか? すごく気になる。
本編とは比べようもなく暖かい世界。
本来のなろう小説って、これくらい嘘とか伏線とか全く無くていいと思うんですよね。
そして、次回からはついに夏休み編!
さらっとあらすじを紹介しておきます。
☆☆☆
B組との決着から1か月。
時期は7月、夏真っ盛りな夏休み!
友好チート倉敷蛍の計らいにより、学園所有地でのキャンプをすることになった1年C組。
え、朝比奈が行く? 絶対行かないけど。
当然のようにそう答える雨森悠人だが、文芸部(というより星奈)が参加すると聞き、あっとういう間の掌返し。夏休みの思い出作りにキャンプへ向かう!
されど、作る思い出は決して『良いモノ』とは限らない。
「――今宵は、月が綺麗ですね。雨森さま」
世界で唯一の『敵』
自分を殺せる相手は、たった一人だけ。
動き出すもう一人の怪物と。
そして、過去になく不調を見せる雨森悠人。
彼は未だに、過去を夢見る。
醜悪なる狂気の原点を。
幸せだった、かつての日々を。
雨森悠人は何者で。
過去に何があり――今に至るのか。
その道筋に通ずる物語が、幕を開ける。
第六章【夏休み】(章タイトルが思いつきませんでした!)
次回から開幕となります!
面白ければ高評価よろしくお願いします!
とっても元気になります。




