表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/241

5-8『朝比奈VS新崎』

プロローグは終わり。

そして、その先の物語が幕を開ける。

「なーんて、嘘ぴょーん!」


 新崎は、満面の笑顔でそう言った。

 その言葉に、朝比奈はどこか安堵した。

 嘘だった、雨森悠人は死んでない。

 彼女はほっと息を吐き出して――。



()()()()()()()()()()()()()()()()()!」



 続けられた彼の言葉に、理解が追いつかなかった。


「な、にを……」

「いやー、抵抗されまくったから、うっかり殺っちゃってね。こまったよー。死体はそのまま強制転移で送られちゃうし、ゲームオーバー扱いになってないから、まだ雨森は【生存してる】って数えられてるみたいだし……。参ったね。B組は全員戻しちゃったし、どう頑張っても今回は引き分けがいい所かなー。だって、死んだ雨森の器具はどうやったって押せないんだから。あ、今頃火葬でもされてる頃かな? まいったなー!」

 

 朝比奈霞は、察してしまった。

 その言葉は、嘘じゃない。

 この男は本当のことを言っている。

 正義の味方であるからこそ、朝比奈霞は理解してしまった。


 その瞬間、朝比奈の中で、何かが壊れた。


 それは、正義の味方として、けして壊れてはならないものだった。

 彼女が絶対に歪めてはならないと考えていた、1番大切なものだった。


「いやー、でも、引き分け以上にはならないとわかっていても……僕は何だか楽しいんだよ! 勝った気がしてならないんだよ! だって、だってだよ! 正々堂々と戦うー、なーんて、馬鹿みたいな言葉に踊らされて、また仲間も守れなくって……しかも、まだ六人も残していてくれるだなんてぇ! ありがとう朝比奈! 楽しいねぇ、楽しいねぇ! まだ六人もぶっ殺せる!」

「……り、なさい」


 朝比奈の蚊が鳴くような声は、届かない。

 新崎は、とっても嬉しそうに、満面の笑顔を浮かべていた。


「あぁ、楽しいねぇ、朝比奈霞! お前はまた僕に負ける! 現に、お前のクラスメイト、一体どれだけ殴り飛ばしたか! あぁ、()()()()()()()()()()()!」

「黙り、なさい」

「黙らないね! 僕はとっても楽しいんだよ! ありがとう、僕らからの闘争要請を受け取ってくれて! お前のおかげで僕は人を殺せた!」


 それは、正義の味方への最悪の挑発だった。

 朝比奈霞の顔へと、憎悪が灯る。

 それを前に、新崎康仁は愉悦で語る。


「そうだねぇ、ただの言葉じゃ、きっと理解が出来ないよねぇ。だから、実感を込めて、心から語ろうか。うん、そうしよう」


 朝比奈の威圧を前に、新崎は動じない。

 思い浮かべるのは、自分が殴った数々の生徒たち。

 全力を賭して刃向い、最期には血溜りに沈んだ少年を。

 開始間もなく、朝比奈が離れた隙になぶられた少年少女を。

 そして、これから殴り、殺すであろう生徒たちのことを。


「さて、誰の話から聞きたい? あぁ、やっぱりアイツの話から聞きたいかな? 朝比奈霞、お前が心の底から執着してた、あの男のお話さ!」


 朝比奈は、拳から血が吹き出すほど握りしめる。

 されど、それは新崎を増長させるだけのスパイスに過ぎなかった。


「いやぁー、()()()()()、アイツは。まさかあれだけ力を隠してるとは思ってもみなかった。多分、後にも先にも、僕をあそこまで追い詰める人間はいないだろうさ。でも、僕が勝った。万策尽くして卑怯も奇策も費やして……残ったのは潰れた肉塊、それだけさ」


 朝比奈は雷鳴を纏い、一気に新崎へと襲いかかる。

 対し、新崎はその拳を真正面から受け止める。

 浜辺へと凄まじい衝撃が響き、木々が揺れ、小鳥が逃げ惑う。


 朝比奈は、憎悪を隠すことなく迸らせて。


 新崎は、なおも変わらぬ笑顔で言った。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 浜辺へと、朝比奈霞の絶叫が響き渡った。




 ☆☆☆




「殺す! 殺してやる……!」

「ひゃは! 正義の味方のセリフじゃねぇな!」


 朝比奈の浮かべた殺意に、新崎は笑った。

 次の瞬間、目の前から朝比奈の姿は消失し、周囲から連続して砂を蹴る音が響き渡る。

 稲妻の速度は、最低でも秒速200kmとされている。

 音速のおよそ600倍。

 しかしそれも、最低速度とされていた。

 最低速度、秒速200km。

 最高速度、秒速【10万km】。

 音速の、優に30万倍。

 無論、今の朝比奈が最高速を出せるとは思わない。

 出せても最低速度と言った程度だろう。


 ――だが、その最低速度でさえ、人の目には速すぎる。


「はァっ!」


 情け容赦なく、朝比奈は新崎の後頭部へと回し蹴りを叩き込む。

 頭を叩き割るつもりで放った一撃。

 それは、真っ直ぐに彼の頭蓋へと吸い込まれた。

 されど、常人には知覚も出来ぬような一撃は。



 ――しっかりと、男の目には映っていた。



「遅っ、なにそれ蝿が止まりそう」


 その蹴りにカウンターを合わせるように、新崎の蹴りが放たれる。

 それは正確無比な一撃だった。

 ありえない光景に朝比奈はとっさに回避をするが、制服の一部が今の蹴りによって【裂かれ】てしまう。


「……ッ」

「おっしいなー。当たってたら、スパッと切れてたはずなのに」


 驚きに見れば、新崎の右脚からは刃が伸びている。

 そうだ、この男はB組全員の能力を保有している。

 ならば、この現状にも納得できる。

 おそらく、B組の中に【視力強化】の異能力があるのだろう。

 でなければ、稲妻の速度を見切るなど不可能が過ぎる。


「くっ、貴方は……本当に!」

「殺したって言ってるじゃーん。しつこいよ?」


 そう言いながら、新崎は砂を蹴る。

 砂浜という足場の上でさえ、その速度は今まで見てきた中でも最高だった。手を抜いていたのか、と朝比奈は回避に移るが、その間違いは新崎の口から否定された。


「いやー、雨森には感謝してんだ……ぜっ!」


 拳が朝比奈のいた地面を穿つ。

 凄まじい衝撃と共に砂が周囲へと撒き散らされる。

 朝比奈はそれを前に思わず速度を緩めると、その一瞬をつかれ、新崎の手によって砂浜へと押し倒される。

 マウントポジション。

 最悪の体勢だった。


「ぐ……!」

「訓練より、強いヤツとの実践が何倍も実力が伸びる。これ、異能でも同じことが言えるみたいだねぇ。僕もけっこーマジになってやり返したんだけどさ、雨森のおかげで随分と強くなれちゃったよー。人を殺してレベルアップ、みたいな?」

「こ、この……ッ!」


 朝比奈は憎悪を燃やして雷を放つ。

 その直前に、新崎の拳が彼女の顔面へと突き刺さった。



「うるせぇよ、パチモンが」



 真っ赤な鮮血が吹き上がる。

 朝比奈霞は生まれて初めて感じた激痛に、思わず呻き。

 その瞬間を見計らって、平手打ちが彼女を襲った。


「なぁ、なぁ? なんなんだよお前。もしかして、お前の方が僕より強いと思ってた? ただの雷使い()()()が? ジョーダンでしょ? 弱点の塊みたいなヤツじゃん、お前」


 そう言われて、朝比奈も自分の弱点には思い至った。

 先程の【砂】もそうだ。

 稲妻に等しい速度で動けるということは、即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 まして、空中に無数に舞散った砂の中で高速移動しようものなら、彼女の体へと無数の砂が稲妻の速度で突き刺さるに等しいダメージが入る。


 だからこそ、動けなかった。


 その瞬間を狙われた。

 再び朝比奈の頬へと平手打ちが入る。


「お前、弱すぎんだよ。正義の味方……だっけ? ジョーダンキツいよねー。弱っちい奴が、自分の力は凄いんだぞーって、慢心して? 自慢して? そんでもって何、これ、この現状? 誰も守れてないじゃないの」

「……ッ、……!」


 何も言い返せない、その通りだったから。

 その反応に新崎は目を細めると、再び拳を振り上げる。


「――ッ!?」


 その瞬間を、朝比奈は狙った。

 一気に雷を放出。

 新崎が一瞬硬直した隙を見計らって彼の下から抜け出すと、そのまま大きく距離を取った。……取らずには居られなかった。

 たったの三発。

 それだけでも、生身の彼女にはダメージが大きすぎたから。


「……はぁ、はあっ、はぁ……」

「あーあ。やめてよねー? まーた捕まえるの、手間でしょ? 僕はさっさと残りの連中を狩りに行きたいんだよねー。星奈も、そろそろぶっ殺していいでしょ。だって、僕を裏切ったんだから」

「……お、お前!」


 再び、朝比奈は砂を蹴って走り出す。

 先程よりも大きな電圧、大きな雷を体に纏う。

 それにより、速度はさらに向上したが――


「だから何さ、遅いって言わなかった?」


 新崎の腕から盾が生まれる。

 放出した雷は全て盾によって防がれる。

 朝比奈霞の最も特出した力は【速度】でもある。

 圧倒的な速度による遠距離攻撃と、移動速度、物理攻撃。

 それらにより相手を一撃で屠る。

 それが本来の朝比奈の力。


 だが、それも【速度に着いてこられる相手】には意味もない。


(くっ……間違いないわ、見られてる!)


 これだけの速度で動いていながら、新崎は朝比奈の姿を捉え続けていた。

 並の能力ではここまでの視力は手に入らないはず。

 間違いなく、王か、加護か、高位の【視力強化】能力のはずだ。


 朝比奈霞の胸の内は、憎悪に染まっている。

 それを彼女は自覚していて、それを収めることを心のどこかで嫌がっている。

 この男は、相応の罰を受けるべきだと。

 そう叫ぶ『意地汚い人間の部分』が、彼女の中にも確かにあった。


 だけどそれ以上に、正義の味方としての自分が大きかった。


 朝比奈は歯を食いしばると、大きく息を吐く。


(落ち着きなさい……朝比奈霞。もともと、一筋縄で勝てる相手ではないと分かっていたでしょう。……1度、雨森くんについては忘れる。抱えた状態で、怒りに身を任せて勝てる相手じゃないでしょう!)


 彼女は、ふと立ち止まる。

 怒りに身を任せれば任せるほど、相手の思う壷。

 彼女は空を仰いで深呼吸をする。

 その姿を見て、新崎は首を傾げた。


「んん? なに、もしかして諦めた?」


 その言葉も、挑発だ。

 朝比奈霞は言い聞かせる。


 今すべきは、この男を倒すこと。

 雨森悠人は、()()()()()()()()()()()

 それしかない。今は、それしか出来ない。

 自分の無力さに吐きそうになるけれど。

 自分で自分をぶん殴りたくなるけれど。

 後悔も怨嗟も憎悪も全て、後で嫌ってほどにするとして。

 今は、この瞬間だけに注力する。


「すぅ………………ふぅ」

「あー、なんか、嫌な感じ」


 新崎が、ここに来て初めて拳を構える。

 それを見すえた朝比奈は、鼻から滴る血を拭う。

 溢れ出す憎悪も、息に乗せて吐き出した。

 血が登った頭も、流血により冷めてきた。


「ええ、新崎康仁。貴方は嘘つきよ。だから、雨森くんが死んだだなんて、それも嘘。私は決して信じない」

「あっそ。好きにしたらいいよ、事実は変わらない」


 心の底からの、本音に聞こえる。

 だけど今は、そんな疑念は置いていく。

 今はただ、この男を倒す。その為だけに。



「――宣言するわね、新崎君」



 正義の味方は宣言する。

 相反する正義の味方へ。


 敵意の限りと、覚悟の限りを込めて言う。




「貴方に勝つわ。徹底的に」

 



 少女は駆ける。


 それは、正義の味方を志す少女が。

 己の覚悟を示すための、第一歩だった。


次回【新崎康仁②】


そして第5章も、ついに佳境へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新連載】 竜を超える膂力に、史上最強の魔法。 ありとあらゆる才能に恵まれながら。 しかし、その転生にはちょっと足りないものがあった。 しかし、足りないものは『ちょっと』だけ。 不足は努力と工夫で埋め潰し。 やがて、少年は世界最強へと成り上がってゆく。 異世界転生、ちょっと足りない
― 新着の感想 ―
[良い点] よく考えたら無効化能力って格上に十全に効くのかな。
[一言] よう実オマージュみたいだし、当面の間は各クラスリーダー格は退場しないんだろなと思ってます。
[良い点] 《学園側が把握する上位異能》 ○A組 橘月姫、熱原永志 ○B組 新崎康仁、四季いろは、星奈蕾 ○C組 朝比奈霞、倉敷蛍、黒月奏、烏丸冬至など これ見たらB組には視覚強化の王以上はいなさそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ