4-15『幕間』
感想欄を見ていると『私は倉敷派です』という方がいて、なるほどなぁ、と思いました。
ちなみに朝比奈さんを愛してるという方はまだ居ません。
皆さん『ネタ枠』『いじられキャラ』『変質者』『メンヘラ』と、酷い言い草をしているようです。
不思議ですね。
時間は少し遡る。
これは、まだ体育祭の中盤。
雨森悠人と堂島忠が、騎馬戦で激突する前の競技。
何となく流れで省略されていた、第六競技の小話である。
『それでは、障害物競走も終わりまして……第六競技に移りましょう! この競技は二回行われ、それぞれのレースで入賞したクラスへポイントが授与されます!』
司会進行役の女子生徒の声が響いて。
そして、1年C組より、朝比奈霞と倉敷蛍が前へと進み出る。
二人は緊張した面持ちを浮かべており――。
『それでは第六種目――【借り人競走】! はっじめーるよー!』
シリアスの欠けらも無いネタ競技が、幕を開けた!
☆☆☆
説明しよう。
借り人競走とは、借り物競争の【人】版である。
30メートル走り、その先にある箱の中から、ランダムに一枚の紙を取り出す。その紙に書いてあった【お題】に沿う人間を見つけ出し、その人物と一緒にゴールインするという、競技である。
「よりにもよって……クラス二大美女が出るとはなぁー」
隣にいた烏丸が、呑気にそんなことを言っていた。
この男……もしかして、次の騎馬戦で大将をやるってこと、忘れてるんじゃなかろうか? 覚えてたら絶対緊張すると思うんですが。僕だったらしますね。確実に緊張して心臓吐き出しそうになってるはずよ。
あぁ、それと烏丸。お前、決定的に間違っているぞ。
「二大……美女? 何を言ってる。このクラスで一番美人なのは星奈さんだ。倉敷さんはともかく、あんなストーカーと一緒にされては困る」
「お、おおぅ……。お前、めっちゃ恥ずかしいこと言ってるの理解してる?」
恥ずかしい? 正しいことを言っているだけだろう?
ねぇ、星奈さんもそう思うよね?
そう思って逆隣を見ると、顔を真っ赤にした星奈さんが体育座りで顔を埋めていた。なにこれかわいい。萌死しそう。
「こ、困ります……。雨森くん、いじわる、です」
「悪い。つい本音が」
「そ、そういうところです……っ」
僕は星奈さんを抱きしめたい衝動に駆られながらも、なんとか理性でストッパーをかけ、視線をグラウンドへと移動させる。
ふぅ、毎度毎度……星奈さんも意地悪だなぁ。こんなにも僕の心を揺さぶるだなんて。これはもう告白するしかないんじゃなかろうか。大好きです。
そうこう考えていると、競技の準備が整ったようだ。
『それではっ、第一レース、スタンバイよろしいでしょうか!』
1年C組からは、第一レースは倉敷蛍が出場だ。
皆さん忘れ気味かとお思いですが、彼女は一応陸上部なのだ。
夜宴基地(僕の借りた教室)に度々出没しているため、僕も、こうして陸上部のユニフォーム姿を見るまでは完全に忘れてた。
「おお! 倉敷、ユニフォーム似合うんだなぁ!」
「ちょ、錦町、鼓膜破れそうじゃん、ちょっと離れてー」
「分かったんだなぁ、ごめん!」
近くから錦町やら火芥子さんやらの声が聞こえてくる。
あまり友達とかは作ってるつもり無かったんだが……なんだろう、結構僕の周りも賑やかな気がする。烏丸は近くに居たのは偶然だとしても、当然のごとく隣に座ってる星奈さん(嬉しい感激)や、文芸部の面々も僕の周りに集結してる。……えっ、錦町? コイツは知らん。
グラウンドには、陸上部のユニフォーム姿でストレッチをしている倉敷の姿があった。
前提として、体育祭にはどんな格好で出てもいいらしい。
現に、倉敷は体操服の下にユニフォームを着ていたみたいだし、他にもチラホラと珍しい服装の生徒も見える。……えっ、C組? そうだなぁ。体育祭に参加する気のないインドア派中二病、天道さんがバリッバリの制服で参加してるくらいですかね。
閑話休題。
「さーて、頑張るぞーっ!」
倉敷のそんな声が聞こえてくる。
彼女へ向けられた応援の声が飛び交う中、彼女を含めた九名の生徒がスタートラインに着く。
そして、ホイッスルを片手に持った榊先生が姿を現した。
「では、これより第六競技、第一レースを開始する」
位置について――と。
榊先生の声に応じて生徒たちが姿勢を整え。
そして、ホイッスルの音と同時に、一斉に駆け出した――!
『さぁ、始まりました第一レース! 借り人競走! これは純粋な足の速さ、運の良さ、そしてなにより人脈の有無が生死を分けるデッドレース! さぁ、解説の生徒会長、最上さん! このレースはどう見ますか?』
『そうだねぇ……』
そして、何故か始まる生徒会長の実況。
驚いてみたら、いつの間にか司会席に生徒会長が座っている。
うーん……あの人、見るからにヤバそうで嫌なんだよなぁ。
決して揺らがぬ水面のようで、押しても引いても動かない。
最も制しにくく御しにくい。そういうタイプの人間だろう。
『公正に見るならば、1年C組が優位なんじゃないかな? 倉敷蛍さん。彼女の人脈は僕のところにも届いているからね。たぶん、この学校に彼女以上の人脈を持つ生徒はいないだろう』
『なんと! 1年生がそこまで! これは期待が持てますね!』
司会の生徒がそう告げる。
倉敷は凄まじい速度で大地を蹴り、グラウンドを駆け抜ける。
さすがは陸上部のエース候補筆頭。
本人曰く【ちょっとした身体強化】の能力らしいが……見事だな。本当にその程度の能力にしか思えない。
必死の形相、決死に動かす手足。
それでも人間を辞めたギリギリのラインに立っている。
その状態を――第三者が見てそう思うような光景を狙って作っているのだから、見事という他あるまい。
次々と、足に自信のある生徒が抽選箱へとたどり着く。
彼ら彼女らは箱の中から紙を引くと、みんな一斉に阿鼻叫喚。きっと酷い内容なんだろうなぁ。
そんなことを考えていると、我らが倉敷委員長も箱の前へとたどり着く。
彼女は迷いなく箱の中から紙を引き抜くと、一瞬、その内容を見た彼女の顔が固まった気がした。
一体どんな内容だったんだろう……?
倉敷で固まるような内容、朝比奈嬢には難しいんじゃなかろうか。
無論、僕だったら先ず達成不可能だろうね。
だってこちとら天下無双の完全ぼっち。
人脈の【じ】の字もない男ですので。
「おぉ! 倉敷さん、こっちくるんだな!」
錦町の大声に驚き、顔を上げる。
すると……本当だ。ちょっぴり顔を赤らめた倉敷がとことこC組の方へと駆けてくる。なんだろう、あの照れた表情。非常に嫌な予感がする。
彼女は僕らの前で立ち止まると、荒くなった息を整え、誰かを探すように視線を巡らせる。
そして…………あらやだ、目が合っちゃった。
倉敷蛍は、僕のことをガン見していた。
「あっ、雨森、くん。ちょっと……いいかな?」
クラス全員の視線が僕へと向かう。
……やめてくれよぉ。
なんだよその表情。
微かに赤くなった頬は照れているようで。
いつもと若干雰囲気の違う笑顔からは、緊張も見える。
それは正しく、恋する乙女そのものだった。
「あ、あっ、えっ?」
隣で星奈さんが右往左往している。
くっそ、倉敷め。狙ってやりやがったなこの野郎。
僕と星奈さんの仲を引き裂こうというのなら受けて立とう!
僕は決意とともに立ち上がり、倉敷の前へと進み出る。
「……内容は?」
「んなっ!? は、は、恥ずかしいから言わないっ!」
倉敷は驚いたように、恥ずかしそうにそう叫ぶ。
そして僕は確信を得た。
うん、これは悪意だね。
なーにが、恥ずかしいから言わないっ、だ。
お前ふざけんなよ? そんなこと言うキャラじゃねぇだろ。
僕はそう思う訳だが、どうやらクラスメイトたちはそうではなかったらしい。
どよめき出すC組。その様子を見てざわめく他クラス。
最早収拾などつくような状態じゃなかった。
僕はため息混じりに靴を履く。
「……分かった。ついて行けばいいんだろ」
「お、お前……雨森! とうとうやっちまったな!」
「烏丸うるさい」
ニヤニヤとした烏丸を突っぱね、僕と倉敷はゴールへと走っていく。
ちらりと彼女を見れば、彼女は僕を見上げていて。
目が合ったことに気がついた彼女は、慌てて僕から視線を逸らす。
きーーーー! わざとらしいッ!
なんだそのあざとさは! なんだか見てて寒気がするよ!
僕はひとしきり心の中で叫ぶと、彼女は照れたように僕を見上げる。
「ごめんね、雨森くん。……やっぱり、雨森くんは、特別だから」
そんな言葉に、やっぱり僕は動じることは無い。
だって、見えてるから。
借り人競走のお題、見えてるから。
彼女は口元を隠すように、両手で紙を持っている。
そこにはデカデカと、大きな4文字が記されていて。
【嫌いな奴】
その4文字を前に、僕は大きく息を吐き。
彼女は恋する乙女のような雰囲気で、はにかんだ。
「すっごく、簡単なお題で助かったよ!」
あぁ、そうですか。
僕は、どんよりとした気持ちでゴールへ急いだ。
☆☆☆
第二レース、朝比奈嬢。
第一レースは人脈を生かした作戦だったが、結果として第三位。
入賞できただけマシではあるが、それでも一位をめざしたいというのが僕らの本音。というわけで、第二レースは朝比奈嬢による最速ゴールを決めたいところだった。
の、だが。
「雨森くんは居るかしら!」
「雨森か? さっきトイレに行ったぞ」
僕は、目の前に立つ朝比奈嬢へとそう言った。
レース開始、数秒後。
一秒弱で箱へとたどり着き。
コンマ2秒で紙を引き抜き。
コンマ6秒で内容を理解し。
そして、一秒で僕の眼前へと現れた。
とりあえず、なんつー速さだよこの女。
僕は大きなため息を漏らし、彼女を見上げる。
彼女は腕を組んだまま僕を見下ろしている。その手はプルプルと震えており、僕の反撃が心に突き刺さったのだと分かった。
「お題はなんだ、弱い奴か? そうだな……天道さん。出番のようだぞ」
「おや、なぜ私を選んだのでしょうか?」
えっ、何故って……多分クラスで1番弱いから?
圧倒的小柄! 圧倒的インドア! 圧倒的中二病! 圧倒的貧弱!
体育の時間中、幾度となく熱中症で倒れ、僕の隣で休んでた姿は未だ記憶に新しい。というか一昨日の体育もそんな感じだった気がする。
というわけで、GO、天道さん! 君の出番だ!
僕はそう考えて天道さんの肩を叩いたが、そんな僕の肩を朝比奈嬢はがっしり掴んだ。
「いいえ、悪いけれど雨森くん。私のお題は貴方こそ相応しいわ」
嫌な予感に、手を振り払おうと動き出す。
だが、動き出した瞬間には、僕の体はゴールテープを切っていた。
「……はっ?」
あれっ、もしかして……瞬間移動でもしたのかな?
一瞬で視界が切り替わったんですが。
朝比奈嬢を見上げると、バチリバチリと雷を纏っている。
もしかしてこの人……僕を掴んでそのまま移動したのだろうか?
人を一人掴んでこの速度とか……やっぱり朝比奈嬢はチートが過ぎると思います。
僕がじっと彼女を見上げていると、朝比奈嬢は、少し恥ずかしそうに咳払いをした。
「ま、まぁ……少し恥ずかしいのだけれど。このお題を額面通りに受け取った場合。きっと、あなたを除いて他にはいないわ」
彼女は、そう言ってお題の紙を見せてくる。
そこには、小さく六文字が記されていて。
【気になる異性】
その文字を見て、僕は白目を剥いた。
朝比奈嬢の顔は、まるで恋する乙女のようだ。
何このデジャブ、さっきのより悪質なんですが。
僕はその場で頭を抱え。
朝比奈嬢は、花の咲くような笑顔を見せた。
「雨森くん。私は、貴方がとても気になるの」
あまりの無垢に、僕はその場にぶっ倒れた。
以上、第4章でした。
次回から新章開幕です。
第5章、ついにB組との最終決戦。
黒月の脱落と、雨森の参戦。
想定を覆すようなイレギュラー。
収拾不能に陥った闘争の中で、狂気は目覚め。
内通者は動き出し。
やがて泥の黒翼は、雷の中に嗤う。
「やっぱり……お前が黒幕か、雨森悠人!」
一生徒として。
そして、夜宴の長として。
ついに、雨森悠人は始動する。
第5章【覇王 新崎康仁】
全ての決着は、今すぐそこに。
面白ければ高評価よろしくお願いします!
とっても元気になります。




