3-1『部活動』
新章開幕!
ちなみに章タイトルになっている女の子。
書いてる途中で『某後輩キャラに名前似すぎたなあ』と思いましたが、その時点で6章半ばくらいだったので、訂正も時間がかかりますし、そのまま行きます!
ちなみに性格は全然違いますのでご安心を。
「おはよう! 雨森くん!」
「えっ? 誰ですか、いきなり……」
「クラスメイトの朝比奈よ!」
月曜日。
朝比奈嬢は、元気よく挨拶をかましてきた。
金曜日とのギャップに、多くの生徒が困惑を浮かべている。
倉敷が『何を言ったんだ?』と明らかに僕を疑っていたが……うん、これは僕の責任かも知れない。だって、テキトーなこと色々と吹き込んじゃったし。
「土曜日は名前を覚えていてくれたのだけれど……」
「悪い、興味のない名前は小一時間で忘れるタイプなんだ。えっと……名前、なんでしたっけ?」
いつもより二割増でどキツイ言葉の刃。
普段ならグサリと効果音が響き、吐血と共に崩れ落ちるところだが……珍しいな。今日は余裕の表情までうかべてやがるぜ。
「この前、雨森くんに言われた通り……考えうる色々な可能性を考えてみたの! これしきの言葉の刃、まだまだ想定の範囲内――」
「あの、ウザいんで黙って貰えます?」
「……そ、想定の、は、はん、はんい、なな、な、……っ!」
ぐげほっ! と、朝比奈霞は吐血した。
途中まで耐えてたんだがなぁ。最後の最後で刺さっちまったか。
「か、霞ちゃーーーーんっ!?」
倉敷の悲鳴が響き……やっとこさ、前の1年C組が戻ってきた。
クラスメイトたちが懐かしさに笑い合い、ボロボロになった朝比奈嬢は倉敷の肩を借りて立ち上がる。
「蛍さん……ごめんなさい」
「霞ちゃんに謝罪なんて似合わないよっ! 霞ちゃんは、いつもみたいに正々堂々としていればいいんだよっ! 今度からは、私たちもしっかり考えるもんね! 絶対に負けてやるもんか!」
非常に眩い養殖笑顔だった。
彼女はぐっと拳を掲げると、わいわいとクラスメイト達が彼女に集まる。こうしてみると青春の一ページだが、倉敷の内面を知っている以上、なんか見てられなくて視線を逸らす。
すると、横っ面に鋭い視線が突き刺さった。
「ほらっ、雨森くんも! いいかげん霞ちゃんと仲直りしよっ?」
「悪い、そいつのことは嫌いなんだ」
「ひぐっ!?」
歯に衣着せぬ物言いに、朝比奈霞が痙攣した。
そんなことをしていると、既にホームルーム直前だ。
不満そうな倉敷やらが席へ戻ってゆくと、ちょうどいいタイミングで榊先生が教室へと入ってくる。……珍しいな、普段はチャイムと同時に入ってくるのに。
「ん? 榊先生ー! 今日はどーしたんですか? なんか早くねー?」
最近、クラスのムードメーカーとして佐久間グループ(いわずと知れたカースト最上位)に入った、錦町がバカみたいな大声で問いかけた。
佐久間がそばに置くんだから何かしらあるんだろう。
そう考えてここ最近は注目していたが……うん、錦町は錦町でしたね。
ただ、声の大きいだけのバカ。あとテンションがおかしい。
こいつが狙ってこのキャラを演じているのだとしたら、たぶん倉敷でさえ脱帽するよ。そのレベルでバカ丸出しである。
「錦町、声がうるさい。……それとおはよう諸君。実は、熱原にやられた間鍋が、ようやく学校に来れるようになったのでな。今回は特別に、私が登校中の護衛を行ったのさ」
彼女の言葉にクラスが沸いた。
クラス前方のドアが開く。
かくしてそこには、一人のメガネが立っていた。
オタク臭を隠そうともしない陰キャっぷり。
メガネを中指で押し上げ、アニメキャラのストラップが大量にぶら下がったカバンをじゃらじゃら鳴らしている。間違いない……あの間鍋君だ!
彼はクラスへ足を踏み入れると、以前と変わらぬ雰囲気でこういった。
「久しぶり、三次元諸君。おかげで嫁と蜜月な時間を過ごせたよ」
彼が手に持ったスマートフォンには、妙に薄着の、アニメキャラクターが映されていた。
その光景に、もれなく女子全員がドン引きする。
というか、男子でさえドン引きしていた。
こ、この……喋るたびにうすら寒い空気を垂れ流す感じ……やっぱり間違いない。
クラスを代表して、ほほを引き攣らせた烏丸が、間鍋君へと声をかける。
「戻ってきたんだな……お帰り、間鍋」
「ああ、三次元の烏丸よ。ただいま戻った」
こうして、1年C組は、完全な形で元通りになったのだった。
☆☆☆
熱原の被害が消えて、数日。
完全に元の形へと戻った僕らは、日常生活を送っていた。
「さて、この問題だが……雨森、答えろ」
「…………………わかりません」
数学の時間、ニタニタと笑う榊先生へ、長い沈黙の末にそう答えた。
彼女が満足げに笑うのを見て席に座ると、前の席の烏丸が苦笑いしていた。
「うっうぇ……お前、榊先生から嫌われてるんじゃないの? なんかお前ばっかり難しい問題よこしてるだろ、どう見ても」
「安心しろ、僕も榊先生は嫌いだから」
「聞こえているぞ雨森」
頬を引き攣らせた榊先生が僕を睨んだ。
僕はとってもさわやかな笑顔(のつもりでもきっと無表情)で彼女を見つめ返すと、榊先生は大きなため息を漏らして手を振った。
「まあ、お前については色々と諦めているからいい。おい朝比奈、どうせ雨森の問題はお前が解くんだろう。答えろ」
「はい、3√3+24です」
「正解だ。……では次の問題」
既に、僕の解けなかった問題=朝比奈が解く、みたいな雰囲気が出来上がっていた。
いやー、毎度すいませんね朝比奈さん。彼女はこちらへウィンクしてきたため、見なかった振りをして窓の外へと視線を向けた。朝比奈嬢は肩を落とした。
彼女が席に座ったのを感じて黒板へと視線を戻すと……ふと、何か思い出した様子で榊先生が振り返った。
「そういえば、だ。おい貴様ら、部活動はどうした?」
「……部活動?」
クラスを代表して、倉敷が困惑を漏らした。
その反応に、榊は「そういえば言ってなかったか?」みたいなことを言っている。
うーん、もしかしなくとも連絡ミスだろうな。
そんなことを考えていると、榊先生は教卓の下からプリントを取り出した。
配布されたそれを見てみると……部活動の入部届だった。
「霧道に、熱原と、いろいろと立て続いて忘れていたが、この学校は原則として必ず部活動に入らねばならないとされている。……まあ、校則にはそういった条項がないため知らないものも多いだろうが、暗黙の了解のようなものだ」
なるほど……部活動か。
倉敷は陸上部、佐久間は野球部。
そのほかの生徒も、各々部活に入っていると聞いている。
まあ、僕や黒月、朝比奈嬢なんかも部活には入っていないし、そういう意味ではその裏ルールは知られちゃいないんだろうな。明らかに伝達ミスである。
僕らが入部届を見ていると、ちょうど終業のチャイムが鳴る。
榊先生は教材をまとめると「決めておけ」とだけ言って帰ってゆき、榊先生が帰ったクラスで、部活動についての話題が浮かび上がった。
「部活かー! 普通に帰宅部の予定してたわー」
「おっ! 意外じゃん! 烏丸帰宅部なの!?」
「錦町うるさい。……まあ、同感だけどな」
早速佐久間グループの話し声が聞こえてきた。
へえー、烏丸って帰宅部なんだ。
個人的に、バスケ部とかでワイワイやってるんじゃないかと思ってたけど。
そんなことを考えていると、頭の中に聞き覚えのある声がした。
(あっ、雨森さん! 僕はどうしたらいいですか?)
ちらりと視線を向けると、思いっきり黒月と目が合った。
なるほど、これが念話ってやつか。便利な能力だなー、まったく。
(そうだな、好きにしたらいいんじゃないか?)
(なら雨森さんと同じところにします!)
念話でそう言って、黒月はフッと笑った。
素はこんな感じの少年風だが、表の顔はクールで孤高な狼だからな。そんな黒月が笑ったということもあり、大勢の生徒が黒月の元へと押し寄せる。黒月ブーム、まだ収まらないか。
「あ、雨森くん! 一緒に生徒会でも――」
「さて、美術部にでもしようかな」
「む、無視……!」
目の前で朝比奈嬢が愕然と声を上げる。
僕は完全にスルーして『美術部』と入部届に記入する。
すると、同じタイミングで黒月も入部届をカバンにしまった。……うん。なんか便利な魔法か何かで誰にも見られず記入したのかな? これだからチート野郎は。
「な、なら私も美術部に――」
「ストーカー容疑で訴えるぞ」
引き下がろうとしない朝比奈嬢に、直接口撃!
彼女は大きく仰け反ったが、何とか堪え、自身の入部届に『美術部』としっかり記した。
「ふ、ふふふ……その程度の反論は読めていたわ、雨森くん! 私、負けない!」
「……そうかよ、好きにすればいいさ」
面倒くさくなって視線を逸らすと、彼女は嬉しそうに自分の席へと戻っていった。
そして、その後姿を見送り――僕は『美術部』を消して『文芸部』と書き直した。
これで黒月と朝比奈嬢を引き合わせ、僕は厄介な二人から離れられる。
なんて簡単な作戦だろうか。そしてこんな簡単な作戦に引っかかっちゃう朝比奈嬢、ちょっと心配になってきます。
彼女は、倉敷と笑顔を浮かべて話している。
その姿を、その笑顔を見て、僕は雲ひとつない青空を見上げた。
うん、今日も平和だ!




