番外編01『新たな挑戦』
皆様お久しぶりです。
新作を書き始めて筆が暴れておりまして。
暇つぶしにちょっとだけ書いてみました。
「そっちに逃げたぞ、朝比奈」
『逃がした、の間違いでしょう!? なにやってるの天守くん!!』
森の中を駆けながら。
無線越しに、朝比奈から悲鳴が届く。
「失礼だな。他人の無能を叱るだなんて……それでも正義の味方か?」
『私より強い人が何言ってるのよ!!』
そんな声が返ると同時に。
森の奥から、バチバチと凄まじい雷の音。
それを聞いて足を止めると、数秒後、森の中から大の大人一人を引きずって朝比奈が姿を現した。
「もう……! 毎回毎回、なんで私に相手を任せるのかしら!?」
「そりゃ……まあ、あれだろ」
朝比奈の問いかけに、少し考えて。
僕は、はっと鼻で笑って彼女を見下すことにした。
「ほら。僕強者、おまえ弱者。敵、お前のほう行く。なにか変なことがあるか?」
「ぐ、ぬぬぬぬぬ……っ!!」
まあ、本音を言えば、朝比奈に経験を積ませるため、なんだがな。
彼女が偽善を継承して……まだ一月ほど。
不滅属性を得たことで死ぬことはなくなった彼女だが、唐突に新しい能力が発現して、いきなりすべてを扱えるわけではない。不幸中の幸い、【雷】だけはそれなりに使えているが、それにしたってあの日の覚醒朝比奈と比べると……うん、だいぶ劣ってる。
総じて、【雷】を持っていたころよりも弱くなっている彼女だ。
もっと強くなってもらわねば、その前任者に合わせる顔がない。
ということで、敵をすべて彼女に押し付け、僕は楽をさせてもらっているわけだ。
えっ、楽をしたいだけなんじゃないか、って?
まあ、そうともいうかもしれないね。
「少なくとも、あの日の朝比奈霞であれば、今の僕でも確実に勝てるとは言えなかった」
雷の化身であった、あの時の朝比奈霞。
あの強さは、間違いなく今の僕にも比肩する。
なんだったら、一成さんでも嫌な顔するレベルだ。
おおよそ、最強、と言って差し支えないほどの強さ。
「……そういう高みに一度は登ったんだ。なら、もう一度登り直せ」
「ず、随分と簡単に言ってくれるわね……っ! 難しいのよこの能力!!」
まあ、他人事だからなぁ。
そんなことを考えていると、朝比奈の後ろから小さな影が飛び出してくる。
まるで、何もない空間からぼふん、と飛び出してきたような超常の存在。
未知の遭遇に、思わず警戒心を引き上げ――そうにはなったけれど。
敵意、殺意は全く感じられず。
ましてや、その姿を見れば戦意も削がれようというもの。
飛び出してきた、その何か。
その見た目は、完全に熊のぬいぐるみだった。
ソレは僕の前まで飛び出してくると、生意気そうな黒い目で僕を見上げる。
その雰囲気を前に、僕は無性に嫌な予感を覚えた。
「そうだよ優人! 女の子にはちゃんと優しくしろっていつも教えぶへっ!?」
「……なぜ生きている、天守弥人」
その声を聴けば、その正体など一目瞭然。
僕がその声を聴き間違えることなんてない。
ということで、容赦なくぬいぐるみを踏みつけにした。
「な、なにやってるの天守くん! お兄さんでしょ!?」
「悪いが家族に人外は存在しない」
ばたばたと暴れるぬいぐるみを蹴り飛ばす。
すると、焦った朝比奈がそれを受け止めていた。
「酷いなぁ、もう! お兄ちゃんにはツンデレしなくていいのにねぇ、朝比奈ちゃん?」
「つんでれ、といものがよくわからないけれど、まあ、そうね。きっとそうだわ」
そういって話し始めた正義の味方×2。
その光景に、僕は眩暈がして頭を抱えた。
……なぜ天守弥人が生きているのか。
どうしてこのタイミングで出てきたのか。
というか、朝比奈は知っていたのか?
そこらへん、多くの疑問は残っている。
だが、推察できたこともある。
「……魂と天能は強く繋がっている。そのせいで、って話か」
海老原の遺体を処理した後。
僕は学園長室に残された、彼の研究成果を一通り確認していた。
その中にあった一つの『説』を、僕はよく覚えている。
【天能は肉体に帰し、魂は天能に帰する】
原理までは読み解いてはいない。
だが、その言葉には確かな重みがあった。
だから、なんとなく頭の中に残っていた言葉なんだが……。
天守弥人。
既に死んだはずの兄。
彼が生前に切り分けた善。
本来ならあり得ぬはずの、天能の二分化。
……ああ、本来ならあり得ないことだ。
だから当然、そうなった場合『魂がどちらに帰するのか』もわからない。
だが、もしも万が一。
僕に渡された偽善の中に、弥人の魂がわずかでも帰っていたなら。
『偽善として君の中で一緒に育って、彼女の手に渡って、花開いただけ。見事な継承だったし、覚醒だった』
あの時、あの瞬間。
わずか一時、夢の中で交わした会話を思い出し。
彼の言葉を思い出し――僕は、深い深い、ため息を漏らした。
「……ずっと居たのか、お前」
僕の言葉に、弥人は何も言わなかった。
それが答えだと理解して、僕は目を閉ざす。
「……最初から言え。居るならわざわざ救いには来なかっただろ」
「あっはっはー。といっても、最初は意識なんてなかったんだけどねぇ。朝比奈ちゃんにわたって、善に戻って初めて、こうして会話できるまでに復元した、って感じかなぁ」
そういって、とことこと歩き出すぬいぐるみ。
「それに、君も偽善を長いこと保有していたからね。朝比奈ちゃんの【善】の中には、少しだけ、だけど君の魂も混ざってる。……それこそ、ほら。あの瞬間、朝比奈ちゃんに【銃】を選択させたのも優人だったはずだよ?」
「あっ! た、たしかに! なんか天守くんの声が聞こえたなー、って思ったの!」
……つまり、なんだ。
今の朝比奈の【善】には、弥人と僕の意識が混在していて。
それぞれ、使い方だったり応用の仕方だったり。
そういったことを教えてくれる『先輩』が在中してる、ってことか。
僕はそこまで考えた後に。
ふと湧いてきたのは――朝比奈に対する苛立ちだった。
「お前……そこまでお膳立てされてその程度なのか、朝島」
「わっ、私の名前は朝比奈よ!! な、なんでいきなり間違えるのよ!?」
いや、うそだろお前。
弥人と僕が天能の使い方教えてくれてるんだろ?
何を手間取ってんの?
さっさと強くなってもらえます?
つーか、善の完全体を持ってんのに、なんで偽善を使ってた時の僕より弱いわけ?
なに、やる気ないの?
……と、言いたい気持ちは非常にある。
だが、善の扱いの難しさは、僕もよくわかっているつもりだ。
天能の扱いに長ける僕ですら、うまくは使いこなせなかった。
いくらサポートがあるにせよ、朝比奈が手間取るのは仕方ない。
だが、ゆっくりしている余裕はない。
いつか、力が欲しいと願った瞬間に間に合わないのでは意味がない。
そしてその『瞬間』がいつ訪れるのかは、誰にもわからない。
うん……そうだな。
もっと戦闘経験を積んで、幾度か死線を超えてもらうとするか。
時間はいつだって敵なんだから。
「……何かしら。とてつもなく嫌な予感がするのだけれど」
「大丈夫だ。死にはしない」
お前は不滅だからな。
多少……いや、結構……ものすごい無茶を通しても大丈夫だろ。
そうだな、ゲーム機でも持たせてお歴々の中にでもぶち込むか?
暇を持て余した引きこもりどもが、血眼になって朝比奈を追うだろう。
……良さそうだな。帰ったら一成さんに連絡しよう。
そう考える僕に、眼前の朝比奈は背筋を震わせる。
そんな様子をサラッと無視して、僕は、朝比奈の後ろで転がっている男へと目を向けた。
さて、弥人に関しては一旦置いておくとして。
そろそろ、眼前の問題に目を向けよう。
「弥人、知ってるか?」
「いいや? 全然知らない人だね」
弥人を一瞥。
帰ってきた言葉に頷いて、足元に転がる男を蹴った。
「あ、天守くん!? いきなり何を――」
「おい、気絶のふりはもういい。お前に聞きたいことがある」
驚く朝比奈を無視し、気絶したふりを続ける男に声をかける。
すると、朝比奈は『えっ、嘘でしょう』と驚いて男を見て。
その視線の先で、学園内に侵入してきた不審者は、ゆっくりと目を開く。
「チッ、いつから気が付いていた……!」
「最初から。そういえば満足か?」
僕の言葉に、悔し気に歯を食いしばる男性。
その姿を見て、朝比奈の驚きを見て、弥人が言う。
「うん。やっぱり朝比奈ちゃんの最大の弱点は、やっぱりそこだね。気配とか視線とかに鈍感すぎて、いざって時、簡単に不意打ちを受けてしまいそうなところ」
弥人の言葉に、全面的に賛同したいところだった。
そうだよ。だから八雲に不意打ちで刺されるんだぞお前。
まあ、善を持って不滅になったから別にいいんだけどさ。
弥人の言葉に『うぐっ』と言って黙った朝比奈嬢。
彼女から視線を外し、再度男を見下ろす。
「単刀直入に聞く。何の用でわざわざ武装までして学園に侵入した」
告白すれば、こういった騒ぎは今回が初めてではない。
学園長が支配する時代が終わり。
生徒会長、最上優が辞任し。
その後釜として、王聖克也が生徒会長へと就任した。
そんな、怒涛で波乱まみれの学園生活の最中。
こういった武装集団が、何人も学園内に侵入してきている。
「天守の遠縁、その手の者だろ。目的はなんだ」
「……はっ、素直に言うとでも思っ――」
僕の問いに、唾を吐きかけ鼻で笑ったその男。
されど、吐きかけた唾が僕に届くことはない。
そして同時に、最後まで言葉を言い切ることもできない。
「……っ!?」
吐きかけられた唾は、空中で撃ち落とされ。
一切反応する余地なく、彼の右耳を弾丸が打ち抜いた。
衝撃と耳の痛みに、男の声が詰まる。
その姿を、黙って見下ろし、再度問う。
「二度目だ。『目的はなんだ』と聞いている」
「い、言わな――」
再びの銃声。
今度は、右の太ももに風穴があく。
ちょっと出血大サービス。
弾丸の大きさを、少し大きめにしてみたよ。
野球ボールが貫通するほどの大きな風穴。
当然、痛みも増していることだろう。
「痛っ、があああああっ!?」
「三度目」
間を置かず、左の脚を同様にぶち抜く。
鮮血が頬に跳ね、絶叫が増す。
だが、構いはしない。
僕は、彼の喉へと指先を突き付ける。
ぴたりと、絶叫が止まった。
僕を見上げるその瞳には。
ありありと、強い恐怖が映っていた。
「四度目」
それ以上は、何も言わない。
打ち抜く場所も教えない。
ただ、喉を指で示しただけ。
それ以上もそれ以下もない。
なのに、恐怖は涙となって、ぼろぼろとあふれ始める。
決壊してしまえば、もう、後戻りはできない。
「あっ、天川家の依頼だっ! ほ、星の復元、その原因を探れ、と……っ!」
「……天川家か」
今までの侵入者は、せいぜいが天守優人の殺害を狙う親戚の手の者だった。
僕が死ねば、天守家の正統後継者として名乗り出ることも可能になるとか、なんとか。
恋の存在をすっかり忘れて、僕を殺すことしか考えられない金と権力の亡者どもの仕業。
……だが、天川家、と来たか。
「天川家……? って、何なのかしら天守くん?」
「親戚だ。……ただ、色々とあって仲は険悪だがな」
「最悪の間違いでしょ? 父上が若いころに向こうの当主殺しちゃってるからね!」
弥人の声を聞き、僕は頭を抱えた。
天川家は、天守家より派生した非常に血筋の近い親戚の一族だ。
当然、天能も天守家とそん色ないレベルで継承している。
そのため、天川は代々天守を目の敵にしていた。
『自分たちも天守とそん色ない。どころか天守よりも優れているというのに、いつだって二の次として語られる。表舞台に上がるのはいつだって天守だ。そんな理不尽は許せない』
というのが、彼らの言い分だそうだ。
その結果、よりにもよって父さん――天守周旋の代に戦争を吹っかけてきた。
しかも、母さんと出会って、丸くなるより以前の天守周旋だ。
当時のことは知らないが……まあ、結果は火を見るより明らかというもの。
――鏖殺。
一切の抵抗を許さず、単騎で天川家の精鋭すべてを毒殺したらしい。
弥人の話なら、その中に当時の当主が含まれていたらしいが……。
まあ、いずれにしても両家の溝が深まったのは間違いない。
「しかし、星の復元……ときたか」
天川家と並んで頭を悩ませそうな単語は、聞き間違いではないだろう。
八雲亡き今、この学園は以前のような閉鎖環境ではない。
当然テレビも見れるし、学園内外での連絡も可能だ。
そのため、当然のように学園外のニュースも飛び込んでくる。
――星の復元。
僕が穿ち、壊したはずの星が元に戻り始めているとの話だ。
当然、地球にそんな力があったとか、気づけば勝手に治ってるって話でもない。
おそらく、何者かの異能による影響だろう。
となれば、容疑者は限られる。
時間を巻き戻すことができる能力者。
あるいは、星そのものに作用できる能力者。
……不思議だな。
どちらも該当してる輩が、たった一人だけ頭に浮かぶ。
「あのバカの仕業だろ」
「あの子の仕業だね」
偶然にも、弥人と声が被る。
――志善悠人。
いつまで経っても子供っぽいくせに、力だけは一丁前などアホだ。
現にあの橘月姫をもってして、未だ捕まえるに至らないらしい。
「で、天川家がそいつを知って、どうするつもりだ?」
「ちょっかいかけるのやめときなよ? 下手したら今の優人より強いんだぶへっ!?」
クマのぬいぐるみを踏みつけて、男を見下ろす。
僕よりあいつの方が強いみたいな妄言が聞こえたが、きっと気のせいだろう。
「少なくとも、今のあいつのそばには……橘が二人もうろついている。手を出そうとすれば、下手すれば返り討ちになって全滅するぞ」
橘月姫が近くを捜索しているのは当然ながら。
おそらく、あいつを匿い、今まで一成さんの目からも隠し通した橘がいるはずだ。
その個人までは断言こそできない。
だが、一成さんの目をごまかせるとなると……可能な橘は絞られる。
間違いなくお歴々の中でも、最上位に位置する誰かなのかは間違いないだろう。
お歴々の最上位クラス。
そして、あの橘月姫。
そこにあの愚弟まで一緒に相手することになるんだ。
「……自殺志願か? 少なくとも、まともな神経では手を出そうと思えないだろ」
「もしくは、よっぽどの理由があるとか……?」
男は何も答えない。
いや、知らされていないのか?
天川家にとっては、この男も使いっぱしりの捨て駒なのかも。
そう思うと、あまり痛めつけるのもはばかられる。
ならば、と考えた。
星の復元。
おおよそ天川家に関係のない事件。
それを、この学園に侵入してまで探っていた理由。
仮に、自分が天川家の立場だったとして。
どんな理由だったら、そこまでして原因を探りたがるだろうか?
そう考えて。
ややしばらくの沈黙ののち。
ふと、浮かんだ言葉はシンプルだった。
「まさか、同じ能力者の仕業だったから、か?」
考えたくはない。
が、自分がその立場に立ってみて。
仮に、自分と同じ能力者が、大々的に動いたとしたならば。
きっと僕でも、そいつの正体を確かめようと動くはずだ。
そして今回。
志善悠人の【星】が動き、天川家が動いた。
そして天川家は、天守家とは非常に血筋が近しい。
当然、天能も相応に希少で、強力なものに恵まれる。
ならば、あり得るのか。
この星に於いて。
もう一人【星】の能力者が生まれている可能性が。
「面倒なことになってきたな……」
とは思えど、言葉とは裏腹に視線は正直だった。
僕は、意図せず朝比奈を見ていた。
彼女は不思議そうに首をかしげたが。
やがて、何かを察したようで顔を青ざめる。
「ま、まさかっ! あ、天守くん、う、嘘よね?」
すべてを察してくれたようで、何よりだ。
なにせ、僕はもう主人公の座は降りたんでね。
あとはのんびりと、他の奴らに苦労を押し付けるとするさ。
それに、【善】の訓練相手にはちょうどいいだろう?
と、いうことで。
「よし、せっかくだしそいつ倒してみるか。お前がな」
なぁに、一人で相手しろとは言わないさ。
ちゃんと、お仲間はつけてやる。
ただし、僕は一切手助けしないがな。
☆☆☆
偶然が、必然か。
ちょうどその頃、退院したばかりの烏丸冬至がくしゃみした。
続く! かどうかは不明ですが。
いくらでも『彼らの続き』はあるんだなぁ、と思いました。
また、別件ですが、作者久しぶりに新作を書いております。
今回はハイファンタジー、異世界転生ものです。
が、この作品を書いた後でしたのでね。
また一癖か二癖のあるような作品に仕上がっております。
【異世界転生、ちょっと足りない】
バッチバチの自信作です。
↓の部分からも、リンクが乗っておりますので是非ご覧ください。
作者がとっても喜びます。




