エピローグ『雨森悠人』
母の遺体を前にして。
その『旅』に出ると決めた日。
不思議と、終わりを悟ったつもりでいた。
まだ、道など決めてはいなかった。
ただ、兄を救い出すこと。
そのついでに、あの外道を殺すこと。
その殺害を、僕の最後の『罪』とすること。
それくらいしか考えていなかった。
ただ、それでも。
それ以上は生き過ぎだ。
と、自分で思えてしまったから。
きっと、雨森悠人としての物語はそこで終わり。
そう漠然と考えていた。
だって僕の背負ったものは、生きるには重すぎる。
僕は多くの罪を重ねてしまった。
多くの人を殺し、多くの不幸を生み出し。
多くの人から恨まれ嫌われ。
もう、愛されることなど無いと知っていた。
僕には生きる価値などない。
生きる価値など無いと知った上で。
彼らの恨みを否定せず、受け入れた上で。
『それでも』
そう、わがままを通したんだ。
恨まれているのは承知だ。
どれだけ憎まれているのかも分かっている。
その上で、たった一つだけ願いを通した。
僕を救ってくれたあの人だけは、救いたい。
死者が知れば、ふざけるなと喚くような妄言。
それを吐き捨てて、彼らに一時、背を向けて。
ひたすらに走り続けると、あの時に決めた。
僕は、強くなんてなかったから。
死という終着を定めた上で。
受けた愛情も。
楽しかった日々も。
語り合った日常も。
あの日の絶望も。
そして、この先の人生も。
何もかもを薪と焚べて。
たった十年に、全てを尽くすと心に決めた。
ただ『大切なものを救うために』強く在る。
そのためだけに生きるのだ、と。
過去も未来も、全部投げ捨てた上で据えた覚悟。
ソレは強烈な熱となって心を燃やし。
その熱が、僕を強くした。
その熱が、僕をここまで連れて来た。
その熱が、僕を終点まで導いてくれた。
「……参ったな」
電車から降り立ち。
僕は、終点に至る。
周囲を見渡し、【終わりの駅名】を見上げて。
僕は苦笑し、頬をかいた。
『間もなく、2番線に電車がまいります』
一直線。
終点まで一切の岐路なき、片道切符。
間違いなくソレを買ったつもりだったが。
響き渡るアナウンス。
振り返れば、次の電車がやってくる。
その次なんてないはずなのに。
ここで終わりのはずなのに。
輝かしくて美しい。
そんな『次』がやってくる。
遠目に、見知った黒髪が見えた。
当たり前の顔をして。
まだまだこの先長いんだから、と。
電車の窓から顔を出し。
笑顔で手を振ってくる少女がいた。
その姿を見た僕は、天を仰いで息を吐く。
僕の隣に、電車が並んだ。
☆☆☆
「……そうか。生きていたのか、あいつ」
学園長、八雲選人との決着より数日。
学園の広大な敷地を囲うようにそびえたつ、大きな壁。
その内側で、外側に立つ少女と語らう。
「ええ。それはもう元気そうでしたよ、志善悠人は」
橘月姫。
小さな荷物を背負い、制服から普段着へと着替えた少女。
彼女から、弟の生存を聞かされて……。
「……驚かないのですね、天守さまは」
「いいや、驚いているさ。思いのほか驚いていないことにな」
志善悠人が生きている。
そう聞かされて……まあ、そうだろうな、という感情しか湧かなかった。
こうして思えば、あの時、八雲から彼の死を聞かされたときは、余裕がなかったんだろう。
だが、こうしてすべてを終えて。
大きな荷物を降ろした後で、振り返ってみると。
『あの天守弥人が、命を賭けても救えない、なんてことがあるか?』
ただその一点。
根拠も何もないけれど。
それでも、命を賭けてたった一人を救うためにあがいた兄が。
それでも、救えませんでした、なんて末路にたどり着くわけがない。
そんな期待、信頼一つで、今の僕は彼の生存を疑ってはいなかった。
……天守弥人は、しっかりと志善悠人を救っていた。
それでも弥人が偽善を持っていたのは、おおよそ、助けられた志善が弥人を助けるために偽善を遺体へ返したのだろう。そう考えると、いろいろと辻褄は合う。
「で、なんで学園まで来ていたのに、顔を出しに来ないんだ、あのバカは」
「それを問い詰めるために、追うのです」
橘はそう言って、小さな荷物を背負いなおす。
彼女から、『少し旅に出ます』と言われたのは、先日のこと。
理由? そんなものは言うまでもないだろう。
『生きてたのに黙ってたあのバカに、一発関節技をぶちかますため』
以上である。
「大方、あの日僕と戦って、僕を殺したことに負い目でも感じているんだろうが……」
「あら。天守さまはそんなことを気にする男ではないでしょうに」
「よくわかっているな」
僕を殺したことなんざ、どうだっていい。
あれは僕の実力不足が招いたことだ。
あいつを殺したくないからと、終始【天能臨界】を使わずに戦った末路だ。
あの最期には、一切の後悔はない。
当然、その過程であのバカを恨むようなこともない。
なんだったら、生存を知らせず、今に至っても顔を出しに来ないそのひねくれ腐った性根にこそ、僕は苛立っている。
「……世話をかけるな。いろいろと、バカな弟で申し訳ない」
「ご安心を。さくっと見つけ出して、学園まで引きずってきますから」
「ああ、それまで、文芸部にお前の席は残しておく」
そう言って笑うと、彼女は目を見開いて驚いていた。
「……どうした?」
「い、いえ……。ただ、戻ってもよろしいのでしょうか? 私、天守さまには避けられている、と思っておりましたので」
「何をいまさら。神殺しと神の末裔だ。僕からしたら血筋の底から忌避感はあるさ」
なにせ、天守と橘だ。
天守周旋が橘一成を受け入れられなかったように。
天守優人も、橘月姫に思うところはある。
だが、それが何だと僕は肩をすくめた。
「ただ、それでもお前は文芸部に所属する仲間だ。副部長として、お前の帰ってくる場所くらいは守っておくさ」
そういうと、彼女はさらに大きく目を見開いて。
ふっと、とてもうれしそうに、花のように笑った。
「やっぱり、貴方は優しい人ですね。大好きです」
「世辞でも嬉しくはないな」
「あら、いけず」
白髪の少女は、拗ねたようにそう言った。
恋愛……そうか、恋愛か。
今までは一切興味がなかったが、目的は果たした。
今なら多少なりとも、そういった青春をしてもいいかもしれない。
よし、帰ったら星奈さんにアタックだ!!
そんなことを考えていると。
ふっと。
太陽の香りが鼻をくすぐる。
橘月姫は大きく手を広げ。
僕に体を預けて、強く抱き着いていた。
「それでは、強くなって戻ってまいりますので。またいつか」
反応するより早く、耳元で声がした。
ぎゅっと、体を抱きしめられたと思ったら。
次の瞬間には、彼女の体は幻と消えている。
僕の腕の中には、赤子のような温かさと、太陽のような香りだけが残っていた。
「……参ったな。これ以上強くなるつもりか、あいつ」
今の僕とあの少女に、どれだけの差があるのか。
そして、真しか語らない少女が残した、最後の言葉。
それらを考えて……最終的に、僕は天を仰いでため息を漏らす。
これ以上、強さを求めるつもりはなかったんだが……。
どうやら現状に満足して、胡坐をかいているわけにはいかないらしい。
☆☆☆
「く、黒月が……バカになってるううううううう!?」
学園へと戻ると、ちょうどホームルームより少し前の時間だった。
教室の扉を開くと同時に、錦町の絶叫。
鼓膜を突き破るのではないか、とすわ疑うような声量だ。
……この男、今の僕に顔をしかめさせるほどの火力を出せるとは。
もしかして、防御力完全貫通持ちなのでは?
そう疑ってしまうほどの異様さである。
閑話休題。
席へと向かう最中、錦町のほうを見る。
すると、満足げに腕を組んだ黒月の姿があった。
「馬鹿とは失礼だね。今までの知識が消えたわけじゃない。今後、まったく頭の中に知識が増えていかないというだけさ!」
「ま、まずいぞ佐久間ぁ! 致命的だってぜんぜん気づいてない!!」
「話し方まで変わってやがるし……ひでぇ後遺症だな、おい」
友との和解を経て、黒月は少し……いや、だいぶ変わったように見えた。
話し方からも、以前のような他人を突き放すような冷たさを感じない。
どちらかというと、僕と内々でしゃべっているときのような雰囲気だ。
それに……なにやら、あの日の戦いで知性をどこかにおいて来てしまった様子だ。
「あっ、おはようございまーす!」
僕に気が付き、元気に手を振る黒月。
その様子に苦笑しつつも手を振り返せば、佐久間や錦町も手を振ってくれた。
「あっ、優人! 今日もいい無表情ね!!」
「おはよー。天守くん。今日は遅かったんだねぇ~」
しばらく進むと、四季と倉敷の姿があった。
なんでこのクラスにB組の四季が?
という疑問は、まあ、今更過ぎるので心のうちにしまっておくとして。
「ああ、おはよう。あの日は妹が暴走していたらしくて、迷惑かけたな」
これも橘から聞いた話だが。
あの日は、恋の寝相が特に悪い日だったらしい。
当然のように刀を持ち出し、ぶんぶん振り回して暴れに暴れ。
突如として現れた八咫烏が止めていなければ、あわや学園崩壊の危機だったとか。
「迷惑なんてかけられてないわよ! 私、なんか気絶してたしね!」
「というか、妹ちゃんがいなかったら、それはそれで大変だったしね……」
「そんなに強かったか? エミリア・ハートダストは」
事前に、小賀元らとは打ち合わせはしてあった。
その中で、学園戦力の中に一人、彼をしてもまったく制御できず予想もつかない規格外の化け物がいる、と聞いてはいた。
「強いとか弱いとか、そういう次元じゃなかったよぉ……」
「そうね! 精神性はともかく、強さは優人に似たものを感じたわ!」
僕をよく知る四季がそう断言した。
となると……肉体的には僕と同等、下手をすればそれ以上、か。
風のうわさで聞いた、入眠中の恋と生身で互角に戦えていた、という話もあながち誇張ではないのかもしれない。いや、誇張だと信じたかったけどさ。
「橘も言ってたな。あんなにデタラメな人間は初めてだ、と」
「うんうん! もし天守くんが戦ってたら、どっちが勝ってたかなぁ……」
「あの橘に勝って、恋と互角の相手だろ? ……僕じゃ厳しいんじゃないかな」
ただ……一度くらいは会って、話してみてもよかったかな。
彼女が小賀元に語ったという、過去の話。
彼女がたった一度だけ決行した逃走、敗北の話。
あれを聞く限り……不思議と相手には心当たりがあった。
というか、天守周旋なんだけどさ。
彼亡き今、天守家当主としては僕が相手するべき人だった。
それに、彼女の強さに少々興味もあったしな。
「で、そんなエミリアさんは、治療も途中で脱走して、なんか『まだまだ未熟ぅー』とか『死地に帰って修行だー』とか叫んで走っていったらしいよ。あとなんか異能を使う強敵? とかに心当たりがあるみたいで、しばらくはそこら辺の人をしらみつぶしに潰して回っていく、って新崎君が聞いたって」
「……そうか」
頭痛を覚え、眉間を抑えて天を仰ぐ。
異能を使える強敵、って。
橘の先祖や親戚はすべて『お歴々』の集う万魔殿に集まっている。あの場所以外で天能を扱う存在となると……。
「……どったの。なんか、心当たりの塊、って顔してるけど」
「いや、気のせいだ」
天守の親戚、という言葉が喉元まで出かかっていた。
だが、気のせいということにして、思考を放棄した。
それに、万魔殿に入ったことのある僕だからこそ断言できる。
天守の血筋は、橘の血筋よりもずっと悪性だ――と。
その中に天守の本家は該当しない……と思いたいところだが、父さんの前の代まではとてもじゃないが語れないほど酷かった、という話も聞いている。加えて、今まで天守周旋に怯えて手も足も出してこなかった臆病者の親戚一同が、彼が死んだと同時に僕の命を狙い始めていたのも事実。
申し訳ないが、エミリアを止めようという気にはならなかった。
「まーいいや。……ひと段落したし、そろそろ『約束』についても問い詰めてやろーと思ってたけど、その晴れやかな顔に免じて、今日は許してあげよっかなぁ~」
「約束? 優人ったら、この性悪女となんか変な約束でもしたの? だめよ、そういうことはちゃんと考えてから約束しないと。約束を守らない子はダメなのよ?」
倉敷の声を受け、四季が心配そうに寄ってきた。
なので、軽く頭をなでて苦笑する。
「大丈夫だ。ずっと昔、こいつと会ったときに約束したんだ。破るつもりはない」
約束、と言っていいのかはわからないが。
彼女もまた、彼女なりの『暮らしやすさ』を求めて、僕に協力をしてくれている。
『この学校に反旗を翻すのに同士を探してた、ってわけ。アンタと似たようなモンだよ天守。幸いなことに、アンタの目的は私の目的に結構近いところにある。だから協力してやるさ』
とは、かつて彼女が語ったことだ。
学園に反旗を翻し、その根底である学園長を排除した。
なら、そろそろ約束は守ってくれるんだろうな、という話だろう。
そこらへんは……まあ、おいおい、にはなっていくと思うが、それでも、王聖克也からはずっと生徒会に誘われているこの身だ。
この機に、学園を一から作り変える、というのもアリかもしれない。
「要望をまとめておいてくれ。後で王聖に通してくる」
「あっ、生徒会長変わったんだっけ? あの人のところに行くなら、私も行くよっ! 大きすぎる貸しがあるから、きっと話が早く進むはずだよ!」
学園長の排除と同時に、前生徒会長である最上は、その席を降りた。
その後釜として生徒会長になったのが、あの王聖である。
しかし、王聖に大きすぎる貸しがあると来たか。
……もう、僕が行かなくても勝手に話、進むんじゃありません?
そんなことを思ったが、まあ、約束は約束だ。義理は通すさ。
「これでも、王聖からは生徒会副会長の席を用意してもらっている。せっかくだから、僕もそちら側で学園の運営に回ってみるさ」
「ええっ!? あ、天守くん、生徒会副会長!? すっごい! 全然そんなキャラじゃなーーい!」
「なになに!? もしかして天守、文芸部やめちゃうわけ!?」
倉敷のわざとらしい棒読みに、文芸部面々が集まってくる。
火芥子さんが、にこにこしながら横腹を突っついてくる。
その手を払いながら振り返ると、心配そうな女神が僕を見上げていた。
「あ、天守くん……や、やめちゃうんですかっ?」
「やめるわけないだろ。僕はいつまでも君の隣に居――」
べしっと、告白の途中で倉敷から頭をぶっ叩かれた。
えっ、なに? もしかして嫉妬? お前もかわいいところあるじゃん。
でもごめんね、僕の両腕はどちらも星奈さんで埋まってるんだ。
一度死んで、性根を洗剤で洗い流してから出直してこい、性悪女。
「天守くーん? なんかぁ、失礼なこと考えてなーい?」
「いや、全然?」
恐ろしい笑顔で詰められたため、顔をそらした。
ごめんね、なんか変なこと考えちゃって。
恋愛? なにそれ利用価値あんの?
を素で行く女だったものね、アナタ。
ちゃんと約束は守るから。
ほら、安心して。殺気を緩めて。
「とにかく、兼部できるように言ってみるつもりだ。文芸部はどちらにしろやめるつもりはないから、そこは安心してほしい」
「そっ、そうですかっ! よ、よかったです……!」
ぱぁあっ、と表情が晴れていくマイエンジェル。
その瞬間、疲労しきったこの体に、なにか温かいものがしみわたってゆくのを感じた。
これは……何?
もしかしてこれが恋愛感情というのかしら?
とにもかくにも――守りたい、この笑顔。
この笑顔は、きっといつか万病にも効くようになるだろう。
「って! ああ、もうホームルーム始まるじゃん!?」
そうこう考えていたら、もうホームルーム直前だ。
火芥子さんが、焦ったように自分の席へと向かっていく。
――もう、校則とか罰金とかは、ないはずなのに。
そう苦笑しつつ、ほかの面々もそれぞれが自分の席に帰っていく。
かくいう僕も、新しく席替えをして一新された教室内を見渡し。
新しい席――窓際最前列に着席した。
「おはよう、天守くん。今日もいい朝ね」
すぐ隣の席から、声がした。
期せずして、それは入学当初の配置と同じ。
右側、声のほうへと視線を向ける。
そこには、美しい黒髪が揺れていた。
「……………………はぁ」
「なっ、なんでそんな嫌そうな顔をするのかしら!? 挨拶しただけでしょう!?」
嫌な顔、していたか?
ごめんね、自覚はなかったんだけどさ。
「ほら、朝一番にゴキブリが眼前を横切ったら、そりゃ無意識にも嫌な顔をするだろう? それと一緒だ。生理現象だ。あまり深く考えるなよ、朝浜」
「わっ、私の名前は朝比奈よ!! というか、それ以前に何よその例え!?」
そう喚く正義の味方。
その姿を一瞥し……ふと、先日の一幕を思い出す。
☆☆☆
『ええっ!? こ、この星破壊したのって天守くんなの!?』
八雲選人との決着の後。
僕は、朝比奈霞へと己が罪を告白した。
『あぁ、大勢殺した。僕はお前が裁くべき悪だ』
朝比奈は僕の期待に応えてみせた。
彼女はかつての弥人を超えた。
正義の味方になってしまった。
そんな彼女に、僕は何度も救われてきた。
ならば、過去を隠すのは不誠実だろう。
覚悟には覚悟を。
期待に応えたのなら、その報酬を。
正義の味方へ。
彼女が逃すべきではない悪の所在を教えた。
『やるべきことは終えた。なら、見て見ぬふりはもう出来ない。罪に向き合う時が来た。……そして、裁かれるならば、僕はお前の手で終わりたい』
なにも、殺せとは言わない。
お前の手を、僕の血で汚す必要は無いからな。
ただ、正義の味方として正しい沙汰を下せ。
僕を悪だと公表し。
多くの被害者に謝罪をさせて。
それでも償えぬ大罪。
法のもとに極刑とするのもアリだろう。
そういう思いで、彼女へ告げた。
――だが。
『なら、私は何もしないことにするわ』
『……………………はっ?』
想像だにしなかった返答に、思考が吹き飛ぶ。
だが、朝比奈霞は当たり前のような顔をして。
されど、困った様子で言葉を重ねた。
『たしかに、アレが人為的なものだった、という仮説はあるわ。けれど、それはあくまでも一部の人達が面白おかしく語っているだけ。被害者はみんな、アレは原因不明の災害だったと考え、飲み込み、もう、次へと進んでいるのよ、天守くん』
『……それ、は』
彼女の言う通りだった。
地球が抉れ吹き飛んで。
その過程で、その後の余波で。
多くが苦しみ、多くが死んで。
その原因たる僕は罰せられなければならない。
そう考えていた。
それ以外に道はないと思っていた。
けれど。
『今、天守くんの過去を公表したとしても、世間じゃ誰もそれを信じてはくれないでしょう。なんてったって、高校生の戯言よ? 貴方が罪を認めたとしても、それは被害者にとっては学生の悪ふざけにしか感じられない』
その言葉は、正しかった。
言葉を挟む余地は無い。
ただ、黙って僕は聞き入っていた。
『だから、何もしない。アレは災害の一種だった、として何も訂正は挟まない。挟んでしまえば、せっかく乗り越えた過去を、蘇らせてしまうもの。被害者の心も、天守くんも。みんなを苦しめるだけだわ』
あの一撃で、知人や家族を失ったもの。
現代社会の崩壊によって、職を失ったもの。
生きるために必死で、夢を諦めたもの。
多くの人が、僕の過ちで人生に多大な歪みを生じさせた。
その人たちは、今も生きている。
あれは災害だったのだと。
自分たちは不幸なだけだったのだと。
割り切り、過去とし。
それでも前を向いて歩き始めている。
……今更、僕の罪を認めることは。
前を向き歩き始めた彼らに対する、最大の侮辱だ。
『……なら、僕はどうしたら』
自死でもすればいいのか。
いいや、そんな方法は誰も望まない。
そもそも、朝比奈は僕の自死など断固として認めないし、そんなことはさせないだろう。
だから、という訳では無いが。
――僕は、どうすれば彼らに償える?
そう悩み、思考を回し。
すぐに、1つの答えにたどり着く。
何を悩む必要があったのか。
だって僕は最初から、その答えを持っていた。
『……私の考え、伝える必要はあるかしら?』
微笑み問う彼女に対し、僕は首を横に振った。
☆☆☆
「僕は、この学園を変えるつもりだ」
隣の席で喚く朝比奈へ。
僕は、気づけばそう言っていた。
「さっきの、生徒会のお話かしら?」
「あぁ、それもだな。だが、以前の話の続きだ」
僕の罪は、打ち明けるべきでは無い。
打ち明けたところで誰も信じない。
信じたところで、人の心を傷つけるだけ。
過去は変わらない。
どうあれ、僕の罪が許されることは無い。
……あぁ、そうさ。
打ち明けようが、罰せられようが。
たとえこの命を断とうが。
罪が消えることなんて絶対に無い。
その事を、僕はよく知っている。
それが答えだと、あの時、僕は気づいてしまった。
「過去は消えない。なら、償う、清算する、という思考そのものが間違っている」
そこが、僕の過ち。
罪から逃げたいと思うがあまり。
楽になりたいと願うばかりに。
意図的に、考えないようにしてきた部分。
僕の弱さ、その根底にあたる場所。
それを自覚してしまったのならば。
もう、僕は逃げられない。
そして当然、逃げるつもりも毛頭ない。
「僕は過去を消すべきでは無い。噛み締め、乗り越えた上で未来に託すべきだった」
「……そう」
隣から、短く声が返った。
彼女の表情を見ることは無いけれど。
その声は、少し嬉しそうな色をしていた。
「僕にできるのは、二度とああいった『被害』が起きないよう努力することだ。……だが、世界全てから悲劇を消すには、僕一人では到底足りない」
だから、未来に遺す。
たとえ、僕が道半ばで力尽きたとしても。
意志は遺せる。
希望は繋がる。
そう、僕はよく知っている。
天守周旋が示し。
天守弥人が命を懸けて。
そして、僕へと継承されたように。
その僕が、朝比奈霞を選んだように。
次の世代へと。
力を。
技術を。
経験を。
意志を託し、次へと繋げる。
「僕はこの場所で、正義の味方を造る」
全ての人間に、その夢を強要する訳では無い。
だが、朝比奈。
お前一人に全てを背負わすつもりは無い。
お前の手が届かない場所があるのなら。
一人や二人くらい、そういう部分に手を伸ばせるような人間がいたって困りはしないだろう。
「改めて問う。お前の願いは?」
「正義の味方として、全ての人を救うこと。まぁ、有り体にいえば世界平和ね」
「良く吠えた。なら、僕も迷う必要は無い」
僕の目標は、お前の『続き』を見守ること。
だがな、何もしないとは言ってない。
これから、お前が主人公として世界を動かすのなら。
せいぜいその脇役として。
精一杯、お前の背中を蹴り飛ばしてやる。
「今に見ておけ、正義の味方。お前を暇にしてやる」
お前が暇になって、用済みになるくらい。
強く、優しく、頼り甲斐があって。
なんでも出来る善性の怪物を、この手で生み出す。
――たとえば。
そう、例えばの話だが。
それが何人もいたのなら。
お前も、少しくらいは肩の荷が下りるはずだろ。
そしたら、……まぁ、なんだ。
たまには、正義の味方、としてではなく。
朝比奈霞という、一人の少女として、生きていくこともできるんじゃないか。
そんなことを考えたけれど。
いや、こいつ、根っから正義の化身みたいなやつだしな。そう思い直してひとり苦笑する。
「……そうね。そしたら、楽しみにしてるわ」
彼女は見透かしたような目で僕を見て、微笑む。
その表情を、不思議と直視出来なくて。
僕は、窓の外へと視線を向けた。
☆☆☆
たどり着いた終点で。
見上げた駅名には、なんと記されていただろう。
ただ、覚えのある名前だったのは確かだ。
振り返っても、僕が乗ってきた電車に【次】はない。
その道は、そこで閉ざされ、終わっている。
けれど。
「ほら、早くしないと遅れちゃうわよ!」
美しい黒髪を揺らし。
正義の味方はいつだって、僕の先で僕を呼ぶ。
その姿を見て。
駅名看板のもとに、抱えていた花束を添える。
一生懸命、ここまで大切に抱えてきたもの。
その荷物を降ろして。
僕は再び、歩き出す。
窓越しに、多くの知人の姿が見えた。
誰一人として、僕の乗車を疑わない。
扉の前で、見慣れた少女は僕を呼ぶ。
終点には、花束一つ置き去りに。
僕はもう、振り返らない。
もう、心を焼く熱は無いけれど。
それでも、僕は今も生きている。
窓に映った僕は、どこか楽しそうに笑っていた。
以上、完結!!
2年と5ヶ月間。
長期にわたる連載となりました。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!
色々と語りたいことは多いですが。
詳しいことは、活動報告の方に書いておきます。
今だからこそ書ける制作秘話。
あと、作者の本音。
諸々書き連ねるつもりです。
この作品自体のちょっとした後日談、としてご覧下さい。
最後にはなりますが。
少しでも楽しんでいただけたのであれば、感想、レビュー、高評価のほどよろしくお願いいたします。
作者がとても喜びます。
それでは、改めまして。
ご愛読、ありがとうございました。
藍澤建
《追伸》
最後に一つだけ問題です。
【彼が最後に辿り着いた駅の名前は?】
読み手によって千差万別。
答えのない問いではありますが。
これだと思うものを感想欄に書いていただけましたら、作者、喜んで読ませていただきます。
以上、最後の考察の機会を作者から贈ります。




