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11-42『雨森悠人の名を捨てて』

ラスト3話!

彼の物語は終局へ。

そして嘘は、剝がされる――。

「いやー、負けた負けた。こりゃ完敗だねぇ!」


 天守弥人は、あっけらかんと笑っていた。

 体面に座る僕からは、その表情は見えない。

 天井を見上げ、足を投げ出して座る兄を前に。

 ……まあ、こいつの表情なんぞどうだってもいいか。

 そう考えなおし、僕は気にすることをやめた。


「随分とあっさりしてるな。負けたんだぞ、弟に」

「そりゃ、いつか抜かされるとは覚悟してたさ。嫌だったけどね!」


 ……そういえば、そんなことも言ってたか。

 いつか、自分は超されると思う、って。

 僕の道は果てしない、とも言っていた。

 当時を思えば、今の僕よりもはるか年下のガキが垂れた戯言だ。

 別に気にしたこともなかったし。

 なんだったら、こうして話すまで忘れていたんだが。


「マジで言ってたのか、アレ。慰められてるだけだと思ってたぞ」

「えっ、冗談だと思われてたの? あんな場面で嘘なんてつかないよ!」


 嘘。

 嘘か。随分と耳が痛い言葉だな。

 あの日から十年近く、張り続けてきたもの。

 お前の口から飛び出たその言葉を前に。

 今更、なんだか悪いことを指摘されたみたいで肩が揺れる。


 ……まあ、こいつのことだ。

 僕の感じてることなんざ全部把握していることだろうが。

 それでも、何も言わない兄を見て。

 僕は、取り繕うように話を変えた。


「悪いが、正義の味方が垂れる妄言は、聞き流す主義なんでな」

「……相っ変わらず、きついこと言うよねぇ。久々のお兄ちゃんだぞ?」

「知るか」


 なにが久々のお兄ちゃんだ。

 出てきたと思ったら腐り果ててる動く死体なんぞに興味はない。

 くわえて、なんだよあの趣味の悪い触手。

 あんた、一度死んで美的センスまで腐ったんじゃないの?

 間違っても恋には見せられないぞ、今の恰好。

 控えめに言って変態。

 ありていに言って、普通にキモイ。

 仮に生きてたとしても、それはない。

 千年の恋も一瞬で覚めるほどのキッショイ外見だぞお前。

 そんな万感の思いを込めた『知るか』の一言。

 それを前に噴き出す兄へ、僕は言葉を重ねる。


「ただ、お前には興味関心一切欠片も存在しないが、朝比奈には興味がわいた」

「ああ、彼女ね! いやー、君には抜かされるとは覚悟してたけど、あの気弱だった彼女にまで抜かされるとは思ってもいなかったよー!」


 弥人は、天井から僕へと視線を戻してそう笑う。

 ……確かにな。

 朝比奈には、最初から思うところはあった。

 最初は、ただの失望だったそれは。

 いつしか期待へと変わり。

 最後に彼女は、その期待をも上回って見せた。


「実力も、精神性も。もう彼女は僕を超えてる。なら、認めざるを得ないよね。ずっと長年僕と生きてきた善。その片割れといえど……かつての所有者を堂々と胸張って超えられたのなら、天能側も認めるしかない」


 ……ん?

 ふと、弥人の言い回しが気になって思考が止まる。

 こいつ、何言ってんだ?

 気になったので、素直に問いかけてみる。


「……認める? お前、何を言っている?」


 そう問うと、彼は一瞬驚いた様子で。

 けれどすぐに、悪戯をする少年のような顔になって、真実を告げた。


「気づかなかったのかい? 彼女に渡った偽善、変質して【善】に戻ったんだよ?」

「なっ!?」


 あまりの驚きに、一瞬、思考がすべて吹っ飛んだ。

 えっ、マジ?

 なにそれ奇跡?

 いや、奇跡というには出来すぎている。

 どうなってんだよそれ。なんつーご都合主義だ。

 そう混乱するさなか、弥人は微笑ましそうに僕を見ていた。


「そう難しい話ではないさ。偽善として君の中で一緒に育って、彼女の手に渡って、花開いただけ。見事な継承だったし、覚醒だった。僕も大満足な継承先さ。彼女なら信じられる。僕が認める」

「お前が認めたからって…………いや、もう、なんでもいいや」


 考えれば考えるほど頭が痛くなりそうだ。

 なので、思考を放棄して。

 僕はそのことについて考えるのをやめた。


「……とにかくだ。朝比奈は、もうお前を超えている。だから、望むことができるのなら、僕は『その先』を見てみたくなった。あいつがどこまで羽ばたけるのか。今度は【観客】としてみてみたくなったんだ」


 それが、今の僕の『目標』だ。

 それに、もう主役を張れるほど元気でもないんでな。

 僕の胸に渦巻いていた熱は、もう冷めている。

 これ以上、僕の物語に先はない。

 これからは観客として生きるくらいが丁度いいだろう。

 そう告げると、彼は少し懐かしそうに目を細める。


「……そうだったね。君の『目標』は、もう叶っちゃったんだもんね」

「僕の目標? ……ああ、【打倒弥人】だったか?」


 よくもまあ、そんな昔のことを覚えてるな。

 もう忘れてたぞ、そんなこと。

 それに、もう倒したしな、お前。

 というより、当時、子供だった頃のお前ならずっと昔に超えている。

 ……と、そんな感情を整理して、僕は兄へと嘲笑を向けた。


「すまない。随分と低い目標だったんでな。完全に忘れていた」

「うっわぁ! しばらく見ないうちに随分と性格歪んでるぅ!」


 彼は楽しそうにそんなことを言っていたが。

 一転、どこかさみそうな顔をして言葉を重ねる。


「ただ、正解だとは思うよ。過去に生きた人間に縛られるのは、今を生きる人間にとって間違っている。目標は未来に定めるべきだ。君は、何も判断を間違っちゃいない」

「……何を偉そうに」


 ずいぶんと殊勝なことを言う兄を見て、言葉が詰まる。

 それでも何とか、絞り出した言葉を前に。



「そ・れ・に! 君の彼女候補(メインヒロイン)第一号だろう!? 兄としては文句無――」


「なるほど、遺言だな?」



 前のめりになって興奮しだした兄の顔面を、がしりとつかむ。

 さて、砕くか。

 そう一思いに力を籠めると、彼はバタバタと暴れ始めた。


「じょ、冗談! ジョーク! あは、ははは……って、やっ、やめろぉおおお!? いたっ、マジに痛いんだけど!? あ、頭からなんか嫌な音聞こえてくるんだけどぉ!?」

「黙って死に直せ死体風情が。お前と話すことはもう無い」


 朝比奈がメインヒロインだぁ?

 一度頭を砕いてその脳漿に刻み込んでやるよ。

 僕は星奈さん一筋だとなァ!!

 なにが朝比奈じゃぁ!

 一度死んで星奈さんに転生してから出直してこいやァ!!


「というわけで、死ね。いや殺す。今度は物理的に」

「ちょ、ちょっとタンマ!! や、やめてよ冗談だって言ってるでしょ!!」

「冗談でも、言っていい冗談と悪い冗談がある」

「それは朝比奈ちゃんに失礼だと思うけれど……」


 僕はため息交じりに、彼の頭から手を放す。

 すると弥人は安心したように息を吐き、頭の周りを揉んでいた。

「あれっ、なんか凹んでない? 握力でちょっとつぶされてない?」

 なんて声が聞こえた気もしたが、まあ、気のせいだろう。


「とにかく、だ。()()()()()()()()()()()。なら、次は未来を考えるだけさ」

「いや、死なれちゃ困るよ。地獄で家族一同困りまくってたよ。せっかく助けるために与えた『善』の半分だったのに……なんでそれを使って無茶するのかしら、馬鹿なのあの子、って母上言ってたからね?」

「母さんには、馬鹿なんだよと伝えてくれ」


 でなきゃ、こんな無茶は通さなかったさ。

 復讐、復讐と言っておきながら。

 家族を殺された怒りよりも。

 やっぱり、家族を()()()()()()()恨みが強かった。

 最後の最後まで。

 僕はあの男を殺すため、というよりも。

 死んでまで利用され続けている弥人を開放するため、戦っていた。


「……ほんと馬鹿だよ。僕なんて放っておいてよかったのに」

「残念ながら、そこまで兄を嫌えてもいなかった。なら、助けるさ」


 僕の言葉に、彼は目を見開いて驚いていた。


「あの日、正義の味方として生きようと決めた。正義の味方として誰かを助けようと、足掻いて……まあ、結果的には失敗してしまったけれど。その思いは、今も褪せはしない」


 八雲は最後まで【雨森悠人の目的は自分の殺害】だと考えていたし。

 そう勘違いさせるために振る舞い、欺き、嘘を塗り重ねてきた。

 けれど、その根底で。

 僕はただ、あの日の続きを走り続けた。


 たとえ、自分の手が血に染まっていたとしても。

 罪に呪われ、もう誰からも愛されないとしても。

 誰かを助ける。

 その行為は美しいはずだし。

 誰が何と言おうと、正しいはずだ。


 ……もう、まっとうな正義とは呼べないけれど。


 正義の味方なんて、大っ嫌いだけれど。

 兄に打ち明けるのは、とても恥ずかしいことだけれど。

 僕は――雨森悠人は、最後まで。



 正義(家族)の味方として、駆けてきたつもりだ。




 ☆☆☆




「どうだ。お前のこと……少しくらいは救えたか?」




 もう、返事はない。

 言葉が返ってくることなんて、あるはずもない。

 会話なんて、絶対に成立しない。

 はず、なのに。


 幻覚か、妄想か。

 あるいは、泡沫の奇跡か。

 それでも語り合えた、わずか一時を胸に。


 僕は今度こそ、堂々と兄の死を見送る。



「さようなら、兄さん。僕も、頑張って生きるよ」



 兄の死体は、塵となって消えていく。


 その姿から、一人の弟として、最後まで目を離すことはしなかった。


 兄はもう、語ることはないけれど。

 何かを伝えてくれることはないけれど。

 遺言もなにも、あの日にすべて済ませてしまったけれど。


 それでも彼は、最後の最後まで。


 満足げに笑って、風に溶けていった。


 僕の手には、塵も残らない。

 何も残りはしない。

 僕には何も遺されない。


 ……けれど、不思議と悲しくはなかった。


 やっと、彼を送れたのだと。

 そう思うと、すこし肩の荷が下りた気がして。

 答えはついぞ聞けなかったけれど。

 少しでも兄さんが救われたのなら、それで僕は満足だ。


 けれど。

 悲しくはない……それでも、さ。


 僕は、天を仰ぐ。

 空は、気持ちいくらいの快晴だというのに。

 ふと、頬を雨粒が伝った。


 それを裾で拭って、大きく息を吐く。



「……困ったな。寂しいよ、兄さん」


「あ、雨森く……」



 ふと、朝比奈の声が聞こえた。

 僕は彼女のほうを振り返り。

 そのボロボロな姿に、苦笑する。



 ――より早く、唯一の『心残り』を思い出す。




「あ、はは、ははははは!? 負け……っ、負けたのか、この俺が!?」



 朝比奈の声をかき消して、老人は喚く。

 自身の敗北を受け入れられず。

 かといって現状を否定できるだけの材料もなく。

 これから挽回できるだけの策もなく。

 それを考えられるだけの能もない。


 八雲選人は、もう詰んでいる。


 僕は老人へと向き直り、そちらのほうへと歩き出す。


「ひ、いっ!? く、来るな化け物が!!」

「もう今更、お前を見逃すという選択肢はない」


 ただ、そう言っていて少し気になったことがあって。

 僕は朝比奈のほうを一瞥する。

 ――あるいは、正義の味方であるのなら。

 ふと考え至った、その可能性。

 それは、八雲とて同じだったのだろう。

 死の際で、それでも生きることを諦められない老人は。

 挙句の果てに、自分の敗因となった少女へと縋りつく。


「そ、そうだ! おい朝比奈! お、お前、正義の味方だろうが! この野郎、俺を殺そうとしてやがるぞ! とめっ、止めなくていいのかよ!! 殺人だぜ、こいつは罪を犯そうとしてんだぜ!?」


 ……つくづく、無様だな。

 敗因に縋りついてまで、生き汚く足掻くとは。

 彼の眼には、生への執着がありありと浮かんでいる。

 否が応でも生きてやる――と。

 生き延びさえすれば未来は残されているのだ、と。

 そう願い、確信し、足掻く悪党。


 しかし、返ってきた言葉は彼にとっては残酷なものだった。


「……ごめんなさいね、学園長。私は止めはしないわ」

「……っ、こ、この……ッ!」


 正義の味方なら、殺人を止めるのでは?

 その考えは、朝比奈の口から否定される。

 愕然、怒り、それらの中間といった表情の八雲に対し、僕は彼女の考えに、『まあ、そうだろうな』という感想しか抱かなかった。


 正義の側だったからといって、すべての死に否定的なわけではない。

 過去の弥人がそうでもあった。

 彼は正義の味方ではあったけれど。

 決して悪は許さなかった。

 その上躊躇も油断も許さなかった。

 当然、逃げ道など万が一にも許しはしない。


「悪人は等しく法で裁かれるべき。そういった思いはあるけれど……八雲学園長。あなたの物語をこれ以上続けさせてはいけないと、同時に思うの」

「て、てめぇは……正義の味方だろうが! 殺人を許容していいのかァ、えェ!? こいつは俺を殺そうとしてやがるんだぞ! なら、止めるのが――」

「……ほら、そうやって時間を稼ごうとしている。捕らえられて、警察に連行されて、法廷に立って、裁きを下されるまで。……それほどの時間的余裕があるのなら、自分は何とか活路を見いだせる。()()()()()()()()()。――そう確信しているから、あなたはこの局面で私に頼ろうとしている」


 朝比奈の言葉に、八雲は一切、反論できなかった。

 何一つとして違うことなく、図星だったから、だろう。

 彼の額に汗が滲む。

 嚙み締めた唇から、血が滴る。

 けれど、関係ない。


 もう、運はお前に味方しない。


 僕は蹲る老人の前に立ち。

 怒りと恐怖と絶望と。

 様々な感情の入り混じった目で僕を見上げる彼に対し。



「諦めろ。ここがお前の終点だ」



 あの日は、ついぞ訪れなかったが。

 今日は違うぞ、八雲選人。

 僕が、お前にとっての死神だ。


「……っ、は、ははははは! 俺を、殺す!? 殺すか、志善悠人ォ!」


 僕をその名で呼び、彼は発狂する。

 慣れない呼び方に、僕は眉がピクリと跳ねたし、朝比奈は居心地悪そうにするが。

 それ以外、警戒は緩めないし、最後まで油断も容赦もかけるつもりはない。


「あの日もそうだったよなぁ!? お前は俺を一度殺してる! けどなぁ、最後の最後で恵まれてるのはいっつも俺だ! 俺様なんだよ志善悠人! いくら殺されようと、どれだけ悲惨な末路をたどろうと! 最後に笑ってんのは俺だ、俺に決まってるんだ! 俺は絶対に死なねぇ! 死ぬはずがねぇんだよ!!」


 ……この男の言葉には、確かに説得力がある。

 理由も根拠も存在しないが、実績がある。

 この男は、かつて二度の死を経ておきながら、今なお生きている。

 どれだけ逆境に立とうとも。

 まるで、神にそうあるべしと恵まれているかのように。

 当たり前の顔をして、最後の最後で笑い続けてきた。


「お前に、俺を終わらせられるかァ!? 塵一つほどに押し潰しても終わらせられず、終いには、死体に『トドメ』を預けて失敗してる! そんなてめぇが! 最後まで抜けなく抜かりなく、俺を殺しきれるとでも思ってんのかよォ!? なぁ、そうだろうよ! 兄貴殺しの人でなし!」


 肩で息をしながら。

 それでも、八雲の自信は崩れず、揺らがず。

 その先の、確たる生存の道を見据えて。

 どこかに転がっているはずの、勝機を見据えて。

 堂々と胸を張って、死地で僕を煽り散らかす。


 だけど。



「ああ、殺せるよ。僕ならお前を、終わらせられる」



 満足げに笑っていた八雲から、次の句が消える。

 先ほどまで自信に満ちていたその瞳は。

 大きく見開かれ、ただ、僕の姿を見据えていた。


 瞳が揺れる。

 それは、恐怖によるもの。

 僕の貌、僕の表情、僕の目を見て。


 彼は、その終わりを予感した。


 根拠のない、実績頼りの自信なんか意味はない。

 僕が送るのは、至極単純。

 ただ、殺す、と。

 濃厚な殺意に裏打ちされた、近い未来の処分宣言だ。

 そこに一切の容赦はなく、一切のゆるぎはなく。

 据えた覚悟は、どうあろうと砕けない。


「兄はお前を評価していなかったがな。僕は別だ。お前は二度も死から生還し、そのたびに悪意の限りを撒いてきた。お前は驚嘆に値する。と同時に、全力で始末すべき害虫としても認識した」


 これでも、お前のことはすごい奴だと思ってるんだ。

 あんな状況から、たった一人ですべてを壊し、覆し。

 死の運命からも逃れ続けて――ここまで至った。

 その執念、その行動力、運の良さ。

 何か一つでも欠けていれば、お前はここまで至れなかったはずだ。

 少なくとも、ソレは僕ではできなかった芸当。

 ……ああ、尊敬するさ。

 だから敬意をもって、全力でお前を終わらせる。


「天守周旋を汚し、天守ともえを侮辱し、天守弥人を愚弄し、多くの人生、多くの命、多くの魂を歪め狂わせ……その上で、今の今まで逃げおおせたことは褒めてやる。だが、いつだって大人は責任を果たすモノだ」


 眼前で、老害を見下す。

 僕を見上げる目に、怒りは既に存在しない。

 ただ、溢れんばかりの恐怖が涙に代わって、頬を伝う。



「一つ問う。お前はガキか、それとも大人か?」



「……っ」


 いいよ、自分がガキだと認めるのなら。

 何にもわからず、分別もできず。

 悪意なく悪意を散らすクソガキだと、自分でそう認めるのならそうしろ。

 現状を見て、今の姿格好を理解したうえで。

 その上で、『子供なので見逃してください』とでも吠えろ。


 だが、そうじゃないだろ。

 お前はもう大人だろ。

 僕よりもずっと年上のはずだろう。


 なら、責任は果たせ。

 お前が今まで好き勝手やってきたように。


 今度はお前が――僕の好き勝手に終わる番だ。


「一応言っておくが、回答は不要だ。今更どんな言葉を交わそうと、お前が生きるのを絶対に諦められないように――僕がお前を殺す。その決定も絶対に変わらない」


 だって、元より決めていた。

 お前が母の死体を壊した、あの瞬間から。


 生死を疑う余地もなく、確実に『これ』で破壊する、って。




「【()()()()】」




「ひ、ひい……っ!?」


 たった一言。

 それだけの、死刑宣告。

 それを前に、八雲は目に見えて怯えを見せる。


 ……我ながら、無駄な労力だとは思うさ。

 もう、僕は力なんか使わなくても強い。

 天能なんざ使わなくたって、生きていける。

 だけど。

 この『けじめ』には全力で向かうと、最初から決めていた。


 手札のすべてを失い。

 もう、何もできない老人に対し。

 拳を振り下ろせば終わる話を。


 それでも僕は一切の手を抜かず、全力で仕留めに掛かる。


 ふと、僕は空を見上げる。

 夕焼けに、赤く染まり始めた空には。

 遠く遠く、宇宙のかなたに星が煌めく。


 おそらくは、最後の人殺しを前にして。

 覚悟を決めるまでの、わずか数秒。

 天を仰いで息を吐いた――僕の隙を逃さず、八雲は逃げた。


「い、いやだ! いやだいやだ、いやだぁあああああ!!」


 僕に背を向け、獲物が逃げる。

 何度も転びながら、幾度も足を滑らせながら。

 逃げ場など無いというのに。

 それでも生を求めて、脱兎のごとく駆けてゆく。


「死にたくない、死んでたまるか! 俺は、俺はぁ! まだ生きるんだ!! 俺は死なない、死んでいいはずがない! 俺が強いんだ! 俺が一番偉いんだ! 俺が一番――っ」


 空より、視線を戻して。

 怯え、恐怖し、絶望し。

 それでも生にしがみつこうという背中を見て。

 憎悪も失望も、逆に安堵といった感情も湧かなかった。


 ただ、もう声も届いていないであろう、宿敵に。

 最後の最後だし、と。

 ついぞ今まで背負い続けてきた荷物。


 その【嘘】を、ここに明かすことにした。



「最後に一つだけ、お前の【勘違い】を正しておく」



 朝比奈は誤魔化せなかったし。

 星奈さんも、何を言うでもなく僕の『正体』を察してた。


 だが、お前は違った。


 お前は、あの日の悪魔に怯え続けた。

 彼のありもしない影に恐怖し、多くの策を練り。

 彼を殺すために、と悪意を弄した。


 ああ、確かに。

 お前の策は脅威的だったし。

 嵌れば殺されていたのは僕だったかもしれない。


 けどさ、八雲選人。



 ……そりゃ、勝てるわけがないよ。



 だって最初から、戦ってる相手を間違えてるんだから。



「お前を殺し損ねるような、()()()()()()()()()()()()()()()



 遥か天空へと、指を向ける。


 指し示すは、星の彼方。



 撃ち降ろすは、わずか一筋の流星。





「【()()()】……は、もう済んでいたよな」





 その言葉に、逃げていたはずの八雲が、僕を振り向く。

 その目に映るのは、尋常ではない驚き。

 この局面で思い出すのは、開戦前に彼と交わした会話。


 僕が過去に残してきた――確殺の一撃。


『最後は病院か。……お前の墓場にしては随分と上等な舞台()()()じゃないか?』

『そう急くなよ親友。時間は私たちの味方だぜ?』

『……残念ながら、時間はいつも僕の敵でね』


 おそらく、八雲もまたソレを思い出したのだろう。

 愕然と目を見開く彼の姿に、苦笑を漏らす。

 天能臨界、と吠えたところで悪いのだが。

 僕の『ソレ』は、ずっと前からすでに展開を終えている。


 一時は、弥人に使ってしまおうかと悩んだこともあったが。

 そこは素直に、朝比奈に助けられたと言っておこう。


 それに……やっぱりさ。

 奥の手は最後の最後まで残しておくもの。

 もう、手も足も出なくなった、策切れの獲物を前にこそ。

 僕は、確実な初見殺しをぶつけてやりたい。


 それに、過去とは違う。

 もう、暴走したりはしないよ。

 お前ごと星を撃ち抜くような失敗はしない。


 狙いは外さない。


 撃てば必中。

 当たれば確殺。


 回避など赦さない。


 防御など間に合わせない。


 自覚も懺悔も、もう不要だ。


 お前はただ、気づく間もなく死んでゆけ。



 視線の先で、八雲が僕のほうを向き、何かを叫ぶ。




「お、お前ッ! まさか――っ」




 されど、言葉は最後まで続かない。

 たった一つの銃声に、すべて搔き消され。


 後に残ったのは、たった一言。僕の言葉だけ。






「――【星穿つ銃声(オフ・ステラ)】」






 それは、一筋の流星。

 茜の空を切り裂く、白銀が一閃。

 宙の彼方より、寸分の誤差なく飛来する。


 もう、それより先を語る必要はない。


 終わりの銃声は、狙った獲物を違えない。


 放ったが最後。

 一切の抵抗は叶わず。

 ただ確実な勝利を決する、一撃必殺の流星が瞬く。



「もう聞こえちゃいないだろうが……」



 八雲選人の頭蓋が、その場で弾ける。


 悲鳴はない。

 抵抗はない。

 自覚もなかったろう。

 ただ、終わる。


 一撃のもとに撃ち抜かれ。

 八雲選人の物語は、ついに終わりを迎える。


 彼の体が、力なく大地に倒れ伏し

 その姿を見送って、僕は地獄へ向かう彼へと言う。




「――()()()()()()()




 お前の読み違い。

 言っちゃ悪いが、見ていて随分恥ずかしかったぞ。


【嘘なし豆知識】

〇雨森悠人

本名は、天守優人。

天守家の次男坊として生まれ。

天能を扱う、その一点において他の追随を許さぬ天才。

当然ながら、その才覚においては天守弥人を優に超える。

偽善にて獲得した能力での、天能臨界。

天守弥人が死後にて成した技の極点。

それを天守優人は平然と、当たり前のように行使していた。

彼の用いた【星の恩恵】こそ、まさにその一例。

されど、奥義の真似事は彼の本質にあらず。


彼の本意気こそ――天の彼方より訪れる確殺の流星。


星穿つ銃声(オフ・ステラ)


過去とは異なり、威力・時間の調整が変幻自在となった彼の奥義。

圧倒的肉体性能による無類の戦闘能力と。

一切の回避、防御を許さぬ白き流星。


今の天守優人に、一切の隙はなく。

おそらく、ではあるが。

今の橘一成をもってしても、雨森悠人を殺すことは叶わないだろう。




☆☆☆




【質問が来そうなので先にお答え! のコーナー】



①瀕死の雨森悠人が、それでも強化版死体弥人と戦えていた理由。

それは、戦闘開始前から少しずつ【銃】そのものを宇宙空間での【星穿つ銃声】の構築に回し、異能の複数所持によるスリップダメージを減らしていたから。当然、今の雨森であればすべてを一気に移行することも可能だが、そうすれば一気に調子が上がり、八雲に違和感を覚えられ、下手をすれば逃げられてしまう。なので、雨森は烏丸に偽善を奪われるその時まで、異能を複数所持している、という状況からは逃げなかった。


②今の雨森は、三分を待たずして天能臨界使えるの?

使えます。

ただし、最大火力にまでもっていくなら、三分は必須です。

といっても、その最大火力は星を砕いてもなお余りある威力なので、三分を待たずして放つ『急ごしらえ』なテキトーな臨界であっても、確殺の威力は有しています。


③雨森の使えなかった『偽神』を弥人が使えていた理由。

雨森悠人は、天能を扱う才能において弥人を超えています。

ただし、それは雨森悠人が多少……いや、かなりぶっ飛んでいるだけであって、弥人本人もぶっ飛んでいるのは皆さん知っての通り。雨森は『霧』をある程度使える便利な能力としてとらえ、訓練もさほど行っていなかったのに対し、弥人は生前よりその力に向き合い、多くの時間を費やしてきた。

その時間を、雨森は才能だけでは覆せなかった。それだけの話です。




④八雲選人は死んだの?


『さあ、どうでしょう?』




☆☆☆




一部始終を見守って。

ついぞ手を貸すことはなく。

彼は今も、そして未来も。

きっと、彼の前に姿を現すことはない。


「……だって、君に合わせる顔がないからね」


黒い外套を翻し。

亡霊は、暗がりの中へと消えてゆく。




次回【黒翼は雷と笑う】




「でもね。君に甘いとは言われたくないよ、優人」



いつだって、あの男に引導を渡すのは――【星】の役目だ。

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【新連載】 竜を超える膂力に、史上最強の魔法。 ありとあらゆる才能に恵まれながら。 しかし、その転生にはちょっと足りないものがあった。 しかし、足りないものは『ちょっと』だけ。 不足は努力と工夫で埋め潰し。 やがて、少年は世界最強へと成り上がってゆく。 異世界転生、ちょっと足りない
― 新着の感想 ―
途中までは雨森悠人の正体、優人くんの方だよね…?と思いつつ散りばめられた嘘に転がされまくった一読者です。過去編であれだけ「僕は頭悪いし」連呼してた志善くんがこれだけの策巡らせられるわけないしなぁとか失…
2024/12/01 22:17 スッキリ!
2週目読んだんですが、ちょっと疑問です。 雨森はなんで雷の能力と霧の能力を分けて取得してるんですか?確か【星】に自然操作の力はあったはずだけど……?仮に記憶違いでも、【自然の加護】の方を取ったらいいと…
[良い点] 優人派だったからなんか嬉しい。 弥人は、先に死んでいて助かる確率が低そうな優人に偽善を先に渡すはずという頼りない根拠でここまで優人だと信じてきました。 「あんな甘ちゃんと一緒にするなよ」と…
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