10-17『全力』
仮面が落ちる。
道化の被りモノが剥ぎ取られ。
その下から現れたのは……何だったのだろう。
ただ、認識できたのは『真っ暗闇』。
どこまでも深く続くような、深淵。
それが、執行官の顔に張り付いていた。
……というより、その闇こそが重要な気がして。
まるで僕には、彼の身体はただの人形で。
その深淵こそが、執行官と名乗る『何者か』、なんじゃないかと思った。
でも、不思議と。
その闇が綺麗な黒色だなって。
場違いにも思ったのは、内緒の話だ。
「……ッ! 志善!」
僕が思わずその闇に見惚れていると、優人の声が響いた。
目を見開いて現実を見ると、ものすごい暴風が僕らを襲う。
「か、『風よ』!」
咄嗟に僕ら周囲の風を支配。
それらの暴風を受け流すように風の壁を配置するが……それでも微風が突き抜けてくる。
嘘だろ……一部の隙間もなく壁を敷き詰めたのに。
ただの余波で、僕の天能を突き破ってくるとか……自信なくすよ。
「……ほう。これだけの精度で天能が使えるかい」
「当然です父上。私を相手に、天能を使わず数分持ちこたえた男ですよ。時間があればこれくらいの自然環境は操るでしょう。ねぇ、志善様」
「……話しかけないでもらえます?」
一成さんと月姫の会話。
褒められているのがちょっとうれしかったけど、認めたくなかったので顔を背ける。
視線は暴風が襲ってきた先――橘克也の居所だ。
「はっはー。こりゃ想定外だねぇ……何その姿」
聞こえてきたのは、弥人の声。
その言葉はいつも通り、軽い印象だったと思う。
けれど、声色は全く笑っておらず。
暴風が止んで見えた彼は、真剣な表情でその先を見つめている。
僕は、弥人の見る先へと視線を向ける。
……そして、美しいと、不思議とそう感じてしまった。
「何も変わらんさ。私は私として……橘克也として此処に在る」
その姿は、先ほどとは一変していた。
全身に闇を纏うような、黒衣。
肩にも届かなかった髪は、腰辺りまで長く伸び。
年齢は小学生の姿から、大人ほどの背丈まで変貌。
青かった両目は、片方が赤く染まっている。
「な、なんだあれ……」
隣の優人が、恐怖を滲ませる。
……ってことは、今のあの姿に対して好感を抱いているのは僕だけなのかな。
もしかして、うわさに聞く中二病ってやつなのかもしれない。
白よりも黒をカッコいいと思って。
表よりも裏を選びたがる。
光より闇の方が好ましいとか……もしかして僕、中二病なのかもしれない。
これはバレたくないな……馬鹿にされそうだし。
そう考えて、僕は黙ることにした。
しかし、なんでだろう。
執行官の人形姿は不気味に見えたのに……あの姿は神聖に見える。
まるで神……とか思ったけど、隣に月姫がいるので思考を改める。
僕の語彙力じゃそれ以外に当たはまる言葉が思い浮かばなかったので、思考はそこで終わらせた。
「まだ完全に判明したわけではない……ただ、克也はあの状態になると、遠い先祖……神の力を五回勝利の達成難易度に応じて引き出せるようなんだ。要は無敵さ。さしもの私も、自慢の盾を素手で粉砕してくるような輩には勝てないよ」
「……貴殿の盾を、素手で、か」
一成さんの言葉に、父上が静かに戦慄している。
それほどまで橘一成という男は絶対的な強さを持っていて。
それを負かしたという今の橘克也は、脅威以外のなんでもなかった。
「弥人! 油断するなよ!」
「わかってるって、優人!」
優人の叫びに、弥人が秒で返す。
白銀の翼が大きく広がる。
左右七つ、合計十四翼の白銀の内……一つが灰色に染まった。
「『正義の名の下に借り受ける。力の名は――【雷】』」
その瞬間、視界を光が埋め尽くす。
それが雷によるものだと。
自然にかかわる僕だからこそ、なんとなく察知できた。
「う、そでしょ……っ!」
しかし、僕が必死こいて頑張って、その先に何とかモノにできた雷。
それを、たった一秒足らずで再現されると……現実逃避したくなってくる。
しかも、その技量は僕の力とは天と地ほどの差があった。
天上から降り注ぐ、幾筋もの光。
人知の及ぶ速度ではない。
人知の耐えうる威力ではない。
自然界においておおよそ、光を除く最速の最大火力。
それらが目指すはただ一点、橘克也だ。
「行くよ克也。今の君なら、僕の本気くらい耐えるだろ?」
雷轟く中、そんな声が聞こえた気がした。
全ての雷が大地を灼く。
あまりの衝撃。
熱波に唇が渇き、切れた。
いや、やりすぎでしょ、と思ったのもつかの間。
それらすべての雷が、何者かによって殴り飛ばされる。
すさまじい光量のなか、それを察せたのは弥人自身と、僕くらいだろうか。
雷が殴られたとしか思えない曲がり方をした。
そう理解して間もなく雷は消え去り――その中から現れたのは無傷の橘克也だった。
「……うそでしょ」
「さっきから同じ言葉ばかり言ってますよ、志善様」
隣の月姫がそんなことを言っていたが、無視。
というか反応できる余裕もなかった。
僕が反応するよりもずっと早く、弥人が動いていたから。
彼は両手の指を組み合わせる。
右手、四本。
左手、四本。
合計八指で組み上げたのは、猪のような形。
気が付けば、彼の翼はまた一つ灰色に染まっていて。
周囲へと、白い霧が漂い始める。
「『正義の名の下に借り受ける。力の名は――【霧】』」
そして、霧は水となって形を成す。
見上げるほど大きな、白い猪。
どこまでも美しく、神聖な姿に思わず呆ける。
しかし、相反していたのは天守家の反応。
「あ、あんの馬鹿! 一番暴れるヤツ出しやがったな!」
「えっ?」
優人がそう叫ぶと同時に、猪の叫び声が響く。
空気の壁を作っていたため幾らか反射できたと思うが……それにしても鼓膜が破れそうな爆音。
はた迷惑な力を行使する弥人は、とても面白そうに笑っていた。
「裏八番!【カリュドーン】!」
その大猪は、大地を蹴り飛ばして駆けだした。
まるで周囲のモノすべてを踏み潰さんという勢い。
あまりの光景に唖然とする間もなく、対する克也も動き出す。
「煩い、退けろ」
短い文句を二つ言って。
彼は、目の前に迫る大猪を蹴り飛ばす。
――瞬間、周囲へと衝撃は一切なかった。
音もなく、振動もなく。
ただ、あれほど凶悪だった猪が、たった一撃で首の骨ごと陥没していた。
「な……ッ!?」
情けないが、僕じゃあの猪一匹だって倒せない。
そういう力の差を感じた。
だというのに……たった一撃。
蹴り一撃で粉砕しやがった。
「うっはー! 反則でしょ、何その強さ!」
「この状態に立ち回れているお前が言うな」
再び克也が大地を蹴る。
その動きは……なんとか、うっすらとだけ目で追えた。
再び迎撃に走る無数の雷を簡単に避けて。
無傷のまま弥人の眼前へと躍り出る。
「五分間だ。それだけ生き延びればお前の勝ちとする」
鼻先が触れるような至近距離。
そう、克也が言ったのが見えた。
対する弥人は笑顔を返し、拒絶する。
「なーに言ってんだい。僕は、今の君に勝ってみせるよ」
そう言って間もなく。
克也の身体が、後方へと力強く引っ張られる。
――重力。
間違いない、あれも自然の力だ。
僕の操れるであろう力の完成形を、弥人は行使する。
ふと、彼と目が合って確信を得た。
……間違いない。
弥人は僕への授業もかねて、この戦いに臨んでいる。
『君の力なら、これくらいできると思うよ』と。
今の克也を前にしても、余裕サラサラでそんなことをやっているわけだ。
「……授業のつもりか。……まあ、霧や雷はもとより弥人の十八番だがな」
「優人もそう感じるなら……間違いないよね」
優人からの同意も得て、確信は実感に替わる。
対し、そのアイコンタクトを目視していた克也にも変化があった。
「……なんの真似かは知らないが、手抜きとあらば勝たせてもらうぞ」
「どうぞお好きに? ……ただし、この天守弥人に勝てるならね!」
そして、両雄は再び激突する。
圧倒的な身体能力で駆ける克也。
その肉体はあらゆる天能をはじき返し、無傷を誇る。
まさしく無敵。
おそらく攻撃力も同様だろう。
一撃でも入れば、弥人の敗北は間違いない。
が、弥人も弥人だ。これ以上なくうまく立ち回り、全ての攻撃を避けている。
一成さんが防御に特化した先の最強であるならば。
天守周旋が殺傷能力に特化した先の強さであるならば。
天守弥人は、まさしく万能。
いいや、全能と呼ぶべきか。
その場その場で力を使い分け、どのような状況にも対応する。
おおよそ、彼の手の届かない場所はないだろう。
「こりゃまた……仮に戦っていたなら苦労しただろうねぇ」
「……当たり前だ。弥人は天守の最高傑作。私や貴殿が優れているのも今の内だけ。近い将来、息子は私たちを超えていくだろう。……悔しいことにな」
一成さんと父上の会話。
そんな会話が聞こえてくる間も、戦いは続いている。
振り返って屋敷内の壁掛け時計を見る。
――試合開始から、既に3分以上経っている。
克也の能力が5分間限定というのであれば……もう残りは2分とない。
「……もうすぐ、終わりそうだな」
ふと、優人が言う。
彼の横顔を見て、僕は咄嗟に言葉を返せなかった。
兄の戦いを見て、彼は何を思うのか。
目指すべき先。
いつか超えるべき高い壁。
心の底から憧れた、兄。
その本気を目撃して、その少年は。
「…………っ」
僕は結局、最後まで言葉が思いつかずに。
その戦いは、最終局面を迎えていた。




