8-11『幻』
闘争開始から数分。
僕と倉敷は森の中を駆けていた。
「おい雨森、今から走ってA組の所まで間に合うのかよ」
「……喋る余裕があるのか」
僕はそう言うと、彼女は呆れたように顔をゆがめた。
「嫌味か?」
「……言い方が悪かったな。かなり速度を出してるはずなんだが、平然と併走して……その上で喋れるだけの余裕があることに驚いてたんだ」
コイツ……頑なに異能を教えようとしないけど、明らかに身体能力強化だよな。
……まぁ、僕も『倉敷蛍の本当の異能名』は知っている。頑張って調べたからな。
だけど、その内容については分からない。
なんせ倉敷蛍は、この学園に入学して以来、異能を全力で使ったことがないだろうから。
「はっ、んな事気にしなくていいんだよ。つーか、それより急ぐべきなんじゃねぇのかよ。もう数分経つぜ?」
「ん? あぁ、それなら問題は無い」
だって、もう攻撃は始まってるからな。
僕はその場にいないけど。
既に軍勢は送り込んでる。
橘を相手に不安しかないけれど……それでも数分くらいは持って……欲しいなぁ。
「まーた隠し事かよ……イラつくぜ」
「イラつくついでに、倉敷。お前には一つ仕事を任せたい」
「……だろうな。でなきゃ私を指定しねぇだろ」
僕は併走しながら倉敷を見る。
今まで、C組の精神的支柱として活躍してきた倉敷蛍。僕が最初に目をつけた同志でもあり、今や雨森悠人の片腕だ。
そんな彼女を前に、しみじみ思う。
「初めてかもな、お前を純粋な『戦力』として頼るのは」
☆☆☆
その後、一分も経たず。
僕は、戦場へと到着した。
「……あら、本物のご到着ですか」
目の前の光景を見て……辟易する。
橘月姫を中心とする1年A組。
彼ら彼女らは、途切れる気配のない猪と蛇の軍勢と戦っており……その中心には橘月姫が立っていた。
そして彼女は、雨森悠人の首を片手に引っさげ、笑っている。
……我ながら、なんという衝撃映像。
自分の生首がぷらぷらしてるよ。
それなりに本気を出して作った『分身体』だったんだけどな……。さすがに、橘相手には通用しないか。
「どうだ、ハリボテでも多少は焦っただろう。さすがのお前も、その微笑が崩れたんじゃないか?」
そう言うと、橘の頬がピクリと動いた。
……図星か。
こいつの微笑が崩れた瞬間に立ち会えなかったのは残念だが……A組に逃げられる前に到着出来たのは重畳だ。
「どのようなことであれ、私に敗北はありません。潰しますよ?」
彼女は生首を持ち上げると、もう片方の手で指を鳴らす。
――瞬間、すべての霧が弾け飛ぶ。
生首を構成していた霧だけではなく、A組の周囲をおおっていた猪と蛇、監視用に空を飛んでいた烏でさえも、一匹残らず消滅する。
「雨森悠人が異能を使った事実――を、なかったことにしてみました」
正確に言うと『幻にした』……だろうか。
どんな攻撃もどんな劣勢も。
思うだけで覆せる。
思うがままに、思う様に。
現実を好きなように改変できる。
言ってしまえば、それが彼女の能力だ。
「……反則の権化か、お前は」
「あら、数キロ先からA組を圧倒するような人外に言われたくありませんね」
しかも、と彼女は続ける。
「先程の偽物を見たところ……自動人形のようなものでした。自分とは別の意識を持ったもう一人の自分の複製。……性能は格段に落ちますが、それにしてもあまりある有用性ですね」
だからなんだと思ったけれど。
言うより先に、背筋が少しヒリついた。
「燃え尽くせ、『溶岩蓮拳』……ッ!」
「おっと」
僕のいた場所へ、溶岩の拳が振り落とされる。
大きく回避してそちらを見ると、僕を睨む熱原と視線がかち合う。
……この男、確か個人でひとつの塔を守る予定らしいが、それだけ驚異的な成長を見せた、ということだろうか?
「ま、どうだっていいか」
熱原の顔面を蹴り飛ばす。
熱気に靴が溶けて足が炙られたが、そんな程度は怪我に入らない。
僕は両の靴を脱ぎ捨てると、熱原は灼熱の中で立ち上がる。
「俺は良くねぇ。何も良くねぇ。てめぇがのうのうと生きてるだけで反吐が出る。……てめぇと黒月奏だけは……確実に潰す」
「それは困るな……。黒月はまだまだ使える駒だ」
「てめぇの心配してろや糞が!」
熱原から膨大な熱量が弾ける。
十メートル先からでも肺が焼けるような熱気だ。
……こいつ相手には、三つ目の異能を使った方がやりやすいんだがな。
特に、霧の能力は熱条件下で弱い。
能力の相性的に、熱原は僕の天敵だ。
けど、だからなんだって話だよな。
「『黒雷』」
指でピストルの形を作り、構える。
その指先にバチリと黒雷が纏い……次の瞬間、強烈な衝撃波を伴って放たれる。
「――ッ!?」
朝比奈霞の全速力より、さらに速い。
しかも威力は一撃必殺。
……まぁ、本当に殺したら脱落だし、殺さない程度の威力には押さえているけど。
少なくとも、半身不随くらいは覚悟してもらおうか。
熱原は動けない。
雷撃に周囲の地盤が抉れ。
そして、白い影が雷撃の前に割り込んだ。
「あら、私のことは無視でしょうか」
声と共に、雷撃が片手で受け止められる。
……橘月姫。
彼女は僕の放った雷撃を片手で止めており、そのままぎゅっと握りつぶした。
その掌には軽く焦げた後が見えたけれど、次の瞬間には怪我も消えている。
彼女が後方を振り返れば、熱原の放っていた熱も、僕が蹴り飛ばした時の怪我も、何もかもが消えていた。
「ここで戦力を割くのは愚策です。熱原くん。怒りは分かりますが……ここは私に任せて貰えませんか?」
「……チッ、まだ、俺じゃアイツに勝てねぇか」
「ええ、私以外では話になりません」
まだ、というか……未来永劫追い越されるつもりはないんだけれど。
まぁ、口を挟むのもアレなので、両指を三と四本突き立てた。
「逃がすと思うか?」
再び、周囲へと猪と蛇が出現する。
その姿は先程までより一回り大きい。
遠隔操作していた時と、こうして近くから操作している時じゃ強さの格が違う。
C組には『橘月姫を足止めする』と言っているけど……A組全員を潰してしまえばそれで終わりだ。
無駄なく終われるなら、それに越したことはない。
まぁ、それが可能なら、の話だけど。
「させると思いますか?」
声が響き、再び使役獣が消えてゆく。
思わず舌打ちを漏らし、彼女を睨む。
「好きな異性には自分のことだけを見ていて欲しい。そんな乙女心を無為にしないで欲しいのです」
「今すぐ脱落してくれたら好きになるかもな」
「あら、いけず」
彼女は楽しそうに笑うと、A組の生徒たちへと視線を向けた。
その一瞥だけで全てを察したか、A組の生徒たちは一目散に駆け出してゆく。
「……止めないんですか?」
「言ったろ、無駄は嫌いだ。逃げようとするA組を全滅させるのは、橘月姫がいる限りは不可能。試すだけ無駄ってものだ」
……真面目に、ここでA組を片付けてしまえば――とは思ってた。
全てが終わったあとにC組へと説明する必要はあるにせよ、それが楽だし、手っ取り早い。
だけどそれは、あくまで希望。
橘がA組にいる限り、その実現は絶望的だと分かってた。
「ええ、貴方は確かにA組を完封できるだけの強さを持っている。ただ、その強さも万能じゃない。私はあなたの力の適用外を攻めるだけでいいのです」
「……随分と余裕だな。お前からA組が離れた今、遠隔操作で襲うことだって出来るんだが?」
あえて、正直に聞いてみる。
彼女は僕の言葉にきょとんと目を丸くした。
だけど、すぐに笑顔を貼り付ける。
されどその笑顔は、女神のように美しく……そして、冷酷に見えた。
「私のこと、舐めてらっしゃいます?」
「――ッ!?」
咄嗟に両腕を防御に回す。
ふわりとスカートが揺れる。
ゆったりとした動作で。
されど洗練し、無駄のない動きで。
彼女の蹴りが、ガード越しに僕の全身をぶち抜いた。
「が……っ」
あまりの衝撃。
新崎の攻撃とか、堂島先輩の拳とか。
そういうのとは次元が違う。
彼ら人間の繰り出せる威力じゃない。
明らかに、人間を辞めている超火力。
僕の体は一直線に吹き飛ばされてゆく。
一切減速もせず、僕の体は遠く離れた塔の中腹に激突。そのまま外壁を壊して内部へと転がり込む。
「……怪物退治も楽じゃないな」
「あら、酷いことを仰るのですね」
気がつけば、壊れた壁際に橘の姿がある。
すぐさま拳を握って構える――だが。
「無駄ですよ、幻ですから」
懐から、彼女の声がした。
目の前へと拳を振り抜くより先に、彼女の可愛らしい『デコピン』が僕の顎を撃ち抜く。
……いや、威力は可愛らしくなんてないけれど。
僕の体はそのまま吹き飛ばされ、三階上の天井にまで突き刺さる。
「A組の相手をする余裕なんて……あると思いますか? これは橘月姫と雨森悠人のためだけの戦い。余人に介入する権利など微塵もありません」
「……言ったはずだぞ。これはA組とC組の戦いだ。お前が倒すべきは僕じゃない」
体の埋まる天井へと軽く拳を振るう。
一撃で粉砕した天井から脱出し、僕は瓦礫の中に着地する。
……その瓦礫のひとつに、少女は座っていた。
「まだ下らないことを言っているのですか。C組は勝てませんよ。朝比奈霞が不在な今、明確な戦力不足です」
振り返る。
……どこから探し当てたんだか。
彼女の片手には、例の王冠があった。
「とりあえず、1対0……になるのでしょうか。あと一つ取ってしまえば、あとは逃げ切るだけですね」
この闘争に参加するものであれば、誰であっても喉から手が出るほど欲しいソレ。
だが、それが『幻』で無いと断言できない。
僕が焦って取りに行っても、偽物だっていう可能性だってある。
そして、その隙をつかれて一撃退場、ってのも場合によっては有り得るわけだ。
僕は肩に装着した器具をさする。
――制限時間は3時間。
僕はこれから、実像か幻像かも分からないヤツの王冠を、奪いに行く。
久方ぶりに『負けるかもしれないな』と思うけれど、そんな感情も久しぶりだ。
「……長らく、成長なんてものとは無縁だったが」
これは、僕が乗り越えるべき大きな壁。
きっとこの壁を乗り越えた先には、まだ見ぬ自分が待っている。
そんなことを思うと、廃れきった心も少しは正常に動き出す。
「――宣言しましょう。貴方は負ける」
彼女の言葉に。
僕は笑って言い返す。
「残念だが、お前は負けるよ。橘月姫」




