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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・一学期後半
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雨降り×午後

 先日の茜が告白された騒動も終わり、俺はいつもの日常へと戻っていた。ああいう事があると、こういった何も起きない日常というのがいかに素晴らしいのかをよく実感できる。

 ファンタジー小説や漫画などの非現実世界に身を置きたい――そう言う人は結構多いと思うけど、実際にあのような世界観に身を置いたら、きっと安心して過ごせない毎日になるのは間違い無い。

 でも、人がそんな世界に身を置きたいと願うのは、現実がいかにつまらなくて味気無いかを知っているからに他ならないと思う。だからこそ、そういった非現実世界への憧れを持つのだろう。

 しかしながら、それでも人は安定と安心を求める。本当に人間って生き物は、おかしくも矛盾した思考を持った生き物だ。

 まあ、だからこそ人は思考の世界で遊べるようにと、想像力というものを身につけたのかもしれないけどな。


「あー、俺もこの世界に行きてえなあ……」


 そんな事を思いながら、いつもの様に見ていたラブコメ漫画の世界への憧れを募らせる。

 しかし俺の場合は世界観と言うより、登場人物達の置かれている状況に憧れを抱いているんだと思う。

 まあそれはともかくとして、七月も中旬を過ぎたというのに、ここ五日程はまるで梅雨を思わせる雨模様が続いていた。

 窓の外では激しい雨が降り続けていて、その雨が屋根を激しく叩きつけている音が部屋のベッドで寝そべっている俺の耳にもはっきりと聞こえてくる。

 窓外に見える空が暗く淀んでいるせいで、時計を見ないと朝なのか昼なのかがよく分からないくらいだ。まあ今日は学園から帰って来た後なのだから、既に夕刻を過ぎているのは分かってるんだけど。

 ベッドから下りて本棚に向かい、今まで読んでいた本の続きを手に取ってから再びベッドの上へと戻って寝転がる。この怠惰に過ごす時間の何と贅沢な事か。

 そんな事を思いつつ漫画本を読んでいる時、突然ピカッと稲光が見えたかと思うと、凄まじい轟音が鳴り響いた。


「うおっ! ビックリしたー」


 突然鳴り響いた轟音に、身体がビクッと跳ねてしまう。


 ――まったく、雷って奴はいつもこうやって唐突に人を驚かせやがる。心臓が止まったらどうしてくれるんだ。


 漫画本をベッドに置いてから窓際へと移動し、雨足が更に激しさを増している外を見つめる。

 まるで夜の様に暗い空、その暗い空にピカピカと激しい光を放つ雷。たまに鳴り響いてくるドデカイ雷の音が、まるで地震でも来たかのように家を揺らす。加えて風も強まってきてるようで、しっかりと閉められた窓がガタガタと揺れていた。

 その様はさながら、大型台風にでも見舞われているかの様だ。


「お兄ちゃん、居る?」


 コンコンと部屋の扉を軽くノックする音の後、杏子の小さな声が聞こえてきた。扉越しに聞こえてきた杏子の声音は、いつもと違ってどこか弱々しい。


「居るぞ、どうかしたのか?」

「良かった。それじゃあ、今すぐ私の部屋に来て」

「え? 何でだ?」

「いいから! すぐに私の部屋に来て!」


 杏子が少し強い口調でそう言った後、パタパタとスリッパで歩く音が廊下の奥へと消えて行くのが分かった。それにしても、杏子にしては珍しく余裕の無い感じだ。

 どうしたものかと思いつつ、俺は窓のカーテンを閉めてから杏子が居る部屋へと向かう。


「来たぞ、杏子」


 廊下の奥にある部屋の前に立ち、その扉の向こう側に居るであろう杏子に話しかける。


「あっ、入っていいよ。お兄ちゃん」


 とりあえず杏子の許可を得た俺は、ドアノブを回して扉を開ける。すると扉を開けた先には、一際小さな女子が座布団に座って居た。


「あれ? 愛紗じゃないか。どうしてここに?」

「お、お邪魔してます。今日は杏子と一緒に勉強をする約束をしてたので」


 ――そうか。学園から帰って来た時に玄関にあった小さなスニーカーは、愛紗の物だったのか。


「そうだったんだ。ところで杏子、いったい何の用事だ?」

「お兄ちゃん」


 杏子は一言そう言うと、ノートを広げたテーブルがある床の一角を指差した。

 そこはちょうど愛紗の対面にあたる位置で、その場所をクイクイッと人差し指で何度も指し示す。どうやらそこに座れという事らしい。


「いったい何だってんだよ?」


 渋々ながらも杏子の希望通りに指し示された場所へ行き、そこにあぐらをかいて座る。


「うん。OK」


 指差された場所に座ると、杏子はそれで満足したと言わんばかりの笑顔を浮かべ、そのままテーブルの上にあるノートに視線を移してから勉強を始めた。

 とりあえずしばらくは杏子と愛紗の様子を見ていたわけだが、二人揃って教科書を見ながらテーブルの上のノートに向かってカリカリとシャープペンを走らせ、綺麗な文字を書いているだけ。俺を部屋に呼んだ事に対する説明が行われる様子は一切無い。


「……なあ、杏子。俺を呼んだ理由は何だ?」

「お兄ちゃんを呼んだ理由? そんなの決まってるじゃない」


 杏子はそう言うと、スカイブルーのカーテンが閉められた窓の方を指差した。

 とりあえず素直に窓の方へと視線を移すが、杏子が指差した方を見ても別に変わったところも無く、俺が求めている理由を説明するような何かがあるわけでもなかった。


「いや、さっぱり意味が分からんのだが……」


 そんな俺の言葉に溜息を吐いた杏子が、何かを言おうと再び口を開こうとした瞬間。


「「キャ――――ッ!」」


 再び凄まじい稲光の後に雷の轟音が連続で鳴り響く。するとその瞬間、左斜め前の位置に居た杏子が俺に向かって飛びついて来た。

 そして向かいの位置に居る愛紗は、両手で耳を塞いで目を瞑っている。

 俺はこの時、やっと部屋へ呼ばれた理由を理解した。つまりこの二人は、雷が恐かったって訳だ。だからその恐さを軽減する為、恐い時にすぐに逃げ込める場所を作る為に俺を部屋に呼んだという事だろう。杏子は昔っから雷が超の付くくらい苦手だったからな。


「雷が怖いの!」


 抱きついたままの杏子が胸の中で叫ぶ。相当に雷が怖いのだろう、身体がブルブルと震えている。


「ああ。十分に理解できたよ」


 そう言ってから怖さで身体を震わせている杏子の頭を撫でた。

 普段は兄をおちょくったりと困ったところもある妹だが、こういったところは素直に可愛いと思える。

 そしてとりあえず杏子を落ち着かせた俺は、このままぼーっと部屋に居るのは耐えられないと訴え、自室にある漫画を取りに行く許可をもらった。


「す、すぐに戻って来てよね!」

「分かってるよ」

「5秒で戻って来てよね!」

「無茶な事を言うな!」


 不安がって無茶な要求をしてくる杏子を置いて自室へと戻り、読みかけでベッドに置いていた本と、その続きを本棚から数冊取り出してから杏子の部屋へと戻る。

 そしてそのまま杏子と愛紗が勉強を終えるまでの間、俺は部屋の中で静かに読書を続けた。そんな中でただ一つ問題だったのは、雷の轟音が鳴り響く度に、杏子が容赦無くアメフトばりの勢いで飛びついて来る事だった。

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