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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・一学期後半
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策略×企み

 高校生になって二回目の夏休みが近付いていた頃、窓を全て全開にしても蒸し風呂に居る様な感覚の教室内で、俺は今日も変わらず一時間目の授業を気だるく受けていた。

 受けている授業が苦手な英語の授業なのが、気だるさを二倍にも三倍にも増大させている。そんな気だるさ満載な中、俺は小さな欠伸を何回も出していた。

 そして今日で何回目になるか分からない欠伸を出した時、ふと右斜め前の席へと視線を移した。いつもその席に居る主は、今日も居ない。

 茜が風邪で学園を休み始めてから、今日で一週間目になる。

 幼馴染として茜と今まで小学校や中学校を共に過ごしてきたが、風邪でこんなにも長い間休んだ事は無い。いつもは風邪をひいても翌日か、もしくは二日後には完治してケロッとしていたから。それだけに、今のこの状況は異常事態と言えるだろう。

 最初の二日間程は茜が休んでいる事に少しだけ安心していたところもあったけど、さすがに一週間ともなると心配の方が上回ってくる。

 だからと言って、電話をかけたりメールをしたりする度胸など、今の俺には無い。そりゃあそうだ。誰がどう見たっておかしな態度をとっておきながら、今更どの面下げて茜を心配しろってんだ。

 今度は欠伸ではなく、溜息が口から漏れ出た。これも茜が休み始めて三日目くらいから、既に癖のようになっている。

 こんな調子で午前中の授業を過ごしたが、お昼休憩を挟んでもその状態が改善するわけでもなく、午後の授業も定期的に溜息を吐き出す機械の様になっていた。これほど地球温暖化を個人で促進している奴は、他に居ないのではないかと思う程だった――。




 憂鬱な気分を抱えた学園での一日がようやく過ぎ去り、放課後のホームルームの時間がやってきた。今日も一日が終わったなと実感し、心と身体が解放される瞬間でもある。


「この前渡していた進路希望調査のプリント、夏休み前までには提出してね」


 教壇に立つ担任の鷲崎先生が、いつもの様に必要な事だけを事務的に羅列していく。実に無駄が無くスピーディーにホームルームが終わるので、俺はこのやり方を非常に絶賛している。


「それじゃあ今日のホームルームは終わるけど、誰かこの進路希望調査と、他のお知らせプリントを水沢さんに届けてくれないかしら?」

「はいはーい!」


 意外な事にその問いかけに真っ先に反応したのは渡だった。

 面倒な事が嫌いな渡がどういう風の吹き回しかと思ったけど、俺に白羽の矢が立たなかった事は良しとするべきだろう。


「それなら龍之介がうってつけだと思いまーす! 家も近いし幼馴染だし!」

「はあっ!?」


 渡が行くのだろうと思っていたが、続けて発せられた言葉に俺は動揺を隠せなかった。


「そういえば、鳴沢くんは家が近かったのよね。それじゃあお願いするわ。では、これで終わります」


 俺の意思も意見も聞かれる事無く、鷲崎先生はそう言って早々に教室を出て行った。


「よし。龍之介、さっさと行こうぜ」

「渡、お前何を考えてんだよ……」


 やれやれと言った感じで溜息を吐いてそう問いかけると、渡はニヤリと妙な笑みを浮かべてから口を開いた。


「水沢さんにプリントを届けに行くだけなのに、何か都合の悪い事でもあるのか?」

「そ、そんな事無いけどさ……」

「ああー、もしかしてあれか? 水沢さんと気まずくなってるからか?」

「べ、別に気まずくなんてなってねーよ!」


 渡の挑発する様な言い方についムキになってしまい、思わずそう答えてしまう。

 すると渡は、してやったりと言った感じの表情でこう言った。


「それじゃあ、なーんにも問題は無いよな?」

「ぐっ……」


 まさか渡に言い負かされるとは思わず、悔しい気持ちでいっぱいになる。


「龍之介さん、私も一緒に行きましょうか?」

「あっ、僕も行こうか?」


 そんな俺のもとに、美月さんとまひろが来てそう申し出てくれた。正直ありがたい話だったので、その申し出を受けようとしたのだけど、俺が口を出すよりも早く渡が言葉を発した。


「いやいや、あまり大勢で訪ねたら迷惑になるし、今回は俺と龍之介に任せておいてよ。それにほら、涼風さんと如月さんに風邪がうつったらいけないからさ」

「俺ならいいのかよ」

「龍之介は馬鹿だから大丈夫だろ」

「少なくとも、俺より遥かに成績が下のお前にそんな事を言われたくはねーよ」


 しかしそうは言ったものの、渡の言う事にも一理ある。あの茜がこれだけ長引く風邪なら、まひろや美月さんと接触させるのは好ましいとは言えないから。

 それなら、必然的に俺と渡が行くのが最善と言えるかもしれない。少なくとも、俺だけで行かなくて良い状況なだけマシだと思えた。


「仕方ねえな……行けばいいんだろ、行けば」

「おう。行こうぜ!」

「分かりました。では、お任せしますね」

「そうだね。龍之介、茜ちゃんによろしく言っておいてね」

「分かったよ」


 結局、渡の口車に乗せられる形で茜の家に行く事になってしまった。何とも気の進まない事ではあるが、プリントを渡さないと茜が先々困ってしまうから、それは俺も本意ではない。

 話が纏まったその後、俺は渡と一緒に学園を出て茜の家へと向かい始めた。


「そういえば渡。お前、茜の家は知ってるのか?」


 学園を出た帰り道、俺は何となく気になった事を渡に聞いてみた。


「ん? まあ、学園に居る女の子の情報については一通りな」


 ――何そのストーカー的発言……超怖いんですけど……。


「おい、何で俺から距離をとるんだ?」

「気にすんな。何となくだ、何となく」


 俺があからさまに距離をとると、渡は訝しげな表情でこちらを見てくる。

 そりゃあ今みたいな話を聞けば、距離をとりたくもなるだろう。それが普通の反応だ。

 そんな事をしている内に茜の家の前へ辿り着くと、渡は玄関のチャイムを何の躊躇も無く押した。


「は~い」


 鳴り響いたチャイム音の後、のんびりと間延びした声が玄関奥から聞こえてきた。

 そしてその数秒後、玄関の扉がガチャリと開く。

 開かれた扉の向こう側には、茜に負けない程の長いポニーテールを揺らめかせている母親のあおいさんの姿があった。


「あっ、龍ちゃんじゃな~い、久しぶりね」

「ご無沙汰してます」


 俺は碧さんに向かってペコリとお辞儀をする。それに釣られるようにして、渡も同じく頭を下げた。


「は、初めまして! 俺、いや、僕は同じクラスの者で、日比野渡と言います!」


 緊張でもしているのか、渡があからさまにどもりながら自己紹介をする。珍しいもんだなと思ったけど、渡の表情は何ともいやらしくにやけていた。

 渡の視線の先をよく見てみると、碧さんの豊満なバストを注視している。


 ――ホントに分かりやすい奴だな……。


「日比野渡くんね、いらっしゃい。それで、今日はどうしたの?」


 碧さんはにこにこと笑顔のままでそう聞いてくる。

 いつもながら朗らかな人だ。ちょっとのんびりとし過ぎてて、抜けてるところもある人だけど。


「今日は茜に渡すプリントがあって来たんですよ」

「そうだったのね。それじゃあ、直接渡してあげて」

「えっ? でも、具合が悪いならそっとしておいた方がいいんじゃないですか?」

「大丈夫だと思うよ? それに龍ちゃんが来たらきっと元気が出ると思うから」


 満面の笑顔でそう言う碧さん。

 そんな軽い感じで良いのだろうかと、ついついそんな風に思ってしまう。


「風邪、酷いんじゃないですか?」

「ううん。風邪自体はもうほとんど治ってるんだけど、いまいち元気がなくって。さあ、ともかく上がって」


 そう言って家へ上がる様に促す碧さんが用意してくれたスリッパを履くと、碧さんはお茶を用意するからと言って台所の方へと向かって行く。

 だが、台所へ入る直前でピタリと止まったかと思うと、突然俺達の方へと振り返った。


「ねえ、龍ちゃん。いつになったら私をお母さんって呼んでくれるの?」

「ぶっ!?」


 突然の問いかけに思わず吹き出してしまった。

 毎回とは言わないけど、碧さんに会うと高確率でこう聞かれる。


「いや、ほら、それはですね――」

「幼稚園の頃はよく、『茜は僕のお嫁さんにするんだ』って言ってたもんね」


 ――いや、確かに言ってた覚えはありますけど、そんないつもは言ってないと思いますよ?


「いやだから、それは昔の話であって――」

「そっか~、龍ちゃんは案外照れ屋さんだもんね。でも、早く私の事をお母さんて呼んでね」


 こちらの話などまるで聞こえていないかの様に話を進め、そのまま台所へと消えて行く碧さん。


「……水沢さんのお母さん。すげえな」

「やっぱりそう思うか?」

「ああ、上級の天然さんと言うか、我が道を突っ走っているというか……」


 やっぱり俺以外の人にも碧さんはそう見えるんだなと、何だか妙に安心した瞬間だった。

 碧さんの天然炸裂の洗礼を受けた後、安静にしているであろう茜の居る部屋へと向かう。

 そして二階への階段を上がるその間、心臓が少しずつその動きを早めているのが分かった。

 一瞬の事の様に感じた階段を上り終え、茜の部屋の前へと辿り着いた俺は、大きく息を吸い込んでからゆっくりと吐き出した後、覚悟を決めてその扉をノックした。

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