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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・一学期後半
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家族×始まり

 学園での一大イベントも終わり、俺は至って普通の日常へと回帰していた。

 自宅へ帰ってから自室のベッドに寝転がり、のんびりと漫画を読みながらふと窓の外を見ると、どんよりと暗く染まった雲から大粒の雨が降り注ぎ始めている。

 晴れていれば街が夕焼け色に染まっていくのが見られる時間帯だが、今年は梅雨明けがかなり遅くなっているようで、七月に入ってからも雨の続く日が多く、各家庭ではきっと洗濯物が干せずに困っている事だろう。ご他聞に漏れず、うちもそうだから。

 そんな梅雨時特有のご家庭事情を憂いつつ、部屋の壁に画鋲で付けてあるカレンダーへと視線を移す。そのカレンダーの七月七日には、杏子がピンクのペンでいつの間にか描いたハートマークがついている。

 明後日の7月7日は、世間で言うところの七夕というイベントが行われる日だが、俺達兄妹にとっては、別の意味での思い出深い日でもあった。


「あれからずいぶん経ったもんだな……」


 ピンク色のハートマークが描かれたその日付を見ながら、俺はずいぶんと昔の事を思い出していた。杏子と一緒に暮らし始めてから、兄妹になるまでの事を。


× × × ×


 父さんが交通事故で突然亡くなってから、一年ちょっとが経つ小学校三年生の四月上旬。

 肌寒かった空気は暖かさを増し、街の所々で咲き出した桜が春の様相を見せ始めていたその日、小学校から帰って来た俺は、自宅で母さんが帰って来るのを憂鬱な気分で待っていた。

 リビングのソファーに座り、ベランダの外を見る。外は傾いた陽によって夕焼け色に染まり始めていて、その様が憂鬱な俺の気分を感傷的にしていく。


「はあっ……」


 今日何度目になるか分からない溜息を吐く。

 俺がこんなにも憂鬱な気分になっているのには、もちろん理由がある。それは今日、俺の母さんと再婚をする相手と、その子供が家にやって来るからだ。もちろんやって来るとは言っても、遊びに来るわけじゃない。

 先日正式に母さんと相手の再婚が決まったので、今日から家族としてこの家に一緒に住む事になっているのだ。

 ちなみに相手の男性も鳴沢という名字なので、再婚したからと言って名字が変わる事はない。そこは地味に良かったと思う。

 夕焼け色に染まっていく外から視線を戻し、ソファーの前にあるテーブルに置いていた麦茶が入っているコップへと手を伸ばす。


「あの子、苦手なんだよな…………」


 思わずそう呟いてから、手にしたコップの麦茶を口へと含む。

 俺としては母さんの再婚について特に反対ではなかった。父さんが亡くなってからまだ間もないけど、俺なりに心の整理はついていたから。

 相手の鳴沢さんは、亡くなった父さん同様に優しい人だし、父親として受け入れるには時間はかかるだろうけど、仲良くやっていけそうな気はしていた。

 しかし問題なのは、再婚相手の子供の方だ。俺より一学年下の女子で、名前は杏子ちゃんと言うのだけど、初めて会った時から、この子がどうも苦手でしょうがなかった。

 別に性格が悪いとか、騒がしいとか、そういった事ではない。どちらかと言えば非常に大人しくて、お父さんの言う事をよく聞いてる感じの子だ。ただ、いつも寂しげな表情をしていて、俺が話しかけてもほとんど会話にならないくらいに喋らない。

 でも話をしている時は頭を頷かせたりしているから、話自体を無視しているって事は無いみたいだけど、ああも会話が続かないと、こちらとしては気まずくなってくる。つまり、まともなコミュニケーションが取れないというのが憂鬱の最大の原因でもあり、悩みの種でもあった。

 はあっとまた溜息を吐いて部屋の中の掛け時計に目をやると、約束していた時間を30分くらい過ぎていた。ソワソワと落ち着かない気持ちが、時間の経過と共に増していく。

 とりあえず部屋に戻って漫画でも読もうかと、ソファーを立って廊下へと出た時、玄関の鍵がカチャっと開けられる音が聞こえてその方向を振り向く。

 そして開けられた扉の向こうから母さんが入って来ると、その後ろから続くように鳴沢さんと杏子ちゃんが入って来た。


「お帰りなさい」


 憂鬱な気持ちを悟られないように表情を作り、玄関に居る三人へと近付いて行く。

 すると母さんと鳴沢さんは近付いて来た俺に笑顔向けてくれたけど、杏子ちゃんは寂しそうな表情のままで軽くお辞儀をするだけ。その様子はいつもと何ら変わらない。

 母さんは靴を脱いで廊下へと上がると、二人を連れてまずは杏子ちゃんの部屋へと案内を始める。杏子ちゃんの部屋は二階の一番奥、俺の隣にある部屋だ。

 そして母さんは杏子ちゃんに部屋を見せると、今度は鳴沢さんと二人で一階の夫婦部屋へと向かって行った。


「久しぶりだね、杏子ちゃん。元気にしてた?」

「…………」


 改めてそう声をかけると、杏子ちゃんは部屋の真ん中に持って来ていたランドセルを置いてからコクンと頷いた。

 引越しの荷物は布団以外が後日送られて来る事になっている。そのせいか部屋の中は閑散としていて、杏子ちゃんの寂しげな表情が更に寂しげに見える。


「きょ、今日からよろしくね。何か分からない事があったら、何でも聞いてくれていいからね」


 俺は緊張しながらそう言ったが、やはり杏子ちゃんはコクンと一度頷くだけだった。


「じゃ、じゃあ俺は隣の部屋に居るから。何かあったら遠慮なく来てね」


 そう言って俺は自室へと戻る。そして部屋へと入った瞬間、大きな溜息が漏れ出た。

 分かっていた事ではあるけど、いつもながらあの反応は辛い。ただ頷くだけの反応では、相手が何を考えて何を思っているかとか、そんな事がさっぱり分からないから。

 俺はこれまでも杏子ちゃんと仲良くしようと色々な事を試してきたけど、結局は無駄に終わってきた。これからは自宅でずっと一緒なのに、こんなやり取りが続くかと思うと本当に憂鬱でならない。

 そんな事を思いながら憂鬱な時間を過ごした後、新しい家族としての初めての外食をした――。




 その日の夜、俺はちょっとした寝苦しさを感じて目を覚ました。季節の変わり目はとうに過ぎたとは言え、やはり身体がその変化に慣れるのには時間がかかる。

 ゆっくりと上半身を起こし、ベッドの横へと両足を下ろす。

 少しだけ開いたカーテンの隙間からは街灯の光が小さく射し込んでいて、その明るい光が掛け時計をうっすらと照らしている。

 時計の短針は既に真上に到達していて、長針はその真下を指し示していた。時間を見てからゆっくりとベッドから腰を上げ、部屋を出て台所にある冷蔵庫へと向かう。

 静まり返った家の中を歩いて台所へと辿り着き、冷蔵庫の中の冷えた麦茶が入ったペットボトルを取り出してから、小さなコップへと注いでそれを一気に飲み干す。少し寝汗をかいていたからか、冷えた麦茶が身体に染み渡っていく感じが心地良い。


「ふうっ」


 ゴクゴクと麦茶を飲み干し、コップをシンクの中へと置いてから、俺は再び静まり返った家の中を歩いて部屋へと戻って行く。


「ん?」


 夜中という事で、まるで忍び足でもするかの様に階段を静かに上がって廊下を歩く。

 そして部屋の前へと着いた時、廊下の奥から微かに声が聞こえてきた。


「な、何だ?」


 もしかして幽霊なのだろうかと恐怖を感じながらも、俺は声のする方へとゆっくり近寄ってみる。その声は奥へと近付く度に段々とはっきり聞こえ、最後にはそれが泣き声だというのが分かった。

 その泣き声は杏子ちゃんの居る部屋から漏れ聞こえている。何かあったのかと心配になり、俺が部屋の扉をそっと開けて様子を見ようと思ったその時、震える涙声が聞こえてきた。


「寂しいよ……お母さん…………」


 聞こえてきた言葉を聞いて、ドアノブに伸ばした手を止める。そしてそのまま扉は開けず、俺は自分の部屋へと戻った。


「そっか……」


 何となくだけど、杏子ちゃんがいつも寂しそうにしている理由が分かったような気がした。

 俺の父さんと杏子ちゃんの母親が交通事故で亡くなったのは、ほぼ同じくらいの時期だと母さんからは聞いている。つまり、杏子ちゃんが小学校一年生の時の話になるわけだ。

 父さんが亡くなった時こそショックは相当あったけど、母さんはそんな俺にいつも気を遣ってくれていたし、何より時間が少しずつそのショックを和らげてくれた。

 でも、杏子ちゃんは多分違う。

 きっと今でも母親を亡くした悲しみから立ち直れていないんだろうと、子供ながらにそう感じ取った。

 杏子ちゃんのお父さんからは、『杏子は特に母親にべったりだった』という話を聞いていたから、そう考えるといつもの寂しげな表情も納得がいく気はする。

 きっと杏子ちゃんは、俺も通った道の真っ只中で止まっている状態なんだ。

 その夜、俺はずっと杏子ちゃんについて色々な事を考えていたせいか、再び眠りにつく頃にはカーテンの隙間から朝陽が射すのが見えていた。

 それから一緒に暮らし始めて約三ヶ月。俺は様々な方法で杏子ちゃんと仲良くなろうと頑張ってみた。しかし、やる事全てが空回り。

 そして杏子ちゃんと一緒に住み始めてから最初の七夕の日、その出来事は唐突に起こった。

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