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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・花嫁選抜コンテスト
84/293

打ち上げ×助言

 陽もだいぶ傾いていた17時過ぎ。撮影を終えた俺は、まひろと宮下先生と一緒に地元にある行きつけのファミレスへと向かっていた。


「なるほど。みんなをどうやってあの場から遠ざけたんだろうと思っていましたけど、そういう事だったんですね」


 あの最終撮影前、宮下先生は『この後で打ち上げをやるから、どこかのお店で席を取って待っていてくれたまえ』とみんなに言ってあの場から遠ざけたらしい。


「茜ちゃん達に悪い事しちゃったかな……」


 そう言って表情を暗くするまひろ。

 いつもながら真面目な奴だが、あれは撮影をする為に必要な事だったんだし、別にそこまで気にする必要はないと思う。だけどそんな些細な事でも気にしてしまうのが、俺の優しき親友、涼風まひろだ。


「あれは撮影を遂行する為に必要だったんだ。君が気に病む事ではない」

「宮下先生の言うとおりだよ、まひろ。あんまり気にすんな」

「うん。ありがとう、龍之介」


 にっこりと微笑む可愛らしいまひろを見ながら、俺達はみんなの待つファミレスへと向けて歩く。

 そして三人で目的の場所へと向かう事、約30分。俺達三人はみんなが居るであろうファミレスへと到着した。


「さてと……みんなはどこかな?」

「あっ、龍ちゃん。やっと来たんだね」


 ファミレスに着いて中へと入り、客席のどこかに居るであろうみんなを捜していると、ソフトドリンクを片手に歩いて来た茜と遭遇した。

 俺達は都合よく遭遇した茜に案内され、そのまま他の三人が居る席へと向かう。


「あっ、やっと来たんだね。お兄ちゃん」


 ファミレス内の一番最奥、その角にあるボックス席に居た杏子が俺に気付いて声をかけてきた。


「おう。待たせたな」

「ほら、お兄ちゃん。こっちこっち!」


 そう言って長椅子になっている部分に座っている杏子が自分の右隣を空ける。


「分かった分かった」


 手招きをする杏子に従い、俺は空けてもらった席へと座る。すると一番奥に座って居た愛紗が小さく声をかけてきた。


「せ、先輩、お疲れ様です」

「おう。愛紗もお疲れ様」


 小さく呟く様にそう言うと、愛紗はホテルに居た時の様にこちらへチラチラと視線を向けたり逸らしたりしてきた。

 今日の愛紗はいったいどうしたんだろうか。妙に落ち着きがないけど、もしかして避けられてるんだろうか。そう考えると、やはり疑問な事は聞かずにいられなくなる。


「なあ愛紗、ちょっといいか?」

「な、何ですか?」


 俺は周りに悟られない様にしながら頭を愛紗の方へと近付け、こっそりと話しかけた。もちろん、視線は愛紗に向けないようにして。


「あのさ、もしかして怒ってる?」

「えっ!? どうしてですか?」

「今日は妙に避けられてる感じがするからさ」

「そ、それは…………」


 チラッと横目で愛紗を見ると、顔を紅くしてモジモジとしていた。その様を見る限りでは、避けられているわけではなさそうだ。


「それは?」

「せ、先輩のタキシード姿を見たからです……」

「俺のタキシード姿を見たから? どういう事?」

「だ、だからその……ちょっとカッコ――なとおも――から」

「えっ? 何て言ったんだ?」


 店内のざわつきは結構な大きさで俺の耳に届いているので、愛紗の小さな声ははっきりと聞き取れなかった。

 なのでそう聞き返すと、愛紗の紅かった顔が更に高揚した様に紅く染まっていく。


「な、何でもないですよ!」


 そう言って再び素っ気なくそっぽを向く愛紗。どうやらこれ以上聞くと更にへそを曲げそうなので、ここで止めておくとしよう。


「さあ、全員集まった事だし、打ち上げを始めようじゃないか。みんなグラスを持ちたまえ」

「龍之介さん、どうぞ」

「ありがとう、美月さん」


 美月さんが持って来てくれたジュース入りのグラスを手に取り、軽く目の前に出す。


「では、コンテストと撮影のろうねぎらって、かんぱーい!」

「「「「「「かんぱーい!」」」」」」


 カチャン――と、グラス同士の当たる音が複数響くと、みんなそれぞれに持っていたグラスに口をつけて中の飲み物を飲む。


「さあ、今日は私の奢りだ。存分に楽しみたまえ」


 宮下先生の言葉を受け、俺達は遠慮無くメニューから次々と料理を注文していく。

 こういう時に大人が居るというのは非常にいい。こんな時だけは大人という存在に深く感謝を示したくなる。

 みんなそれぞれに自分が好きな品を注文し、楽しげに談笑をしながら過ごす。

 色々あったけど、本当に楽しいイベントだったと思う。俺は俺で貴重な体験もできたし、そこはみんなに感謝したい。


「――みんな、ちゃんと飲んでるか? しっかり楽しめよ?」


 宮下先生は冷えたビールが入ったジョッキを片手にそれをぐびぐび飲み干すと、『ぷはーっ!』と親父臭い声を上げてからジョッキをテーブルにドンッと置くという行動を繰り返している。

 打ち上げ開始から1時間程が経つけど、何という豪快な飲みっぷりだろうか。既にこのジョッキで九杯目だというのに、その飲みっぷりは少しも衰える気配が無い。

 俺はまだ酒が飲める歳ではないから分からないけど、これだけ飲めるって事は結構な酒豪なんだろう。


「よーしっ! もう一杯飲むぞ!」


 そう言ってから近くに居た店員さんを呼び、十杯目のビールを注文する。


「そんなに飲んで大丈夫ですか?」


 あまりのペースに心配になった俺は、自分の座る位置から左斜め前に居る宮下先生に向かってそう話しかけた。


「大丈夫だ。私にとってのビールとは、君達の飲んでいるジュースみたいなものだからな」


 平然とした顔でそう言って目の前にある枝豆に手を伸ばす。


 ――いやいや、ビールがジュースと同じとかあり得ないでしょ。


 そうは思いながらも、先程までの飲みっぷりを見ていると冗談とも思えないから怖い。

 しばらくの間はみんなでコンテストの話などをして楽しく過ごしていたのだけど、その和やかな雰囲気は、ある発言を切っ掛けにして唐突に終わりを告げる。


「そういえば気になってたんだけど、お兄ちゃんてコンテストの時に誰に投票したの?」

「えっ? 何だって?」

「だから、コンテストの時に誰に投票したの?」


 杏子が再びそう尋ねると、談笑していたみんなが一斉に口を閉じてこちらを見てきた。


「そ、そんなの誰だっていいだろ」


 そう言って目の前のグラスを手に取り、中のジュースをグイッ飲み干す。何だかこの雰囲気はヤバイ感じがする。


「誰でもよくない! これは大切な事なんだよ? お兄ちゃん」

「それのどこが大切な事なんだよ?」

「そんなの、私が気になるからに決まってるじゃない」


 さも当然と言った感じでそう言い放つ我が妹。いつもながら自分の気持ちに素直で羨ましい。


「まあ、分からん話でもないけど、こればっかりは秘密だ」

「えー!? どうして?」

「仮にも俺は特別審査員だったんだ。守秘義務ってのがあるんだよ」


 守秘義務――これは言いたくない事を追求されている時の逃げ文句としては効果的な言葉だ。

 もちろん守秘義務という言葉を振りかざすだけの要素は必要だが、その要素が揃っている場合にはかなりの効果を発揮する。大抵の場合はこの言葉を言うだけで相手は引き下がるから。ホント、世の中には便利な言葉があるもんだと思う。


「もうコンテストも終わったんだからいいじゃない。みなさんも聞きたいですよね?」


 ――ちっ、余計な事を言いやがって。


 心の中で舌打ちをしながら杏子を横目で見る。

 杏子は何とか情報を聞き出す為に周りを味方にしようとしているようだ。


 ――なかなか考えていやがるようだが、まだまだ甘い。俺が誰に票を入れたかを気にしているのは、この場でお前だけなのだよ。


 そう思って周りを見ると、先程よりもやや前のめり気味に俺を見ているみんなの姿が目に入った。


「ド、ドウシタノ? キミタチ?」


 みんなが放つ得体の知れない雰囲気を前に、思わず言葉がカタコトになってしまった。


「わ、私は龍ちゃんが誰に票を入れたか興味あるかな」


 グラスの飲み口を人差し指でなぞりながらそう言う茜。まあ、コイツも杏子と一緒で好奇心旺盛だから、乗せられてしまうのは仕方ないだろう。


「茜……杏子の言葉に簡単に乗せられてんじゃねえよ」

「私も聞きたいです。龍之介さんが誰に票を入れたのか」

「えっ!?」


 こういった事には結構冷静だと思っていた美月さんまでもが、興味津々と言った表情を見せながらそんな事を言う。


「わ、私もちょっと興味あります。ちょっとだけですけど……」


 そんな二人に釣られるようにし、右隣に居る愛紗までもがそんな事を言い出す始末。

 まるで連鎖反応を起こしたかの様に次々とそんな事を言い出す面々に、俺は酷く困惑してしまう。


「か、勘弁しろよ。まひろ、お前からも何か言ってやってくれ」


 まひろならきっと、この好奇心旺盛なお嬢様方を止めてくれるに違いない。そんな期待を込めて正面に座っているまひろに助けを求めた。


「あっ……ごめん龍之介。僕もそれは聞いてみたいかも」


 期待空振り。唯一味方になってくれると思っていたまひろまでもが敵に回ってしまった。


 ――くそっ、まひろの事は信じていたのに……。


「み、宮下先生。何とか言ってやって下さいよ!」


 こうなったら最後の手段。宮下先生という大人から、守秘義務というものがいかに大事なものかを説いてもらおう。


「んー? 別に教えてもいいんじゃないか?」


 ビールジョッキを片手に、軽い感じであっさりとそう答える宮下先生。


「いやあの……だから守秘義務がですね――」

「なーにが守秘義務だ。君の電話番号や住所や性癖が晒される訳でもあるまいし」


 ――いや、確かにそうかもしれませんけど、無茶苦茶な事を言ってませんか? 宮下先生。


「で、でもですね、俺が誰に投票をしたかなんて、一種の個人情報じゃないですか?」

「ふむ……まあ、君の投票結果を見る限りでは、言いたくない気持ちは分からなくもないがな」

「何で俺の投票結果を知ってるんですか……」

「私はこのコンテストの総責任者だからな。知らない事など無いのだよ」


 ――あー、そういえばそうでしたね。完全に忘れてましたよ。ははは……。


「宮下先生! お兄ちゃんが誰に票を入れたのか教えて下さい!」

「ちょっ!?」


 俺がなかなか口を割らない事に業を煮やしたのか、杏子は一番口を割りそうな宮下先生に矛先を変えてきた。


「私は別に言っても構わんのだが、できれば君の口から言ってやった方がいいんじゃないのかね?」

「ううっ……」


 俺はもはや完全に追い詰められていた。

 仮にここで沈黙を決め込んだとしても、宮下先生が言ってしまうだろう。どちらにしてもバレてしまうのなら、自分の口から言う方がいいのかもしれない。

 だが例えそうだとしても、今回の投票の件を口にするのは躊躇ってしまう。


「往生際が悪いよ、お兄ちゃん。もう観念して言っちゃおうよ」

「そうだよ龍ちゃん! 思い切って言っちゃえ!」

「龍之介さん、言って楽になって下さい」

「わ、私はそんなに興味無いですけど、は、早く言った方がいいんじゃないですか?」

「ごめんね、龍之介。僕も早く聞きたいかも」


 口々にプレッシャーをかけてくる五人。

 何でこんなに興味深々なんだろう。そんな事はどうでもいいと思うんだが。


「く、くそう…………」

「どうした鳴沢? 言えないなら私から言ってやろうか?」


 宮下先生の表情は、まるで悪戯をする前のワクワクしている子供の様な感じだ。


「わ、分かりましたよ! 言えばいいんでしょ、言えば!」


 ついに俺は多勢に無勢の戦いに敗れ、自分の票入れを晒すハメになってしまった。


「ほら、さっさと言いたまえ。じゃないと、私から話してしまうぞ?」

「わ、分かってますよ!」


 みんなの視線が集まっているのを感じ、俺は妙に緊張してしまっていた。


「実はだな……誰にも入れてないんだよ」

「「「「「えっ!?」」」」」


 その言葉にまるで鳩が豆鉄砲を食ったかの様な表情を浮かべ、五人は目を丸くしている。

 意外だったのは分からないでもないけど、そんな表情になる程の事だろうか。 


「宮下先生、お兄ちゃんの言ってる事は本当ですか?」


 俺の言っている事を冗談か嘘と捉えられてしまったのか、杏子が宮下先生の方を向いて事実確認を始める。

 やり方としては正しいのかもしれないけど、ここは兄の言う事を信用してほしかった場面だ。


「ああ、本当だ。だが正確に言えば、最終審査には投票しなかった――と言うのが正しいかな」


 ――おいおい! そこは『ああ、本当だ』で終わりでいいでしょ。何でこの先生は余計な事を付け加えるんだ。


「と言う事は、龍之介さんは料理審査はちゃんと投票をしたんですね?」

「あ、ああ。みんなに二票ずつね」


 誰に入れたと問い詰められるのは時間の問題なので、俺はとっととそれを暴露してしまう。黙っていたところで、どうせ宮下先生が喋るだろうから。


「何だか龍之介らしいね」

「ホントホント。龍ちゃんらしいよ」


 苦笑いを浮かべつつ、まひろと茜が妙に納得したようにウンウンと頷く。


「全員に二票ずつって事は、みんな同じくらい美味しかったって事ですか? 先輩」

「まあ、そういう事だな」


 愛紗はその答えを聞き、少しほっとしたようにしていた。

 正直な気持ちを言えば、比べようがなかったと言うのが本音だ。だって全員が共通の料理を作ったのならともかく、コンテストの時はそれぞれが思い思いの料理を出してきたんだから、比較のしようがない。

 はっきり言って、俺が審査として対象とした項目は、美味しいかどうかの一点だった。だからこそ、みんなに二票ずつという結果になったわけだ。

 もし仮に料理が共通の物だったとしたら、おそらくは茜か愛紗に軍配が下っていたと思う。そういった意味では、誰かが極端に不利になるのを防ぐ為に運営側は共通料理にしなかったとも考えられる。


「でも、それじゃあお兄ちゃんは何で最終審査は誰にも入れなかったの?」


 ――やっぱりそこに触れてくるか。俺としてはその理由を話したくはないんだが……。


「言わなきゃ駄目か?」

「「「「「うん!」」」」」


 まるで示し合わせたかの様にして、五人が頭を縦に動かす。

 君達はどこかで打ち合わせでもしてきたのか? と、そう尋ねたくなるくらいに五人の動きが一緒だった。


「もしかして、誰もモデルに相応しくないと思ったから?」


 何をどう考えてそういう思考に行き着いたかは分からないけど、茜が少し悲しそうな表情でそう聞いてくる。


「いやいや、そんな事は無いぞ?」

「先輩はそう言いますけど、それだと誰にも票を入れなかった理由が思いつきませんよね……」


 まるで茜が言っていた事が真実なのではと言わんばかりに愛紗が呟く。


「そんな事は無いって!」

「じゃあ、何で票を誰にも入れなかったの? お兄ちゃん」


 どうやらちゃんとした理由を話さないと、この場が収まる事は無いのだろう。ちょっと言い辛くはあるが、この際仕方ない。


「…………みんな似合ってたから入れなかったんだよ」

「えっ? 似合ってたから入れなかったって……どういう事ですか? 先輩」


 不思議そうに小首を傾げる愛紗。他の四人も同じ様に不思議そうな表情をしていた。

 まあ確かに、この一言で意味を理解するのは難しいかもしれない。だけど、あの時に思っていた事をそのまま口にするというのはとても恥ずかしい。

 俺は言葉足らずな部分をどう説明しようかと悩んだ。


「何だみんな、鳴沢が言いたい事が解らないのか?」


 頭の中でアレやコレやと言葉を選んでいると、本日十三杯目になるビールジョッキを片手に持ちながら宮下先生がニヤリと微笑んでそう言った。


「えっ!? 宮下先生には解るんですか?」


 驚きの表情を浮かべながら、隣に居る宮下先生に視線を向ける茜。

 しかしそれは俺も同様だった。まさかあの一言で、俺が言いたい事や思っていた事を察する事ができたとは到底思えなかったからだ。


「当たり前だ。私はこれでも大人だからな」


 ――大人だからねえ……。


 仮に世の中の大人がそんなに察しの良い人達ばかりだとしたら、もっと世界は平和なんだろうけど。


「本当に解るんですか?」


 やはり誰でも宮下先生の発言は疑ってみたくなるのだろう。茜が少し訝しげな表情を浮かべてそう聞いた。


「もちろんだ。さっき鳴沢は、『みんな似合っていたから入れなかった』――そう言ったな? この言葉に全てが集約されているのだよ」


 宮下先生が本当に俺の気持ちや言いたかった事を汲み取れたのかと、ちょっと興味が湧いてしまった。俺は少々前のめりな体勢をとり、宮下先生に続きをどうぞ――と言った感じで挑発的な態度を示す。

 するとその挑発に乗ったのか、不敵な笑みを浮かべて宮下先生は続きを話し始める。


「本来なら似合っていたんだから票を加えるのが当たり前。だがそれをあえてしなかったと言うのが、実に鳴沢という男を体現している。つまり、君達の誰もがモデルに相応しいと思ったはいいが、誰か一人に決める事ができなかった。それは君達が、彼にとってとても大切な人達だからだ。だから鳴沢は、票を入れなかったのではなく、票を入れられなかったのだよ」

「そうなんですか? 龍之介さん」

「…………」


 美月さんがそう聞いてくる声は確かに俺の耳に届いていた。でも、それに答える事ができなかった。

 なぜなら俺は、宮下先生の話を聞いて背筋が凍る思いでいたからだ。それはつまり、自分の心の内を見抜かれたという事。


「どうしたんですか? 龍之介さん」

「ズバリ的中――と言ったところか」

「ぐっ…………」


 自分の内側を見抜かれた悔しさと恥ずかしさが混在し、俺は何も言えなかった。


「異論反論が出ないという事は、私の言った事が正しいという証明になるだろう」


 そう言ってビールを飲み終わった宮下先生は、スッと席を立ってからトイレの方へと向かって行く。


「そ、そういう事だったんだね。龍ちゃん」 

「それならそうと言ってくれて良かったのに。お兄ちゃん」


 俺は恥ずかしさのあまり、みんなを見る事が出来ずに深く顔を俯かせた。


「私、嬉しいです。そんな風に思ってくれてたんですね、龍之介さん」

「ま、まあ、そういう事なら納得できますよね」

「龍之介は優しいね」

「ト、トイレに行ってくる!」


 この場の雰囲気に耐えられなくなった俺は、サッと立ち上がってから素早く席を抜け出し、急いでトイレへと向かった。


「――はあっ、何て顔してんだ俺は……」


 手洗い場の鏡に映る情けない顔を見て、思わず溜息が出る。

 そしてひとしきり溜息を吐いてからトイレの外へ出ると、そこには宮下先生が居た。


「居心地が悪くなって抜け出して来たか?」

「そんなところです」

「まあそうだろうな。自分の心の内が知られるというのは、かなり居心地が悪くなるものだからな」


 そんな俺を見て小さく微笑む宮下先生。

 その笑みは先程みんなの前で見せていた意地悪なものではなく、大人の女性としての抱擁力を感じさせる優しいものだった。


「宮下先生には参りましたよ。まさかあそこまで言い当てられるとは思いませんでした」

「君は自分で思っているよりも、随分と分かりやすい性格をしているからな」

「そうですかね?」


 ――俺ってそんなに単純に見えてるんだろうか? それはちょっとショックなんだが……。


「ああ。それにしても、君もあの子達もみんなして鈍い。見ているこちらがヤキモキしてしまう程だよ。まあそれも、若さゆえの事なのかもしれないが、見ていると心配になる」

「そんなに鈍いですかね?」

「自分が鈍いと分かっていないというのが、鈍いという証拠なのだよ。君は他人を大事にできる人間のようだが、もう少し人を見るという事を覚えた方がいい」


 まるで小さな子供に言って聞かせる様にそう言うと、宮下先生は苦笑いを浮かべながら背を向けてみんなの所へと戻って行く。

 そんな宮下先生の背中を見ながら言葉の意味を考えつつ、俺もその後を追う様にして席へと戻った。

 席に戻ったら再び先程の様な雰囲気に陥るのではないかと思ったけど、そこは宮下先生が上手く話を逸らしてくれたおかげでそういう雰囲気になる事は無く、それからは終始和やかに打ち上げは進んだ。

 そしてそんな和やかな雰囲気の中、六月最後の日曜日は様々な出来事と共に過ぎ去って行った。

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