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迫る×本番

　花嫁選抜コンテストを翌日に控えた今日。学園の授業は半日で終了となり、学園の敷地内にある最大級の多目的ホールでは、明日のコンテスト本番に向けての準備が忙しなく行われている。

　ほとんどの生徒が部活動へと向かい、帰宅部連中が嬉々として帰る中、何人かの生徒は準備の手伝いに来てくれていた。

　実はまひろや茜も手伝いに来てくれると申し出てくれたのだが、コンテストの内容は出場者には機密事項となっているので、仕方なくこの申し出は断った。もちろん他の者から審査内容が漏れる事も十分にありえるから、それについては学園側が厳しい罰則を持ち出す事でそれを抑制している。

　しかし仮に誰かがその内容を喋ったとしても、本人同士が黙っていれば普通その事が露見する事は無い。

　だがうちの学園には取材部がある。取材部の得体の知れない情報収集能力は生徒の誰もが知るところであり、こそこそと策を講じようとも、学園側にはすぐ知られてしまうだろう。だから学園側にとって、これ以上の抑止力は無いのだ。

　でもまあ、今回の出場者に限ってはそんな心配は必要無いと思う。

「真柴さーん！　これはどこに置けばいいんだー？」

「あっ、それはこっちに置いてちょうだい！」

　俺は真柴が指差した場所に向かって移動し、多目的ホールの倉庫から持って来た道具を置く。

　それにしても、あちらこちらから色々な道具が次々とこのホールに持ち込まれて来る。本当にこの学園はイベントに一切手を抜かない。

　ちなみにまひろ達出場者は、準備風景を見て内容を予測される事を防ぐ為に、今日は部活への参加すら禁止されて自宅へと帰されている。何というイベントに対する徹底振りだろうか。

「そっちの調子はどうだ？　渡」

「おお、こっちは絶好調だぜ！　明日は俺の華麗なるマイクパフォーマンスを聞かせてやるから、期待してくれよな！」

　いつもながら無駄に自信家な奴だ。

　しかしまあ、普段はこの自信に満ちた発言に実力が伴っていないのが渡だが、こういったイベントについては話が別だ。誰にでも一つは取り柄があると言うが、それはあながち間違いではない。

「そっか。まあ、期待しとくよ」

「おうよ！」

　渡は手にした紙をきつく握り締め、ノリノリで返事をする。

　――あれって明日使うコンテストの台本じゃなかったっけ？

　そんな事を思いつつ、俺は再びコンテストの準備へと戻る――。

「頑張っているみたいね。鳴沢くん」

「あっ、霧島さん。お疲れ」

　準備もいよいよ終盤へと突入してきた頃、一眼レフカメラを持った霧島さんがやって来た。

「こっちもだいぶ進んだみたいね」

　そう言いながら準備風景をカメラを構えてカシャカシャと撮っていく。

　カメラを構えてシャッターを切る霧島さんの様は堂に入っていて、まるでプロのカメラマンを思わせる。

「そっちも順調みたいだね」

「まあ、そこそこいいものが撮れてるとは思うわね」

　霧島さんはそこそこなどと言っているけど、その自信に満ち溢れた表情を見る限り、とてもそうは感じない。

　そもそも取材部のリーダーとして数知れないメンバーを統率しているのだから、これくらい自信に満ち溢れていないとリーダーは勤まらないと思う。

「そういえば鳴沢くん。君は誰に投票しようと考えているの？」

　一眼レフカメラを再び構えてシャッターを切っていく中、霧島さんは構えを解かずにそんな事を聞いてきた。

「どうしてそんな事を？」

「大した理由は無いわ。ちょっと興味があっただけよ。色々と情報が入ってきてるからね」

「その情報って何？」

「そうね……例えば今回、涼風さんが出場する切っ掛けを作ったのは君だとか。水沢さんや篠原さん、それに如月美月をコンテスト出場に駆り立てたのも鳴沢くんだと聞いているわね」

「あのねえ、まひろと愛紗については間違ってないけど、茜と美月さんを駆り立てたってのは間違ってるよ」

「あら、そうなの？」

　カメラを下ろして両手を離した霧島さんの首から、首掛けに支えられたカメラが垂れ下がった。

「もちろん」

　だってあの二人は自ら出場すると言ったんだ。そこに至るまでに俺が何かを言って出場するように介入した覚えはない。そもそも、そういった類の発言すらしていないのだから。

「ふーん。そういえば君は、自分の妹さんも出場させるらしいわね」

「霧島さん。誤解が無いように言っておくけど、妹は自分から出るって言ったんだよ。俺が薦めた訳でも強制した訳でもないよ」

「なるほど、どうやら事実を話しているみたいね。ありがとう、事実確認の参考になったわ」

「えっ？」

　そう言うと霧島さんは、ニヤリと笑みを浮かべてからホールを出て行く。

　最初はどう言う事かと思ったけど、冷静に霧島さんの発言を考えていくと、その答えが見えてきた気がした。つまり霧島さんは得た情報の裏を取る為にカマをかけ、あえて発言に反論したくなる要素を含め、俺から事実を自然と聞き出そうとしたってわけだ。

　それに気がついた時、流石は取材部リーダーだと思った。どんな時でも情報を得ようとするその姿勢には感服する。

　しかし、そんなくだらない情報を得る為だけにカマをかけるのは止めてくれないだろうか。そんな情報を得たところで、誰の得にもならないのだから。

「やれやれ……」

　霧島さんがいったい何を思っているのかは分からないけど、彼女の発する言葉にはある程度の警戒をしておかないといけない。そうじゃないと、気付かない内に俺という人間を丸裸にされかねないから。

　夕陽が沈むのをホールの窓から射し込む茜色の光で感じつつ、俺は準備のラストスパートをかけた。