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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・花嫁選抜コンテスト
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ゆずれない×気持ち

 花嫁選抜コンテストの開催が決定された翌日のお昼。いよいよ学園の職員室前には、コンテスト出場者を受け付ける為の応募箱が設置された。

 コンテスト参加者は自薦他薦問わず、今朝のホームルームで配られた応募用紙に必要事項を書いて応募箱へと入れなければならない。

 ちなみに他薦は冷やかし防止対策の一つとして、推薦人を含めて十人以上の推薦者が必要となる。まあ他にも色々と防止策を講じられてはいるが、説明はこの際省略させてもらおう。

 盛況振りを見る為に普段は人通りが多いわけでもない職員室前に来ると、そこにはおそらく応募箱があるであろう場所を半円形に囲む様に人だかりができていた。


「龍之介、見てみろよ。凄い人だかりだぞ」

「本当だな……」


 昼休みを利用して渡と一緒に様子を見に来たわけだけど、思ったよりも盛況な感じに思わず面食らってしまった。

 それにしても、いくらイベントとは言えこの盛況ぶりは凄い。それだけみんなの関心度が高いという事だろうけど、それにしてもみんなミーハーな気はする。まあ、こうやって渡と一緒に様子を見に来ている俺も、結局はここに居る人達と同じ穴のむじなだけどな。

 そう思いながら遠巻きに人だかりを見ていた俺の横を、白衣を着た長身の女性が通り抜けて行く。


「あっ、宮下先生」

「ん? おお、君か」


 呼びかけに立ち止まり、茶髪を束ねたポニーテールを揺らめかせながら振り返る宮下先生。

 様子でも見に来たのかと思って声をかけたのだけど、振り向いた宮下先生を見た瞬間、ふと別の疑問が浮かんでしまった。宮下先生ってずいぶん若く見えるけど、いったい何歳なんだろうか――と。

 まともに考えれば若くても二十代中頃ってところだろうけど、見た目は俺ら世代の女子と比べても遜色無いように見えるし、もしも宮下先生が学園の制服を着ていたら、普通に生徒にしか見えないと思う。


「宮下先生、ちょっと質問があるんですが、いいですか?」

「ん? 何かね?」


 宮下先生に歩み寄ってそう尋ねると、先生は不敵な笑みを浮かべた。まるで私に答えられない質問は無い――と言わんばかりの表情だ。

 これは本来、女性に対して聞く質問ではないのだろうけど、俺の中に生まれた疑問を解消する為、怒られるのを覚悟で聞いてみる事にした。


「唐突なんですけど、宮下先生って今おいくつなんですか?」


 その質問に不敵な笑みを浮かべていた宮下先生の表情は一瞬にして変わり、きょとんとした表情になった。

 雰囲気的には予想の斜め上の質問が来た――と言った感じに見える。まあ普通に考えて、こんな質問をいきなりしてくるとは思わないだろう。


「ふむ……君には私がいくつに見えるかね?」


 なぜか質問した俺が逆に質問される形になってしまった。素直に答えてもらえるとは思っていなかったけど、まさかこうくるとは思っていなかった。


「うーん……多分ですけど、二十四歳くらいですかね?」

「ほほう。なるほどな」


 こういう時は、自分が思った年齢よりも多少若く言っておく方がいい。

 そんな俺の解答を聞いた宮下先生は、こちらを見ながらニヤニヤしている。何だかこちらの反応を楽しんでいるようにも見えるけど、気のせいだろうか。


「で、俺の解答は正解なんですか?」

「ふむ、そうだな。私の年齢は見る者によってその都度変わるとだけ言っておこう。だから君が二十四歳に見えたと言うのなら、私は二十四歳という事だ」


 そう言ってフフンと笑みを浮かべる宮下先生。


 ――まあ適当にはぐらかされるような気はしていたけど、それにしても何なんだその答えは……。


「そうですか」


 もはや絶対に正しい答えが返ってこないと分かったので、俺はこの質問に対する追求を諦めた。

 分かりきった事に無駄な労力を使う程アホではないし、俺が元々聞きたかった本当の質問は年齢の事じゃないからな。


「そういえば、先生も様子を見に来たんですか?」

「ふむ。まあそれもあるが、私の用件の本命はこっちだ」


 そう言いながら白衣のポケットから一枚の紙を取り出し、それをヒラヒラとさせる。その紙はどうやら、花嫁選抜コンテストのエントリー用紙のようだった。


「ではまたな」


 宮下先生は見せていたエントリー用紙を半分に折ると、そう言ってから応募箱のある方へと向かって行く。まさかとは思うけど、宮下先生もコンテストに出るつもりなのだろうか。

 まあ先生が出てはいけないとは書かれてなかったし、むしろ宮下先生くらいの美人さんなら、俺もウエディングドレス姿を見たみたい。


「あれ?」


 さっきからやけに静かだなとは思っていたが、近くに居たはずの渡がいつの間にか居なくなっていた。とりあえず周りを見てみるが、それらしき人物は見当たらない。

 どこに行ったのかは知らんが、居なくなったものは仕方ない。それなりに様子も見た事だし、教室へ戻るとしよう。

 本来ならちゃんと捜してやるべきかもしれないが、アイツは放っておいても大丈夫だ。腹が減れば戻って来るだろうから。

 俺は受付箱の周りに居る人だかりをもう一度見てから、そのまま踵を返して自分の教室へと歩き始めた。


「あっ、お兄ちゃーん!」


 教室へと戻る途中、友達とこちらへ向かって来ている杏子と出くわした。

 そして俺の近くまで来た杏子は、友達に『先に行ってて』と言うと、宮下先生のようにポケットから一枚の紙を取り出してそれを俺に手渡してきた。


「あっ、やっぱり出るんだ……」

「お兄ちゃんには出るって言ったじゃない」


 そりゃあ出場宣言は昨日聞いたけど、俺としては冗談であってほしいと思っていた。いや、別に杏子が出場する事に反対しているわけではない。

 俺が問題視しているのは、万が一にも杏子が優勝してしまった時の事を考えているからだ。仮にそうなれば、俺はウエディングドレスを着た妹とパンフレットでツーショットって事になる。それだけは何とか避けたいのだ。

 こう言うとまるで杏子が優勝候補だと言っているように感じるかもしれないが、コイツの謎のカリスマ性はあなどれない。それに杏子は、兄である俺の目から見ても可愛いからな。

 もし俺が妹として杏子と出会っていなければ、今まで杏子に告白して撃沈した男子の内の一人になっていたかもしれない――と、わりと本気でそう思う。だからこそ、杏子の出場を止めておきたいわけだ。

 手渡された紙をじっと見つめながら、何とか杏子の出場を止められないかと考える。そして一つだけど、杏子を止められるかもしれない方法を思いつき、失敗覚悟でそれを実行してみる事にした。


「なあ、杏子。どうしてもコンテストに出るのか?」

「うん! 出るよ!」


 ――ですよねー。


 分かっていた事とは言え、何の躊躇いもなくそう答えた。だが杏子を押し止める為の作戦はここからだ。


「そっか、俺としてはちょっと嫌なんだけどな……」


 杏子には視線を向けず、窓の外を仰ぎ見ながらそう呟く。少し寂しげにやるのがポイントなのだが、視線を杏子に向けないのにはもう一つ理由がある。

 我が妹はこの手の嘘にはわりと敏感なところがあり、その視線や態度から嘘を看破される可能性があるからだ。

 もちろん、視線をずっと合わせないというのは逆に不自然さを際立たせてしまうので、そこはバランスが重要になってくる。


「えっ? どうして?」

「だってもし優勝したら、杏子の花嫁姿を沢山の人が見るわけだろ?」

「それってもしかして、私の花嫁姿を他の人には見せたくないって事?」

「まあ、そういう事になるのかな」

「そうなんだ……ちょっとビックリしたけど……えへへっ、嬉しいな」


 こんな事を言う俺が意外だったみたいだが、杏子は驚きつつもその表情は笑顔だった。

 俺としてはこういった流れに持って行こうと思っていたわけだけど、杏子のこんな嬉しそうな反応を見ていると、とても悪い事をしている気になってくる。

 だがしかし、これは杏子の出場阻止の為。ここは心を鬼にしなければ。


「そりゃあ、杏子は大事な俺の妹だからな」

「そっか……お兄ちゃんがそこまで言うなら、出場は止めようかな」


 最後の殺し文句を口にすると、杏子はにこにこしながらそう言ってきた。


 ――ミッションコンプリート! おめでとう、俺。


 見事にミッションを果たしはしたが、杏子の俺に対する愛情を利用しての作戦なのだから、決して気分は良くない。


 ――杏子、こんな下衆な兄貴を許してくれ……。


「そっか。じゃあ、俺と一緒に茜と美月さんの応援をしようぜ」

「茜さんと美月お姉ちゃんも出場するの?」

「えっ? あ、ああ。最初は出るつもりはなかったみたいだけど、何だか急に出る事にしたみたいでさ」


 そう言うと杏子のにこにこしていた表情が急に曇り始め、口元に手を当てて何かを考えるような素振りを見せ始めた。


「ふうーん……そういう事か」


 突然に杏子が口元を緩めてニヤリとし、何かを納得したと言った感じの晴れやかな顔を見せた。


「そういう事って何だよ」

「ん? ああ、お兄ちゃんは気にしなくていいから」


 杏子はそう言うと、俺が手に持っていたコンテストのエントリー用紙をサッと取ってから応募箱のある職員室の方へと向かって行く。


「お、おい、出場しないんじゃなかったのか?」

「そう思ったけど、気が変わったの。お兄ちゃんの隣は誰にも渡さないんだから」

「えっ? ちょ!? まっ――」


 足を止めていた杏子はにこやかな笑顔を浮かべつつ、職員室の方へと再び歩き始めた。

 どうやら杏子の変なスイッチを押してしまったらしく、成功したはずだった作戦は、最後の最後でどんでん返しをくらってしまった。しかも杏子の表情は、前よりやる気に満ち溢れていたのが怖い。

 それにしても、『お兄ちゃんの隣は誰にも渡さない』って、杏子はいったい何を言ってるんだろうか。俺の隣を狙ってる女子なんて、妹のお前だけだよ。

 そんな虚しい事を思いながら、俺は杏子がエントリー用紙を箱に投入しに行くのを見届けた。

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