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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・一学期前半~next☆stage~
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学園×由来

 五月も残すところ一週間となっていたある放課後、俺は今日も学園の生徒に取材を行っていた。


「ご協力ありがとうございました」


 取材に協力してくれた生徒が廊下の奥へと歩いて行くのを見届けながら、俺はふうっと溜息を吐き出す。

 何で俺がこんな事をせにゃならんのだと、手に持っている紙を見ながら今更の様に思う。

 放課後の学園本校舎内は閑散としていて、廊下の窓から見える夕陽はどことなく寂しさを感じさせる。

 この花嵐恋からんこえ学園は部活動が活発な事もあり、放課後はスポーツに文学にと、青春を謳歌する生徒達がそれぞれに傾ける情熱を注いでいる。ゆえにこの学園における部活動非所属者は非常に少ないという。

 この学園の生徒数は普通科で約五百五十名。その他の専門科で百名の生徒が居るらしいが、取材部が提示した学園新聞のデータによると、全校生徒の約九十七パーセントが何かしらの部活や同好会などに所属しているらしい。つまり俺は、残り三パーセントの内の一人というわけだ。


「さて、あと何人か取材してから帰るか」


 放課後の校舎でいったい俺が何の取材をしているのかと言うと、今年で創立五十周年を迎えるこの花嵐恋学園の創立記念に向け、生徒達にこの学園に入学してからの出来事や、学園生活についての話を細かく聞いて回っているわけだ。

 そして俺がこんな面倒しい事をやっている理由だが、それは今から一週間くらい前、取材部の四季さんに直接この取材を依頼されたからに他ならない。

 まあ最初は断るつもりでいたんだけど、色々な意味で危険を感じたので、止む無く引き受ける事にしたわけだ。


「頑張っているようね、鳴沢龍之介くん」


 部活動に勤しむ誰かに話を聞こうと部活棟へ向かっている時、突然背後から名前を呼ばれたので後ろを振り返ると、そこには艶やかな黒髪で、腰まで伸びる長髪ストレートのスレンダー美少女が立っていた。


「あっ、四季さん」

「鳴沢龍之介くん。その名前を部室以外で呼ぶのは駄目だって言っておいたでしょ?」


 人差し指を艶かしく自分の唇に当て、内緒のポーズをとる四季さん。


「あっ、ごめん。つい……」


 俺を困った子だなという感じで見ているこの人は、取材部のリーダーである四季さん。本名は霧島夜月きりしまよづきと言うそうだ。


「私が四季である事を知る人物はほぼ居ないんだから、気をつけてね。私が自分の正体をあなたに明かしたのも、あなたに対する礼儀の一つとしてそうしただけなんだから」

「ごめん、気をつけるよ」


 謝りの言葉に霧島さんはにっこりとした笑みを浮かべると、俺が手に持っていた紙を手に取ってから内容を見始めた。その内容を真剣に読みながら、一枚、また一枚と紙を捲って内容を確認していく。


「――うん、生徒達の素直な話が聞けているようね」


 霧島さんはウンウンと頷きながら満足そうに俺を見る。

 そして持っていた紙の束を俺に返すと、自分について来るように言う。俺は目の前を歩く霧島さんの後を、少し離れた位置からついて歩く。

 いったいどこへ連れて行かれるのだろうかと思ったけど、着いた場所は俺と同じ二年生のクラスがある階のA組だった。そういえば霧島さんは、俺と同じ二年生だと言っていた気がする。

 しかもこれは最近知った事だが、去年の文化祭で美月さんとゲーム対戦をして見事に負かしていた女子生徒が居たけど、あれは霧島さんだったらしい。

 どおりであの時、知っているような気がしたわけだ。取材部の部室で一度、四季さんとしての霧島さんと出会っていたんだから。


「そこに座って」


 霧島さんは自分が座った目の前の席を指差し、そこへ座るように促す。


「まずはさっきの資料の一部を受け取っておくわね」


 そう言って再び俺が持っていた紙束を手に取り、何枚かの紙を抜いていく。そしていくつかの紙を抜き取った後、残りの紙を俺に返してきた。


「――そう言えば君は、世の中のカップルを敵視しているらしいわね」


 受け取った紙に黙って目を通していた霧島さんが、唐突にそんな事を言った。どこでそんなくだらない情報を得たのかは知らないけど、変な事を聞いてくるもんだ。


「まあ、そうかな」

「なぜなの?」


 目を通していた紙から視線を外し、じっとこちらを見てくる。


「なぜって……」


 端的に言ってしまうのなら、俺がリア充を敵視する最大の理由など、嫉妬以外の何ものでもないだろう。


「まあ、人が満たされている人を見て敵視する理由なんて、大概は嫉妬だろうけどね」

「そういう事かな」

「あら、自分が他人に対して嫉妬しているというのは自覚しているわけね」

「そりゃあそうでしょ。何の理由も無く他人に敵意を向ける奴なんて、世の中にそうそう居ないでしょ」


 霧島さんはその言葉に満足そうに頷いていた。

 突然こんな質問をした理由も、俺の言葉を聞いて頷いている理由もよく分からないけど、とりあえず何かを納得した事だけは分かる。


「ねえ、鳴沢龍之介くん。君は世の中のカップルが全て幸せだと思う?」


 その言葉に俺は『そうは思わない』と即答した。そりゃあそうだろう。付き合っているカップルの全てが幸せなら、世の中に別れるカップルが出るはずが無いのだから。


「そう、世の中は目に映る事が絶対の真実ではない。例えばあそこを見て」


 そう言って霧島さんは窓の外をそっと指差す。

 霧島さんが指差す方向へ視線を向けると、そこに居たのはベンチに座っている一組のカップルだった。


 ――くそっ……いちゃいちゃしやがって。


「あのカップルが何なの?」

「あそこに居るカップルはどちらも笑顔だけど、本当に幸せなのかしら?」


 その言葉を聞いた俺は、再び外に居るカップルを見る。

 本人達はとても笑顔で幸せそうにしか見えず、俺が見る限りはどこにも不幸を感じさせる要素が無い。


「幸せなんじゃないの?」


 その返答に対して霧島さんは『そうね』と答えた。いったい何が言いたいのか分からず、俺は首を横へ傾げてしまう。


「それじゃあ、人間の中で一番怖いと思う表情って何かな?」


 質問が切り替わり、再び俺に向けられる。いまいち霧島さんの聞きたい事の意図が見えてこない。


「そりゃあ、怒りとかじゃない?」

「そっか……私はね、笑顔が一番怖いの」


 笑顔が一番怖い――そう言う霧島さんの答えは、俺としては非常に興味をそそられた。

 俺がその言葉に対して疑問を投げかけると、霧島さんは沈む夕陽を眺めながらその理由を話し始める。


「笑顔ってね、人の見せる表情で一番良いものだと思うけど、同時に一番怖いものでもあると思うの。笑顔って不思議なもので、どんな感情の時にも出そうと思えば出せちゃうし、それを使って色々なものを隠せてしまう。だから私は笑顔が怖い」


 そう言うと霧島さんは、また外のベンチに座って話をしているカップルを見た。


「あそこのカップルもそう。二人はああして笑っているけど、心の中は本当にあの笑顔どおりの感情なのかは分からないじゃない?」


 その言葉を聞いて、何となくだけど霧島さんの言わんとしている事が分かった気がした。

 確かに人間てのは、心の中の悪感情を相手に悟られまいと、笑顔を盾にしてそれを隠す事がある。それが意識的にであれ無意識的にであれ、人は少なからずそうして生きていると思う。


「確かにそうかもね」


 その返答に霧島さんはこちらを向き、一言『ありがとう』と言った。

 これは俺の予測だけど、取材部として色々な人に取材をしたり、調査をしたりしていたのであろう霧島さんは、そんな笑顔の中の違うものに対して誰よりも敏感なのかもしれない。なまじ人のそういう部分を感じるからこそ、笑顔が怖いと言うのだろう。


「今回の調査に答えてくれた人達もそう、どこまでが真実かは分からない。でも本人が幸せだと思っているからこそ、幸せだと書いたんだと信じたい」

「……言いたい事は何となく分かるんだけど、難しく考え過ぎなんじゃないかな? 人は難しい生き物だけど、その根っこは単純だと思うし」


 そう言うと霧島さんは興味深そうにこちらを見つめてきた。何だかこの感じ、誰かに似ている気がする。


「それってどういう事かしら?」

「確かに霧島さんが言うように、笑顔を浮かべている人間の全てが幸せを感じているとは言えないと思う。それでもやっぱり、笑顔を向けられる相手が居るってのは幸せな事なんだと思うよ。自分の大切な相手には、いつだって笑顔で居てほしい。だから自分も笑顔を浮かべる。理由なんてそんな単純なものだと思うけどね」


 霧島さんは瞳を閉じると何かを熟考するようにじっとし、そして何かを納得したように頷くと、その瞳をゆっくりと開けた。


「…………なるほど。あの子が入れ込む理由も分からなくはないわね」

「えっ?」


 ――あの子? 入れ込む? いったい何の事だろうか。


「何でもないわ。それより、鳴沢龍之介くん――」

「あ、あのさ、そのフルネームで呼ぶのは何とかならない? 癖なの?」


 話をしようとしていた霧島さんの話しを遮る。正直言って、フルネームで何度も呼ばれるのはウザったい。

 俺がそう指摘すると、霧島さんは何やらブツブツと独り言を言いながら口元に指を当てていた。


「霧島さん?」

「あっ、ごめんなさいね。私にそんな癖があったなんて知らなかったから、これからは気をつけないと。それで鳴沢くん、君はこの学園の名前の由来は知ってる?」


 霧島さんの問いかけに対し、俺は頭を左右に小さく何度か振った。

 だいたい花嵐恋なんて名前自体がかなり珍しいし、その由来や意味などをいちいち気にした事は無い。


「この学園の名前はね、学園の校章として描かれているカランコエという花がモチーフなの。ほら、君の制服のボタンに描いてある花、それがカランコエよ」


 そう言われてボタンを見ると、確かに小さな花が描かれていた。


「学園の名前に使われている漢字は完全に当て字だけど、『例えどんな嵐に見舞われようと、季節の花々のように青春を謳歌し、何事にも恋する心を持ってほしい』――という意味が込められているそうよ」

「へえ、そんな意味があったんだ」


 入学二年目にして初めて知る学園名の由来に、俺はちょっとした感動を覚えていた。


「ちなみにカランコエの花言葉には、『沢山の小さな思い出』というのもあるの。私達学生にとっては素敵な意味かもね」


 なるほど。この花嵐恋学園の噂にある『大切な人に出会える』という噂があるのも、もしかしたらこういったものが起源なのかもしれないな。


「そうかもしれないね」

「さてと、私はこれから部活動があるから、これで失礼するわね」

「こんな時間から? 今度は何を取材するの?」


 教室を出て行こうとした霧島さんにそう問いかけると、そのまま振り返ってにこっと笑顔を浮かべる。


「そうね、鳴沢くんが全てを失う覚悟があるのなら教えてあげる。その覚悟があれば、いつでも私のところにいらっしゃい」


 そう言って満面の笑顔を浮かべた霧島さんは、そのまま教室を静かに出て行く。

 あの言葉が本気かどうなのかは分からないけど、やはりよく分からない人だ。

 俺は机の上に置いた紙束を手に持ち、夕陽が沈む光景を少しだけ見てからA組の教室を後にした。

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