女の子×不思議
窓から射し込む陽射しが心地良いゴールデンウイークの朝。俺はリビングのソファーに寝転がりテレビ見つめていた。
日本語に訳せば黄金の一週間という事になるけど、いったいどれくらいの人が金色に輝く一週間を送れるのだろうか。
まあソファーに寝転がって無作為にリモコンでチャンネルを変えているだけの俺にとっては、ゴールデンウイークならぬグレーウイークと言えるだろ。完全に黒に染まってないのは俺がそれを認めたくないからだ。
「お兄ちゃん、彼女と遊びにでも行かないの?」
ゴールデンウイーク三日目。
リビングに下りて来た杏子がソファーに寝転がる俺に向かい、開口一番心を抉る一言を飛ばしてきた。
「杏子、分かりきった事を聞いて心を抉るのは止めないか? 兄ちゃん泣いちゃうぞ」
その言葉に対して特に何か言うわけでも無く、杏子は黙って正面のソファーに座った。
俺はそんな杏子を見る事無くリモコンでチャンネルを入れ変えていく。
「あっ、お兄ちゃん。そのチャンネルで止めて」
そう言われた時には既にチャンネルを飛ばしてしまっていたので、とりあえず言われたタイミングのチャンネルに戻す。別に見たい番組があったわけじゃないからな。
「ありがと」
チャンネルを戻すとどうやらそのチャンネルであっていたらしく、杏子は俺に向かって短くお礼を言った。
手に持ったリモコンをテーブルに置いて身体を起こし、ソファーの背もたれに背を預けて頭をテレビの方へと向け、流れてくる内容に耳を傾ける。
先程まではちょこちょことチャンネルを入れ変えていたから内容などほぼ見ていなかったけど、そこにはゴールデンウイークを利用して遠出をしている家族や、デートスポットで楽しむカップルなどが次々と映し出されていた。
「ちっ、何がゴールデンウイークだ。リア充を楽しませるだけじゃねーか」
「お兄ちゃんも楽しめばいいじゃない。せっかくの休日なんだし」
杏子はこう言うけど、俺は別に休日を楽しんでない訳ではない。リア充うんぬんはさておき、純粋に休日を楽しんでいるのは確かだ。
のんびりと何をするでもなく、ただ過ぎ行く時間を怠惰に過ごす。こんな贅沢な時間の使い方は他に無い。
「勘違いしてもらっちゃ困るが、兄ちゃんはこれでも結構休日をエンジョイしてるんだぞ?」
「ふーん。まあそれはそれとして、少し散歩でもしてきたら? 思わぬ出会いがあるかもよ?」
「思わぬ出会いねえ……」
杏子が言うように、人との出会いというのは外に出なければ訪れないものだろう。
しかしほとんどの場合、外に出ても何か実りのある出会いが起こる事など皆無に等しい。特に目的も無く散歩をするだけなら尚更だろう。
それに俺から言わせれば、外に出れば出会いがあるなんて考えはリア充だからこそ行き着く発想だと思っている。至って平凡なコミュニケーション能力しかない俺からすれば、他人と仲良くなるのは難しい事なんだ。
「そんな簡単に外に出会いが転がってるなら、俺は今ここに居ないと思うんだけどな……」
テレビを見ながらそう呟いた後、俺はソファーから立ち上がり自室へと向かった。
辿り着いた自室のクローゼットやタンスを開け、カジュアルな服を適当に取り出して着替える。そして着替えた上着の胸ポケットに携帯を入れ込み、机の引き出しに入れてある財布を出してからズボンの後ろポケットにスッと差し込む。
俺はさっきまで着ていた服を持って一階へと下り、洗濯機の中へと乱雑に放り込んでから玄関へと向かう。一応言っておくが、別に杏子の言う事を真に受けて出会いを求めに行くわけではない。
「お兄ちゃーん、出かけるのー?」
「ああー、せっかくだしちょっと散歩してくる」
リビングから聞こえてくる声に返事をすると、杏子がこちらを覗き込む様にして部屋の出入口から顔を出してきた。
「それじゃあ帰りにアイスクリームを買って来てよ」
――もしかしてコイツ、自分がアイスを食べたいから俺に散歩を勧めたんじゃないだろうな……。
杏子なら十分に考えられる。コイツは至って自然に兄をパシリにするからな。その自然さは兄である俺もなかなか気付かない程だ。
「分かったよ」
杏子に上手くやられたと感じながらも、黒のスニーカーを履いて外へと出る。
外は清々しいまでに晴れていて、少し強い風も吹いている。身体に受ける陽射しは夏の様相を感じさせ始めていて少し暑く感じるけど、たまにはこういった散歩もいいかもしれないと、そんな事を思わせる程に強く吹いてくる風が心地良く感じていた。
この散歩には特に目的が無い。なので適当にうろつきながら駅前の本屋にでも行こうかとのんびり歩く。
杏子の言う事を真に受けるわけではないけど、訪れるはずもない出会いに仄かにでも期待してしまうのは男子にはよくある。
例えばそこにある曲がり角を曲がった所で可愛い女子にぶつかって、その子を助け起こす事から始まるラブストーリーとか、そんなベタベタな展開に誰しも一度は憧れた事があるだろう。まあそんなラブコメみたいな事は現実には無いんだけどさ。
現実では例え誰かとぶつかっても、すいませんの一言でその人とはほぼ永遠にさようならだ。そこから会話が繋がる事などまず無い。
それでも人は淡い期待を抱きつつ人生を生きて行くのだろう。
「きゃっ!」
そんな事を考えながら歩いていると、曲がり角を曲がった所で誰かにぶつかってしまい、その反動で後ずさってしまった。
「すいません! 大丈夫ですか? って、あれっ?」
尻餅をついている人をよく見てみると、まひろの妹のまひるちゃんだった。
「あっ、龍之介さん。大丈夫です」
「ごめんね、まひるちゃん。さあ手を出して」
腰を下げてまひるちゃんに右手を差し出す。
そしてまひるちゃんがその手を掴むと、俺はその手をゆっくりと引いて助け起こした。
「ありがとうございます」
「いやいや、それより大丈夫? 怪我とかしてない?」
「大丈夫です。ちょっとお尻を打っただけですから」
えへへっと、にこやかに微笑みながらお尻の埃を手で払うまひるちゃん。
新たな出会いではないけど、曲がり角で出会いがあったな。しかも最高に可愛い子だ。
「まひるちゃんはどこかに行くところなの?」
「あっ、私は龍之介さ――いえ、お兄ちゃんに会いに行くところだったんです」
久しぶりに会ったまひるちゃんにお兄ちゃんと言われ、ちょっと照れてしまった。
杏子にも日々お兄ちゃんと言われているのに、まひるちゃんに言われると妙にむず痒い気持ちになってしまうのはなぜだろう。可愛さの違いなのか、それともこれが身内と他人との差だと言うのか。
「俺に会いに来てたの?」
「はい。ずいぶんとお会いしていなかったので、久しぶりに会いたいなと思って」
そんな事を少し恥ずかしげに、そして可愛らしく言うまひるちゃん。
――何この超絶可愛い子! 俺の妹にしたいっ!
しかし久しぶりにこうして会うと、その相変わらずの破壊力に良い意味で圧倒されてしまう。いやもう、本当に可愛いんですよ、この兄妹は。
「そ、そうだったんだ。何だか照れちゃうな」
「ふふっ」
照れ笑いをする俺を見ながら、くすくすと小さく笑うまひるちゃん。
――くそう、マジで可愛いな。
そして今度はまひるちゃんから『お兄ちゃんはどこに行こうとしてたんですか?』と聞かれた俺は、散歩ついでに駅前の本屋に向かっている事を告げた。
するとそれを聞いたまひるちゃんは、自分も本屋まで同行すると言ってきた。思わぬところで同行者ができたが、相手がまひるちゃんなら何の文句もな無い。むしろ大歓迎だ。
そういえば、最後にこうしてまひるちゃんと会ったのはいつ頃だっただろうか。
「本当に久しぶりですよね。確か最後に会ったのは一月二十七日でしたから」
「へえ、ずいぶん正確に覚えてるんだね」
「女の子ってこんな感じなんですよ?」
まひるちゃんはさも当然のようにそう言う。
俺としてはだいたい一月頃だったかなくらいの記憶だったんだけど、まひるちゃんはしっかりと日付まで記憶していた。
女子ってそんな正確に物事を把握してるものなのだろうか。だとしたら、世の中のリア充が記念日などを正確に把握しているのも頷ける。
「そっか。女の子って凄いんだな」
新しく知る未知なる能力。もしかしたら女性ってのは、俺達男が思っているよりも遥かに凄い未知なる能力をまだまだ隠し持っているのかもしれない。
そんな未知なる能力の一端を垣間見つつ、俺はまひるちゃんと一緒に駅前の本屋へと向かった。




