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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・一学期前半~next☆stage~
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過去×思い出

 二年生になって一週間ちょっとが経つけど、最近ちょっと気になる事があった。それは朝になって学園へ登校している最中や、夕方に学園から帰る時などに誰かに見られている様な気配を感じていたからだ。

 何だか前にもこんな事があった様な気がすると、ちょっとした既視感を覚えていたある日の帰り道。たまたま一緒に帰っていた杏子にその話をした事があったんだけど、『お兄ちゃんの妄想じゃないの?』という一言で片付けられてしまったのを覚えている。

 それにしても、我が妹がまったく兄の事を心配していないのが悲しい。

 もしも俺を見てるのが危ない女性ストーカーだったりしたらどうすんだ。まあその視線を送っているかもしれない人物を女性と決めつけるのもどうかとは思うけど、できればそれが男だとは思いたくないのが正直な気持ちだ。


「もうちょっとか……」


 薄情な妹の言葉に悲しみを隠せなかったあの日から二日後。俺は数学の宿題をやるのを忘れて教室で居残りをされられていた。

 しかも数学は英語に次いで苦手なジャンルなので、宿題を終わらせるのにかなり苦戦している。

 ふうっと息を吐きながら顔を上げて教室の黒板の上にある丸型時計を見ると、その針は17時を指し示そうとしていた。

 こんなかったるい事は急いで終わらせて帰ろうと思い、再び机上のノートに視線を落とす。しかし急にトイレに行きたくなり、俺はスッと立ち上がって教室を出てから足早にトイレへと向かった。


「きゃっ!」

「おっと!?」


 教室を出て急いでトイレへと向かう途中、階段がある曲がり角から誰かが急に出て来てぶつかってしまった。


「いたたっ……」


 声がする方に目をやると、そこにはやたらと小さく見える女の子が尻餅を着いていた。

 黒髪ショートカットで髪の毛の左右が少しクルッと巻き気味に外側に跳ねているのが特徴的で、その不揃いな感じの跳ね方からするとパーマではなく天然なのだろう。

 それにしても本当に小さく見える。もしかしたら杏子よりも身長が低いかもしれない。まあ制服を着ているからここの生徒だろうけど、うちの学園の制服を着て探検に来た小学生だと言われても不思議には感じないくらいだ。


「ごめんね! 大丈夫?」


 俺はとりあえずその女の子に向かって右手を差し出した。お互いの不注意とはいえ、倒れた女の子に手を差し伸べない程俺は鬼畜ではない。


「だ、大丈夫です……あっ!?」


 女の子は驚いている様な動揺している様な、そんなどちらとも言い難い表情を浮かべながら俺の方を見上げて硬直していた。


 ――何だろう……俺が何かしたんだろうか?


「あ、あの……俺の顔に何か付いてる?」

「えっ!?」


 その言葉に我に返った様子の女の子は、水浴び後の犬の様に頭をブルブルと激しく左右に振る。


「な、何でもないです……ありがとうございます……」


 差し出していた俺の手を握ってから立ち上がると、その身長差から女の子が更に小さく見えてしまう。


 ――マジで小学生がコスプレしてるわけじゃないよな……。


「……私のこと、小学生みたいって思ってませんか?」


 握っていた手を離してそう言いながら俺を睨みつけてくる。正直言ってめちゃ恐い。


「そ、そんな事無いよ?」


 あまりの目力に思わず女の子から視線を逸らしてしまう。


 ――しまった……これではそう思っていたと言っている様なもんじゃないか。


「はあっ……まあいいです。いつもの事ですし」


 そう言って女の子は諦め混じりのような溜息を吐いた。きっとこの手の事を相当言われ続けてきたのだろう。


「ごめんね。ちょっと急いでたもんだから」

「あっ、いいえ。こちらこそごめんなさい」


 意外と強い口調だったのでビビっていたけど、案外素直な子なのかもしれない。

 それにしてもこの女の子、よく見るとどこかで会った事がある気がする。


「な、何ですか? じっと見たりして……」


 まじまじと見てしまったせいか、女の子は一歩下がって警戒する様な素振りを見せた。


「あっ、ごめんね。何だかどこかで会った事がある気がしたもんだからさ」

「えっ!?」


 一歩足を引いていた女の子はその引いた足を前へと出してこちらへと近付く。何だか少しだけ嬉しそうにしている様にも見えるけど、そんな訳は無いか。


「そんな事あるはず無いか。ごめんね、それじゃあ!」

「あっ! ちょっと――」


 女の子は何かを言おうとしている様だったけど、俺はトイレを我慢していた事を思い出して急いでトイレへと向かい目的を果たす。


「はあー、すっきりすっきり」


 危うく漏らしてしまうピンチを潜り抜けてすっきりした俺は教室に戻って真面目に宿題の残りをやり進めていたのだけど、段々と問題が解らなくなって面倒になり、もう最後の方には適当に問題の答えを書いていた。

 そうやって適当に終わらせた宿題のノートを職員室にある先生の机の上に置き、俺はさっさと帰宅しようと下駄箱へ向かう。

 ポケットから取り出した携帯の時刻表示を見ると、既に18時を過ぎている。


「あのっ!」


 靴を履いて外へ出ると、不意に後ろから声がかけられた。

 その声に後ろを振り返ると、そこにはさっき廊下でぶつかった小学生――違った。廊下でぶつかった小さな女の子の姿があった。


「君はさっきの」

「あ、あの……さ、さっき倒れたせいで……」

「えっ? 何?」


 真っ赤な顔で何かを言っているのだけど、言葉が段々と尻すぼみになっていくのでよく聞き取れない。


「だ、だからっ! さっき倒れたせいでお尻が痛いんです! あっ……」


 グラウンドに響く程の大声でそう言った女の子。

 しかしその内容はとても大声で言う様な内容ではない。女の子は更に顔を赤らめて身体を震わせながら俯く。


「あ、あの、つまりどうしろと?」


 その言葉に女の子は身体を震わせながらキッと鋭い視線で俺を見てくる。

 それにしても俺は何でこの子に睨まれなきゃならんのだろうか。


「せ、責任をとって下さい……」


 鋭く俺を睨みながらも恥ずかしげに身体をモジモジさせる女の子。その視線と態度は明らかに違っていて、ある意味で器用だなと思える。


「あの、責任て俺にどうしろと?」


 反論すると話がややこしくなりそうなので、とりあえず相手の要求を聞いてみることにした。


「それはその……あっ! な、何か奢って下さい。何でもいいですから」


 いったいどんな要求をされるのかと思ってビビっていたけど、案外普通な感じの要求に少し安心した。


「あうっ…………」


 そんな感じで俺が安心していると、女の子のお腹からきゅるきゅるっと可愛らしい音が聞こえ、それと同時に両手でお腹を押さえながら顔を真っ赤にして俯いた。

 時間帯的にもお腹が空く頃合だ。俺もお腹が空いてるし、何か軽く食べて帰るのも悪くない。


「分かったよ。それじゃあ駅前のワクワクバーガーでいいかな?」

「は、はいっ!」


 顔を赤くして俯いていた女の子は、俺の言葉に顔を上げて嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 何と言うか、ギャップの激しい子。それがこの女の子に対して俺が感じた最初の印象だった――。




「どれにする?」

「え、えーっと……」


 とりあえず駅前まで行った俺達は、その近辺にあるワクワクバーガーへと来ていた。


「そ、それじゃあこれで」

「OK。そんじゃ俺も同じのにしよっかな」


 俺は店員さんに手際良く注文をし、商品が来るのを注文カウンターの横で二人で待った。それから5分程で商品が来ると、俺は商品の乗ったトレーを持って女の子に好きな所に座っていいよと促した。

 すると女の子は嬉しそうに二階席へと向かい、窓際の席を陣取った。


「いただきます」


 美味しそうにバーガーにかぶりつく女の子。

 男でも女でも、いい食べっぷりを見ていると気持ちがいい。それを見ているだけで幸せな気分になるから。


「美味しい?」

「えっ!? コ、コホン――ま、まあまあですかね……」


 女の子は取り繕う様に食べるのを止め、飲み物に手をつける。


 ――別に気にしないで食べてていいのに。


「そっか。まあ良かったよ」


 それからしばらくはお互いに黙って食事をしていたんだけど、女の子は不意に俺の顔をじっと見て質問をしてきた。


「あ、あの……さっきの事ですけど」


 チラチラと上目遣いでこちらを見てくる。身長差を考えればこうなるのは当たり前なんだけど、何となく小動物を見ている様な気分になる。


「ん? さっきの事?」

「廊下でぶつかった時に言ってたじゃないですか。『どこかで会った事がある気がした』って」


 確かにそう言ったのは覚えているので、俺は飲み物を飲みながらウンウンと頷いた。


「それってどこでですか?」


 なぜか女の子は期待に満ちた目で俺を見ている様に感じた。

 しかしどこだと言われても正直返答に困る。本当に何となくそんな気がしただけだったから。


「うーん……どこだったかなあ……」


 その質問に対して思い出そうとしばらくの間考え込んでいると、女の子は突然スッと席を立った。


「……もういいです。私帰りますね……」

「えっ!?」


 しょんぼりとした顔でトレーを戻し場に置き、女の子は一階へと下りて行く。そのしょんぼりとした顔を見て俺は少しはっとした。


「ひょっとしてあの子……」


 俺は中学時代のとある出来事を思い出し、急いで女の子の後を追った。

 そして慌てて店を飛び出すと、少し遠くにしょんぼりと肩を落とした女の子を発見し、その背中に向かって声をかけた。


「ちょっと待って!」

「何ですか?」


 やっぱりこのしょんぼりとした表情には見覚えがある。おそらく俺の記憶違いではないはずだ。


「君さ、もしかして俺が中学生三年の夏に体育館裏で会った子じゃないか?」

「えっ!?」


 しょんぼりとしていた女の子の表情が一気にぱーっと明るくなっていく。


「そ、そうですよ。やっと思い出したんですね」


 見せていた笑顔を隠す様にムッとした表情を見せる女の子。ホントにコロコロと表情が変わる子だ。


「やっぱりそうだったんだ」

「思い出すのが遅過ぎますよ。鳴沢先輩は」

「えっ!? どうして俺の名前を知ってるの?」


 確か中学時代も今回も、俺は名前を名乗っていなかったはずだ。


「そ、それはその……ど、どうでもいいじゃないですか!」


 女の子はそう言うと突然そっぽを向いて再び駅の方へと歩き始める。

 名前も知らない相手に自分の名前だけを知られているというのは、何とも言えない複雑な気分になる。


「せめて名前くらい教えてくれても……」


 そそくさと歩いて行く女の子の背中に向かって呟く。

 そんな俺の呟きは当然聞こえているはずがないと思っていたのだけど、女の子は突然ピタリと足を止めてこちらを振り返ると足早に俺の方へと戻って来た。


「あ、あの、自己紹介が遅れてごめんなさい。私は一年の篠原愛紗しのはらあいしゃって言います。今日はありがとうございました。鳴沢先輩。ご馳走様でした」


 そう言うとにこっと笑顔を見せてからペコリと頭を下げて駅の方へと走り去って行った。

 ホントにコロコロと表情が変わる子だ。しかもちょっと口調がキツイところがあるし。でもまあ、あれで結構素直なところもあるみたいだけど。

 そんな事を思いつつ、俺は去って行く篠原愛紗の小さな背中が見えなくなるまでじっとその姿を見つめていた。

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