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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・一学期前半~next☆stage~
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緊張×勘違い

 新学年が始まってから最初の金曜日。俺は月の薄明かりの下、小高い丘の大きな桜の木の下に居た。


「はあっ……何で俺は龍之介と二人っきりなんだろう……」


 隣で温かい缶コーヒーを口にしながらブツブツと文句を言っているのは悪友の渡。


「お前は何を期待してここに来たんだ?」

「そんなの決まってるだろっ! 女の子と一緒に夜を過ごして愛を育む為だ!」


 ――渡にまともな答えを期待した俺が馬鹿だったよ。そもそも育む為の愛をいつ誰と芽生えさせたんだ? そんな戯言は彼女ができてからにしろってんだ。


 単純明快な願望を熱く語る渡を横目で見ながら、俺も缶コーヒーに口をつける。

 渡はブツブツと何かを言いながらクネクネと身体を捩じらせて身悶えしているが、きっと変な想像でもしているんだろう。それに普通に考えれば、こんな事を女子にさせる訳が無いってくらい想像がつくと思うんだがな。

 妄想に浸っている渡に哀れんだ視線を向けつつ、はあっと溜息を吐く。

 あと1時間半もすれば日付も変わろうかという頃。桜が咲き誇る木の下で俺達が何をしているのかと言うと、この時期の名物、花見の場所取りだ。

 それにしても四月に入ったとは言え、まだまだ夜は冷え込みが厳しい。


「ヘックシッ!」


 場所取りを甘く見ていたせいか、渡はさっきから何度も馬鹿でかいくしゃみをしている。


「大丈夫か?」

「大丈夫だよ。風邪なんかひかねえから」

「いや、そこは心配してねえよ。なんとかは風邪ひかないって言うからな」

「ああー、なるほどなーってコラッ!」

「ははっ、冗談だよ冗談」


 今にも飛びかかって来そうな形相の渡をなだめながら苦笑いをする。

 まあ冗談はこれくらいにしても、渡の格好は野外で寝泊まりするにはあまりにも不向きだ。長シャツに上着を羽織ってはいるものの、この冷え込みを考えると絶対に体調を悪くしてしまうだろう。


「まったく……ヘックシッ!」

「でもよ、冗談抜きに一度家に帰って厚手の上着か防寒具を持って来た方がいいぜ? まだまだ冷え込むだろうから」

「そうだな……いつまでも缶コーヒーで誤魔化すのも無理があるしな」


 そう言いながら渡は傍らに置いてある缶コーヒーの山を見つめる。


「そうそう、金も勿体ないしな」

「だな。そいじゃまあ、ちょっと行って来るわ」

「おう。行って来い」


 渡は『わりぃな』と言ってから大量の空き缶を袋に詰め込んで丘を下りて行った。

 その姿を見送ってから携帯の時刻表示を見ると、23時を少し過ぎていた。花見の開始は明日の午前10時だから、まだまだ先は長い。

 話し相手の渡が居なくなった俺は、携帯の電子書籍アプリを開いて漫画を読み始めた。

 読み始めたのは俺のお気に入り作品の一つで、『俺に妹は居ないはずだが、突然妹ができました。』という作品。

 妹系美少女ゲームオタクの主人公のもとに突然現れた幽霊の女の子。そんな女の子と主人公の兄妹愛を描いたハートフルストーリーで、俺の一押し作品。最近はこうやって携帯一つで暇潰しができるんだから、本当に便利なったもんだ――。




 日付も変わって10分程が経った頃、漫画を読みふけっていた俺の携帯に電話がかかってきた。

 着信表示には水沢茜の名前。俺は画面の通話表示を押して電話を耳に当てる。


「もしもし? どうした?」

「あっ、龍ちゃん? ちょっと聞きたいんだけど、場所取りってどこでしてるの?」

「場所か? ほら、小さな頃によく遊んでたでっかい桜の木がある丘だよ」

「ああー、あそこか。分かったよ、じゃあねっ!」


 それだけ言い終えると茜は一方的にブツッと通話を切った。いつもながらやる事が荒い奴だ。

 そういえば携帯の時刻を見て思ったんだが、渡が戻って来るのがやたらに遅い。ここからアイツの家までは往復30分もあれば十分なはずなんだが……まあ渡の事だからコンビニとかに寄り道をしている可能性も高い確率でありえる。


「結構冷えてきたな……」


 少し強くなり始めた風が吹く度に空気の冷たさが増して身を縮こまらせてしまう。


「たくっ……渡の奴、早く戻って来いよな」


 身体が冷える度に温かい飲み物を口に運べば必然的にトイレに行きたくなるのだけど、一度も尿意をもよおすとその事ばかりに意識がいってますますトイレに行きたくなってくる。

 だが荷物を置いたままでここを離れる訳にはいかない。俺は耐え難い生理現象を前にしばらく我慢を強いられる事になった。


「――くそっー、早く帰って来いよ渡……」


 尿意を感じ始めてから約20分。俺はかみ殺す様な声を出しながら渡が帰って来るのを待っていた。こんな時の一分二分はとても長く感じるから地獄だ。


「あっ、居た居たっ! おーい! 龍ちゃーん!」


 声がした方をサッと見ると、そこには月の光に照らされながら走って来る茜の姿があった。


 ――ああ……今こっちへ向かって来る茜が天使に見えるぜ。


「あれっ? 顔色が悪いけど大丈夫?」

「すまん茜! ちょっと荷物を見ててくれ!」

「えっ!? ちょ、ちょっと龍ちゃん!?」


 俺はサッと立ち上がってから脱兎の如くトイレへ向かって走り始める。こうして茜が来てくれたおかげでトイレには間に合い、俺はこの歳でお漏らしのピンチから解放された。

 すっきりと晴れやかな気分になった俺は急いで場所取りの代わりをしてくれている茜の所へと戻った。


「あっ、龍ちゃんいったいどうしたの?」

「わりい。ずっとトイレに行きたかったんだけどさ、行けなくて我慢してたんだよ。もう限界にきてたから助かったぜ」

「我慢て……そういえば渡くんは?」

「アイツさ、防寒着を取りに家に戻ったんだけど、それっきり帰って来ないんだよ。電話にも出ないし」


 俺は事情を説明しながら茜の隣に座ってふうっと大きく溜息を吐く。


「そうだったんだね。はい、ご苦労様」

「おっ、サンキューな」


 茜は苦笑いを浮かべながら俺に温かい飲み物を差し出してくれた。こういうところは妙に気が利くんだよな。

 水筒のコップに注がれた液体からはコーヒー独特のコクのある匂いが立ち上っている。俺は早速そのコップに口をつけてそのコーヒーを飲む。茜が持って来たコーヒーは俺好みの程好い甘さでとても美味しかった。


「うん、美味い。茜は俺好みのコーヒーを作るのが上手いよな」

「そ、そうかな?」

「ああ。茜が出してくれるコーヒーはいつも程好い甘さ加減だからな」

「そっか。良かった……」


 茜はもう一つのコップにコーヒーを注いで飲み始める。心なしか俯き気味で飲んでいるように見えるのが気にかかるけど、まあいっか。


「そういえばどうしてここに来たんだ?」


 さっきはトイレへ行く事に気を取られて気にしていなかったけど、夜中に一人でこんな所まで来るなんて危ないにも程がある。


「どうしてって、場所取りをしてる龍ちゃんと渡くんの為に色々と差し入れを持って来たんだよ」

「おばさん達にはちゃんと言って来たんだろうな?」

「もちろんだよ。ここにもお父さんに車で送ってもらったし、お母さんなんか『頑張っておいで!』って言ってくれたし」

「頑張る? 頑張るって何をだよ?」

「えっ!? そ、それは……」


 突然モジモジし始める茜。もしかしてトイレに行きたくなったんだろうか。


「茜、我慢しなくていいんだぞ?」

「えっ!?」

「我慢は心と身体に良くないんだ。行ってすっきりしちまえよ」

「言ってすっきりって……で、でも恥ずかしいよ……」


 月の光に照らされて見える茜の顔はこれでもかと言うくらいに恥ずかしがっている様に見えた。まあ確かに異性に対して女子が平然とトイレに行きたいと言うのは結構恥ずかしいかもしれない。

 だが男以上に女子のトイレの我慢は身体に良くないと聞くし、ここはちゃんと言ってあげるべきだろう。


「恥ずかしいのは分かるけどさ、我慢を続ける訳にもいかないだろ? そういうのってさ」

「た、確かにそうかもしれないけど……言ってもいいのかな?」


 少し上目遣いでこちらを見てくる。月明かりに照らされているその顔は更に紅くなっている様に見えた。


「いいから早く行ってくれよ」

「本当に? 本当に言ってもいいの?」

「ああ。遠慮無く行ってくれ」


 俺は茜に気を遣って背を向ける。トイレに行く姿を見られるのも女子は嫌かもしれないからな。


「そ、そっか…………分かったよ……あ、あのね龍ちゃん、私――」

「何だよ。早く行って来いよトイレ」

「えっ!? トイレ?」


 なぜか素っ頓狂な声を上げる茜。先程までの控えめな声の出し方とはえらい落差だ。


「いっていいって……トイレの事?」


 ――いったい何を言ってるんだコイツは? どう考えたってトイレの話にしか聞こえないと思うんだが。


「モジモジしてたからトイレに行きたいのを我慢してたんだろ?」

「…………」

「ど、どうしたんだよ?」

「龍ちゃんの……バカ――――ッ!」

「ぐぺっー!」


 茜のアッパーが見事に顎に決まり、俺は地面へと倒れる。


「もうっ! 私トイレに行って来るっ!」


 茜は肩を怒らせながら丘の下にある公衆トイレへと向かって行った。


「な、何だよ……やっぱりトイレに行きたかったんじゃないか……」


 まったく意味の分からない暴力を受け、俺はジンジンする顎を手で押さえる。昔から茜にはこういうところがあったけど、未だにそのスイッチの入りどころが分からない。

 俺は少し散らばった道具を集めつつ、なぜかご立腹な茜のご機嫌取りを考えながらその帰りを待った。

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