お祝い×ピンチ
少しずつ陽の暖かさが強くなってきていた三月の中旬頃。数日前に花嵐恋学園の合格発表があり、杏子は見事に合格。四月から同じ学園の一年生として入学する事になった。
杏子が言うには『まあ当然の結果だよね』――との事だが、うちの妹様はどこまで余裕と自信があるんだろうか。でもまあ杏子はぼ~っとしている様で何気にハイスペックだからな……。
思わず兄より優れた妹など――みたいな事を言いたくなってしまうけど、実際に優れているから何も言えない。
「さてと、後は料理を運ぶだけだな」
そろそろ13時を迎えようかという頃。出来合いの物が多いが、俺は今リビングにあるテーブルに料理を運んでいる。
今日はささやかだけど杏子と合格祝いのパーティーをする事にしていたからだ。
「おっし! 準備はこんなもんかな」
テーブルに並んだ料理を確認し、俺は二階で待っている杏子を呼びに行く為に意気揚々とリビングを出る。そして階段の一段目に足を上げた瞬間、家の中に玄関のチャイムが鳴り響いた。
「はいはーい。どちら様ですかー?」
「あっ、龍ちゃん? 私だよー」
「茜か、どうした?」
そう言いながら扉を開けると、そこには大きな小豆色の風呂敷に包まれた何かを持った茜と、ケーキの箱らしき物を持ったまひろが居た。
「こんにちは龍之介。今日は杏子ちゃんの合格祝いをやるって言ってたでしょ? だからお祝いに来たんだ」
「マジか! それじゃあ茜も?」
「もちろんだよ龍ちゃん! 杏子ちゃんは私達にとっても妹みたいなもんだもん!」
――本当にいい奴等だ……あまりの嬉しさに泣けてきちゃうじゃないか。
俺はお祝いに来てくれた二人をリビングまで通し、再び杏子を呼びに二階へと向かい始める。
――ん? 今度は誰だ?
また階段に一歩足を上げたところで玄関のチャイムが鳴り響いた。俺は階段に上げた足を下ろして再び玄関へと向かう。
「どちら様ですかー?」
「龍之介さんですか? 美月です」
「ああ、美月さんか」
扉の鍵を開けてゆっくり開くと、そこには大きな箱を抱えた美月さんの姿があった。
「今日杏子ちゃんの合格祝いをするって言ってましたよね?」
「もしかしてお祝いに来てくれたの?」
「もちろんです」
にこにこと笑顔でそう答える美月さん。こうしてわざわざ来てくれたのが本当に嬉しい。
「ありがとう。ちょうど茜とまひろもお祝いに来てくれたんだ。リビングに居るから一緒に待ってて」
「分かりました。茜さん達もいらしてたんですね」
そう言って美月さんは荷物を抱えてリビングへと歩いて行く。俺はそれを見送った後で今度こそはと階段を上って杏子の部屋へと向かう。
「あ~、お腹空いたよお……」
杏子の部屋の前まで来た時、部屋の中から小さくそう唸る声が聞こえてきた。
今日はささやかだがパーティーをすると伝えていたからか、杏子は朝食を少ししか摂っていない。パーティーの時に思いっきり食べる為だそうだ。その気持ちは分からなくもないけど、ちょっと気合を入れ過ぎな気もする。
俺はコンコンと部屋の扉をノックしてから扉を開け、パーティーを待ちわびている杏子に声をかけた。
「杏子、準備できたぞ」
「待ってましたあ!」
先程聞こえてきた弱々しい声とは打って変わり、元気良く声を出して部屋を飛び出して来る杏子。もう高校生になるってのにまだまだお子様なもんだ。
「さっき茜とまひろと美月さんが合格祝いに来てくれたぞ」
「本当! 嬉しいなー」
杏子はますますテンションを上げて階段を踊り下りて行く。あれだけ喜んでいるところを見ていると、パーティーを企画した甲斐もあるってもんだ。
「「「杏子ちゃん、合格おめでとー!」」」
嬉しそうにしている杏子がリビングに入ると、中から茜達三人がお祝いの言葉と共に予め用意していたのであろうクラッカーを鳴らす音が聞こえてきた。
そして俺がリビングへ入ると、キラキラとした紙がひらひらと杏子の頭上から舞い落ちて来るのが見えた。
「ありがとうございます!」
満面の笑みを見せながら杏子はペコリと頭を下げてみんなにお礼を言う。
「さあ! パーティーを始めようか!」
俺達は早速用意していた料理に手を伸ばす事にした。杏子もだいぶお腹を空かせていたしな。
しかしこの人数では俺が用意していた料理の量は心許無かったところだけど、茜が気を利かせて料理を重箱に詰めて来てくれたおかげで、彩りも鮮やかな沢山の料理に舌鼓を打つ事ができた。
「――杏子ちゃん。これ、私とまひろ君からの合格祝いだよ」
みんながそれなりに箸を進めた後、茜が突然そう言って可愛らしい動物のイラストがついた小さな紙袋を杏子に差し出してきた。
「えっ、いいんですか? ありがとうございます! 開けてもいいですか?」
茜とまひろはウンウンと頷き、杏子は受け取った紙包みを丁寧に開けていく。
「わー! 可愛い~。ありがとうございます。茜さん、まひろさん」
可愛らしい小さな紙袋の中から出てきたのは、二つの可愛らしい髪留めだった。
「いえいえ、どういたしまして」
「気に入ってもらえたみたいで良かったよ」
猫と犬の可愛らしい髪留めを大事そうに持ちながら嬉しそうにお礼を言う杏子。
そんな杏子の様子を見て茜とまひろは安堵の笑みを浮かべていた。普段から髪留めをよく使っている杏子には実用的で嬉しいだろうな。
「それじゃあ今度は私の番ですね」
そう言って美月さんは持って来ていた大きな箱を取り出し、そこからゲーム機を取り出して杏子に手渡した。
「ゲーム機なんて貰っちゃっていいの? 美月お姉ちゃん」
「これはね、私がちょっと改造を加えているゲーム機なの。もちろん正規のソフトも遊べるから安心してね」
――改造って……何をどう改造したんだろうか。
それにしても、美月さんのこういった事が出来るスキルには驚かされる。いったいどこでこんな技術を習ったんだろうか。
「そしてこれがプレゼントの目玉ソフトです」
透明のハードカバーケースに入れられたディスクを美月さんは誇らしげに見せる。おそらくは美月さんが自作したゲームということだろう。
美月さんは杏子と一緒にテレビへと向かい、ゲーム機と配線を繋ぎ合わせてからソフトを入れる。
「おおっ、すげえ!」
美月さんがゲーム機とテレビを繋ぎ合せて電源を入れると、そこには俺達をモデルにした格闘ゲームの画面が出ていた。本当に美月さんのスペックとスキルは底が知れない。
「これが私から杏子ちゃんへのプレゼントです」
「凄い……美月お姉ちゃん凄いよ!」
杏子は興奮興味にテレビの前へと向かう。そしてテレビ画面を前に美月さんから操作のレクチャーを熱心に受け始めた。
「美月さんて本当に凄いよね」
「うん。あんな事まで出来るなんて驚きだよ」
茜もまひろもゲームのクオリティの高さに驚きを隠せない様だった。これには俺もかなり驚いているけどな。
「ねえお兄ちゃん、私と対戦してみない?」
「おっ、早速やろうってか? いいぜ、受けて立とうじゃないか!」
俺は杏子と同じく美月さんからレクチャーを受けて兄妹ゲーム対戦を開始した。
「――あーっ、駄目だー! 勝てねえー!」
ゲームを開始してから約30分。最初の方こそそれなりに戦えていたけど、杏子のゲームに慣れる速度は尋常ではなく、20分も経つ頃には手も足も出せなくなっていた。
てか杏子の使っている杏子キャラは小さい上に動きが早くて捕えようが無い。並みのプレイヤーならともかく、杏子が扱うとなると相当に攻略が厳しい。
「俺じゃあもう杏子の相手にはならんな。まひろ~、俺と対戦してみないか?」
「えっ? 別いいけど、僕に出来るかな……」
そして俺と対戦する為にまひろも美月さんから操作のレクチャーを受け始める。
「――思ったよりやるじゃねーか!」
「け、結構操作が難しい……」
まひろがゲーム慣れしていないせいかその動きがいまいち読めず、その初心者特有とでも言うべき動きに翻弄されてしまい思わぬ苦戦をしていた。
しかし最初こそ少し焦りもしたけど、相手は初心者なのだから冷静になれば大した事は無いはず。この勝負、きっちり勝たせてもらうとしよう。
「まひろさん、さっき教えた事を試してみて下さい」
「う、うん」
美月さんのそんな言葉を聞きながら、いったい何の事だろうと思いつつ距離を取って様子を窺う。
まひろはコントローラーをカチャカチャと操作して溜まっていた必殺技ゲージ全て消費する。するとまひろが使うまひろキャラが文化祭の時に見た和服姿にチェンジした。
「な、何じゃそりゃ!?」
「これはまひろさんキャラだけが出来る特別スキル、マン・ブレイカーモードです」
「えいっ!」
呆気に取られる俺にまひろが何気ないパンチを繰り出してきた。
俺はすかさずガードをしたのに、なぜかノーガードでダメージをくらっているのと同じ様な――いや、俺の見間違いじゃなければさっき戦っていた時に普通にくらっていたダメージよりも多いダメージをくらっている。
「何だこれ!? 超いてえ!」
「このモードになると相手が男性キャラの場合に限り、ダメージが二倍になります」
「そ、そんなのありっ!?」
「ついでに全ての攻撃が防御無視判定になります」
「そんなの無理ゲーだ――――!」
こうして俺の抵抗も虚しく、まひろにボコボコにされて敗北した。
――こんなのチートじゃねーか……しかもまひろキャラ限定のモードって、どんだけ優遇されてるんだよ……。
こうして美月さんの作ったゲームでしばらく遊んだ後、俺達はデザートを食べながら談笑を始めた。
「――ん? また誰か来たみたいだな」
パーティーも楽しく進んだ16時頃。家の中に玄関のチャイム音が響き渡った。
俺はリビングを抜け出して玄関へと向かう。
「あっ、雪村さん。どうしたの?」
「こんにちは、龍之介くん。今日杏子ちゃんの合格祝いをするって聞いてたから、お祝いにケーキを持って来たの」
「本当!? わざわざありがとう。さあ、上がって上がって」
「あれっ? 他にも誰か来てるの?」
「うん。だけど大丈夫だよ、みんな友達だから。さあ上がって」
「う、うん。それじゃあお邪魔します」
俺は緊張の様子を見せる雪村さんを連れてリビングに戻った。
「あっ、雪村さん。こんにちは」
リビングに通した雪村さんを見て杏子が元気に挨拶をする。しかしそんな杏子とは違い、他の三人は誰だろう――と言った感じの表情を浮かべていた。
「こちらは俺が前に行ってたバイト先の友達で、雪村さん」
「は、初めまして皆さん。私は雪村陽子と言います。よろしくお願いします」
みんなに向かって丁寧にお辞儀をする雪村さん。いつもながら礼儀正しい人だ。
「あっ、私は水沢茜です。龍ちゃんとは幼馴染です」
「僕は涼風まひろです。龍之介とは小学校からの友達です」
「私は如月美月と申します。龍之介さんの家のお隣に住んでいるクラスメイトでお友達です」
みんなそれぞれに立ち上がって自己紹介をし頭を下げる。
お互いに初対面で緊張したのかもしれないけど、自己紹介をする時のみんなの雰囲気は少し妙に感じてしまった。まるで何かを探っている様な雰囲気を。
でも最初こそそんな風に感じていたけど、そんな俺の考えもどうやら杞憂だった様で、しばらくはみんなで色々な話をして雪村さんが持って来てくれたケーキや他のデザートを食べながら和やかな談笑を繰り広げていた。
「――ねえ、お兄ちゃん。この四人の中から誰かを彼女にできるとしたら、お兄ちゃんは誰を彼女にしてみたい?」
和やかに進んでいた談笑は、杏子のあまりに唐突なこの発言によって一瞬で壊れた。
「お、お前なあ、またそんな下らない事を――」
「もしもの話だから別にいいじゃない。それともこの中には彼女にしてみたい人が居ないの?」
俺が言葉を言い終わる前に食い気味に言葉を重ねる杏子。この妹は今の雰囲気を察していないのだろうか。
妙な雰囲気が流れ始めた中、全員が押し黙って俺に注目している。その無言でかかってくる言い知れぬプレッシャーに、俺は倒れそうな眩暈すら感じていた。
「そ、そういう訳じゃないけどさ……ほら、四人て言ってもまひろは男じゃないか」
「それじゃあまひろさんが女の子と仮定した場合でいいよ」
――何だよそのご都合設定。そもそもまひろを選択肢に入れてる事自体が驚きだよ。
「あっ、何なら私も選択肢に加えていいよ?」
杏子はそう言いながらにこにこと笑顔で俺を見てくる。
――妹のお前を選択肢に入れてどうすんだ……最も地雷な選択肢じゃねーか。
「バ、バカッ! アホな事言ってんじゃねーよ。みんなごめんな、杏子が変な事言ってさ」
俺はこの話題をこのまま闇に葬ろうとしていた。そりゃそうだろ、こんな質問に答えられる訳が無いんだから。
「い、いいじゃん。私は興味あるな。龍ちゃんの答えに」
話を終わらそうとしていた俺の思いなど知る由も無く、茜はそんな事を言った。
「おいおい……茜まで何言ってんだよ」
「こ、こんなの単なるお遊び程度の質問じゃない。別にムキになる様な事でも無いし」
――コイツ本気で言ってんのか? そりゃあ聞く側はいいかもしれないけど、答えるのは俺なんだ。興味だけで俺を地雷質問に巻き込むのは止めてくれ。
「まひろ、お前は嫌だよな?」
「ごめん龍之介。僕もちょっと興味あるかな……」
――マジかよ……まさかまひろまでこんな反応をするとは思ってなかった。
「私も是非聞いてみたいです。龍之介さんがこの中から誰を選ぶのか」
「み、美月さんまで……」
――どうすればいいんだろう……いったいどうやったらこのピンチを脱する事ができる?
「み、皆さん止めませんか? 龍之介くんも困ってるみたいだし……」
みんなが追い詰めて来る中、唯一雪村さんだけは俺の味方についてくれた。
――助かるぜ雪村さん! そのままみんなを押し返してくれ!
「雪村さんは興味ありませんか?」
「えっ!? そ、それは…………」
杏子の言葉に雪村さんは恥ずかしそうにしながら俯いて黙り込んでしまった。
唯一の希望だった雪村さんが一瞬にして撃沈されてしまうと思ってなかった俺は、再びピンチを迎える事になる。
「ほらお兄ちゃん、観念して答えてよ」
「あー、えっとその…………」
――誰を彼女にしたいとか、こんな状況で選べる訳ねえだろっ! くっそー、誰でもいいから俺を助けに来い! そしてこの状況をぶち壊してくれっ!
「おう龍之介、邪魔するぜー! あっ、みんなも居たんだ」
緊張に包まれた俺の背後から突然声がし、全員がリビングの出入口へと注目する。
「龍之介、玄関のチャイム壊れてるみたいだぜ? 何度押しても鳴らなかったし――って、あれ? な、何でみんな俺を睨んでんの?」
「渡くんの……ばか」
小さくまひろがそう呟いたのが聞こえた。
何はともあれ、渡のおかげで俺はこの地獄から解放されたわけだ。今回だけは渡に感謝しておくとしよう。
そして渡が現れてからはまるで何事も無かったの様に雰囲気は元に戻り、俺は心底ほっとした――。
「じゃあなみんな!」
お祝いパーティーもお開きになった19時頃。
少しだけ片付けを手伝ってもらった後でみんなは我が家を出て自宅へと帰って行った。途中で焦る出来事もあったけど、とりあえず無事に終わって良かった。
「――ねえお兄ちゃん」
「何だ?」
みんなが帰るのを見送った後、残りの後片付けをしている最中に杏子が手を止めて呼びかけてきた。
「私がした質問、誰を選ぼうと思ってたの?」
「またその話かよ……そんなの選べる訳無いだろ?」
「何で?」
「何でって……」
そう言われると返答に困る。別にこれと言って明確な理由がある訳では無いけど、強いて言うなら気まずくなりたくないからだと思う。
「……何でもいいだろ。さっさと片付けるぞ」
「はーい」
不満そうに返事をする杏子と片付けを再開しながら俺は考えていた。仮にあの場に居た全員に言い寄られたりしたら、俺はいったい誰を選ぶのだろうか――と。
それが俺のアホな妄想だと分かりつつも、この日はずっとそんな事を考えていた。




