冬休み×クリスマスイヴ
時が経つのは早いもので、文化祭が終わり二学期も終わると外の寒さも本格的になり外出する時には手袋やマフラーが手放せなくなっていた。
十二月二十四日、クリスマスイヴ。街は極彩色のイルミネーションと白い雪で着飾られ、とても楽しげで明るい雰囲気を醸し出している。
駅前に飾られた巨大ツリーには様々なオーナメントが取り付けられ、その天辺には大きな星型の飾りがある。小さな頃はなぜかあの大きな星が欲しくてたまらなかったもんだ。
お昼時の商店街や駅前通りからはクリスマスで定番の音楽があちこちから聞こえてくる。そんな人通りも多く楽しげな雰囲気の中を妹の杏子と一緒に歩いて目的地へと向かう。
「ちっ……この時期は特にイライラするな。リア充共は雪で滑って転んじまえ……」
俺は楽しげに身を寄せ合い歩いて行くカップルを見ながらそんな事を思っていた。
「お兄ちゃん、心の声が口からダダ漏れしてるよ」
心の闇がそうさせたのか、ついつい思っていた事を口走っていたらしい。
そんな俺を妹が哀れんだ表情で見てくる。茜達に冷ややかな目で見られるのも結構キツイけど、身内にこういう目で見られるのはもっとキツイ。
「そんな顔で俺を見るなよ」
「お兄ちゃんは何で彼女つくらないの?」
「そんな簡単に彼女が出来る方法があるなら是非ともご教授願いたいもんだよ」
「可哀想なお兄ちゃん……でも私が居るから大丈夫だよね」
そう言うと杏子は唐突に俺の右腕を両手で抱き包んできた。
「何をしておられるので?」
「こういう事をしたかったんでしょ? お兄ちゃん嬉しい?」
――こちらの発言をそういう感じで受け取ったか。だが違うんですよ杏子さん。俺がしたいのは腕組ではなく、ラブコメの様なドキドキ甘々な展開なのですよ。まあ腕組もしたいけどさ。
「どこの世界に妹と腕組して喜ぶ兄貴が居るってんだよ」
「そうなの? でもお兄ちゃんの持ってる本やゲームには居たよね?」
「あれは創作物だからいいんだよ」
「ふーん。でも私には別にどうでもいいけどね」
杏子はそう言って楽しそうに微笑みながら更にギュッと腕を絡めてくる。
――まったく……何がそんなに楽しいんだか。来年からは高校生になるってのに、まだまだお子様だな。
なぜクリスマスイヴに杏子と一緒に外を歩いているのかと言うと、明日の二十五日に食べる為のケーキを今年は某有名ケーキ店で予約していて、それを二人で取りに行っていたからだ。
「――ありがとうございました!」
「杏子よう、お前本当にこれだけ食べられるのか?」
「大丈夫だよ。ケーキは常に別腹なんだから」
お店で予約していたケーキを受け取り、俺達はそれを持って店を出た。
俺の質問に対して杏子はこう言っているけど、俺達は八号サイズ、つまり直径二十四センチのホールケーキを四個も買っている。分かりやすく言うと一つが十人から十二人分と言ったところだろうか。
それぞれムースケーキにチョコレートケーキ、アイスケーキにイチゴミルフィーユと、各種違うネタで四種類だ。俺ならワンホールどころか一個の半分も食べきれる自信が無い。
「その別腹がいっぱいになったらどうすんだよ?」
「お兄ちゃん知らないの? 女の子にはね、別腹が沢山あるんだよ?」
この世に俺が生まれてから十六年とちょっと経つわけだが、女性に別腹が沢山あるなんて話は初めて聞いた。本当にそんなものが沢山あるとしたら、女性ってのはとんでもなく神秘な生き物なんだろうな。
「あっ、龍之介に杏子ちゃん。こんにちは」
店を出て少し進んだところで偶然にもまひろに遭遇した。
まひろは淡いクリーム色のセーターにデニム生地のレディス用ジーパンを穿いていて、そのスリムな体型がより強調されている様に感じる。
セーターの袖部分は若干長いのか手が半分程隠れていて、そんな様子さえも可愛さを感じさせるから不思議だ。
ちなみにまひろがレディス用のジーパンを履いている理由だが、男性用だとサイズが大き過ぎて合わないからだと本人は言っていた。その事実一つを取っても、まひろがいかにスリムな体型かが分かる。
「よう、偶然だな」
「こんにちは、まひろさん」
「凄い荷物だね。あっ、これってもしかして、あの有名店のケーキ?」
「おう。明日食べる為のケーキだ。それにしても箱を見ただけで分かるのか?」
「うん。僕も去年はその店のケーキを食べたから」
――流石は世間でも有名なケーキ店だ。これは明日食べる時に期待が持てるな。
「もしかしてまひろもケーキを買いに来たのか?」
「ううん。僕はちょっと本を買いに来たんだ。それに今年はお母さんがケーキを作るみたいだから」
「手作りケーキか、そういうのもいいな」
「龍之介は手作りケーキとか好き?」
「お兄ちゃんならきっと女の子が作ったケーキなら何でも食べてくれますよ」
――この妹は兄の事をどんな目で見てやがるんだ。あながち間違っていないところが悔しいが。
「そうなの? 龍之介」
「まあ一生懸命作った物なら食べるさ。それが礼儀ってもんだろ?」
「そっか……」
「それがどうかしたか?」
「あっ、ううん、何でもないよ。じゃあまたね」
まひろはそう言うと何やら慌てた様子で足早に去って行った。そんな姿まで可愛らしいからまひろは恐ろしい。
「――あれ? 龍之介くんに杏子ちゃん?」
家に向かってしばらく歩いていると今度は突然背後から声をかけられ、俺達はその声がした方へと振り向いた。
「あっ、雪村さん。こんにちはです」
「偶然だね」
振り向いた先には赤と青のチェック柄のミニスカートに赤のふわふわとした感じの上着を着た雪村さんが居た。白のロングブーツに黒のニーハイソックスが凄くマッチしていて、とても同い年には見えない程の妖艶さを感じるし、それでいて可愛さを失っていないのが素晴らしい。
雪村さんはスカートとお揃いのチェック柄のマフラーを巻き直しながらこちらへと歩いて来る。
「こんにちは、凄い荷物だね。もしかして全部ケーキ?」
「うちにはケーキが大好きな食いしん坊の妹様がいらっしゃるもんでね」
「もうっ! お兄ちゃん!」
杏子は恥ずかしそうにしながら頬を膨らませる。こういう反応を見せるところは今でも可愛いんだけどな。
「杏子ちゃん、ケーキ好きなの?」
雪村さんの言葉に顔を紅くしたままコクリと頷く杏子。欲望には素直で実に良いと思う。
「それならイベントでケーキを作り過ぎちゃって困ってたから、良かったら明日持って行きましょうか?」
「本当ですか!」
杏子が歓喜の声を上げながら雪村さんを見つめる。
こいつのケーキ好きは筋金入りだからな。それにしても気持ちは分からなくもないけど、ちょっとテンション上がり過ぎだろ。
「そんなの悪いよ、雪村さん」
「ううん、気にしないで。それに文化祭の時のお礼もしたいと思ってたから」
「お兄ちゃ~ん……」
近寄ってから仔犬の様にじゃれついて見つめてくる杏子。俺の苦手な杏子のおねだり方法の一つだ。
「分かったよ。それじゃあ雪村さん、明日取りに行くから連絡してくれないかな?」
「えっと、時間がいつ頃になるか分からないから私が直接持って行くよ。だからその……家の場所を教えてもらってもいいかな?」
少し遠慮気味にそう聞いてくる雪村さん。
内心そこまでしてもらうのは悪いと思うわけだが、雪村さんの事情も考えるとそうしてもらう方が良いのかもしれない。
「分かったよ。それじゃあ地図と住所を後で携帯に送っておくね」
「うん。分かった」
俺達はそのまま雪村さんと別れ、再び自宅へと向かって歩き始める。
そして自宅への帰り道、俺達は彩り鮮やかな飾りをされた家々を見ながら帰っていた。この辺りの住宅街では家をイルミネーションランプやオーナメントで飾る家が多く、毎年この時期には目移りする程に綺麗な飾りをされた家が出現する。
「おー、今年も茜の家はすげえな」
帰り道、俺と杏子は少し寄り道をして茜の自宅前へと来ていた。
これは毎年の事だが、茜の家は綺麗な大量のイルミネーションを放つ電飾などで飾られていて、庭に用意された大きなツリーにも毎年派手なイルミネーションとオーナメントが飾られている。それは他の家とは明らかに違う程の派手さがあって、ほぼ毎年の様にそれを見るのが俺の密かな楽しみでもあった。
「あっ、龍ちゃーん! 杏子ちゃーん!」
突然上の方から聞こえてくる明るい声音。その方向に目をやると、二階にある自室の窓から身体を乗り出して手を振る茜の姿があった。
茜は少し手を振った後でスッと部屋に引っ込んだが、おそらくここまで下りて来ているのだろう。
「何を買って来たのー?」
ピシッとしたデニム生地のジーパンに半纏を羽織った茜が玄関から飛び出して来た。
茜は俺達よりもその手荷物に興味津々と言った感じだ。ホントにこいつは天真爛漫と言うかガキと言うか。
「むっ!? 龍ちゃん、今失礼な事考えてたでしょ!」
「鋭いですね、茜さん」
「バ、バカ! んな事あるはずねーだろ!?」
「うーん……まあいいや。ところでそのケーキ今日食べるの?」
――箱の中身がケーキだと気付いたか、さすがは茜だぜ。まあ誰にでも分かるとは思うけどな。
「いや、これは明日食べるケーキだけど、それがどうした?」
「えっ? ううん、何でもないよ? それじゃあ龍ちゃんに杏子ちゃん、気をつけて帰ってねー」
「……お兄ちゃん。茜さん何か企んでるよね?」
「杏子もそう思うか?」
コクリと大きく頷く杏子。
――さすがは俺の妹だ。伊達に長年茜を見てきたわけじゃない。
茜が何を企んでいるかは分からないけど、面倒くさい事だけは引き起こさないでくれと切に願う。
そして怪しげな様子を見せた幼馴染の家を後にし、再び家へと向かって歩き始めてからそろそろ自宅へ着こうかという時だった。
「きゃあ~!」
美月さんの自宅前を通り過ぎようとした時、家の中から何とも間の抜けた悲鳴が聞こえてきた。
「また失敗してしまいました~」
「美月お姉ちゃん何してるのかな?」
「さ、さあ? 俺に言われてもな……」
とりあえず何かをしているかは分からないけど、邪魔をするのも悪いと思いそのまま自宅へと戻る。
そしてその日の夜遅くまで、隣の美月さん宅からは何かを派手に落とす音や情けない叫び声が聞こえていた。




