幼馴染×真剣勝負
去年のインターハイベスト9の強豪、四方学園との試合が終わった日の夕方。俺はバスケットボールを持った茜と一緒に街を歩き、女子バスケ部が宿泊している場所からほど近い場所にあるという公園へと向かっていた。
「なあ、茜。ちょっとは休んでおいた方がいいんじゃないか?」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。練習って言っても軽いやつだから」
「そりゃあそうかもしれんが、明日は六年連続インターハイ優勝の立秋館高校が相手なんだぞ? 十分過ぎるくらいに身体を休めてた方がいいんじゃないか?」
花嵐恋学園女子バスケ部は、強豪四方学園を相手に四点差で見事に勝利し、無事に明日の試合へと駒を進める事となった。
四方学園との試合は途中で逆転されてかなり焦った場面もあったけど、メンバーの必死のプレイで追い付き、最終的には勝利を収める事ができた。
「龍ちゃんの心配も分かるけど、私は身体を動かしてた方がいいんだ。だから少しだけ付き合ってよ」
「まあ、茜がそう言うなら付き合うけどさ。一応臨時とは言え、今は女子バスケ部のマネージャーなわけだし」
「そうそう。龍ちゃんはマネージャーなんだから、選手の為に一肌脱いでもらわないと」
「へいへい。仰せのままに」
やれやれと言った感じのゼスチャーをしながらそう言ったけど、内心は嬉しい気持ちの方が強かった。そして何より、優勝という目標へ向かって邁進する茜の力に少しでもなってやれる事が嬉しかった。
表面上はいつもと変わらない様に接しながらも、俺は茜と一緒に目的の公園を目指した。
「――ほー。街中にある公園にしては結構広いな」
「そうだね。しかもバスケットリングまであるよ」
「よしっ。茜、パスだ!」
「えっ!? うん」
俺は茜からボールのパスを受けるとそのままドリブルをしてゴールへと向かい、ランニングシュートを放った。
「ナイスシュート! 相変わらずランニングシュートのフォームは綺麗だよね、龍ちゃんは」
「自分じゃよく分からんが、茜が言うならそうなんだろうな」
「うんうん。そこだけは新人のお手本に見せてあげたいくらいだよ」
「そこだけは――って言葉が引っかかるけど、今は気にしないでおいてやろう。ほれっ」
「おっと」
地面に転がったボールを拾い、それを茜へパスする。
すると今度は茜がボールをドリブルし、ミドルレンジ付近まで来てからワンハンドシュートを放った。放たれたボールはいつもの様に綺麗な弧を描き、そのままゴールへと吸い込まれる様に入った。
「それにしてもすげえな。インターハイまでの僅かな期間でワンハンドシュートをものにするなんてさ」
「龍ちゃんが私の練習に付き合ってくれたおかげだよ。明日は多分、このシュートを使う事になると思う。だから、もう少しだけ練習しておきたいんだ」
女子は男子と違い、基本的にシュートは両手打ちが多い。故にディフェンス側も、両手打ちに対応したディフェンスになりやすい。
そこで茜はインターハイ出場が決まってから今までの間、ずっと朝練やチーム練習後にワンハンドシュートの練習をしていた。相手への攻撃手段を少しでも増やす為だ。
「それにしても、せっかく練習した切り札を二回戦目で出す事になるなんてな」
「仕方ないよ。だって相手はあの立秋館高校だもん。全力を尽くさないと絶対に勝てる相手じゃないから」
「まあ、確かにな」
そう言うと茜は地面に転がったボールを拾いに向かった。
明日の試合は花嵐恋学園女子バスケ部にとって、最大の挑戦と言っても過言では無い試合になるだろう。
明日の花嵐恋学園VS立秋館高校の試合は、大方が立秋館の勝ちで終わると思っている事だろう。しかし、その見方は正しいと思える。
だって六年連続インターハイ優勝の立秋館高校が、初めてインターハイに出て来る様な高校に負けるはずが無いと、誰でもそう思うだろうから。
「ねえ、龍ちゃん。私達、明日勝てるかな?」
「どうしたんだよ? 急に」
「……なんだかね、ちょっと不安になっちゃったんだ。念願だったインターハイ出場。それを叶えて来たけど、明日は優勝候補ナンバーワンの立秋館高校が相手。もしも明日負ければ、私達の夏はそこでお終いだから……」
茜の言った不安はよく分かる。相手は王者、言ってみれば最強の相手。そんな者達を相手にするというのがどれだけのプレッシャーになるのか、それは俺にも分かるつもりでいる。
だがそれは、当事者では無い俺には真の意味で理解してあげられない部分でもある。こればっかりは直接相手をする事になるだろう茜達にしか分かり得ない領域だから。
「……何言ってんだよ。茜達はインターハイで優勝する為に頑張って来たんだろ? それなら遅かれ早かれ立秋館高校とは戦う事になっただろうし、それが他のチームより早かったってだけじゃないか。優勝するなら強豪との戦いは避けて通れない。だってインターハイは、全国の代表が集まってるんだからさ」
我ながら何の解決にもならない事を言っていると思う。
こんなのは傍から見ているだけの者が言える、気休めにもならない言葉だ。だけど、俺にはそれくらいしか言えない。一緒にコート上で戦えない以上、俺に出来る事はこれくらいしか無いのだ。
「……うん。そうだよね! 戦う以上は勝たなきゃねっ!」
気休めにもならない様な俺の言葉に対し、茜はいつもの様に明るく元気にそう答えた。しかし、その笑顔の中に入り混じる不安の様なものを俺は見逃さなかった。
「……茜。久々に勝負しないか?」
「勝負? 勝負って何の?」
「そりゃあもちろん、バスケでだよ」
「えっ?」
俺の申し出に茜はとても驚いた表情を見せた。しかしまあ、それは当然だろう。
今や茜は花嵐恋学園女子バスケ部の中心人物であり、チームの要とも言える人物。片や俺は、ただのバスケ好きの素人。そんな俺が茜にバスケ勝負を申し込むなど、無謀としか言い様がない。
「……分かった。それじゃあ勝負だよ! 龍ちゃん!」
「おっし! それじゃあ久々にやるかっ!」
「言っておくけど、一切手加減しないからね?」
「望むところだ。手加減なんて一切必要無し! 全力で俺を負かしに来いやっ!」
「いい度胸だね。それじゃあ、遠慮無く行くよっ!」
茜は手に持ったボールを地面へつき、リズム良くドリブルを始めた。
俺はそんな茜の前に両手を広げて立ちはだかり、ゴールへの進行を防ぐ。
こうして茜とバスケで真剣に向き合ったのは、いったいいつ以来だろう。それはもうずいぶんと昔の様に感じ、それがいつだったのかを思い出す事はできない。けれど、このワクワクした感じは今でも覚えている。
俺は茜と久々のバスケ勝負に胸を高鳴らせ、公園でしばらく真剣勝負を続けた。
まあ、結果として俺は茜に惨敗したけど、勝負が終わった後の茜の表情にはもう、勝負前にあった不安を感じさせるものは一切無かった。




