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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
一年生編・二学期文化祭
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文化祭×前日

 文化祭の準備が始まってから約三週間。色々と大変な事はあったけど、明日からいよいよ文化祭の本番だ。


「完成したな!」

「うん!」


 時刻が14時を少し過ぎたあたりで教室内の飾りつけも完璧に終わり、最後まで苦労した看板の調整も終わった。

 完成した看板を店の出入口に立て掛け、その出来具合を満足な気持ちで眺める。やはり苦労して作ったからか、その達成感はかなりのものだ。


「二人共ちょっといいかな?」

「どうかした?」


 看板を所定の位置に立て掛けてそれを眺めていた俺達に真柴が話しかけて来た。


「ちょっと試食を頼みたいんだけど、いいかな?」

「試食? 試食って確か渡がしてたんじゃなかったっけ?」

「確かにそうなんだけど……渡くんの意見は参考にならなくて……」

「どういう事?」


 まひろが小首を傾げながら質問する。すると真柴は肩をすくめて再び溜息を吐いた後に口を開いた。


「だって渡くん、どの料理を出しても『美味しい!』しか言わないんだもん」

「本当に美味しいからじゃないのか?」

「最初はそう思ってたんだけどね、途中で砂糖の代わりにお塩をたっぷり効かせたデザートを出したの。それでも渡くん美味しいって言ってたのよ?」

「アホだなアイツは……」


 その話を聞いた俺は何となく渡の心情を察した。

 考えてみれば調理をしているのは全員女子。加えて渡は超の付く女好きな上に女子に弱い。アイツにとっては理由はどうあれ、女子の手作り料理を食べられるというシチュエーションだけで天国なんだろう。

 つまり今のアイツは色々な意味で正常な判断をするのは不可能という事だ。


「まあ理由は分かったから協力させてもらうよ。まひろはどうする? やるか?」

「うん。僕も出来る限り協力するね」

「ありがとう!」


 教室へ入るとセッティングされたテーブルに通され、そこで料理が来るのをまひろと静かに待つ。

 そういえば制作ばかりをしていたせいか、具体的に喫茶店で出す料理に関して俺は何も知らなかった。


「おっ、これがメニュー表か――って、えっ!?」


 テーブルにあるA4サイズのメニュー表を手に取ってその内容を見ると、そこには少なくとも二十種類はメニュー名が書かれていた。


「マ、マジか……まさかこの種類全部の味見をさせられるんじゃないだろうな……」

「まさか……いくら何でもそれは……」


 俺とまひろは自然とお互いに顔を見合わせる。まひろはにわかに冷や汗を出していて、俺も額に冷たいものを感じていた。そしてその嫌な予感は見事に的中してしまう事になり、俺とまひろはメニューフルコースを味わう事になってしまった。


 ――これはヤバイ……。


 最初の四種類くらいまでは全然良かったのだけど、さすがに七種類程まで試食した時には苦しくなり始める。ちなみにまひろは三品目には既に苦しそうにしていた。

 それにしても気になる事がる。それは周りに居た女子達はまひろの事をしきりに心配し、『無理しなくてもいいんだよ?』――などと言って終始気にかけていたけど、俺に対しては『ほら! 頑張って鳴沢くん!』――などと激励はされるものの、まひろの様に心配される事が一切無かったと言う事だ。


 ――この待遇の差はいったいどういう事だ……。


 それから四種類目を食べ終えた後でまひろはついにギブアップ。

 そして俺も十種類目を食べ終えたくらいに同じくギブアップしようとしたのだけど、真柴の他にも居た女子数人が『私の彼はこれくらい平気で食べてくれるよ』――だの、『やっぱり沢山食べてくれる男子っていいよね』――などと言って俺をあおりギブアップさせない様に仕向けてきたのだ。


 ――くそっ……そんなに何でもしてくれる彼氏なら俺の代わりにこのメニューフルコースを食べさせてやれってんだ。絶対に嫌われるから。


 俺はリア充達を深々と呪いつつ、無言で目の前にある料理を食べ進めた。


× × × ×


「ぐふっ……」

「大丈夫?」

「この状況で大丈夫と言えるなら、俺は茜のストレートパンチを笑って受けられるぜ……」


 教室を出た俺はまひろに付き添われて中庭のベンチまで移動し、背もたれに大いに背中を預けて空を飛び交う鳥達を見ていた。

 俺はあれから約1時間程をかけてメニューフルコースを制覇したのだけど、しばらくは食べ物を見たくない気分だ。


「僕はちょっと用事があるから今日はこれで帰るけど、龍之介はどうする?」

「俺はもうしばらく休んでいくよ。このまま動いたら間違い無く途中で腹が爆発する」

「分かった。それじゃあ気をつけて帰ってね」

「おう。まひろも気をつけてな」


 まひろは鞄を手に取ると、心配そうに何度かこちらを振り返りながら帰って行った。


 ――さてと、俺もそろそろ帰るか……。


 ベンチで少しまどろみながらポケットから携帯を取り出して時間を見ると、既に17時を過ぎていた。さすがに辺りも暗くなってきていて、学園に残っている生徒も周りを見る限りはほぼ居ない。

 そしてさっさと帰ろうと重い腰を上げてふと校舎を見た時、ある教室の明かりがまだ点いているのが見えた。


「あそこって確か美月さんが作業してる教室だよな」


 ゲーム制作が遅れているとは聞いていたけど、明日が本番だというのにまだ何かしているのだろうか。

 俺は美月さんの事が少し気になりその教室へと向かう事にした。


「――美月さん、まだ頑張ってるの?」


 辿り着いたパソコン室のドアを開けると、美月さんがパソコン画面に向かって作業をしている真っ最中だった。


「あっ、龍之介さん。どうしたんですか?」

「どうしたんですかって、もう17時を過ぎてるんだよ? そろそろ帰らないと」

「あっ、もうそんな時間なんですね」


 よほど作業に集中していたのだろう。これだけ時間が経っている事にすら気付かない程に。


「仕上がりはどう?」

「後もう少しで調整が終わります。私はこれを仕上げて帰りますから、龍之介さんは先に帰ってて下さい」

「……分かったよ」


 無理をしなければいいなと思いつつ、美月さんを教室に残して俺はその場を去った――。




「お疲れ、美月さん」

「龍之介さん!? 先に帰ったんじゃなかったですか?」


 美月さんを訪ねて教室を出てから30分後。俺は学園の下駄箱がある場所で美月さんを待っていた。


「いやー、今日はクラスのメニューフルコースを食べさせられてさ。満腹できつかったからここで休んでたんだよ。そうだ。ちょっと冷めちゃったけどこれ飲んでいいよ」


 少し冷めていて申し訳無いけど、俺はポケットから紅茶缶を取り出して美月さんへ差し出した。


「もしかして、私の為にですか?」

「ん? いやー、飲もうと思って買ったんだけどさ、結局飲まなかっただけだよ」

「ふふっ、そうなんですね。分かりました。ありがとうございます」


 美月さんは可愛らしい笑顔で俺から紅茶缶を受け取る。

 そして俺は笑顔の美月さんと一緒に校門を出て帰路をゆっくりと歩き始めた。


「ゲームは仕上がった?」

「はい。後は自宅で最終確認をするくらいです」

「頑張るのはいいけど、無理したら駄目だよ? 明日から本番なんだから」

「はい」


 明日の文化祭についての話に華を咲かせながら、俺達は楽しく自宅までの道を歩いて行った。


× × × ×


 その日の深夜。俺はトイレに行く為に起き上がった。

 そしてふと視線を窓の方へと移したその時、カーテンのわずかに空いた隙間から明るい光が射し込んでいるのに気付く。

 その隙間を少し開けて外を見ると、向かいの部屋で美月さんがカーテンもせずにパソコン画面と向き合っている姿が見えた。

 俺はカーテンを元に戻してから一階へと下り、トイレを済ませた後で台所へと向かう。

 それから冷蔵庫にあった牛乳を小さな鍋で温めてから用意していたマグカップに注ぎ入れ、温まった牛乳入りマグカップを持って部屋へと戻った。

 カップを持って部屋へと戻った俺は窓を開け、美月さんの部屋の窓をコツコツと叩いた。なぜかは分からないけど、隣の家と俺の家はこの部屋の一角だけが妙に幅が狭く作られていて、この様に手を伸ばせば窓に手が届く程に近い。


「龍之介さん!?」


 窓を叩く音に気付いた美月さんが椅子から立ち上がり慌ててこちらに向かって来る。


「こんばんは美月さん。夜更かしはお肌に悪いよ?」


 少しおちゃらけた感じでそう言い放つ。そんな俺を見て美月さんはにこっと微笑んだ。


「もう。夜中に女の子の部屋を覗き見るなんてエッチですよ」

「ごめんごめん。はいこれ、少し熱いから気をつけて」

「わあ。ありがとうございます」


 美月さんはホットミルクの入ったマグカップを受け取り、ふう~ふう~っと息を吹きかけて冷ましながら何度か口をつけた。


「温かい……」

「美月さん、帰りにも言ったけど無理しちゃ駄目だよ?」

「ごめんなさい。つい夢中になってしまって。みんなでこうやって文化祭をやるのは初めてだったもので」

「中学校とかではやらなかったの?」

「あるにはあったんですが、ここの様な感じではありませんでした……」


 そう話す美月さんの表情が暗く沈むのが見て取れた。どうやら何かあるようだけど、その事に踏み込むのは地雷な気もする。


「そっか。前に何があったかは分からないけど、せっかく頑張っても本番でダウンしたら楽しめないからね? だからそれを飲んだらちゃんと寝るんだよ?」

「分かりました」

「うん。それじゃあおやすみ」

「おやすみなさい。龍之介さん」


 窓を閉めてカーテンを閉じる。その時に少しだけカーテンに隙間をつくっておいた。

 ベッドに寝そべりカーテンから漏れる人工の光をじっと見つめる。それから20分程するとその光は消え、部屋の中は静かな暗闇へと変化する。

 それを見た俺はようやく美月さんが就寝したのだと安心し、目を閉じて眠ろうとしたその時、携帯が枕元でブルルッと震えた。


「メールか」


 携帯を手に取って画面を開くと、そこには美月さんと雪村さんからほぼ同時にメールが来ていた。

 美月さんからのメールを先に開くと、“ホットミルクご馳走様でした。おやすみなさい”――と書いてあった。律儀な人だなと思わず笑みが浮かぶ。

 そして次に雪村さんからのメールを開いたのだけど、その内容を見た時、俺は雪村さんに何かあったのだろうかと心配になった。

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