心地良い×関係
まひろの告白を受けてから早くも五日が経ち、一週間後には夏休みを迎えようとしていた。
最近は制作研究部の活動で色々と忙しい日々を送っているけど、予てより楽しみにしていた携帯アプリゲームが先日リリースされ、しばらくの間は夜にそのリリースされたゲームに現を抜かす予定だった。だが、リリースされたゲームは開始直後からトラブル続出で、今現在でもまともにログインできない状態が続いている。
本来なら心待ちにしていたゲームをできない事に苛立ちが募っていくばかりだろうけど、まひろから告白を受けて以降、俺とまひろはどちらが言うでもなく、自然と夜から深夜までメッセージのやり取りをするようになっていた。もしもまひろとのそんなやり取りが無かったら、俺は苛立ちに任せてゲームのレビューに散々な文句を書き込んでいたかもしれない。
そんな肝心のまひろとのメッセージのやり取りだが、その内容は日常に関するものばかりと至って平凡で、一つとして特別な内容のやり取りはしていない。だけど、ただそれだけの事が俺にはとても楽しく、とても嬉しかった。
しかしながら、俺の中にあった戸惑いが完全に無くなったのかと言うと嘘になる。そりゃあそうだ。だってまひろは、小学校二年生の時に出会ってからほんの数ヶ月前までは、俺にとって男の親友だったんだから。
だから最初こそどう接して良いか分からずに困惑していたけど、まひろが『前と同じ様にしてくれたら嬉しいな』と言ってくれたから、ある程度前と変わらない様にはできているつもりだ。まあ、まひろ本人が俺の態度を見てどう思っているかは分からないけどな。
今現在の状況に俺はそれなりの心地良さを感じているんだが、問題なのは俺がまだまひろからの告白の返事をしていない事だ。
俺の中にある素直な気持ちを言えば、まひろの気持ちを受け入れる事にそれほどの抵抗は無い。むしろ、まひろみたいな可愛い彼女ができる事は喜ばしいと思う。
だが、どこかはっきりと踏ん切りがつかない思いがあるのも事実だった。それは多分、本当の自分を見せる前のまひろの事があったからではないかと、俺はそう思っている。
「なあ、龍之介。お前さ、涼風さんと何かあったんか?」
「はっ? 何だそりゃ?」
太陽の力が最大限に発揮されているとても蒸し暑いお昼。
机で向かい合って弁当を食べていた渡が、唐突にそんな事を聞いてきた。俺はその言葉を聞いて少しドキッとしたが、それを表に出さない様にしてそう尋ね返した。
「いや、ここ最近の涼風さんとお前の態度が何かおかしかったからさ」
「ほう……まあ、俺とまひろとの間には何もないよ。でも、参考までに聞くが、どうおかしかったんだ?」
「そうだな……例えるなら、恋の告白をした側とされた側が、お互いに甘酸っぱい雰囲気を味わっている――みたいな感じを醸し出していた。みたいな感じかな」
「ほ、ほう。言ってる事は面白いと思うが、まったくの的外れだな」
あまりにも的確過ぎる例えを聞いた俺は、思わず動揺が漏れてしまった。
それよりも、まるで見て来たかの様な例えをする渡を前に、俺はちょっとした恐怖さえ感じていた。コイツは普段はアホだが、恋愛方面に関しては妙に鋭いところもあるから。
「そっか。まあ、お前がそう言うなら違うんだろうな。悪かったよ、変な事を聞いてさ」
「おう…………あのさ、渡、ちょっと聞きたい事があるんだが、いいか?」
「何だ?」
「あ、いや、俺の友達がさ、昔から親友だった異性に突然告白をされたらしいんだよ。それでな、その件について『どうすればいいんだろう?』って悩んでたんだ。渡はこの件についてどう思う?」
「はあ? どう思うも何も、それは告白を受けたその友達の気持ち次第だろ? 好きなら付き合えばいい、嫌なら断ればいい。それだけの事じゃないか」
「いやまあ、確かにそうなんだが、親友って関係だから難しいって事だよ」
「ふむ、なるほど。確かに親友だからって、男女として付き合って上手くいくとは限らんし、断れば親友としての立場も崩れるかもしれないもんな。普通の恋愛よりは悩むかもしれん。だけど、どんな恋愛でも確かな事は一つある」
「何だよ?」
「お互いに好きだって気持ちが無いと成立しないって事さ。だからその気持ちがお互いにあって、お互いが付き合う事に関して特に何の問題も無いなら付き合えば良いと俺は思う。行く末がどうなるかなんて、誰にも分かりゃしないんだからさ」
渡にしてはとてつもない正論を述べていると思う。だから今の渡の言い分に関してはぐうの音も出ない。
俺がまひろと付き合う事に関して迷いを感じている部分は他にもあるが、一番大事なところは渡が言ったとおりだと思える。
そんな事を考えていると、弁当を食べ終わった渡がさっさと弁当箱を片付けて席を立った。
「まあ、結局は本人次第って事だが、その男友達にこれだけは伝えておけ。好きって気持ちがあるなら、告白してくれた彼女が他の誰かに取られる前にしっかりと自分の所へ引き寄せておけってさ」
「渡、何で告白されたのが男だって前提で話をしてるんだ?」
「ふふん。その答えは簡単だ。龍之介にそんなデリケートな恋の相談をする女の子なんて居ないって分かってるからだよ」
「さようですか……」
渡はイヒヒっと奇妙な笑いをした後、空の弁当箱を持って自分の席へと戻って行った。
とりあえず渡にしては良い事を言っていたから、それなりに参考にさせてもらうとしよう。
× × × ×
この日の放課後、俺は制作研究部の活動が終わった後でまひろと一緒に下校をしていた。いつもは他のみんなとも一緒に下校をしているんだけど、この日はみんなそれぞれに用事があったらしく、こうして二人での下校となった。
「今日も結構しんどかったよな」
「そうだね。専門的な事になると美月さんに任せなきゃ分からないし、かと言って私は他の事もよく分からないから、大して役に立ってないと思うし」
「おいおい、それを言ったら俺だって同じだよ。毎回毎回、四苦八苦しながらやってるんだからさ」
「そうなの? 私から見たらテキパキやっている様に見えるけど?」
「ははっ。残念ながら心の中はいつでも大混乱状態だよ」
「ふふっ、だったら私も頑張らなきゃね。龍之介君を助けてあげられる様に」
「いやいや、まひろは十分なくらいに助けになってるぞ?」
「そうなの?」
「ああ。まひろが近くに居るって思うだけで頑張れるからさ」
「えっ!? そ、それってどう言う意味なのかな…………」
「あっ……えっと、それは……」
言った後で気付いたけど、かなり恥ずかしい事を俺は口にした。
それは正に思わず出たと言ったところだけど、紛れも無い本音であった。だからこそ俺は、恥ずかしさでまひろから顔を逸らすしかできなかった。
「えっと……ごめんね、龍之介君。変な事を聞いて……」
「あ、いや、謝る事は無いよ。俺の方こそごめん」
「ううん、いいの。それと、ありがとう……」
「う、うん……」
その後はお互いに沈黙したままで駅までの道を歩いた。
だけどその沈黙は嫌なものではなく、くすぐったく、どこかふわふわとした気持ちを感じさせるものだった。
こうしてまひろからの告白を受けた俺はこの微妙な関係をどこか楽しんでいたわけだが、それが元になってまひろを苦しめる事になるとは、この時の俺は想像すらしていなかった。




