縮まる×距離

　愛紗の家に通いながら、コスプレコンテスト用の衣装を作り始めて四日が経った。

　こんな風に本格的な衣装を作るのは初めての事だし、俺にとっては色々と苦戦を強いられる内容は多い。

　例えば、針を使えばすぐ指に刺してしまうし、ミシンを使えば真っ直ぐ進まずにあらぬ方向へと歪んで行くし、ボタンを付ければすぐに外れるし、本当に自分の不器用さが嫌になってくる。

　だけど、愛紗と一緒に衣装を作っている時間は本当に楽しい。やってる事は凄く面倒な事だけど、その面倒な事も誰とやっているかでこんなに違うもんなんだなと、しみじみ思った。

「出来た！」

「お疲れ様です。それじゃあチェックしますから、衣装を貸して下さい」

「おう、頼む」

　何度目かになる愛紗の衣装チェック。少しずつ修正を繰り返しながら仕上げていた衣装だが、今度こそ完成の陽の目を見たい。

　そんな風に思いながら愛紗がチェックしているのを見ていると、言い知れない緊張感が俺の中に生じる。

　愛紗は自身の衣装を作りながら俺の面倒を見てくれてるんだけど、こちらの動向が気になるのか、自分用の衣装にはほぼ手をつけていない。まあ、それは絶対に俺のせいだろうから、ここらでしっかりと安心して衣装作りに励めるようにしてあげたい。

「……どうだ？」

「そうですね…………あっ、こことここのボタンの付け方が甘いですね」

「マジかー。結構しっかりと付けたつもりだったんだけどなあ」

「最初よりは良くなってますよ。他のボタンはしっかりと付いてましたし」

　そう言って微笑みを浮かべつつ、小さな糸切りばさみで縫い付けの甘いボタンの糸を容赦無く切って外す愛紗。

「はあっ……結構難しいもんだよな」

「何事も慣れですよ。はい、先輩」

「サンキュ」

　取り外されたボタンと衣装を受け取り、再び針山に刺していた糸付きの針を持ってボタンの縫い合わせを始める。

　愛紗の言うように、こういう事はある程度の慣れが必要なのは確かだろう。

　しかし人には、器用、不器用、向き、不向きがあるから、一概にやれば出来るようになるとは言い難い。実際に俺はこのボタン付けが本当に苦手で、特に縫い付けの最後にやる玉止めがどうしても上手く出来ないでいた。

「この玉止めってホントに苦手なんだよな……」

「そうみたいですね。でも、私も最初は苦手だったから気持ちは分かりますよ」

「マジか！？」

「はい。裁縫関係は由梨の方が上達も早かったから、私が教えてもらってたくらいです」

「へえー」

　愛紗の事だから沢山努力をしたんだろうけど、それにしても意外ではあった。

　俺としては何でも出来る愛紗が、由梨ちゃんに手取り足取り色々な事を教えてたんだと思っていたから。

「あっ、先輩！　そこはもっとこうした方がいいですよ」

　そう言って隣へ来ると、俺の両手をそれぞれ優しく握ってから針の動きや衣装の動かし方を誘導してくれる。その動きは実にスムーズで、こういった事をよくやっているんだろうという事が分かる。

　それにしても、今のこの状態ははっきり言って照れてしまう。何せ愛紗がすぐ隣に居るのに加え、身体がこれでもかと言うくらいに密着状態になっているから。

「ねっ、こうするとちゃんとなるでしょ？」

「お、おう……ありがとな。次のは自分でやってみるよ」

　照れ隠しの様にして愛紗から距離を取り、チクチクとボタン付けを始める。

　それから愛紗の視線に見つめられる中でようやく衣装は完成し、俺はさっそくその衣装を試着してから愛紗と由梨ちゃんに見てもらう事にした。

「どう？　変な所は無い？」

「しっかりと出来てますよ。ねえ、お姉ちゃん」

「…………」

「お姉ちゃん？」

　由梨ちゃんの問いかけに愛紗は答えず、ただじっと俺を見ていた。

　そんな愛紗の様子に、どこか失敗している部分があるのだろうかと不安が過ぎる。

「愛紗、どこか失敗してる箇所があったのか？」

「…………」

「お姉ちゃん！」

「きゃっ！　な、何よいきなり？」

「いきなりじゃないわよ。さっきから二人で声をかけてたのに、ぼーっとしてたのはお姉ちゃんの方だよ？　ねえ、龍之介さん」

「そうだね。それにしても、いったいどうしたんだ？　おかしな部分でもあったのか？」

「あっ、いえ……そう言うわけじゃないです。ちゃんと仕上がってましたから安心してください」

「そっか？　それならいいんだけどさ」

　愛紗はなぜか気まずそうに顔を逸らす。そんな様子を見ていると、絶対に何かあったんだろうという事は想像に難くない。

　しかしその何かが俺には想像がつかず、異常にその事が気になってしまった。

　そして二人に衣装のチェックを入れてもらい、その後で衣装を脱ごうとした時、唐突に由梨ちゃんが部屋にあったデジカメを手に取って俺の方へとそれを構えた。

「どうしたの由梨ちゃん？」

「せっかくなので、龍之介さんの今の姿を写真に収めておこうと思いまして。駄目ですか？」

　一旦構えを解き、確認を入れてくる由梨ちゃん。

　俺としては自分が衣装を着ている姿を客観的に見たくもあるので、特にこの申し出に関して断るような理由は無い。

「全然良いよ。気の済むまで写して」

「ありがとうございます。それじゃあ、ちょっとポーズをとってもらえますか？」

「ぽ、ポーズ！？」

「はい。せっかくなので色々なポーズをお願いします」

　いきなりの無茶振りで思わず焦ってしまう。

　俺としては多方向から写真を撮ってそれでお終いだと思っていただけに、この展開はかなり予想外だった。

「ちょ、ちょっと由梨、先輩が困ってるじゃない……」

「お姉ちゃんは見たくない？」

「えっ！？　それはその…………見たくないわけじゃないけど……」

「龍之介さんは駄目ですか？」

「まあその、普通に写すだけなら全然いいよ。流石にポージングとかは恥ずかしいからさ」

「分かりました。それでいいのでお願いします」

「ＯＫ。分かったよ」

　俺は脱ごうとしていた衣装を再びきちっと着て、由梨ちゃんの指示通りの場所へと立つ。

　そしてじっとその場に立つ俺に向かい、色々な方向からシャッターを切る由梨ちゃん。その様子は、この場に居る俺や愛紗よりも楽しげなのは間違い無い。

「お姉ちゃん、せっかくだから龍之介先輩の隣に並んでよ」

「「えっ！？」」

　パシャパシャとシャッターを切っていた由梨ちゃんが、突然デジカメを下してそんな事を言う。

　その言葉に思わず驚いて声を出すと、見事にそのタイミングが愛紗と被った。

「先輩の隣って……どうして私が？」

「だって、一緒に衣装を作ってるパートナーじゃない。それなら全然おかしな事じゃないでしょ？」

「そ、それはそうだけど……」

　由梨ちゃんの提案に激しい戸惑いを見せる愛紗。

　こちらとしては愛紗と二人で写るのは大賛成で、願ったり叶ったりと言ったところだけど、本人がこの様に戸惑いを見せている以上、それを強引にやる訳にもいかない。

　それに考えてみれば、愛紗には中学時代からの好きな人が居るんだから、その人以外とのツーショット写真などは撮りたくないだろう。

　俺としては凄く残念な気持ちだけど、好きである相手を困らせてまで自分の欲を満たそうとは思わない。

「由梨ちゃん。お姉さん、困ってるみたいだよ？　だから――」

「そんな事は無いです！」

　俺の言葉を断ち切ってきたのは、意外な事に愛紗だった。

　その力強い言葉は部屋の中に響き渡り、しっかりと耳の奥へ浸透した。

「あ、あの……そんな事は無いんです……困ってる何て事は絶対に……だからその……一緒に写ってもいいですか？」

　恥ずかしげに視線を逸らしたり向けたりしつつ、そうお願いしてくる愛紗。

　そんな愛紗に対して恋心を抱く俺には、その様が狂おしい程に愛らしく感じ、今にも悶絶して倒れそうな気分になる。

「えっと……愛紗が良いなら俺は良いよ」

　本当は飛び上がるくらい嬉しいくせに、ついついそんな事を口にしてしまう。俺の悪い癖だ。

「それじゃあ、そこに二人で並んで下さい」

「りょ、了解」

「こ、これでいい？」

「んー、二人共、もうちょっと寄ってくれませんか？　部屋が狭いからフレームに上手く収まらないので」

「こ、これでいいかな？　由梨ちゃん」

「いい感じです。それじゃあ二人共、ピースでもしながらにこやかに写って下さいね。いきますよー？　ハイ、チーズ！」

　こうして写された愛紗との貴重なツーショット写真を後で由梨ちゃんに見せてもらったけど、そこには何ともぎこちない笑顔をした俺と、恥ずかしそうにカメラから視線を逸らした愛紗の姿が写っていた。