すれ違う想い×心の中の葛藤
るーちゃんから“2人で会ってお話がしたい”――というメールが来た翌日の夜明け、俺はコソコソと部屋を抜け出して家を出た。別にコソコソする必要はないと思うけど、杏子に見つかれば面倒な尋問を受けるのは目に見えているからしょうがない。
家を抜け出た俺は人影もない道を歩いて指定されている公園へと向かう。
――あっ……。
指定された公園の前へ着くと、奥にあるブランコに座って俯いているるーちゃんの姿があった。
そんな姿を見てふうっと短く息を吐いてからるーちゃんの居る方へと向かう。
「待たせてごめんね」
「あっ、ううん。私もついさっき来たところだから」
久しぶりに見るいつもの笑顔――と言いたいところだけど、今見ているるーちゃんの笑顔がいつもと違って無理をしているのはすぐに分かった。今の笑顔がなんとなく昔のるーちゃんを思い起こさせたからだ。
「…………」
話の切り出し方が分からず、俺は空いているブランコへ座って空を見つめる。
去年のクリスマスイヴには同じようにこの公園で座って楽しくお話をしていたというのに、今ではそれが無かった事のように感じてしまう。
「……あ、あの……こんな朝早くからごめんね……」
「あ、いや、別に気にしなくていいよ」
「うん……ごめんね……」
俺もそうだが、るーちゃんも話を切り出すタイミングを計っているように思えた。
――こういう時ってホントにタイミングが難しいんだよな……話し辛い時ってどちらが先に口火を切るかってのもあるけど、慌てて話を切り出すのもアレだし、このまま沈黙が続くのもキツイし……。
話したいこと聞きたいことがあるのに、上手くそれが出来ないもどかしいこの状況。こうなるとタイミングとかそんな事を考えず、思い切ってこちらから口火を切った方がいいのかもしれない。
「「あの――あっ……」」
切っ掛けを掴もうと口火を切ろうとした瞬間、思わずしてるーちゃんと口を開くタイミングが被ってしまった。
「たっくんお先にどうぞ……」
「いや、るーちゃんこそお先にどうぞ……」
「「…………」」
ようやくお互いに沈黙を破ったというのに、タイミングの悪さからまた口を貝のように閉じてしまう。
どうしてこういう時に限ってこんなドラマみたいな事が起こるのか。ホントにタイミングってのは掴むのが難しい。
そこからまたしばらくの間沈黙が続いたあと、今度はるーちゃんの様子を見てから俺は口を開いた。
「――あ、あのさ、るーちゃん……話したいことって何かな?」
「あ、うん……変なことを聞くようだけど、たっくんって好きな人とか居るのかな?」
「えっ? どうしてそんなことを?」
「それはその……もしもたっくんに好きな人が居るなら悪いから……」
いまいちるーちゃんの言っていることの意味が分からないけど、別に誤魔化す必要もないとは思うのでその質問には素直に答えることにした。
「うん。居るよ、好きな人」
本当なら『るーちゃんのことが好きだ』と言えれば良かったんだろうけど、今の状況でそれを口にするのは難しかった。
「そっか……やっぱり居るんだね……。うん、分かったよ。ごめんね、朝早くから来てもらって。私が話したかったことってそれだけだから、じゃあね!」
「えっ!?」
るーちゃんはそう言うと素早くブランコから立ち上がって公園から走り去ってしまった。
「なんでそんなこと聞いたんだよ……」
るーちゃんが居なくなった公園の中に独り取り残された俺は、聞きたかったことすら聞けずにるーちゃんが走り去った方を見つめていた。
× × × ×
早朝の公園でるーちゃんと会ってから5日が過ぎた。
あれから俺とるーちゃんは挨拶を交わす事すらなくなってしまった。なぜならお互いに顔を合わせても視線を逸らしてしまうからだ。こんな気まずい状況では挨拶を交わす程度でも難易度が高い。
「ねえ龍ちゃん、ちょっと時間あるかな?」
放課後、荷物をまとめて帰ろうとしていた俺に茜が難しい表情をして話しかけてきた。
「どうした? なにか用事でもあるのか?」
「うん。ちょっと屋上まで来て」
「えっ? 話ならここでもいいだろ?」
「ここじゃ話しにくい事だからそう言ってるの。早く来てよね」
茜はやれやれと言った感じの表情でそう言うと、荷物を持って教室をそそくさと出て行った。
今はそんな気分じゃないんだけどなと思いつつも、茜がわざわざ俺を屋上に呼び出してまでしたい話の内容が何なのかが気にならないかと言えば嘘になる。だから気分は乗らないまでもとりあえず屋上へ向かう事にした。
「さむっ!」
訪れた屋上には冬の寒々しく強い風が吹き抜けていて、その強風が身体に当たる度に刺すような冷たさが全身を震わせる。
「あっ、龍ちゃん、こっちこっち!」
人っ子一人居ない屋上で茜の姿を捜していると、風下にあたる物陰から茜がひょこっと顔を覗かせてから手招きをした。
「で、話って何だよ」
「単刀直入に聞くけど、瑠奈ちゃんと何かあった?」
「……どうしてだよ」
「新学期が始まったくらいからどうも2人の様子がおかしいからちょっと気になって」
「…………」
「やっぱり何かあったの?」
心配そうな表情でそう聞いてくる茜。正直放っておいてほしいという思いもあったけど、このままでは茜以外にも同じような心配をかける可能性もある。
それに俺もモヤモヤした気持ちを引きずっているのは確かだし、それならいっそのことこれまでの事を話したら少しはすっきりするかもしれない。茜なら絶対に他人に話す事はないだろうからな。
「あのさ、少し話を聞いてもらってもいいかな?」
「もちろん! 私に話せる事なら何でも話してよ」
「ありがとな。実はさ――」
俺はクリスマスイヴからこれまでの事を茜に話して聞かせた。その間茜は一切口を挟まずに話しを聞いてくれていた。
「――なるほどね。それで2人とも様子がおかしかったんだ」
「ま、まあそういうことだよ……」
「ねえ龍ちゃん、一つはっきりさせておきたい事があるんだけどいいかな?」
「なんだ?」
「龍ちゃんは今でも瑠奈ちゃんの事が好きなの? その写真の件を考えに入れたとしても」
その質問を聞いて俺は激しく悩んだ。
なんだかんだ言っても俺の中にるーちゃんを好きな気持ちはある。でもあの写真の事がどうしても頭の片隅にちらつき、その気持ちを即答させる事を許さない。
「……正直よく分からないんだ。るーちゃんを好きな気持ちはあるんだけど、どうしても写真の事が気になってさ……」
「その写真だって本人にちゃんと確かめたわけじゃないんでしょ?」
「ああ、確かめてみようとは思ったけど駄目だったよ。どうしても聞けなくてさ……」
「……まあとりあえず分かったよ。話してくれてありがとう」
「いや、俺の方こそ話を聞いてくれてありがとな」
「うん。でもね龍ちゃん、龍ちゃんはもっと瑠奈ちゃんの事を信用してあげるべきだと思うよ?」
「信用?」
「うん。だって瑠奈ちゃんは龍ちゃんを傷つけない為に自分を犠牲にしたような子だよ? そんな子がずっと想い続けた龍ちゃんを傷つけるわけないじゃない」
「…………」
「ともかく、龍ちゃんはちゃんと瑠奈ちゃんと向き合わなきゃ駄目だよ? そうじゃないと前と同じ事を繰り返しちゃうだけだから。それじゃあ私は部活に行くね」
そう言うと茜はすたすたと出入口に向かって歩き屋上から去って行った。
「向き合う……か」
茜の言った言葉を呟くように口にした後、俺も屋上をあとにして下駄箱へと向かった。
「――あっ、いい所に来たわね鳴沢くん」
階段を下りてそろそろ下駄箱に着こうかという頃、取材部部長の四季さんこと霧島夜月さんが声をかけてきた。
「霧島さん。どうかしたの?」
「いえ、ちょっとした話があってあなたのところへ向かっていたのよ」
「ちょっとした話?」
「ええ。差し支えなければあなたの教室で話したいのだけど」
「別にいいけど」
「そう。それじゃあ行きましょう」
そう言うと霧島さんは先頭を切って歩き教室の方へと向かって行く。
俺はそんな霧島さんに続いて後を歩き、自身が所属するクラスへと向かう。
「――さっそくだけど鳴沢くん、この写真を見てもらえるかしら」
霧島さんが見せてきた写真は冬休みにこちらへと遊びに来た従妹の女の子と出歩いている時の写真で、しかもその従妹に腕を組まれている場面の写真だった。
「どうして霧島さんが従妹と俺が一緒に写っている写真を持ってるの?」
この従妹も杏子に負けないくらいの甘えん坊な性格で、小さな頃から家に来ては杏子と俺を取り合っていた。
「これはある調査をしている時に手に入れた物よ」
「調査?」
「最近この界隈でうちの生徒が盗撮されているという情報が寄せられたのよ。それでそれが事実かを調査している内にこの写真を入手したの。ちなみにこの写真はある人物に送られている事が分かっているわ」
「そんな物を誰に?」
「朝陽瑠奈よ」
「えっ!?」
「そしてあなたにはこの写真が来たんじゃないかしら?」
霧島さんはそう言うと胸ポケットからスッと数枚の写真を取り出して俺に差し出した。
そしてその写真に写っていたのは、紛れもなく俺の下駄箱に入っていたるーちゃんと謎の男との写真だった。
「確かにこれは俺が見た写真だ……」
「あなたと朝陽瑠奈の2人に写真を送りつけた人物は既に判明しています」
「何でこんな写真を俺たちに?」
「ありていに言えば嫌がらせでしょうね。私たちの調査ではこの写真を送った人物が去年の冬休み前に朝陽瑠奈へ告白をして振られた事が分かっています。どうやらその時にあなたの事についても話したらしいので、おそらくその事であなたと朝陽瑠奈へ嫌がらせをして仲違いでもさせようと考えたんでしょう」
――そういえば冬休み前に一緒に帰ろうとした時、『ちょっと用事があるから』とか言ってた時があったな……もしかしてあの時に告白をされたのか……。
「それじゃあるーちゃんと写っているこの男の人はいったい……」
「その質問に私は答える事はできないわ。それに自分の抱えている問題は出来得る限り自分で解決を図るものよ。それが自分の大切に想っている相手ならなおさらね」
「な、なんでそんなことまで!?」
「さあ? そんなことくらい私じゃなくても気づくと思うけどね。それじゃあ私はこれで。強力に感謝するわ」
意味深な笑みを浮かべて教室を出て行く霧島さん。取材部部長の肩書きは伊達じゃないってところだろうか。
「……よしっ。もう一度るーちゃんと話そう。そして今度はちゃんと話をしよう。お互いが納得するまで」
そんな思いを小さく口にし、俺は教室を出て学園をあとにした。




