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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
アナザーエンディング・選択の向こう側~朝陽瑠奈編~
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日常×変わらない想い

 自身の中で最も辛かった恋愛経験を挙げるとすれば、真っ先に思い浮かぶのが小学校三年生の時、るーちゃんこと朝陽瑠奈あさひるなに告白をして見事に撃沈したことが思い浮かぶ。

 しかしその恋愛が最も辛い思い出となった理由はるーちゃん自身にはない。

 だって告白には駄目なことがつきものだし、上手くいくことより上手くいかないことの方が多いのだから。だから告白を断られたことに関しては仕方のないことだと言える。

 ではなぜその時のことが一番辛い恋愛の思い出になっているのかと言えば、その時の告白が学年中に知れ渡り、クラスで晒し者になったからという理由が大きい。

 まあ小学生なんてホントに子供だから、そういったことをネタにして盛り上がるなんてのはよくある話なのかもしれない。しかし大人でも他人に対して気を配れない人も多いのだから、小学生ならなおのことそういったことが出来る奴も少ないだろう。

 そんな辛い思い出の中に居た女の子、朝陽瑠奈は小学校四年生になったあとで俺の前から姿を消した。その時は単純に引越しをしたと聞いていただけだったから、結構るーちゃんのことを心配したもんだ。

 なにせ俺がクラスで晒し者になった日からまだ4ヶ月ほどのことだったし、あの日からお互いに一度も話すことすらなかったから。

 しかしそんな彼女と高校二年生の夏休みに偶然街で再会し、二学期の開始時には同じクラスへと転入して来た。


「たっくーん!」

「あっ、用事終わった?」

「うん、待たせてごめんね」

「いいよいいよ、そんなに待ったわけじゃないし。そんじゃ行こっか」

「うん!」


 そんなるーちゃんが花嵐恋からんこえ学園へと転校して来てから早くも12月を迎え、俺は自宅の近所に引っ越して来たるーちゃんと一緒に帰路へ着こうとしていた。


「たっくんは今日の晩御飯はどうするの?」

「そうだなあ……色々と考えてはいたんだけど、考え過ぎてまとまってない感じかな」

「そういうことってあるよね。私も色々考えるとかえって迷ったりするから」


 なんだかご近所の主婦の会話を思わせるような色気のない話をしながら、るーちゃんと一緒に最近日課になりつつあるスーパーへの買物へと向かう。

 小学生の時の思い出しかない俺は、最初こそるーちゃんの高校生活について心配をしたものだけど、それは俺の余計な心配だった。

 るーちゃんはクラスメイトの男女問わず、しっかりとコミュニケーションをとっていたからだ。その点一つ見ても、過去の反省を活かしているのが分かる。

 まあ小学生の時はかなりキツイ性格で知られていたけど、元々からそうだった訳じゃないのは当時のつき合いで理解していた。だから今のるーちゃんは、本来あるべき姿と言えるだろう。


「とりあえずいつもどおりにスーパーに着いてから決断するよ」

「そうだね、私もそうする」


 屈託のないるーちゃんの笑顔を見ていると、こちらも自然と笑顔がこぼれる。

 この感じ、なんだか昔のことを思い出すなあ。


× × × ×


「最近瑠奈お姉ちゃんとはどうなの? お兄ちゃん」


 るーちゃんとの買物も終わって家に帰り、台所で夕食を作っていると、リビングと繋がった出入口のある方から妹の杏子が顔を覗かせながらそんなことを質問してきた。

 相変らず唐突に変なことを聞いてくる妹だ。


「どうなのってなんだ?」

「だから、瑠奈お姉ちゃんとの仲はどうなってるのって聞いてるの」

「どうもこうも、ちゃんと仲良くしてるけど? クラスメイトとも仲良くしてるし」

「そういうことじゃないんだけどなあ……まっ、お兄ちゃんらしいね」

「なんだよ、なにが言いたいんだ?」

「いいよいいよ、私の言うことは気にしないで。それじゃあ夕ご飯できるの待ってるから」

「お、おいっ」


 謎だけを残してリビングへと戻って行く我が妹。

 いつもながら含みのある言い方をするよな……あんな言い方をされて気にするなって方が無理だろ。

 しかしこれ以上杏子を問い詰めたところで、まともに答える可能性は低い。それならすっぱりと今のことを忘れる方が精神衛生上良い。

 そう思いながらいつものようにちゃっちゃと夕食を作っていく。


「――おっし、こんなもんかな」


 台所いっぱいに広がる芳醇なカレーの香り。この匂いだけでとんでもなくお腹が空いてくる。

 しかし焦りは禁物。ここからは更に俺たち兄妹向けにスパイスを加えて辛さを上げていくのだから。


「でもその前に~」


 用意していたカレー用タッパーを2つ取り出し、そこに中辛程度の辛さになっているルーを注ぎ入れていく。

 美月さんが隣へ引っ越して来てしばらくしてからは、こうして少し食事を多めに作ることが多くなった。それは独り暮らしをしている美月さんを気遣ってのことだったのだけど、最近はその対象が1人増えた。それは言うまでもなくるーちゃんのことだ。

 面倒なことをしてるなとか思われそうだけど、1人分増えるくらいは大した手間ではない。特にカレーのような大量に作る料理に関しては、一切面倒さなどは感じない。


「杏子~、ちょっとカレーを届けてくるから、仕上げのスパイス入れ頼んでいいかー?」

「分かったー、気をつけて行って来てねー」

「あいよー」


 ルーが入ったタッパーを保温袋にそれぞれ入れ、厚手のコートを着てから家を出る。


「さぶっ……」


 12月ともなれば気温もぐっと低くなる。それでも今日はいつもよりかなり空気が冷たい。

 家の中との差に身を震わせつつ隣へと向かい、美月さんの家の呼び鈴を鳴らす。


「はーい」

「あっ、美月さん、龍之介だよ。カレーのお福分けに来たよ」

「わざわざありがとうございます。今そちらに行きますね」


 インターフォンからの音声が切れると、扉の奥からパタパタとスリッパを履いて近づいて来る音が聞こえてきた。


「お待たせしました」

「夕飯には間に合ったかな?」

「はい。ちょうど夕食の準備を始めたところだったので助かります」

「そっか、それはグッドタイミングだったね」

「ありがとうございます」

「タッパーは暇な時にでも返してくれたらいいから」

「はい、分かりました。そうだ、少しお茶でも飲んで行きませんか?」

「あ、ごめん、もう1つカレーを届ける場所があるんだ」

「そうなんですね。引き止めてすいません」

「いやいや、こっちこそごめんね、せっかく誘ってくれたのに。また今度誘ってね」

「はい、分かりました」

「それじゃあまたね」

「はい。お気をつけて」


 小さく手を振りながら美月さん宅をあとにし、急いでるーちゃんの家へと向かう。

 いくら近くに住んでいるとは言え、るーちゃんの家までは歩いて5分ちょい。他の季節ならともかく、この寒さではその5分でも急速に温度は下がる。そう思うと自然に歩む足も速くなる。

 るーちゃんが引っ越して来てからこれまでで、この道を何度通っただろう。二学期を迎えてしばらくするまでは、自分がこんなことをするだなんて予想すらしていなかった。本当に人生はなにが起こるか分からないもんだ。

 ほんの少し前のことを思い出しながら、人の姿も見えない街路を歩く。

 それにしても、過去に告白して振られた女の子とこうして仲良くしてるって、なんだか不思議なことだよな。普通ならお互いに気まずくて仕方ないはずなんだろうけど。


「あっ、たっくん。こんな所でどうしたの?」

「そう言うるーちゃんこそ、どうしたの?」

「あっ、私はたっくんの家に作り過ぎた料理のお福分けをしに行くところだったの」

「そうなんだ、偶然だね。俺もちょうどるーちゃんの家にカレーを届けるところだったんだ」

「そうなの? わざわざありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 そう言ってお互いに品物を交換する。こうして品物を届けることは結構あったけど、今日みたいにお互いが道端で出会うのは初めてだった。


「それじゃあ辺りも暗いし家まで送るよ」

「えっ、でも悪いよ。家はすぐそこだし、私のことは気にしなくていいから」

「ダメダメ。そのほんの少しの油断は命取りになるよ?」


 今のご時世どんなことが起こるかなんて想像もつかない。気をつけるに越したことはないんだ。


「ありがとう。それじゃあたっくんのお言葉に甘えよっかな」

「OK! それじゃあいこっか」

「うん」


 踵を返して歩き始めたるーちゃんの隣に並び、静かな街路を歩き始める。


「……ねえ、たっくん。24日のクリスマスイヴはもう予定があるのかな?」

「クリスマスイヴ? えーっと――」


 確かクリスマスイブは愛紗と一緒に友達と遊ぶ――みたいなことを杏子は言ってたし、そうなると当日は俺独りってことになるのか……なんだか虚しいな。


「――特に予定らしい予定はないよ。妹も友達と出かけるって言ってたし、頼んでたケーキを持って帰って来たら、あとはいつもと変わらない1日を送るだけ」


 言ってて途方もない虚しさを感じるけど、こればっかりは真実だから仕方がない。変に見栄を張るのも余計に虚しいからな。


「そっか……あの……それじゃあ迷惑じゃなかったらでいいんだけど、なにも予定がないなら私と一緒に遊んでくれないかな?」

「へっ!?」


 その言葉を聞いた俺は、今年一番の驚きを見せてしまった。

 そりゃそうだ。今は普通に接しているとは言え、一度は恋焦がれた相手。そんな相手からお誘いを受けたのだから驚くのも当然だ。

 しかもお誘いを受けた日がクリスマスイヴともなれば、なにか特別なことを期待するのは自然なことだろう。


「あ、あの、もし嫌だったり他に用事があれば断ってくれていいから……」


 俺が驚いた様子を見てなにを思ったのかは分からないけど、るーちゃんは伏せ目がちに力なくそう呟いた。


「ううん! そんなことないよ! 特に予定もないし、嫌だなんて絶対にないから」

「それじゃあ……」

「うん、一緒に遊ぼう! 楽しい1日になるようにさ」

「うん……ありがとう、たっくん」


 遊ぶ約束をしただけ――ただそれだけのことなのに、るーちゃんの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいるのが分かった。

 その涙が意味するものはこの時の俺には分からなかったけど、それからしばらくして、俺はその涙の意味を知ることになる。

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