先生×思いつき
積み重ねというのは人生を生きる上で大切な事だけど、中には何で積み重ねたのか自分ですら分からないものも多々ある。
「くそっ……やたら重いな」
ホテルのすぐ近くにある広場。そこで俺は持って来た枕木を積み重ねていた。
他にも同じ様に枕木を運んでいる男子生徒が居るけど、その表情はさながら冥界の亡者のごとき苦悶の表情を浮かべている。
「はあっ……ついてないよな」
持って来た枕木を指定された位置へ置き、大きく息を吐く。
何で俺達がこんな事をしているのか。それは今から30分程前、美月さんが落としたハンカチを返そうと部屋まで出向こうとしていた時の事になる。
俺は不運にもこの作業をさせる為の生徒を選抜している先生達に見つかり、現在こうなっていると言う訳だ。
美月さんと話をしていた時にはまだ明るさもあったけど、さすがにもう辺りは夜の闇に包まれていて、広場に設置されている電灯だけが明るさの頼りだった――。
「ああー! 疲れたー!」
作業開始から約1時間程で仕事は終わり、駆り出された者達が疲れた表情を浮かべてホテルへと戻って行く。
先程作業中に聞いた話だが、この唐突なキャンプファイヤー計画は先生達が急遽立案したらしい。生徒もそうだが、この学園は先生もイベント好きが多いみたいだ。
まあ別にこういった計画を立てる事に反対はしない。だけどせめて自分達だけで準備出来る内容にしてほしいとは思う。
そして俺達が枕木を積み終えてから1時間ちょっとが経った21時頃。花嵐恋学園の生徒は全員ジャージに着替えて積み重ねられた枕木がある広場へと集まっていた。
「よし、全員揃ったな! それでは各クラスのクラス委員は前に出てくれ!」
先生の言葉を聞いて各クラス委員が枕木の前まで進んで行く。
積み重ねられた枕木、その傍らには数本の松明を持つ先生達の姿。
その状況を見れば先生達がこれからクラス委員に何をさせるつもりのか、誰にでも容易に想像がつくだろう。
先生達が持つ松明を渡されたクラス委員が一斉にそれを枕木に近付けると、その火は徐々に枕木へと燃え移り、最後には大きな炎となって明るく周囲を照らし始めた。
「おおー、結構な迫力だな!」
隣に居る渡がテンション高く声を上げる。
それなりに苦労をして準備をしたんだから、これくらいテンションを上げてくれないと作業をした俺達が報われない。
「よし。それでは今回のメインイベントに行くぞ!」
キャンプファイヤーの炎が盛大に燃え盛りだすと、先生は楽しそうにそう言い出した。
確かにキャンプファイヤーをしただけで終わりでは味気ないが、いったい何をやろうっていうんだか。
× × × ×
「納得いかねー!」
先生がメインイベントの開始を宣言してから20分後、暗い森の中に渡の叫びが響き渡っていた。
俺達は今、先生達の思いつきイベントで肝試しを行っている。お化け役は先生達がしているのだけど、いつの間にあんな衣装や装飾品を揃えたんだろうか。
「ちょっと渡くん! 大きな声を出さないでよっ!」
「そうですよ~」
森に入ってから何かある度に『納得いかねー!』と前方で大きな声を出して叫ぶ渡を、右側で俺の腕を掴んでいる真柴が鋭い目で睨み、左側では同じく腕を掴んでいる美月さんが涙目で見据えていた。
まひろは後ろで俺の服を掴んでいて状況が分からないけど、何となく震えている様な振動は感じる。
「みんなさあー、俺にくっついてもいいんだよ?」
「鳴沢くんでいい」
「龍之介さんがいいです」
「やっぱり納得いかね――――っ!」
なるほど。納得いかないってのはそういう事か。まあその気持ちは分からなくもないけどさ。
「くそっ! 龍之介、少しでいいからそこを代われよ!」
「無茶言うんじゃねえよ」
端から見ればこの状況は羨ましく思うかもしれないけど、左右に居るお嬢さん方は全力で俺の腕をロックしていて、右手に持つ懐中電灯の明かりを満足に向けたい場所に向ける事すら叶わない。
しかも後ろにはまひろも居るんだ。どういう状態で歩いているは分からないけど、それなりにゆっくり歩いてやらないと危ないだろう。
何とか足元を照らして自分を含めた左右と後ろの人物の安全まで確保しながら神経を使って歩いているんだから、女子に腕を組まれて舞い上がる様な余裕なんて微塵も無い。
それにぶっちゃけ、代わってもらえるならそうしたいんだ。凄く歩き辛いから。
「ちっ、龍之介はいいよなー!」
どうしようも無いと思いつつも、このまま渡にギャーギャー騒がれ続けるのもウザイ。
「たくっ……まひろ、悪いけど渡と一緒に行ってくれないか?」
「ご、ごめん龍之介……こ、怖くて手が離せない」
女子二人はさっき断っていたから、まったくもって気は進まないけどまひろに渡の相手を頼もうと思ったのだが、これも失敗に終わった。
――それにしても、まひろは怖がってる声も可愛いな。
「龍之介は裏切り者だよなー!」
「お前と仲間になった覚えはねえよ」
途中で現れるお化け役の先生達を前に女子は悲鳴を上げ、まひろは背中にしがみつき、渡はその状況が訪れる度に俺に対して恨みの声を上げていた――。
「ようやく終わったな……」
肝試しもようやく全員がクリアーし、無事に終わりを迎えた。
後は就寝するだけと言いたいところだが、とりあえずその前に風呂へ行くのは絶対だ。ただでさえまだ蒸し暑いのに、三人にしがみつかれた影響と神経をすり減らした事で俺の身体は相当に汗ばんでいるしな。
そして風呂場に向かおうとして不意にポケットに手を入れた時、中に何かが入っている事に気付いてそれを取り出した。
――あっ、忘れてた。美月さんにハンカチを渡さないと。
美月さんに渡す為に持って来ていたハンカチの事をすっかり忘れていた俺は、急いでホテルへと戻っていた美月さんを追いかけた。
「美月さーん!」
「どうかしたんですか? そんなに慌てて」
「これ、夕方ベンチで話してた時に落として行ったから」
「あっ……ありがとうございます。ずっと探してたんですよ、とても大事な物だから」
「そっか。それなら良かったよ」
ハンカチを受け取った美月さんは、なぜか俺の顔をまじまじと見つめてくる。
「どうかしたの?」
「あっ、いえ、何でもないんです……。ハンカチ、ありがとうございました」
美月さんはペコリと頭を下げてからそう言うと、足早にホテルへと戻って行く。
まるで俺の反応を窺っている様に見つめられた事が少し気になったけど、美月さんが何を思ってそうしたのか、俺にはそれを予測する事すらできなかった。




