過ぎ去った×思い出たち
「お待たせー。よいしょっと」
自室からいくつかのアルバムを抱えてまひろの待っているリビングに戻り、ズッシリと重みのあるアルバムたちをソファーの前にあるテーブルへと置く。
「龍之介くんが見せたかった物って、これなの?」
「ああ。最近写真の整理をしてたんだけどさ、ようやく纏め終わったからまひろと一緒に見ようと思ってたんだよ」
そう言いながらまひろの隣に座り、一番上に乗せていたアルバムを手に取ってから最初のページを開く。
「あっ、これ……」
最初のページに収められた写真は花嵐恋学園の入学式前に撮ってもらったもので、俺を中心にして茜とまひろの3人が花嵐恋学園の校門前でにこやかな笑顔を浮かべて写っている。
「ほんの二年ちょっと前のことだけど、懐かしいよな。茜やまひろが受験勉強に協力してくれなかったら、この写真もきっと存在してなかったんだろうな……」
「そうかな? 龍之介くんはなんだかんだで頑張る人だから、きっと自力でも花嵐恋学園に合格してたと思うよ?」
「はははっ、こう言っちゃなんだけど、俺だけじゃ無理だったのは確定的に明らかだよ」
「どうして?」
「だって独りでやってたらすぐに飽きて勉強を放り出してただろうからな」
嫌いなことは長続きしない。それは誰だって同じだろうし、嫌いなことをあえてやろうなんて普通は思わない。
それでも嫌いなことをやらなければならないとしたら、それは激しい苦痛を伴う。そうなれば必然的に逃げ出したくもなるし、投げ出したくもなるのが人間だろう。
でもそんな時にそれを一緒になってやってくれる人が居たら、どれだけ心強いか。
「そうなんだね。私なんかでも龍之介くんの役に立てたんだね。良かった」
「役に立ったどころの話じゃないさ! なんつっても茜はめちゃくちゃ厳しかったからな……あのスパルタぶりの中でまひろの優しい指導は地獄に仏、砂漠にオアシスの気分だったぜ」
「そんなこと言ったら茜ちゃんが可哀相だよ」
「可哀相なもんかよ。アイツ一年生の夏休みの時に俺の親に言われて宿題を見てくれたんだけどさ、それはもう酷かったんだぜ? 部屋に軟禁状態になるわ、竹刀を持って後ろに佇んでるわ、少し問題が解けずに悩んでるとサボってると思って背中を打たれるわ……もう散々だったんだからさ」
「そ、それは大変だったね」
茜の行動に驚いてるのか、まひろは若干苦笑いをしながらそんな感想を口にした。
「そう、大変だったんだよ。でもまあ、そのおかげで色々と助かったのも事実だから、その点は感謝してるけどな」
「ふふっ。龍之介くんらしい物言いだね」
「そうかな?」
まひろの言葉に答えつつ、ページ開きながら一緒に過去の思い出たちを見ていく。
「――あっ、これは一年生の修学旅行の時の写真だな」
「懐かしいね」
開いたページには修学旅行で撮った様々な思い出の場面が収まっている。高校に入学して初めての修学旅行。本当に楽しかったよな……。
「そういえばこの時もそうだけど、小学校や中学校の修学旅行やら林間学校なんかでも一緒の部屋に泊まってたじゃないか? あれって大丈夫だったのか?」
「大丈夫って、なにがかな?」
「いや、だってほら、まひろは女の子なわけだし、俺たち男子と一緒に寝泊りするなんて嫌じゃなかったのか?」
「んー、確かに緊張もしたし、女の子だってばれちゃうんじゃないかってビクビクしたりもしてたけど、男の子であることを貫くには仕方なかったから……でも最終的には大丈夫だったよ。いつも龍之介くんが居てくれたから」
「俺が居たから?」
「うん。龍之介くんが居てくれたから、私は安心して色々なことができたから」
「そ、そうなんだ。俺でまひろの役に立ったんなら良かったよ」
「うん。本当にありがとうね、龍之介くん」
「お、おう……」
屈託のない笑顔を向けてお礼を言うまひろの顔をまともに見続けることができず、俺は視線を横に逸らした。それはまひろを女の子だと強く意識してしまっているせいかもしれない。
「――ねえ、龍之介くん。どうしてこのアルバムを私に見せたかったの?」
しばらく2人で思い出の数々を見ていると、ふとまひろがそんな言葉を口にした。まあ見せたい物があると言って家まで来てもらってアルバムを見せられたら、そう思うのが普通だよな。
「……まひろはさ、自分が男の振りをしていた時のことを後悔してるか?」
「えっ?」
「俺の思い過ごしなら良いんだけどさ、なんだかまひろは昔の自分のことをなかったことにしたいような感じに見えるからさ」
「それは……だって私は自分のために自分を偽って、自分のためにみんなに嘘をついていたんだもん。だから、忘れたいと思っちゃうよ……」
先ほどまでの和やかな雰囲気はどこへやら。笑顔だったまひろの表情は一気に曇り、力なくそう言いながら顔を俯かせてしまった。
「正直なことを言えばさ、俺はまひろが女の子だったら良かったなーって、ずっと思ってたんだよ」
「どうして?」
「いや、まひろって他のどんな女の子よりも可愛らしかったから、こんな子が男だなんて勿体ないなーって、ずっと思ってたんだよ」
「そ、そうなの?」
「ああ。でもさ、別にそれはそれとして、俺は可愛らしい男友達としてまひろと付き合ってきたし、それまでの期間も凄く楽しい思い出ばっかりなんだ。だからさ、まひろには自分が男として過ごして来た日々をなかったことにしてほしくないんだ。もしもそれをなかったことにされてしまったら、こうしてまひろと過去の思い出を楽しく話すこともできなくなるだろ? まあこれは俺の我がままだから、まひろには酷な話かもしれないけどさ」
「…………」
俺を見ながら話を聞いてくれていたまひろは、話が途切れた瞬間に再び顔を俯かせた。やはりまひろは自分が男性として過ごした日々に後悔しかないのだろうか……。
「龍之介くん、龍之介くんは私と過ごしてきた日々に後悔はないの? すべてを偽っていた私に怒ったりしないの?」
「なんで俺が後悔したり怒ったりしなきゃいけないんだ? そりゃあまひろが女の子だと知った時はビックリしたし戸惑いもしたけど、だからって今までの思い出がなくなる訳じゃないだろ? だったらそれでいいじゃないか。俺には男として過ごしてきたまひろの思い出もある。そしてこれからは女の子としてのまひろとの思い出も作れる。なんだか一口で二度美味しい――みたいなお得な感じがするじゃないか」
「ふふっ、そういう例え方、本当に龍之介くんらしいね。だから私は龍之介くんが好きだよ」
「えっ!?」
「ほ、ほらっ! 早く続きを見ようよ! 龍之介くん」
「あ、ああ、そうだな」
まひろから発せられた言葉に一瞬ドキッとしてしまったが、その言葉の真意を確かめる間もなくまひろはアルバム観賞の続きを促してきた。
とは言え、例え尋ねるような間があったとしても、俺はその言葉の真意を確かめることはしなかっただろう。
なぜなら真実を知ることは怖いからだ。真実を知れば色々なものを壊してしまいそうで怖い。
どこまでもヘタレで臆病な自分に心の中で溜息を漏らしつつも、笑顔を取り戻したまひろとの楽しいアルバム観賞は陽が沈む頃まで続いた。




