合間×やり取り
魅力と言う言葉が世の中にはあるけど、どんなことを魅力と感じるかは人それぞれに差がある。
異性に対して魅力を感じればそれが恋心へと繋がっていくのだろうし、同性に対して魅力を感じればそれは尊敬へと繋がっていくのだろう。もちろんその両方を併せ持つ場合もあるだろうけど。
「こういうのってなんだか楽しいですよね」
「そうだね」
シャッター音が聞こえたあとの僅かな合間。その合間を利用して俺と美月さんは小さな声で細かく会話を繰り広げている。
胸元がハート型に見えるウエディングドレスに身を包んでいる美月さんは、最初こそ少し緊張しているように見えたけど、撮影が始まってから１０分も経つ頃にはいつものにこにこした笑顔を見せて撮影を楽しんでいるように見えた。
こうしてどんなことでも楽しもうとする姿勢は、美月さんの魅力の一つと言えるだろう。彼女のこのポジティブなところは、一緒に居てとても心地良い。暗く気分が沈んだ時でも、そっと優しく包み込んでくれるような安堵感があるからだ。
時にとんでもないボケと天然を発揮して周りをハラハラさせ、時に同い年とは思えない包容力を見せたかと思うと、まるで幼子のように弱々しくなったり甘えてきたりする美月さんは、色々な意味で沢山の表情を見せてくれる可愛らしい人。そういった意味で美月さんは、他の人よりもより多くの魅力を感じる人物かもしれない。
そういえば、美月さんが幼い頃に出会っていた“みっちゃん”かもしれない――という疑惑があったけれど、それについての進展はまったくと言っていいほどない。まあそれは当然だ。俺自身がそのことについてなんのアクションも起こしていないのだから。
まあ、どうすればいいのか分からない――ってのが、正直な気持ちなんだけどな。
「いや～、なかなか良いものを見せてもらってるよ、鳴沢くん」
美月さんとの撮影が始まってから約４０分ほどが経った頃、美月さんが別のドレスへと着替えるために別室へと向かった。
そんな美月さんと入れ代わるように親友である桐生明日香さんが椅子に座って休憩をしている俺の隣へとやって来て、ニヤついた表情でそんなことを言う。その表情を見てなんとなく考えていることの想像はつくけど、妙なことを言うと薮蛇な事態になりかねないので、ここは至って平凡な返答をするのが得策だろう。
「そう？ それはなによりだよ」
当たり障りのない返答というのは思いの外難しいものだが、まあこれが妥当なところだろう。
「う～ん、なんだか面白くない反応だなあ……」
少し不満げに口先を尖らせる桐生さん。陽子さんの先輩である憂さんとノリが似ているから、その対処法もそれなりに似たものになる。そういった点では割りとやり過ごしやすい相手なのかもしれない。
「まあいいや。ところで鳴沢くん、ウエディングドレス姿の美月ちゃんを見てどう思った？」
「どうもこうも、めちゃくちゃ良く似合ってると思うよ」
「だよねー！ 私もそう思う！ でもさ、そう言う割に鳴沢くんは美月ちゃんを前にしてあまり緊張していないように見えるんだけど？」
「ん～、それは多分、一度ウエディングドレス姿を見てるからっていうのもあるのかも」
「あっ、そっか。確か去年のコンテストで一度ウエディングドレスを着てるのを見てるんだったね」
「うん」
本当はそれなりに緊張していたのだけど、美月さんと小さく会話を交わしていたおかげで思っていたほどの緊張をせずに済んだ――というのが正確なのかもしれない。
「それにしても、あんなに楽しそうにしている美月ちゃんは初めて見たかもしれないなあ」
「そうなの？」
「うん。美月ちゃんとはそれなりに楽しいことをしてきたけど、今日は特別楽しそうだよ。ちょっと妬けちゃうなあ」
桐生さんが美月さんと知り合ったのは、高校に入学してからだと聞いている。いったい２人はどのようにして出会い友達になったのだろうか。ちょっと興味をそそられる。
「ねえ、桐生さんと美月さんが知り合った切っ掛けってなんだったの？」
「知り合った切っ掛け？ うーん、簡単に言えば、美月ちゃんのピンチに私が颯爽と駆けつけたことかな。いやー、あの時は結構大変だったんだよね」
恋愛物語なんかにはよくあるベタな展開と似ているが、それを現実でやったとなると結構凄いと思える。
「いったいなにがあったの？」
２人の間にいったいどんな物語があったのか、これは非常に気になる。
「あはは。そんな前のめりになるような面白い話じゃないよ？ まあ話は凄く単純で馬鹿馬鹿しいことなんだけど、高校の入試試験でトップだった美月ちゃんに入学式のあとで絡んでた人たちが居てね、その人たちから美月ちゃんを助け出したことが切っ掛けと言えば切っ掛けなのかな」
「そんなことがあったんだ……」
美月さんがこちらへと来る前の高校で嫉妬による嫌がらせを受けていたというのは、以前に桐生さんからも聞いてはいたけど、それがまさか高校入学当初からとは思ってもいなかった。
「あの時は助けたあともまるで怯えた仔犬みたいに美月ちゃんは身体を震わせていたけど、頭をそっと撫でたらとっても可愛らしい笑顔を見せてくれたんだよね。その時の笑顔がもう可愛くて可愛くて、それでその時に『友達になって』――って私が言って友達になったんだよ」
「へえ、そんなことがあったんだね」
初めて知った桐生さんと美月さんとの出会いの瞬間。これがもし男女間での出来事だとしたら、このまま素敵なラブストーリーへと発展して行きそうな内容だ。
もしも俺が美月さんと同じ立場で桐生さんに助けられていたとしたら、俺は間違いなく桐生さんに惚れただろう。まあ、男としてはちょっと情けなくは思うけどな。
「美月ちゃんはね、出会った当初こそ弱々しく見えてたけど、心の中にはしっかりとした強いものを持ってたんだよ。それは美月ちゃんと仲良くなっていく度に感じてた。でもね、美月ちゃんは他人のことを考え過ぎるところがあるから、なかなか自分の思いとか考えを口には出さなかったんだよね。でもこっちに引っ越してからはそんなところも少しずつ変わっていったみたいでちょっと安心したんだ」
「そっか。なにが切っ掛けかは分からないけど、良い方向に変わったのは良かったよね」
「はあーっ……まったくもう、君は本気でそんなことを言ってるのかな？」
「どういうこと？」
そう尋ねると桐生さんは、“やれやれ”と言った感じで再び大きな溜息を吐いた。その表情から思っていることを読み取ろうとするなら、さしずめ“察しが悪いなあ”――と言ったところだろうか。
「美月ちゃんが変わった理由はね、鳴沢くんなんだよ？」
「えっ！？ 俺っ！？」
「まあ正確に言えば鳴沢くんを含めて美月ちゃんと仲良くしてくれたみんななんだろうけど、その中でも鳴沢くんが大きなウエイトを占めているのは間違いないと思うんだよね」
「どうして？」
「どうしてって、そんなの普段の美月ちゃんを見てれば分かることだよ」
普段の美月さんを見ていれば分かる……。その言葉を聞いて今までの美月さんを思い返してみるが、別段それを思わせるような出来事なんかはなかった気がする。
「もう……鳴沢くんは聞いていた通りの鈍感さんなんだねえ。まるでうちのお兄ちゃんみたいだよ」
しばらく悩んでいると、桐生さんは苦笑いを浮かべながらそんなことを言った。
“聞いていた通り”――というところがちょっと引っかかるけど、今はそこを追求するのは止めておこう。
「俺ってそんなに鈍感かな？」
「鈍感も鈍感、大鈍感だよ」
「むううぅ……」
「まあまあ、そんなにむくれないでよ。別に責めてる訳じゃないんだから。それに鈍感とは言ったけど、案外人って近くに居る人のことについては鈍感になっちゃうものなのかもしれないから」
「そう？」
「うん。“近過ぎて分からない”――ってところなんだろうけど、でも私から見た鳴沢くんは、“あえて気づかないようにしている”――って感じにも見えちゃうんだよね」
「そ、そう？ そんなことはないと思うけど」
桐生さんの言葉に思わず心臓が大きく跳ねた。それは少なからず図星を指されたからかもしれないけど、俺はそれを認めたくなかった。認めたらなにかが変わってしまうような気がしたから。
「まあこれは私が思ったことだから、あんまり気にしないで。でもね、鳴沢くん、本当に“気づいてない”ってことでの鈍感は仕方がないと思うけど、“気づいている”上での鈍感は罪なことだと私は思うよ？ だってそれは、相手の気持ちを分かった上で無視をしているようなものだから。それって凄く残酷なことだと思わない？」
「うん……そうだね……良くないことだと思うよ」
「うんうん。それさえ分かってくれてるならいいよ。ごめんね、休憩中に変な話をして。私、美月ちゃんの様子を見に行って来るね」
「うん」
サッと踵を返して会場の出入口へと歩いて行く桐生さんを見ながら、深く突き刺さった桐生さんの言葉を何度も思い返しながら独り考えに耽っていた。
