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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
三年生編・last☆stage後半
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幼き日×夢の形

 楽しさや恥ずかしさと言ったいわゆる人間の感情には、個人によって大きかろうが小さかろうが必ずと言っていいほどへだたりがある。

 それは例えば恋愛シュミレーションゲームをやって楽しいと思う人と思わない人が居るように、妹と仲良くしているのを恥ずかしいと思う人と思わない人が居る――というくらいの違いが出てくるものだ。

 でも今挙げた例ですら人によっては分かり辛い例えになるかもしれないけど、しかし本質的に人は多くの物事を感情によって捉え判断しているのは間違いないのだから、どんな物事でも対比の対象にすれば想像から答えを出すことができるのも人間の良いところだとは思う。まあそう言った面では人の持つ想像力というものは素晴らしいものだと思えるけど、その素晴らしい想像力にも限界というものはある。

 例えばさっき挙げた妹についての話を使うなら、妹が居る男と居ない男では“妹と仲良くすることが恥ずかしいか?”――といった問い掛けにすら大きく考えが分かれると思う。それはリアルに妹という存在が居るかどうかで想像できる部分が違ってくるからだと思える。

 ちなみにこの問い掛けを誰かにされたとしたら、俺は間違いなく恥ずかしいと答えるだろう。

 別に妹と仲良くすること自体は良いことだと思う。けれど杏子がしてくるスキンシップは他人に見られるには恥ずかしいものが多い。

 小さな頃は気にならなかったってのに、成長するにつれてその気にならなかったことが気になるようになってしまった。それはきっと大人になってきたから、世間体を気にするようになったから――みたいなことが理由なんだとは思うけど、そんなことを考えると大人になるって損なことだよな……なんて風に思ってしまう。

 もしも杏子が義妹ではなくて実の妹だったら、俺はこんな風には思わなかったのかもしれない……。


「――では撮影を再開しまーす! 皆さんよろしくお願いしますね!」

「はあっ……」


 いたる所に居るスタッフの面々がその言葉にそれぞれの反応を見せる中、チャペルに飾られた金ピカの十字架の方へと振り返ってから大きな溜息を一つ吐いた。


「なーにお兄ちゃん? 溜息なんて出して」

「ん? あー、俺はいったいなにをやってるんだと思ってな」

「なにって、パンフレット用の撮影じゃない」

「そうだな……」


 大正解。

 杏子の言っていることは俺の発した言葉に対する返答として否定のしようもないほどに大正解だ。しかし杏子の答えは俺にとっての正解ではない。

 ではなにが正解なのかと問われれば返答に困ってしまう。自分でも自分が言った言葉の意味がよく分かっていないからだと思う。つい口から漏れ出てしまった言葉――みたいな感じだから尚更そうなのだろう。特別深い意味があるわけじゃないんだ。

 それでも強いて理由を挙げるとしたら、杏子とする最後の撮影に対しての気恥ずかしさが理由になるのかもしれない。


「ではお兄さん、先ほど言った感じで妹さんを抱き抱えて下さい」

「あ、はい」


 最後の撮影は去年まひろとの撮影の時にしたような、相手を俺がお姫様抱っこで抱き抱え、抱き抱えられた相手が俺の頬にキスをする――というシチュエーションなのだが、どうも気分が乗らない。まひろの時に感じた様なくすぐったい恥ずかしさではなく、純粋に恥ずかしいという思いだけが心の中に渦巻いていたからだ。

 それでも今更この場から逃げるわけにもいかないので、自分の乗らない気持ちを抑えて杏子をそっと両手で抱き抱える。


「ねえ、お兄ちゃん、昔私と結婚してくれるって約束した時のこと、覚えてる?」


 杏子を抱き抱えた瞬間、少しだけ顔を耳の近くに寄せながら本当に小さな声で唐突にそんなことを聞いてきた。こんな時にいったいなんだってんだ。


「まあ覚えちゃいるが、それがどうかしたのか?」

「私ね、お兄ちゃんのこと好きだったんだ」


 いきなり過ぎて驚きの声こそ出なかったけど、その言葉に自分の身体がピシッと硬直したのが分かった。


「ずっと私を気にかけて優しくしてくれてたお兄ちゃんが大好きだった。だから真似事でもお兄ちゃんと結婚式ができて嬉しい。あの時の約束が叶ったみたいで」


 そう言ってにこっと微笑む杏子。ちょっとビックリしたけど、杏子は小さな頃の願望を擬似的にでも叶えられたことがとても嬉しいようだ。

 今向けている笑顔もいつか本当に好きな男へと向けられることになるのかと思うと寂しく思うけど、今だけは嬉しそうにしている妹に素直な気持ちを伝えよう。今日だけは特別サービスだ。


「俺も杏子が好きだよ」


 この言葉自体に嘘はない。俺は杏子のことが好きだ。しかしそれは恋愛感情とかではなく、鳴沢杏子という大事な妹に向けてのものだが。


「……私もお兄ちゃんが大好きっ!」

「ちょっ!?」


 その言葉のあとにほんの少しだけ顔を俯かせてから顔を上げると、杏子は満面の笑みを浮かべながらそう言って俺の頬にキスをしてきた。


「い、いきなりなにしてんだよ!? キスは真似だけでいいって言われてただろ!?」


 杏子の行動と言葉に面食らった表情を見せるスタッフさんたちが俺の目に映る。

 しかし杏子は周りに居るスタッフさんたちのことなど忘れているのか、なおも暴走した感じで俺の首に両手を回して思いっきり抱き締めてくる。


「いてててっ! 苦しいってっ! お、落ち着けって杏子!」

「お兄ちゃんだーい好きっ!」

「だからっ! 人の話を聞け――――っ!」


 暴走する杏子を振りほどこうとすればするほど締めつけが強くなる。それでも杏子を振りほどかないとずっと羞恥の時間が続く。

 永遠に続くのではないかと思うようなループの最中、周りの人たちから向けられている様々な色合いの視線を感じながら、“変なことを言うんじゃなかった”――と、思いっきり後悔していた。

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