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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
三年生編・last☆stage後半
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想い×その違い

 杏子から頼まれた恋人のフリを始めてから10日が経ったわけだが、俺の目から見ても分かるくらいに杏子は疲れた表情を見せるようになっていた。

 るーちゃんからの知恵を使っての作戦も思ったような効果が上がらず、これはいよいよ俺が出張った方がいいのではないだろうかと真剣に考え始めていたのだが、そのことを杏子に話すと絶対に却下をされてしまう。

 それならいっそのこと杏子に内緒で相手の男子に話をつけに行こうかと思ったりもしたけど、そんな俺の考えを察していたのか、杏子には『1人で話に行ったらお兄ちゃんのこと嫌いになるからね?』――と釘を刺されてしまう始末。

 前に一度だけ『なんでそんなに俺が出張るのが嫌なんだ?』と杏子に聞いたことがあったのだが、その時に杏子はちょっと寂しそうな表情をしながら『だって、いつまでもお兄ちゃんに頼ってばかりじゃ駄目だと思うから……』と言っていたから、俺が直接の解決をすることを杏子が望まないのは気持ちとしては分からないでもない。

 でもこうやって恋人のフリまでして協力をしてるんだから、そんな杏子の言い分も今更な感じは否めないところだ。

 しかし杏子も高校二年生なのだから、今の自分とか環境とか、そんなものに対して色々と思うところもあるのだろう。だからそんな杏子の気持ちは最大限に尊重してあげるのが兄としての役目なのだろうとは思う。

 だけどそれはそれとして、杏子自身に危害が及びそうな場合はそんなものは完全無視の方向で出張るつもりだ。例えそれで杏子に嫌われることになったとしてもそれは仕方がない。杏子という愛しい妹になにかあるよりは100倍マシだからな。


「杏子、大丈夫か?」


 学園での授業も終わった帰り道。俺は憂鬱そうな表情を見せる杏子に小さくそう尋ねた。こんなに元気のない杏子の表情は本当に久しぶりのような気がする。


「う、うん。大丈夫大丈夫! お兄ちゃんも頑張って協力してくれてるんだし、これくらいへっちゃらだよ!」


 空元気――まさにそんな言葉がピッタリと当てはまるくらいに杏子の笑顔は無理をしている。兄としてはそんな妹の表情を見るのは実に忍びない。

 しかし杏子の気持ちも無視できない手前、大したこともできない自分に異様な苛立ちのようなものさえ覚える。


「なあ杏子、やっぱり俺が話をつけに行った方がいいんじゃな――」

「それはダメッ!」


 杏子のことを心配して出た言葉は最後までつむがれることなく拒否されてしまう。俺だって杏子のことを心配して言っているのに、ここまで強く拒否されるとそれなりに理不尽と苛立ちを感じたりもする。


「なんでそんなに嫌がるんだよ。そんなに俺が信用できないのか?」


 ちょっとした苛立ちに任せてそんなことを口走りはしたけど、杏子が俺のことを信用していないなんてことは絶対にない。それは俺にだってよく分かっている。

 だって俺のことを信用していないなら、はなっから今回の件について相談をしてくることもなかっただろうし、なにより恋人のフリなど絶対に頼んではこないのだから。


「そんなことないよ……お兄ちゃんのことは誰よりも信頼してるもん」

「だったら――」

「だからこそダメなんだよ。私はお兄ちゃんに頼ってばかりじゃダメなんだよ。そうじゃないと私は、いつまでも“お兄ちゃんにとって妹のまま”だから……」

「妹のまま?」


 杏子の発した言葉は今まで聞いたこともないくらい謎に満ちていた。

 だって杏子は昔も今も、これからだって俺の妹で、それ以上のなにかになることなどないのだから。


「あっ……」


 そんなことを話しながら歩いていると、いつもの男子が居る駅前通りへと着いていた。

 そして駅前通りの時計搭の下、そこに例の男子が居るのを見つけた杏子が一歩後ずさるのが分かった。


「杏子、今日はどうする? 朝に話してた方法でいくか?」


 るーちゃんから教えてもらった手段も残りそう多くはない。限られた手段の中で有効そうな手を選び取り、それを試すしかないのだが、これまでのことを考えるとそれも難しく思ってしまう。


「……ごめん、お兄ちゃん。今日は私の言葉で話してくるね」

「えっ!? ちょ、ちょっと待てよ!」


 それで解決しないから今こんなことになってるんだろ――と言いたかったが、それは杏子も十分に理解しているはずだ。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私ちゃんと話してくるから。私の本当の気持ちを話してくるから。だからここで待ってて、ねっ?」


 杏子の見せる真剣な表情に俺はそれ以上なにも言うことができず、言われるがままにその場に立ち止まってしまうことになった。そんな俺を見てにこっと微笑んだかと思うと、杏子は覚悟を決めたようにして堂々と相手の方へ向けて歩き始めた。

 そしてそんな杏子の接近に気づいたのか、時計搭の下に居た男子は近づいて来る杏子の方を見て姿勢をピンッと正す。

 杏子たちと俺との距離を数字で表すなら、約10メートルほどと言ったところだろうか。2人の会話こそ周りの音でまったく聞こえはしないけど、その表情は辛うじて見える感じだ。

 “本当の気持ちを話してくる”――と言う杏子がいったいなにを話すのかは分からないけど、兄としてはいつでも妹の助けに入れるようにはしておこう。

 我が妹が問題の相手と会話を始めたのを確認すると同時に、俺の身体全体に緊張が走る。

 なにごとも起こらないことを願いたいところだが、人間は感情の塊である生き物に間違いない。そしてその感情はいつどのようなことで変化を見せるかのか想像もつかないもの。だからこそ、それはとてつもなく怖いのだ。

 杏子と男子の話が始まってから約5分ほどが過ぎた。今のところ見た目に危ない雰囲気はないと思う。とりあえず話は上手くいっているということなのだろうか。

 適度な緊張感を保ちつつ、俺は杏子から片時も目を離さないようにしていた。


「――ん!?」


 話が始まってから10分ほどが経った頃。相手の男子が俺の方をチラリと見たかと思うと、少しエキサイトしたような感じで杏子に詰め寄るのが見えた。

 なにを言っているのかは分からないけど、相手が相当に取り乱しているというのは分かる。

 このままでは杏子に危害が及ぶかもしれないと思った俺は、すぐさま杏子の方へ向けて駆け出した。決して足の速い方ではない俺だが、この時ばかりは今までの人生で一番の速さを出していたのではないかと思うほどに杏子との距離は縮まっていた。

 そしてあともう少しで杏子のもとへと辿り着く距離まで来た時、パアーンッ! ――というとても乾いた音が決して静かなわけではない駅前通りに大きく響いた。


「えっ!?」


 その音を聞いて驚いたのは俺だけではなかっただろう。

 なぜなら駅前通りを行き交う人々が、その大きな乾いた音に驚いて杏子たちの方へと注目していたからだ。もちろん通行人と俺が驚いている理由は明らかに違うだろうけど、なんでそんなことになった――的な意味では驚きは同じなのかもしれない。


「あ、杏子! なにやってんだよっ!」


 本来なら杏子に対して心配の言葉の一つもかけるべきなのだろうけど、相手に対してビンタをかましたことを考えるとそうも言っていられない。

 いったいどういう理由で杏子が相手にビンタをかますような状況になったのかは分からないけど、それでも手を出すのはさすがにマズイと思う。


「これ以上、私とお兄ちゃんを困らせないで下さい……お願いします」


 杏子はペコリと相手に対して頭を下げると、サッと踵を返してから自宅の方へと歩き始めた。


「お、おいっ! 杏子!」


 俺の呼びかけに一切の反応を見せず、杏子は帰路を歩いて行く。そんな杏子のあとをすぐさま追いかけようと足を前に進めようとした時、俺は一瞬足を止めてからビンタをされて唖然としている相手の方を見た。


「杏子が手を出したことは謝るよ。だけど君も相手の気持ちをしっかりと考えないといけないよ? 一方的な好意の押しつけは、相手にとって迷惑以外のなんでもないんだから」


 未だ呆然としている男子に向かってそう言った俺は、今度こそ杏子を追いかけた――。




「杏子、いったいなにがあったんだ?」


 駅前通りを抜けて住宅街へと入り、辺りに人影もなくなった頃、俺は顔を俯かせている杏子の横に並んで歩きながら率直な質問をした。この状況で遠まわしな質問をしても意味はないからな。


「なんでもないよ……」

「相手にあんな見事なビンタをかましておいて、なんでもないはないだろ?」


 杏子の発言に対して少し呆れ気味にそう言うと、杏子はピタリと足を止めてから俺の方をじっと見てきた。


「なんだよ。どうかしたのか?」

「お兄ちゃんは私のこと好き?」


 俺の質問に答えるわけでもなく、杏子は唐突にそんなことを聞いてきた。いつもながらなにがしたいのかよく分からん妹だ。

 しかし杏子の向けている真剣な表情を考えれば、真面目に答えないわけにはいかないだろう。


「もちろん好きだよ。杏子は大事な妹だからな」


 いつもなら『さあー、どうかなー?』くらいのことを言って煙に巻くところだけど、今回はタイミング的にそんな冗談が通じる雰囲気ではない。


「妹だから――か……。うん、私も大好きだよ。だから怒ったの、ごめんなさい」

「お、おいっ!」


 杏子はそれだけを言うと今度は急いで逃げるように走りだした。

 俺のことが好きだから怒った――その言葉の意味するものがまったく分からず、俺は走り去る杏子を見ながら首を傾げるしかなかった。

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