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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
三年生編・last☆stage後半
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告白×タイミング

「龍ちゃん、お茶がいい? コーヒーがいい?」

「あっ、それじゃあお茶でお願いします」

「はーい。ちょっと待っててね~」


 水沢家のリビング。そこにあるソファーに座って茜の母親であるあおいさんの問いかけに答えたあと、短くふうっと息を吐く。

 なぜ俺が水沢家のリビングに居るのか――それは追いかけていた茜に会うことができずに水沢家を直接訪ねたからだけど、目的の相手である茜はなぜかまだ自宅に帰っておらず、それを知って出直そうと思った時に母親の碧さんになし崩し的にリビングへと連れ込まれたわけだ。

 俺としては自宅に居るはずの茜を誘い出して近くの公園で話でもしようと思っていただけに、まさかこんな事態になるとは予想もしていなかった。

 それにしても俺より先に帰ったはずの茜がまだ帰宅していないとは、アイツはいったいどこで油を売ってるんだか……。


「お待たせ~、龍ちゃん」

「あっ、ありがとうございます」


 小さな緑色のトレーに湯飲みを二つ乗せて戻って来た碧さんは、それを俺の目の前にあるテーブルにコトッ――と置くと、もう一つの湯飲みを対面にある場所に置いてからソファーに腰を下した。

 相変らずの豊満な胸がなにか行動を起こす度になまめかしく揺れるのが目に毒だ。

 そんなことを思いながら視線を横へとらしつつ、出された湯飲みを手に取ってお茶をすする。適度な温かさをした緑茶の渋みが口の中に広がり、溢れ出そうになる煩悩ぼんのうを打ち消していく。


「ところで龍ちゃん、今日はどうしたの? やっと私を“お母さん”って呼んでくれる気になったの?」

「あ、いや、残念ながらそうではないですね」

「そうなんだ……はあっ、残念」


 その言葉どおり、本当に残念そうな表情を浮かべて落胆の溜息を吐く碧さん。

 碧さんに会うと毎回こんな類のことを言われるけど、どこまで本気なのかいまいち分からない。


「ところで龍ちゃん、茜となにかあった?」

「えっ? どうしてですか?」

「だって龍ちゃん、前に茜が落ち込んでた時と同じような表情をしてるから」


 苦笑いにも似た表情を浮かべる碧さん。その表情を見ると、なにもかもを見透かされているようにも感じてしまう。


「あ~、いや、ちょっと茜がヘソを曲げちゃってるみたいなんで、話し合いに来たんですよ」

「なるほど! そういうことだったんだね。納得納得」


 先ほどの表情から一転、にこやかな笑顔でウンウンと頷く。

 本当なら“うちの娘になにをしたのっ!?”――くらいのことは言われるのかもしれないけど、碧さんはいつでもにこやかで、怒ったところを一度も見たことがない。


「すみません、どうも俺が無神経なことを言ったみたいで……」

「そうなの? でも、別に悪気があって言ったわけじゃないんでしょ?」

「はい」

「それなら今回の経験を活かして、次に失敗しないようにすればいいだけよ。人は誰でも失敗する、時には取り返しのつかない失敗もするかもしれないけど、それを経験と知恵で乗り越えて行けるのが人間だから」

「はい、肝にめいじておきます」


 いつもは天然を大爆発させる碧さんだけど、時々こうやって凄くためになることを話してくれるから驚いてしまう。


「ただいまー」

「あっ、茜が帰って来たみたいね」


 玄関の方から聞こえた来た声を聞いた碧さんはスッとソファーから立ち上がり、リビングの出入口を抜けて玄関の方へと向かって行く。


「ええ――――っ!?」


 碧さんがリビングから出て行って1分も経たない内に、茜の大きく驚いた感じの声が聞こえてきた。

 まあ、居るとは思ってなかった人物が家に来ていると分かれば驚く気持ちも分かるけど、それにしたって声が大きいよ。ご近所さんがビックリしてなきゃいいんだが。


「りゅ、龍ちゃん?」

「よ、ようっ! お邪魔してるぜ」


 リビングの出入口の方を自然と見れる位置に座っていた俺は、出入口からちょこんと顔を出した茜に向かって軽く右手を上げた。お互いにぎこちなさを感じさせるやり取りだけど、今は仕方ないだろう。


「それじゃあ私は夕飯を作ってるから、龍ちゃん、夕飯は食べていってね」

「あ、はい。ありがとうございます」

「うんうん。茜、龍ちゃんをしっかりともてなしてあげないと駄目よ?」

「わ、分かってるわよ。龍ちゃん、私の部屋に行ってて、私もすぐに行くから」

「お、おう。分かった」

「あっ、部屋の中はあんまり見回さないでよ?」

「分かってるよ」

「タンスの中身を見たり盗ったりしちゃ駄目だからね!?」

「そんな下着ドロみたいなことするわけねーだろ!」


 まったく……どんだけ俺のことを信用してねーんだ。本当にタンスの中を覗いてやろうか?

 なんとなくいつものような雰囲気になっていることに顔をほころばせつつ、茜の部屋へと向かう。この調子なら案外スムーズに仲直りできるかもしれない。


「――お待たせ龍ちゃん。ちょっとドアを開けてもらっていいかな?」

「分かった」


 茜の部屋に来てから5分ほど経った頃、部屋の主である茜がやって来た。

 床に敷かれた空色のカーペットに座っていた俺は茜の要望に答えて立ち上がり、そっと部屋の扉を引き開ける。


「ごめんね、片手を離すとバランスを崩しそうだったから」

「気にしなくていいよ」


 茜は俺の言葉に小さく『ありがとう』と言うと、部屋にある赤い小さなテーブルにトレーを置き、その上にあるコーヒーカップとショートケーキを手に取って丁寧にテーブルへと置き始める。


「どうぞ」

「ありがと」


 目の前に出されたコーヒーカップに早速手を伸ばし、それを口にする。

 茜が淹れてくれるコーヒーにしてはやや苦味が強いけど、ケーキという甘いお供があるのでこの苦味はありだ。


「茜が淹れるコーヒーはいつも状況にあった甘さ加減だからいいよな」

「そ、そう? 龍ちゃんならこんな時はどれくらいの甘さがいいのかなって考えてるからかな」

「へえー、いつもそんなことを考えながら淹れてたのか。すげえな」

「そんなことないよ。もう長いつき合いだからなんとなく分かるだけだし。それに龍ちゃんも私の好きな物とかよく知ってるし、お互い様だと思うよ?」


 文字にすれば十数年という三文字で終わってしまうけど、その三文字の中にはとてつもなくたくさんの思い出が溢れている。

 それはもう言葉や文字といったもので表すのは難しく、俺という人間を形作っている大事なものだ。


「まあそうなのかもしれんが、俺は茜みたいに上手く気遣えてる自信はないな」

「それは私も一緒だよ。でも、龍ちゃんはちゃんと私のことを気遣ってくれてるよ。今日も私のことを気にして来てくれたんだよね?」

「あー、そのなんだ……そう言われるとそうなんだが……ごめんな、この前はちょっと無神経なこと言っちゃってさ」

「ううん、私こそごめんね。あんなことでいじけちゃって……でもあの時はどうしても悲しい気持ちを抑えきれなくて……」


 そう言って顔を俯かせる茜。今まで何度もこういった表情を見てきたけど、今回は今までの中でも一番悲しそうにしているように見えた。


「いや、気にしないでいいよ。俺もあのあと、“茜に同じことを言われたらどう思うだろう”――って考えてみたしな」

「そうなの?」

「ああ、その結果はやっぱりいい気分はしなかったからな」

「そうだったんだ。良かった……」


 その言葉を聞いたあと、茜はほっとしたような感じの笑顔を浮かべて俯かせていた顔を上げた。その表情にはもう悲しみの感情は見えず、俺もほっと胸を撫で下ろしていた。


「ねえ龍ちゃん、前にこの部屋に来た時のこと覚えてる?」

「前に来た時のこと? 茜が風邪でダウンしてた時のことか?」

「そうそう」


 あの時は俺がしてた誤解のせいで茜には随分と迷惑をかけたと思う。

 少なくともあの時は俺の態度が原因で茜にストレスを与えて体調を崩したんだと思っているから、未だにそのことを負い目に感じる気持ちがある。


「あー、あの時は悪かったな。俺が変な誤解をしてたから」

「ううん。そのことはあの時にちゃんと話してくれたし、もう気にしてないよ。それにどちらかと言うと話を聞いて嬉しかったくらいだから」


 茜の言う“嬉しかった”という言葉の意味を聞きたいところだが、今は変な茶々をいれないでおこう。話が変な方向に飛んだら嫌だしな。


「そっか。で? 結局なにを聞きたいんだ?」


 いまいち茜がなにを言いたいのか分からず、思わず首を傾げる。

 すると茜は再び顔を俯かせ、今度は恥ずかしそうにこんなことを聞いてきた。


「あの時にね、『もし龍ちゃんにずっと彼女ができなかったら、可哀相だから私がもらってあげるよ』って言ったの覚えてる?」

「ああー、確かそんなこと言ってたな」

「もしね、もしもだけど、私と龍ちゃんが恋人になったらどんな感じになるかな?」

「俺と茜が? そうだな――」


 小学生になるまでは『茜は俺のお嫁さんにするんだ!』と言っていた時期があるから、そういうことをまったく想像したことがないかと言えば嘘になる。

 あの時の茜はやんちゃなくせに泣き虫で怖がりだし、俺がずっと側に居ないと駄目だと思っていた。

 しかし小学校に上がってからはそんな素振りも段々と見えなくなり、茜がしっかりしてきているのが幼い俺にも分かった。

 だから俺はいつからか、“茜をお嫁さんにする”――という考えをしないようになった。もう俺が側に居なくても大丈夫なんだろうと感じたからだ。

 でも、正直に言えば寂しい気持ちもあった。それはもしかしたら、ずっと側に居た相手が離れて行くのを感じていたからかもしれない。


「――まあ茜は料理は上手だし、いつもはボーイッシュだけど可愛い所もあるし、色々なことを知ってる分、変な遠慮をしなくていいから恋人になったら楽しいかもな」

「本当? そ、それじゃあ私と――」

「やったね茜! これで龍ちゃんと結婚できるね!」


 茜がなにかを言おうとした途端、勢い良く開かれた部屋の扉から碧さんが入って来て嬉しそうに茜の両手を握った。


「ちょっ!? なに言ってるんですか碧さん!」

「そ、そうよお母さん! 私は別に龍ちゃんと結婚したいわけじゃ……」

「そうですよ碧さん。今の話だって、“もしも俺と茜が恋人になったらどんな感じになるか”っていう、“もしも”の話なんですから」

「えー!? そうなの?」

「そうですよ」


 きっぱりそう答えると、碧さんは『なーんだ、凄く嬉しかったのに……』と、大きく頬を膨らませた。

 碧さんくらいの年齢の女性が見せる仕草にしてはとても可愛らしいけど、この件に関して頬を膨らまされても困る。


「茜も龍ちゃんを旦那さんに貰った方が良いよ? 絶対に」


 “絶対に”――と碧さんが言えるほど良い要素を持っているとは思えないだけに、思わず表情が引きつる。


「そ、そんなの私の勝手でしょ!? お母さんには関係ないんだから!」

「そんなことないよお? 私だって龍ちゃんのことが好きだから、茜の旦那さんになってほしいもん」

「ちょっ!? ちょっとお母さん! 変なこと言わないでよね!」

「別に変なことなんて言ってないもん!」


 それからしばらくの間、茜と碧さんの親子喧嘩? のようなものは続き、俺は口を挟む暇も余裕もなく、ただその様子を苦笑い浮かべながら見ていた。

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