Love?×Like?
二学期が始まって二日目。今日からいよいよ授業が開始だ。
久々の授業と言う事で最初こそ懐かしく思いながら真面目に受けていたけど、それも10分と経たない内に退屈に感じ始めてしまった。
しかしいくら退屈に感じようと、昨日の様な騒動に巻き込まれるよりはマシだ。昨日は美月さんによる爆弾発言投下により、俺は色々とややこしい詮索を受ける羽目になったからな。
当の本人が至って涼しい表情なのはビックリだったけど、おそらくそういった発言に何の疑問も抱いていないのだろう。
まあそれはともかくとして、昨日ちゃんと説明をしたと言うのに俺と美月さんの関係を疑っている奴は未だ多い。
激しく面倒臭い状況ではあるけど、それでも今日の午前中は特に何事も無く過ぎ去って行った――。
「ちょっと龍ちゃん!」
お昼休みに突入して間も無く、別のクラスに居る茜が慌てた様にして教室へと入って来た。
「何だよ茜。どうした?」
クラスメイトのほとんどは学食か日陰のある涼しい場所でお弁当を食べている様で、夏を迎えてからの教室内はかなり閑散としている。
そんな訳で現在はまひろ、美月さん、俺の三人しか教室には居ない。
「彼女ができたって本当なの!?」
「ぶっ!?」
おそらく、いや間違い無く茜の言っている彼女とは美月さんの事だろう。
どうやら昨日の出来事は他のクラスにまで蔓延している様だが、どうして人間てのは他人の色恋沙汰や噂話に飛びついて来るのやら。
「うーん、それはだな……」
「やっぱり本当なの……?」
どこから説明してやるべきかと考えていると、茜はそう言ってしゅんとしてしまった。
「違うって。彼女なんて居ないっての。どこでそんなデマ情報を聞いたのかは知らんが、そんな噂をいちいち鵜呑みにするな」
「本当に?」
「こんな事で嘘ついてどうすんだよ。仮に嘘だったとしても、そんなのすぐに分かっちゃうだろ?」
「そ、そっか、そうだよね。良かった……」
途端に安堵したかの様に大きく息を吐く茜。
――それにしても良かったとは聞き捨てならんな。
「良かったって何だよ」
俺からすればそれはいつものくだらない言い合いの始まりのはずだった。
「えっ!? だ、だって龍ちゃんに彼女ができたら困るし……」
しかし茜は俺の言葉に対して予想外の返答をしてきた。
「はっ? 何で茜が困るんだ?」
「それはその……ほらっ! 龍ちゃんに彼女ができたら、こうやって気軽に話しかけられないじゃない」
わたわたと慌てた様子で妙なゼスチャーをする。
まあ何となくだが茜の言いたい事は分からなくもない。
「分からん話ではないけど、仮に彼女が居たとしても、話しくらいは普通にできるだろ?」
「そんなの無理だよ……」
「何でさ?」
「女の子はね、ずっと自分だけを見ていてほしいものだから……」
そう言って再びしゅんと俯いてしまう。そんな態度を取られるとこちらとしても反応に困る。
「そうですね。確かに女の子はそういう感じかもしれません」
少しの沈黙が走る中、隣の席に居た美月さんが話に割って入って来た。
「あの……あなたは?」
「私は如月美月と申します。よろしくお願いします」
茜の前に立ち丁寧に頭を下げて挨拶をする。彼女の礼儀正しい姿勢は誰に対しても変わらない。
「如月さんはね、龍之介の家の隣に引っ越して来たんだって」
美月さんが話に割って入って来たのを切っ掛けに、近くに来ていたまひろも話に参加してきた。
「お隣?」
「はい。こちらに引っ越して来た初日から龍之介さんにはとてもお世話になってるんです。一緒に買い物をしたり、一緒に料理をしたり、一緒に遊んだり、一緒に寝たり」
「い、一緒に寝るぅ!?」
「ちょ、ちょっと美月さん!? 何言ってんの!?」
また話がややこしくなりそうな爆弾を投下する美月さん。
――頼むから勘弁して下さい……。
「えっ? 何って、龍之介さんとした事ですよ」
「りゅ、龍ちゃんとした事ぉ!? 龍ちゃん! いったい如月さんとななな何をしてたのよ!?」
瞬間沸騰――という言葉があるけど、ちょうどそんな感じで茜の顔が一気に赤く染まっていく。
――前々から思ってたけど、茜って結構沸点低いんだよな。変なところで怒るし、かと思うと突然ナーバスになったりするし。
凄まじい勢いで俺に詰め寄って来て両肩をグッと掴んでくる。
――ちょっと落ち着いて茜さん! めちゃくちゃ怖いし両肩が痛いっす!
「ちょ、ちょっと落ち着けって!」
「おおお落ち着ける訳無いでしょ!? 龍ちゃんのスケベ! 変態! 色情狂!」
茜は掴んだ両肩を大きく揺らしながら全力で罵ってくる。
スケベや変態ってのはよく聞く罵り言葉かもしれないけど、そこに色情狂という単語を混ぜてくるあたりが耳年増の茜らしいと思う。
そんな茜が美月さんの言い方を聞いてそういう方面に思考が行くのは至極当然かもしれないけど、それにしたって落ち着きがなさ過ぎる。
「あ、茜ちゃん、ちょっと落ち着いて……」
おろおろしながらもまひろが止めに入ってくれたおかげで何とか茜は落ち着きを取り戻し、その後ようやく茜に美月さんが言った内容を説明する事が出来た。
「――そ、そういう事なら早く言ってよねっ!」
説明終了後、茜はそう言って大きく頬を膨らませた。
――いや、言おうとしたのに聞かなかったのはアナタですよ?
と言ってやりたかったが、それを口にすれば元の木阿弥になるのは目に見えているので我慢だ。
「悪かったよ」
「でも、私は龍之介さんの事好きですよ?」
「「「えっ!?」」」
「龍之介さんはとっても優しいですし、共通の趣味も多いですから」
「あ、ああ……お友達としてって事ね」
呟く様にそう言った茜の言葉に、俺はなるほどと納得した。
美月さんの言っている好きは、ラブではなくライクの方だという事を。
そしてそれが分かった途端、俺は少しだけ残念な気持ちを感じた。
「それにしても龍ちゃん、さっきは顔がにやけてたよ」
「そ、そんな事無いだろ!?」
もしかしたらそうだったのかも――と思いつつも、とりあえず茜の発言を否定する。
だって自分の事を好きだと言われ、それがラブだと勘違いしてました――なんて言えるはずが無いからだ。
「うん。確かに龍之介はにやけてたよ」
まひろまでもが不機嫌そうな表情でこちらを見る。
――いやいや、茜にしてもまひろにしても、何で俺をそんなに睨むんだよ。おかしいだろう。
「龍之介さんは本当に楽しい方ですね。これから一緒に送る学園生活が楽しみです」
「えっ? あ、ああ。そうだねえ~」
茜とまひろの突き刺さる様な視線を浴びながら苦笑いを浮かべる。
美月さんにはもう少し言動を選んで欲しいもんだ。じゃないと俺が勘違いしてしまいそうだし、何よりそこに居る二人の視線が痛いので。
俺はこの天然美少女に再び振り回され、やれやれと溜息を吐いた。




