優しい×呼び声
妙な異変を最初に体験したのは、ショッピングモールでワンピースを買って間もなくのこと。
時々部屋の中で激しい眠気に襲われて眠ってしまうことがあったんだけど、気がついたら今までに買ったお洒落着を着たままベッドの上で眠ってしまっていることが何度かあった。
その度に“なんで私はお洒落着に着替えてるんだろう”――と不思議に思っていた。だって私には、眠る前にお洒落着に着替えた覚えなんて一度もなかったから。
そしてそんな妙なことが何度かあったあとの、7月中旬を向かえる前の日曜日の早朝、その出来事は唐突に起こった。
「今日は久しぶりに龍之介くんとお出かけ。楽しみだなあ」
日曜日を迎えた今日、私は龍之介くんとお買い物に行く約束をしていた。
目的は私のお母さんの誕生日プレゼントを買うためだけど、龍之介くんと約束を交わしてからずっと、日曜日がくるのが楽しみで楽しみでしかたなかった。
もちろん私が女性だと知らない龍之介くんからすれば、ただ友達と買い物に行くだけの話だろうけど、私にとっては龍之介くんとのデート――のようなもの。
自身の性別を偽っておいてデートなんて思うのは卑怯だと思うけれど、こうでも思わないと、自分の中の龍之介くんへの想いが溢れ出しそうで苦しくなってしまう。
適切な表現が分からないから変な言い方になるかもしれないけれど、言ってみれば龍之介くんとのお出かけは、私にとっての最高の気分転換であり、最高に嬉しい時間の過ごし方。それに色々なストレスのガス抜きの意味合いも兼ねている。
とは言っても、やっぱり好きな人と一緒に居る時間は凄く緊張するし、心臓がドキドキとうるさいくらいに高鳴って困ってしまうという一面もあったりする。それはもう、いつかこの胸のドキドキが、龍之介くんに聞こえちゃうんじゃないかなと思うくらいに。
「さあ、着て行く洋服もいい加減に決めなくちゃね」
女性用の可愛らしい洋服を着ることはできないけど、できる範囲でお洒落で良い感じに仕上げたい。せっかくの龍之介くんとのデート――みたいなものだから。
色々な洋服をクローゼットから取り出し、自分の身体に当てながら全身鏡で組み合わせを見ていく。
「――うん、こんな感じでいいかな」
いくつか組み合わせをして見て最適だと思う洋服をチョイスした私は、それをベッドの上に置いてから他の洋服をクローゼットにしまい始めた。
「あっ……」
そして出していた最後の洋服をクローゼットの中へとしまった時、一つの洋服が目に映った。それは少し前にショッピングモールで衝動買いをした白のワンピース。
私はなんの気なしにそのワンピースを手に取り、クローゼットから出してみた。
このワンピースを着て行ったら、いったい龍之介くんはどんな反応をするかな……。
“似合ってない”――なんて言われたらショックだけど、でも例え似合っていなくても、龍之介くんはそんな言い方はしないと思う。ちょっと口の悪いところもあったりはするけど、本当はしっかりと相手のことを考えている人だから。
でもそうは思っても、やっぱりそんなことはできない。できるわけがない……。
「本当はこれを着て行きたいけど……でも無理だもんね……」
そして大きな溜息を吐いてワンピースをクローゼットへと戻そうとしたその時、私は突然激しい眠気に襲われた。
「あっ、まただ……」
激しい目眩でも起こしたかのように意識が薄れ始めた私は、おぼつかない足取りで近くの壁へと近寄ってから倒れないように身体を預ける。
「なんでこんな時に――」
せっかくの龍之介くんとのお出かけなのに、どうして今こんなことになっちゃうんだろうと、私は顔をしかめながらその強烈な眠気に耐えていた。
『お姉ちゃん、そんなに無理しないで。あとは私に任せておいて――』
必死に襲ってくる眠気に抗っていた時、とても優しげな声が響いてきた。
そしてその優しげな声を聞いた瞬間、なぜかほっとした私の意識はまどろみの中へと落ちていった――。




