弾ける×想い
切っ掛けは大したことじゃなかった。
確か高校に入学して間もない時に、“龍之介の好きなタイプってどんな女の子なの?”――と質問したのが事の始まりだったと思う。
長い間龍之介くんと親友としてつき合って来たのだから、彼の好みくらいは当然のように知っている。でもそれはあくまでも空想の中に出てくる女性の好みであって、現実的な話ではない。
だから私はふと知りたくなってしまった。龍之介くんの好きな女の子のタイプを。
もちろんそれを知ったからと言って、私になにができるわけでもなかったけれど、自分が好きな相手がどんな女の子が好みなのかを知っておきたい――という、単純な好奇心があったのは確かだった。
そして龍之介くんは私からのそんな質問に対し、“黒髪ショートで、元気なんだけど騒がしくなくて、気配りができて白のワンピースが似合う子”だと答えてくれた。
いつもは物語の中に出てくる女の子を理想として上げていた龍之介くんだったけど、私はこの時に初めて具体的で現実的な龍之介くんの好みを知った。
そしてそれを知ったのと同時に、私の中でずっと抱えていた欲求が急速に大きくなっていくのを感じていた。
それは、“私を好きになってほしい”――という欲求。
誰だって自分が好きな相手には好きになってほしいと思うのが普通だろうし、好きになってもらうために色々なアプローチをするものだと思う。それが至って平凡で普通な恋愛のあり方だとは思うけれど、私にはその平凡で普通な恋愛をすることすらできない。
それはどうしようもなく自分のせいではあるのだけど、でも、私が本当は“女の子である”という現実を龍之介くんに見せるには、あまりにも時間が経ち過ぎていた。あまりにも嘘をつき過ぎていた……。
「あっ、これも可愛いなあ」
6月も過ぎて7月に入った頃。私は地元からかなり離れた所にあるショッピングモールへと来て、そこにある女性用の洋服店に展示されている洋服を見ていた。
わざわざこんな地元から離れた場所にあるショッピングモールへと来ている理由。それは知り合いに遭遇する確率をできるだけ減らすため。
本当ならこんな時くらい男性の格好を止めたいところだけど、実際はそうもいかない。私が女性であることは、絶対に知られてはいけない秘密だから。
そもそも私がこうして男装を始めた理由は、小学校一年生の時に受けていた苛めが原因。
苛めの内容は色々だったけど、特に多かったのは、私が“泣き虫な女の子だから”――と言う理由だった。
男装にまで考えがいってしまった過程には色々とあったけれど、男子になれば苛められなくなるかも――という考えが根底にあったのは確かで、私はそれを愚直なまでに遂行して現在に至っている。
確かに私は泣き虫だったと思う。
そしてそんな私は男子からのかっこうの苛めの的になっていた。毎日毎日、色々な男子にちょっかいを出されては泣いていた。時には痛いこともされた。
なんでこんなことをされなくちゃいけなんだろうと、私はずっと疑問だった。特になにをしたわけでもないのに。
しかも更に分からないのは、最初こそ私が苛められるのに同情的だったクラスメイトの女子さえも、男子の苛めがエスカレートするのに比例して私を無視するようになったことだった。
中学生の時にその実体験を別の人が体験した話として龍之介くんに話してみたことがあったけれど、彼が言うにはその男子たちは、“苛めてた相手のことが好きだったんだろう”――と言っていた。
龍之介くんが言うには、小さな頃の男子にはよくある愛情の裏返しで、自分に注目してほしい、気に止めてほしい――という気持ちの現れらしいけど、高校生になった今でさえ、そんな男子の心理は理解できない。
だって好きなのに苛めちゃうとか、相手に嫌われるだけなのにそれをしちゃう意味が分からないもん。
それに龍之介くんの言っていたことは実際にはありえる話なのかもしれないけど、私のケースではやはり単純に嫌われていたからのようにしか思えない。だって私には、男子に好かれるような要素はなにもないのだから。
はっきり言ってしまえば、私は自分自身に自信がない。
特に秀でたところがあるわけでもないし、女性として魅力的なわけでもない。茜ちゃんや杏子ちゃんみたいな、女性らしくて可愛らしい子がとても羨ましく思えてしまうくらいだから……。
せっかく知り合いがいなそうな遠くの場所に来てショッピングをしているというのに、私はいつもの癖で周りを気にしながら洋服を見て回っていた。
男として偽りの生活を送る長い間に沁みついてしまった癖とは言え、我ながら悲しくなってしまう。
「――あっ、これいいなあ」
最近はわりとボーイッシュな格好をしている女性も増えたおかげか、中性的であっても可愛らしい洋服も増えた。それはとても嬉しいことだけど、やっぱり普通の女の子みたいにお洒落もしてみたいし、もっと可愛い洋服も着てみたい。
でも、そんな普通のことが私にはできない。それができるのは、自分の家の中だけ。
自己満足でいいならそれで十分だけど、でもそれをすると、やっぱり龍之介くんにもその姿を見てもらいたくなってしまう。
でも容姿に自信があるわけでもないから、きっと実際に女性服を着ても、龍之介くんの前に出る勇気は出ないと思う。私は本当に小さな頃から臆病者だ……。
「あっ、これ――」
そんなことを考えていつものように気分が沈みかけた時、夏物フェアーのコーナーで一着の可愛らしい洋服を見つけた。
「これを着たら龍之介くんはどう思うかな……」
目の前にあるマネキンには白の可愛らしいワンピースが着せられていて、その頭には向日葵の飾りがついた麦わら帽子が被せられていた。
私はそのワンピースと麦わら帽子を見て一目で気に入ってしまい、後先も考えずにそれを購入してしまった。
× × × ×
ショッピングモールでついワンピースを衝動買いして家へと帰った私は、自室のベッドの上に広げた白のワンピースを見て大きな溜息を吐いた。
「はあっ……なにやってるんだろう……私」
私が一目惚れしたのと、龍之介くんが白のワンピースが似合う女の子が好きと言っていたことでついつい買ってしまったけれど、このワンピースを着たところで、龍之介くんの前に出ることはできない。
そんな単純なことを失念していた私は、目の前にあるワンピースを前に意気消沈していた。
それでもせっかく買ったのだからと、私はそのワンピースに着替えをしてから部屋の中にある全身鏡に自分の姿を映した。
「似合ってるかな?」
くるりとその場で回ってみたりしながら自分の姿を見ているけど、いまいち自分では似合っているかが分からない。
「はあっ、なんで買っちゃったんだろ……」
その理由ははっきりしているのに、口からはそんな言葉が零れ出る。
私はまた大きな溜息を吐き出すと、そのままベッドの上へと力なく座り込んだ。
きっと茜ちゃんや杏子ちゃんがこれを着たら、凄く可愛いんだろうなあ……。
そんなことを思いながら、2人へのちょっとした嫉妬を募らせる。
「私も杏子ちゃんみたいになれればなあ……」
龍之介くんの妹である杏子ちゃん。私たちが小学校三年生の時に龍之介くんの義妹になった、とっても可愛らしい女の子。
そんな杏子ちゃんは私の理想でもあった。可愛らしくて愛嬌があって、明るくていつも元気で、龍之介くんに対してとっても甘え上手。誰からも好かれているし、私も杏子ちゃんのことが大好きだ。
私も杏子ちゃんのようになりたいと、今まで何度も思ってきた。少なくとも私が龍之介くんと同い年ではなく、年下だったら少しは接し方が違っていたかもしれないし、少しは甘えることができたかもしれない。
でもそれはあくまでも、私が女性として認識されながら人生を歩んできた場合での話。
「止めよう……こんなことを考えてたって、虚しくなるだけだもんね」
私は“もしも”を考えるのを止め、お風呂へ入ってすっきりしてこようと部屋を出た。
龍之介くんへの強い想い。義妹の杏子ちゃんに対する激しい憧れと嫉妬。自分自身で蒔いた種の収拾もつけられない自分への苛立ち。
そんな様々な思いが募った結果、まさかあんなことが私の身に起こるとは想像もしていなかった。




