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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・二学期文化祭
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2人×空間

「まひろ、大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ」


 早朝の花嵐恋からんこえ学園の教室。その教室の廊下から中に居るまひるちゃんに向かって問いかけると、涼やかで明るい声音の返事が聞こえてきた。

 教室にあるB班メンバーの机の上には、渡が昨日せっせと用意していた今日着るための衣装が入った袋が置かれている。

 そして教室の中ではまひろにふんしたまひるちゃんが1人で着替えをしていて、俺はその着替えが終わるのを廊下で待っている状態だ。

 普段ならまだ登校して来る学生などほとんど居ないであろう時間帯だが、文化祭が行われている期間は早くやって来る生徒はそれなりに多い。

 実際に登校途中も学園が近くなるまでは学生の姿すら見なかったのに、通学路を半分も過ぎる頃にはちらほらと学園の生徒の姿があったからな。

 というわけで、着替えの最中はまひろとまひるちゃんが入れ替わっていることがばれてしまいかねない最も無防備な状態。だからこうして教室の外でクラスメイトがやって来ないかを監視していると言うわけだ。


「慌てなくていいからな?」

「うん、ありがとう。龍之介」


 今回の件におけるまひるちゃんのまひろ役の完成度は、ほぼ完璧と言えるレベルに達している。それはまひろの親友である俺でさえ、時折本物のまひろと錯覚してしまうほどだから間違いない。

 こう言えばまさに太鼓判を押せる状態だと言えるだろうが、俺には一つだけ不安なことがあった。

 それはふとした拍子にまひるちゃんが素に戻ってしまう瞬間があることだ。

 どうもまひるちゃんは楽しさやテンションが一定量まで上がると、一瞬であっても素の自分が出てしまうようで、それが今回の入れ替わりにおける最大の不安要素だと俺は思っている。

 俺と2人だけの時なら全然良いのだけど、周りに人が居る状態でそんなことになると、この計画が破綻する切っ掛けになりかねない。

 凄まじいまでの緊張感を抱えつつ、俺は今日の計画を頭の中で再度確認していく。


「お待たせ」


 まひるちゃんが教室へと入ってから約15分。俺が思っていたよりも早くまひるちゃんは教室から出て来た。


「あれっ? 渡が用意してた和服ってそれだったの?」

「うん、おかげでそんなに時間がかからなくて済んだよ」


 にこやかな笑顔で涼やかにそう言うまひるちゃん。

 本当にまひろと入れ替わっているのだろうかという疑問すら浮かんでくるほどに、まひるちゃんの言動はどこまでもまひろのそれと一緒だ。


「俺はてっきり昨日着てたような和服が入ってると思ってたんだけどな」


 まひるちゃんが着ている和服は、おそらく一般的にみんなが想像するような和服とは違うと思う。

 俺は和服について詳しいわけではないが、まひるちゃんが着ている和服はどう見てもはかまにしか見えない。よくテレビで明治時代とか大正時代の女学生が着ているあれだ。

 まあ袴だって立派な和服なんだからなんの問題もないけど、渡はなにを思ってまひるちゃんに袴をチョイスしたのだろうか。


「僕もちょっと意外だったけど、結構可愛いよね」


 まひるちゃんはそう言いながら、その場でくるりと回転して見せた。

 紫と黒のグラデーションをした袴のスカート、上は紫と白を基調としていて、ピンクと白のグラデーションで描かれたつつじの花をモチーフとした絵がえがかれている。

 確か袴って、ズボンタイプが一般的だったと昔テレビ番組で聞いたような気がするが、こうしてスカートタイプを選んでいるのは渡の個人的趣味か、今の時代を反映してのことだろう。

 それにしても、まひるちゃんの袴姿は素晴らしく似合っている。個人的にはとても萌えるので、このチョイスにはなんの文句も問題もない。

 まあそれよりも今問題なのは、俺の机の上に置かれている袋の中にはいったいどんな衣装が入っているのか――ということだ。もしもまひるちゃんと同じような和服が入っていたとすれば、ちょっと困ったことになる。

 なぜなら俺は、和服の着つけの仕方などまったく知らないからだ。

 ともあれ用意されている袋の中身は確認しないといけないし、用意されている衣装に着替えもしないといけない。


「じゃあ今度は俺が着替えて来るから」

「うん、待ってるね」


 まひるちゃんと入れ替わりで教室へと入り、校庭側にある自分の席へと歩いて行く。


「さてと、なにが入っているのやら」


 俺は机の上に置いてある白色の巾着袋に手を伸ばし、その口を開けてから中身を取り出して机の上へと置く。


「…………」


 予想どおりと言うかなんと言うか、巾着袋から取り出した中身はものの見事に男用の袴だった。

 そしてその中にはご丁寧に男用の袴の着つけ方を記した説明書まで入っていて、ついでにその説明書の下の空欄には、『涼風さんとのペア着だぜ、俺に感謝しろよなっ!』と、渡からのいらない一言がえられていた。

 なんでペア着にされたことを感謝をしなければいけないのか理解に苦しむところだが、とりあえず着替えを始めるとしよう。


「えっと、まずはどうすんだ……」


 入っていた説明書に目をとおしながらとりあえず袴の着つけを始めてはみたものの、着つけの経験がない俺にとって今の状況は、説明書をなくしたプラモデルを無謀にも組んでいくのと同じようなもの。まさにちんぷんかんぷんと言った感じだ。


「――くそっ、上手くいかないな……」

「お兄ちゃん、やり方が違ってますよ」

「えっ?」


 いつの間にかすぐ近くへと来ていたまひるちゃんに声をかけられ、俺は驚いてビクッと身体が跳ねてしまう。

 着つけに集中していてまひるちゃんの接近にまったく気づかなかった。


「ほらお兄ちゃん、後ろを向いて下さい」

「う、うん」


 素に戻っているまひるちゃんに言われるまま背を向けると、まひるちゃんは俺が持っていた帯を丁寧かつ器用に巻き始めた。

 お母さんに着つけを習っていたと言うだけあって、その手際の良さは素人の俺から見ても流石だと思えるほど綺麗で早い。

 これなら最初っからまひるちゃんに着つけをお願いしておけば良かったなと、そんなことを思いながらまひるちゃんが一生懸命に着つけをしてくれる様を見つめる。


「――今度は正面を向いて下さい」

「うん」


 俺はまひるちゃんの言葉に素直に従い正面を向いた。

 少し腰を落とした状態で着つけをしてくれるまひるちゃんから、ほのかに爽やかで甘いフルーティーな匂いがしてくる。

 その香りは男の俺にとって激しく女の子を意識させる甘美な香りで、思わずそのまま夢見心地な気分でほうけてしまった。


「――ちゃん。お兄ちゃん?」

「えっ!?」


 惚けている俺が我に返ると、目の前に立って俺を見つめているまひるちゃんが小さく小首を傾げていた。


「着つけ、終わりましたよ?」

「えっ? あ、ああっ! ありがとう!」


 まひるちゃんにそう言われて自分の姿を見ると、綺麗に着つけられた袴が目に入った。


「どう? 似合ってるかな?」

「はいっ、とっても似合ってますよ」


 にこにこと笑顔で可愛らしくそう言ってくれるまひるちゃん。

 くそー、やっぱり可愛いなこの兄妹は。


「あの、私はどうですか? どこかおかしい所はありませんか?」


 少し不安げにそんなことを聞いてくるまひるちゃん。

 その不安げな表情はそれはそれで可愛さを感じさせ、思わず見惚れてしまいそうになる。


「大丈夫だよ、凄く似合ってて可愛いから」

「あ、ありがとうございます……。お兄ちゃんの袴姿も、凛としていてかっこいいですよ」

「そ、そうかな? ありがとう」

「い、いえ、どういたしまして……」


 俺の言葉に顔を真っ赤にして俯くまひるちゃん。

 なんだろう、このふわふわとした空気は……これじゃまるで、つき合いたての恋人の会話みたいじゃないか。


「「あっ――」」


 まひるちゃんと同じように顔を俯かせていた俺が顔を上げると、同じく顔を上げたまひるちゃんと視線が合い、そのまま見つめ合う形になって固まってしまった。


「あ、あの、私お兄ちゃんに――」

「おはよーっす! おっ、2人とも早いな」


 見つめ合って固まっていたまひるちゃんが小さく口を開いてなにかを言おうとした瞬間、教室の出入口のドアが勢いよくガラッと開き、そこから渡の呑気で陽気な声が聞こえてきた。

 それに驚いたまひるちゃんは、焦った様子で俺からササッと距離をとる。


「おー、早速衣装を着たんだな。それにしても、涼風さんは流石の着こなしだね! 滅茶苦茶良く似合ってるよ! 龍之介はまごにも衣装だな」

「お前さ、その言葉の意味判ってるのか?」

「そんなの知ってるのが常識だろ? どんな孫でも良い衣装を着ると映えるみたいな意味だろうが」

「…………」


 コイツは馬子にも衣装の“まご”の部分を普通に勘違いしているようだ。

 無知というのがここまで恥ずかしいものなんだということを、俺は改めて渡に教えてもらったような気がする。


「渡、とりあえずこれを隅から隅までじっくりと読め」


 俺は渡に哀れみの視線を向けつつ、机の中にある故事ことわざ辞典を取り出してからそれを渡に手渡した。


「へっ? なんで?」

「さあ、俺たちは喫茶店の準備に行こうぜ」

「う、うん」


 渡の言葉をスルーしつつ、俺はまひるちゃんと一緒に喫茶店へと移動を始める。

 そしてそんな俺たちの後ろから、渡の『これってどう言う意味だよー!』という声が廊下に反響していた。

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