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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・二学期文化祭
154/293

戸惑い×想い

 シーンと静まり返った暗闇の教室内。そんな暗闇の中で、本番の日のためにとあつらえられた切れかかりの裸電球が、チカチカと点いたり消えたりしながらこの空間の恐怖を演出している。

 俺とまひるちゃんはそんな中をゆっくりと歩いているのだけど、なんと言うか……この雰囲気とは裏腹に思ったほど怖くはない。

 耳に入って来るのは裸電球の点いたり消えたりするチカチカという音と、お化け屋敷の雰囲気作りのために用意されたおどろおどろしい音楽。

 見た目と耳から感じる雰囲気は、学生が作るお化け屋敷としては申し分ない出来だと思うけど、組んだ背景パネルの後ろ側からヒソヒソと聞こえるクラスメイトたちの声が、決定的にお化け屋敷の雰囲気を壊している。

 なぜかと言うと、パネルの後ろ側から聞こえてくるのは脅かし役のクラスメイトの声なんだが、脅かすタイミングを計る声がこちらに筒抜けになってしまっているからだ。いくら雰囲気が恐ろしくても、これでは脅かす時の効果は半減どころの話ではない。


「大丈夫?」

「ん? 全然平気だよ?」


 俺の後ろからついて来るまひるちゃんを心配してそう声をかけてみたけど、当のまひるちゃんはここへ入る前の宣言どおり、至って平気な様子だった。

 まあこんな脅かす場所が筒抜けのお化け屋敷じゃ、驚けって方が無理があるよな。あとでこの問題点はしっかりと報告して、明後日の本番までになんとか対処をしないと。

 そう思いながらまひるちゃんと一緒に進んで行くと、またもやパネルの後ろからクラスメイトの移動する足音が聞こえ、そこから俺たちの通過を教える声が聞こえてきた。


「ぐわあーっ!」


 そして間もなく、俺の思ったとおりのタイミングで狼男に扮したクラスメイトが脅かしを入れてきた。

 タイミングや場所が分かると、お化け屋敷ってこれほどまでに陳腐ちんぷに感じるものなのかと、別の意味での発見をして驚いている自分がいる。


「怖いよー」


 狼男に扮したクラスメイトが俺たちを驚かせに来てから裏へと引っ込んだあと、まひるちゃんがわざとらしくそう言いながら俺の背中に抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと!?」

「お化け屋敷に来たカップルって、みんなこんなことをするんですよね?」


 俺の背中にピッタリと密着しながら、まひるちゃんは耳元でそんなことを呟く。

 驚き方からしてわざとだというのは既に分かっているけど、こうして身体を密着されると、わざとだと分かっていても緊張してしまう。

 背中からはまひるちゃんの温かな体温が伝わり、同時に甘い花のような香りが鼻へと伝わって来る。ホント、女の子ってどうしてこう良い匂いがするんだろうか……。


「さあ、行こう龍之介」


 まひるちゃんは俺の背中に密着したまま、まひろのような声音でそう言ってくる。


「お、おう」


 見せる様相が度々切り替わるまひるちゃんに戸惑いを感じながらも、俺は再び薄暗いお化け屋敷の中を進んで行く。


「――うおっ!?」

「きゃっ!」


 約15分ほどでゴールの喫茶店へと辿り着くように作られた通路を歩き、そろそろ目的のゴールへと辿り着こうとした時、俺は自分の顔に得体の知れない物がピタッとついたことに驚いて思わずけ反ってしまい、そのまま体勢を崩してまひるちゃんに覆い被さるような感じで床に倒れてしまった。


「いたた……」

「だ、大丈夫!? あっ――」


 室内の薄明かりの中で目を開くと、吐息を感じるほど近い位置にまひるちゃんの顔があり、俺は思わず固まってしまった。


「あっ……」


 それは俺のあとで目を開いたまひるちゃんも同じだったようで、こちらと同じように目を見開いたままの状態で見事に固まってる。

 この状態をもし客観的に見たとすれば、俺がまひるちゃんを床に押し倒しているようにしか見えないだろう。

 だから早いところ覆い被さるようにしているこの状態から立ち上がらないといけないのだけど、なぜかまひるちゃんを見つめたまま視線を外せなくなっていた。


「おにい……ちゃん……」


 お互いに見詰め合っている時間はほんの十数秒程度だったとは思うけど、黙って見詰め合っていた俺たちの沈黙を破ったのはまひるちゃんだった。

 まひるちゃんは静かにそう呟くと、開けた目を再び静かに瞑ってからゆっくりとその顔を近づけて来た。

 俺はその行動を見て更に身体が硬直するのが分かった。だってまひるちゃんが今しようとしている行動は、どう見たってキスをしようとしているようにしか見えないからだ。

 そしてそれを頭の中で考えてしまったせいで、俺の心臓はバクバクと激しく鼓動し、余計にその状況から身体を動かすことができなくなってしまっていた。

 しかし自身の身体が動かなくなってもなお、まひるちゃんの顔は徐々にこちらへと近づいて来る。

 そして俺がその雰囲気に流されるようにして目を瞑った瞬間。


「おいっ! 凄い音がしたけど大丈夫か!?」

「うおっ!?」

「きゃっ!」


 背後から渡の大きな声が聞こえ、俺は一瞬にしてその場で立ち上がってしまう。


「あ、ああ、大丈夫だよ。ちょっと驚いて転んじゃっただけだからさ」

「いや、俺が心配してるのは涼風さんの方だよ。最初っから龍之介の心配はしてねえ」


 コイツ……気持ちは分からんでもないけど、そこは嘘でもいいから俺の心配もしとけ。


「ごめんなまひろ、大丈夫だったか?」

「う、うん……大丈夫」


 俺が手を差し出すと、まひるちゃんはその手をそっと握ってからゆっくりと起き上がった。


「本当に大丈夫だった? 涼風さん」

「うん、本当に大丈夫だよ。ありがとね、渡くん」


 薄暗い部屋でも映える、まひるちゃんのエンジェルスマイル。


「いやいや~、それにしても龍之介、お前も情けねえな」

「悪かったな。妙なもんが顔面に直撃したからちょっと驚いちまったんだよ」


 渡の言葉に対してぶっきら棒にそう言うと、渡はしてやったりと言わんばかりのニヤッとした笑みを浮かべた。


「そっかそっか! 俺の作ったすらいむちゃん1号はそんなにビックリしたか!」

「はあっ!? すらいむちゃん1号だあ!?」

「そうそう! 3日かけて作った至高の一品なんだぜ! 結構苦労したんだよ。なんて言っても――」


 こちらは別に聞きたくもないんだが、渡はそこからすらいむちゃん1号の製作過程をペラペラと話し始めた。

 最初の1分くらいは我慢して話を聞いてやっていたが、そこから先を聞くのはもう面倒だったので、まひるちゃんと一緒に渡の横を通り抜けて無事にゴールを果たした。

 そしてこのあとに行われた反省会で現状のお化け屋敷の問題点を指摘し、その解決を図る方法を話し合った。

 ちなみに渡が苦心して作ったと言うすらいむちゃん1号だが、色々な意味で危ないと提言した俺の言葉により、その使用が禁止されることとなったのは言うまでもないだろう。


× × × ×


 陽も沈んだ19時頃。俺はまひるちゃんと一緒に学園を出て帰路を歩いていた。

 どうやら学園に残っていたのは俺とまひるちゃんの2人だけだったらしく、帰路には同じ花嵐恋からんこえ学園の生徒の姿は1人として見えない。


「今日は楽しかった? まひるちゃん」

「はい。こうして私がお祭りの準備に携わるのは初めてですけど、とっても楽しかったです」


 俺の質問に対し、にこやかな笑顔を浮かべながらそう答えるまひるちゃん。既に周りには学園の生徒が居ないということもあり、俺はいつもまひるちゃんと接している時のように話をしていた。

 まひるちゃんとの会話は思いのほか弾み、帰路を歩きながら今日の出来事や本番の文化祭での話で大いに盛り上がった。


「――あ、あの……お兄ちゃん。今日はごめんなさいでした」


 もうそろそろ最寄り駅が見えてこようかという頃、まひるちゃんが唐突に足を止めて深々と頭を下げながら謝ってきた。

 それを見た俺は、いったいなんのことについてまひるちゃんが謝っているのかが分からなかった。

 まひろとの入れ替わりについては既に合意の上でやっていることだし、今更謝られるようなことじゃない。今日のお試し入れ替わりについてもそうだ。

 なんと言っても今日のお試し入れ替わりは俺が提案したことなんだから、なおのことまひるちゃんが謝る必要などない。

 やはりどう考えても、まひるちゃんが俺に謝ってくる意味が分からなかった。


「どうしたの急に?」


 俺が首を傾げながらそう聞くと、まひるちゃんは困ったような表情を浮かべながら小さく可愛らしい唇を開いた。


「その……お化け屋敷の中でのことです――」

「あっ……」


 その言葉を聞いた俺は、あの時のことを思い出して一瞬で顔が熱くなってしまった。

 吐息を感じるほどの近い距離、ドキドキと激しく鼓動する心臓、まひるちゃんの可愛らしい顔が徐々に自分へと近づいて来ていた時の緊張感。

 そのすべてが瞬時に思い起こされ、俺は再びあの時のように身体が固まりかけていた。


「いやあの……俺の方こそごめんね。渡のくだらない玩具おもちゃに驚いてまひるちゃんを巻き込んじゃってさ。本当に渡には困ったもんだよ。この間も――」

「あのっ! 嫌じゃなかったですか!?」


 自分の中の緊張感を誤魔化すようにしておちゃらけた態度をとり、渡の馬鹿話でもしようかと思ったその時、真っ赤な顔をしたまひるちゃんが話を遮るようにしてそう聞いてきた。


「い、嫌じゃなかったって……なにが?」


 我ながら意地の悪い返し方だと思った。なぜなら俺は、まひるちゃんがなにについてそんなことを聞いているのかが分かっていたからだ。

 でも俺は、まひるちゃんから直接その内容を聞きたいと思ってしまった。それは多分、あれが俺の単なる思い込みで、勘違いだったと思いたかったから。


「だからその……私にあんなことをされて嫌だったんじゃないかなって思って。もしもそれで嫌われたりしたら嫌なので…………」


 少し涙目になりながら、そんなことを言ってくるまひるちゃん。

 はっきりとその内容を口にはしないものの、やはりキスをしようとしたことを言っているんだろうなとは思った。


「俺は――」


 そこまで口にして、俺は言葉が出なくなった。なんて答えるのが正しいのだろうかと思ってしまったからだ。

 こう言うとまひるちゃんには申し訳ないが、正直言ってあの時に渡が現れなければ、俺は雰囲気に飲まれてそのままキスをしていたかもしれない。

 だからこそ分からなかった。まったく考えたことがないと言えば嘘になるけど、まひるちゃんをそういった対象として見たことはほぼなかったから。

 まひるちゃんのことはもちろん好きだ。可愛らしくて前向きで、いつも笑顔を絶やさなくて、一緒に居ると元気をもらえる。

 でも俺は杏子と同じような妹的存在として見ていたわけで、1人の女性として見ていたわけではないはず。だからこそ、まひるちゃんの質問に戸惑ってしまった。


「あ、あの――」

「ご、ごめんなさい! 変なことを聞いて! 私、帰りますね」

「あっ!」


 俺が戸惑いながらも言葉を紡ごうとしたその瞬間、まひるちゃんはそれを遮ってから逃げるように駅の方へと走り去ってしまう。

 遠ざかって行くまひるちゃんの背中を見ながら、俺はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

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