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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
番外エピソード・朝陽瑠奈編
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真実×和解

 花嵐恋からんこえ学園へと転入してから約1ヶ月が経った今日、私たち二年生は飛行機に乗って沖縄へと向かっている。

 こうして飛行機に乗るのは初めてだけど、はっきり言って私は飛行機に乗るのが嫌だった。未だにこんな鉄の塊が空を飛ぶのは不思議に思うし、離陸する時に身体にかかる重力は、ジェットコースターなんかとは比べ物にならないくらいの恐怖を感じたから。

 それに落ちたりしないかとずっと不安で仕方なかったけど、それでも小さな窓の外に見えるエメラルドグリーンの海を見た瞬間、私のそんな不安はどこかへと吹き飛んでいった。

 それから間もなくして那覇空港へと到着した私たちは、空港ロビーで先生からの諸注意を受けたあとでバスに乗り込み、沖縄の滞在中にお世話になるホテルへと向かう。

 バスの車内では同じ班になったクラスメイトのたっくんに、日比野渡くん、涼風まひろくん、如月美月さん、そして水沢茜さんとババ抜きなどのトランプ遊びをした。

 雰囲気だけで言うなら、私は平和な学園生活を送っていると言えるのかもしれない。実際にクラスメイトのみんなとは良好な関係を築けつつあると思うし、みんなも私と仲良くしてくれていると思う。

 しかしどうしても上手く話せない人が居た。それはたっくんの幼馴染である、水沢茜さん。

 学園に転入してからずっと、水沢さんとお話をする機会をうかがっていたけれど、約1ヶ月の間で水沢さんと2人っきりになる機会はとうとうなかった。彼女は友達が多いようで、だいたいどんな時も誰かが側に居たからだ。

 それなら水沢さんに声をかけて2人っきりになればいいだけだろうけど、残念ながらそこまでの勇気は私にはない。

 でも今回の修学旅行は、ある意味でチャンスだと私は考えていた。基本的に各班での行動が主になるこの修学旅行では、他の班が別の班に混ざって行動するといったことはほぼないと聞いたからだ。

 だからこの修学旅行の間は、水沢さんと2人で話す機会は十分にあると考えていた。

 それからお昼頃にホテルへと着いた私たちは、昼食を終えてから今日の見学場所である首里城へと向かった。


「――暑いなあ」


 もう10月だと言うのに、沖縄の気温はまだ真夏のように高く暑かった。

 そんな暑い陽射しを避けるように日傘を差しながら、首里城の中をたっくんたちと歩いて見学して行く。

 沖縄といえばここ――って言うくらいに定番の観光スポットである首里城。やはりその定番らしく、あちらこちらに同じ学園の生徒の姿があった。

 そして今、私の目の前ではたっくんと日比野くんが涼風さんの日傘を巡ってコントのような争いをしている。


「この馬鹿者がっ! この俺の目が黒い内は、まひろと相合傘なんて絶対に認めん!」


 涼風くんの日傘に入ろうとした日比野くんを止めたたっくんが、まるで溺愛する娘を守るかのようにそう叫ぶ。

 そんなお笑い芸人のようなやり取りを見ていると、思わずくすくすと笑いが込み上げてくる。

 それにしても、転入して来てからずっと思っていたけど、涼風さんて本当に男の子なのかな?

 あの柔らかな物腰、保護欲を駆り立てる可愛らしい雰囲気。どこをどう見ても男の子とは思えない。

 こう言ったら悪いとは思うけど、どんな女の子よりも遥かに可愛らしく思えるし、あれで男の子だなんて勿体ないと思ってしまう。

 たっくんたちのコントを見たり、涼風くんのことでそんなことを考えたりしながら、私は約1時間40分の首里城見学を楽しんだ。


× × × ×


 沖縄へと来てから3日目の朝。

 私は目覚めて布団から出たあと、窓の外に見える海を眺めていた。

 昨日はみんなで私が提案したちゅら海水族館へと行った。

 水族館は私の予想を遥かに超えて楽しむことができ、大満足だった。みんなも楽しんでいたように見えたし、提案して良かったと思う。

 でも、そんな楽しい思い出ができたのと同時に、私は昨日行った水族館の途中から少し気になることがあった。それは、水沢さんがちょくちょく私の方を見ていたこと。

 こう言うと聞こえが悪いかもしれないけど、実は私が転入してから、水沢さんが私に対して視線を向けていることは多々あった。

 小学生の時の辛い経験もあってか、私は他人の視線に対して多少敏感になってしまっているようで、その視線からなんとなく相手の感情のようなものが読み取れるようになっていた。

 この学園に転入して来た頃の水沢さんは、私に対して怒りや嫌悪にも似た視線を見せていた。でも、それは仕方ないと思う。私は水沢さんにとって、大事な幼馴染であるたっくんを傷つけてしまったのだから。

 けれどその視線から感じる感情は、転入してから2週間ほどを境にして徐々に変化の様相を見せていた。

 最初の頃は敵愾心てきがいしんを感じていた視線が、段々と戸惑いや不安と言った感じへと変化しているように私は思った。

 そして昨日の水族館見学の中盤以降、水沢さんから感じる雰囲気は明らかに変化した。それは簡単に言うなら、後悔とか申し訳なさとか、そんなことを感じさせる表情と視線。

 でもはっきり言って、私が水沢さんからそんな視線を向けられる理由はなにも思いつかないので、今回ばかりは私の勘違いだろうなと思っていた――。




「朝陽さん、ちょっと時間いいかな?」


 今日はホテルの近くにあるビーチに行き、みんなで思い思いに楽しんでいたのだけど、私が浜辺で遥か彼方に見える水平線を眺めていた時、不意に後ろから水沢さんがそう声をかけてきた。


「う、うん。大丈夫」


 私は突然のことにビックリしながらも、水沢さんの言葉に頷いた。


「ありがとう。少し散歩でもしながら話したいんだけど、いいかな?」

「うん、分かった」


 水沢さんは小さく『ありがとう』と言うと、ゆっくりと波打ち際を歩きだした。

 私はそれに続くようにして、水沢さんの後ろをついて行く。


「あ、あの……学園生活にはもう慣れたかな?」

「えっ? あ、うん。やっと慣れてきた感じがするかな」

「そっか」


 どうしたんだろう。わりとはっきりした物言いをする感じの水沢さんが、なんだか妙に歯切れの悪い。


「――朝陽さん、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 少しだけ静かに2人で浜辺を歩いていた時、水沢さんは突然ピタリと足を止めてこちらを振り向き、意を決したかのような表情でそう言ってきた。


「う、うん。なにかな?」


 私はその決意に満ちた表情に気圧されるようにして頷いた。


「あの時の出来事だけど、本当のことを話してほしいの」


 小さくふうっと息を吐き出したあと、水沢さんは私に向かってそう聞いてきた。

 水沢さんが言う“あの時の出来事”と言えば、どう考えても小学生の時のこと以外にない。


「……どうしてそのことを?」


 でも、今更そんなことを水沢さんが聞いてくるのは少し変な感じに思えた私は、率直にそう尋ね返した。


「あのね、ちょっと噂で聞いたの。実はあの時の出来事は、朝陽さんの意図したことじゃないって」

「…………」


 私はその言葉を聞いて沈黙する。

 この学園に転入してからの目的の一つに、水沢さんにあの時のことをちゃんと話して謝るというのがあった。けれど今更になって私は真実を話すことに躊躇ちゅうちょしていた。

 なぜなら本当のことを話すということは、あの頃たっくんに抱いていた私の気持ちも話すということ。

 それはつまり、たっくんのことを好きであろう水沢さんに、新たないきどおりの種を植えつけてしまいかねないということだから。


「お願い、本当のことを話して。じゃないと私、朝陽さんのことも自分のことも許せなくなる……」


 それを聞いた私は、その言葉にちょっとした疑問を感じた。

 私のことを許せないのは理屈として分かるけど、自分すらも許せなくなるというのはどういうことだろう。

 いくら考えを巡らせても、私の中にその答えは出てこない。そしてそんなことを考えている間も、水沢さんは真剣な表情で私を見つめていた。


「――分かった。全部話すね」


 水沢さんの真剣さが伝わった私は、包み隠さずにすべてを語った。

 あの当時の家庭環境から、男性に対して嫌悪感を抱いていたこと、それが原因で男子からの告白を無下に断っていたことや、告白を無下に断っていたことが元で同じ学年の女子からイジメを受けていたこと。

 そんな中で知り合ったたっくんに心惹かれたこと、本当はたっくんのことが好きだったのに、自分のせいで酷い目に遭わせたくないと告白を断ったこと、その告白をクラスメイトの1人に目撃され、それを言いふらされたこと。

 そしてあの時、水沢さんから引っ叩かれた時に言った言葉は、その女子から言うように強要されたこと、私はあの時のことをすべてを吐露とろするように話した。


「――そっか、そういうことだったんだね……」


 私の話を聞いた水沢さんは、瞳を閉じてから静かにそう言った。


「うん。本当はあの時にたっくんにも水沢さんにもちゃんと話しておくべきだったのに、ごめんなさい。――あっ」


 そう謝った瞬間、心地良い温かみが私の身体を包んだ。


「ううん、私こそごめんなさい。噂だけを鵜呑うのみにして、朝陽さんのことを誤解してた。龍ちゃんに酷いことをした悪い子だって思ってた。辛かったよね、ずっと独りで真実を抱え込んで、ずっと独りで思い悩んで……ごめんなさい」


 涙声でそう言う水沢さんは、私を更に強く優しく抱き包んだ。


「私の話……信じてくれるの?」

「信じるよ。だって龍ちゃんを見ている時の朝陽さんの目、とっても優しいもん」


 優しく私を抱き包んでいる水沢さんの背中に両手を回し、その両手で水沢さんを同じように抱き包んだ。


「――ありがとう、信じてくれて……」


 そして私は自分の心を分かってくれた水沢さんを抱き締めながら、小さくお礼を言った――。




「水沢さん、一つ聞いていいかな?」

「なに?」


 あれから少し経って、私は水沢さんと波打ち際を歩きながらみんなが居る場所へと戻っていた。


「水沢さん、たっくんのことが好きなんだよね?」

「なななな、なにを言ってるの朝陽さん!? そそそ、そんなわけないじゃない!?」


 私がした質問に対し、水沢さんはこれでもかと言うくらいに分かりやすいリアクションをとった。


「やっぱりそっか」

「ち、違うって言ってるでしょ!?」

「誤魔化さなくてもいいよ。私には分かるから」

「ううっ……そうよ、私は龍ちゃんのことが好き」


 私がにこやかにそう言うと、水沢さんは諦めたような表情を浮かべてそう言った。なんだかそんな水沢さんを見ていると、物凄く微笑ましく思えてくる。


「そう言う朝陽さんだって、まだ龍ちゃんのことが好きなんでしょ?」

「えっ!?」


 水沢さんからそう言われ、私もちょっと動揺してしまった。


「ほーら、私も正直に答えたんだから、朝陽さんもちゃんと白状しなきゃ」


 ニヤリと笑みを浮かべて私に迫ってくる水沢さん。このまま答えずに逃げるのは無理そうだった。


「うん、私もたっくんのことが好き。あの時からずっと」


 私は顔が熱くなるのを感じながらも、素直にそう答えた。


「あー、新たな恋のライバル出現か」


 水沢さんは大きく伸びをしながら、水平線の方を向いてそう言った。


「たっくんってそんなにモテてるの?」

「うん。本人はまるで気づいてないみたいだけど、それはもう酷いものだよ。あまりの察しの悪さに、時々本気で殴り飛ばしたくなるくらいだもん」


 大きく背伸びをした水沢さんは、その腕を下ろしてからこちらを向いて呆れ顔でそんなことを言ってきた。

 確かに小学校の時もちょっと鈍感なのかな――と思ったことはあったけど、まさか幼馴染にここまで言われるほど酷いとは思っていなかった。


「そ、そうなんだ」

「お互いに面倒な人を好きになっちゃったね」

「そうかもしれないね」


 そう言ってお互いに小さく笑い合う。

 まさか水沢さんとたっくんのことでこんなお話をできる日が来るなんて、想像すらしていなかった。


「あっ! 龍ちゃんたらパラソルの下で寝てるみたい。ねえ朝陽さん、みんなで一緒に龍ちゃんを砂に埋めちゃおうよ!」


 たっくんと日比野くんが設置してくれたパラソルの方を見た水沢さんが、目を輝かせながらそんなことを言ってきた。


「ええっ!? そんなことして大丈夫なの?」

「いいのいいの。みんなで遊びに来てるのに、1人で寝ちゃう龍ちゃんが悪いんだから。さあ、行こう!」

「う、うん!」


 私がそう言うと、水沢さんは私の右手を握ってから走りだす。

 そして楽しそうに走る水沢さんの明るい声を聞きながら、私は心の中の重いかせが一つ外れたことに大きな喜びを感じていた。

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