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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
番外エピソード・朝陽瑠奈編
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不安×葛藤

 目まぐるしく動き回っていた夏休みも終わり、私はいよいよ今日から花嵐恋からんこえ学園の生徒としての一歩を踏み出そうとしていた。

 何事も最初が肝心ということで、私は玄関に備えつけた全身鏡に自分の姿を写し、服装や髪型に乱れがないかを細かくチェックしていく。


「よしっ、チェック完了」


 身だしなみの最終確認を済ませた私は、玄関を出てから鍵をかけて登校初日の通学路を歩き始める。

 今日は7時半には学園に来て居てほしいと言われていたので、私は早めに家を出た。

 我が家から学園までの通学時間は、ゆっくり歩いても約20分と言ったところ。7時には家を出たから、言われていた時間には余裕で間に合う。


「はあっ……やっぱり緊張するなあ」


 通学路を歩いて学園へと向かいながら、私はどんどん緊張してきていた。

 それは初登校だからとか、クラスメイトと上手くやっていけるだろうかとか、そんな不安があったからなのは間違いないけど、やっぱり一番の不安要素はたっくんのことだった。

 夏休みに偶然たっくんと再会し、少しの間とは言え色々なお話をすることもできた。

 やり取りはぎこちないところも多々あったし、気まずいと思ったりもした場面もあったけど、それでも私はたっくんとお話できて嬉しかった。

 でもそれはあくまでも私の思いであって、たっくんが本当はどう思っていたかなんて分からない。

 もしかしたらあの時は、一時のことだと私に合わせてくれていただけなのかもしれない。そんな風に思ってしまうと怖くて仕方なかった。


「ううん……しっかりしないとダメだぞ、朝陽瑠奈」


 小さくそう口にしながら、私は暗い考えを頭の中から振り落としていく。

 そして約束の時間の10分前に学園へと着いた私は、そのまま職員室へと向かった――。




「では朝陽さん、行きましょうか」

「はい」


 学園に着いて職員室に向かったあと、私は宮下先生に所属するクラスを聞いてから、相談室で担任の鷲崎わしざき先生に学園生活についての簡単な説明を受けた。

 そして鷲崎先生から一通りの説明を聞いて質疑を終えた私は、いよいよクラスメイトが待ち受ける教室へと向かうことになった。来た時とは違って、誰も居ない静かな廊下を先生と一緒に歩いて行く。


「緊張する?」

「は、はい」

「そうよね。私も親が転勤族だったから、朝陽さんが緊張するのもよく分かるわ。でも、みんな良い子たちだから安心していいわよ」

「ありがとうございます」


 緊張で顔を強張らせていたであろう私に対し、鷲崎先生は柔和にゅうわな笑みを浮かべながらそんなことを言ってくれた。その言葉に緊張が少しだけ和らいだのを感じる。

 そしてこれから所属する二年C組が見えてきた時、私はあることに気づいて驚いた。

 し、C組って、たっくんが居るクラスだったんだ……。

 たっくんに学園へと連れて来てもらった時、私はクラスまで確認はしていなかった。ここに来てそのことに気づき、私は再び大きな不安に包まれてしまう。


「じゃあ、ここで少し待っててね」

「はい」


 鷲崎先生はそう言うと、先に教室に入ってから軽く転校生が来たという話を始めた。


「――では、転校生を紹介します」


 先生のそう言う声が聞こえたあとで目の前の引き戸が開き、私は教室の中へと入るように促される。

 そして私が教室内へと入ると、にわかに教室内がざわつくのを感じた。


「じゃあ、自己紹介をお願いね」

「はい。みなさん初めまして、私は朝陽瑠奈といいます。親の転勤でこちらに引っ越してきましたが、小学校四年生の最初まではこちらに住んでいました。久しぶりにこちらに帰ってこれて嬉しいのですが、色々と様変わりしていて戸惑うこともあると思いますので、色々と教えて下さい。よろしくお願いします」


 私が簡単な自己紹介をして頭を下げると、教室内からパチパチと拍手をしてくれる音が聞こえてくる。その音に頭を上げると歓迎ムードでにこやかにしてくれているクラスメイトの姿が目に入り、私は少しほっとしていた。

 そしてチラリと窓際の後ろの席を見ると、そこには非常に驚いた表情をしているたっくんの姿があった。

 その驚きの表情がどういった意味合いでの驚きなのかは分からないけど、私はようやくここまで来たんだという思いを感じていた。

 でもすぐにまだスタート地点に立ったに過ぎないんだと自分に言い聞かせ、私は再び気を引き締める。


「では朝陽さん、窓際の一番後ろの席に座って」

「はい」


 たっくんの後ろにある空席を見て自分の席を確認すると、こちらを見ていたたっくんと視線が合った。

 私は一瞬だけたっくんに向かって微笑んでから、スタスタと自分の席へと向かって歩きだす。

 そして言われた席へと座った私は、持って来ていた荷物を鞄から取り出して机の中へと入れた。


「よろしくね、たっくん」


 そして先生がホームルームの続きを進めだしたのを見てから、私はたっくんにしか聞こえないような本当に小さな声でそう言った。

 するとたっくんはこちらを振り向くことなく、小さく何度も頭を縦に振って応えてくれた。


「――朝陽さん、前の学校ってどこだったの?」

「朝陽さん凄く綺麗だけど、モデルでもしてるの?」


 ホームルーム終了後、私はクラスメイトに軽く囲まれて色々な質問を受けていた。転校生というのは物珍しいようで、どこでも最初はこんな感じになる。

 なんとなく予想できていたことではあるけど、毎回大変なのは確かだった。

 でもクラスメイトと上手くやっていくなら、こういうコミュニケーションは必要不可欠。それは小学校の時に嫌というほど経験をしたから、十分骨身に染みている。

 そして私がクラスメイトの質問に一つずつ丁寧に答えながら話をしている時、たっくんの右斜め前の席に座っていた女の子が、たっくんの腕を掴んで廊下へと引っ張っていく姿が見えた。

 それからホームルーム後の小休憩を挟んだあと、私がこの花嵐恋学園へと転入してから初めての授業が始まった。


「――ごめんね、邪魔にならないかな?」


 まだ教科書のすべてが揃っていなかった私は、前の席に居るたっくんの隣へと机を動かして生物の教科書を見せてもらっていた。


「い、いや、大丈夫だよ」


 勉強の邪魔になってはいけないと思って耳元で小さくそう問いかけると、たっくんは少しだけ慌てたようにしてそう答えた。

 そんなたっくんの様子を見ていると、やっぱり私がこの学園に来たことに戸惑っているのかなと思ってしまう。

 いけない、いけない。たっくんの様子は気になるけど、今は授業に集中しないと。

 私は雑念を振り払うようにして先生が黒板に書いていく文字をノートに書き写していく。

 そして授業に集中しながら先生の説明している内容と教科書の内容を見比べていた時、ふと横から視線を感じてその方を向くと、たっくんと思いっきり視線がぶつかった。


「ん? どうかした? たっくん」

「えっ? あ、いや、なんでもないよ……」


 私が小声でそう尋ねると、たっくんは少しだけ顔を紅くしてから黒板の方へと視線を向けた。


「そう? 授業はちゃんと聞かないと駄目だよ?」

「う、うん……」


 そんなたっくんを見た時、私は思わずくすくすと小さく笑いが出てしまった。

 そういえばたっくん、小学生の時は結構忘れ物をしてたなあ。あの時は今と違って、私が教科書を見せてあげてたほうだったけど。

 懐かしい昔の出来事を思い出しながら、私はノートにペンを走らせた。


× × × ×


 目まぐるしく時間が過ぎて行った転校初日の放課後。私は先に教室を出て行ったたっくんを急いで追いかけて学園を出た。

 放課後もクラスメイトに囲まれて少しお話をしていたけど、たっくんに聞きたいことがあったので、申し訳なく思いながらも、明日またお話をするということで帰らせてもらった。


「たっくーん!」


 学園を出てしばらくした所でのんびりと歩いているたっくんを発見し、私は大きな声でその後姿に向かって声をかけた。

 するとその声に気づいたたっくんがこちらを振り返り、その場で立ち止まって私が来るのを待ってくれた。


「はあ~、やっと追いついた。ねえ、一緒に帰らない?」

「うん、いいよ」


 私が息を整えながらそう尋ねると、たっくんは少しの躊躇ちゅうちょや戸惑いも見せることなく、私の誘いを了承してくれた。

 少しは戸惑われたりするかなと思っていた私は、そのあっさりとした返答に少しだけ拍子抜けしてしまった。

 結果としてはとても良いことなんだけど、かなりの覚悟をしていただけに、あっさりと物事が運んだことが怖くなってくる。

 それとたっくんが私の誘いを受けたあとで、妙にあちこちを気にするように視線を泳がせていたのが気になったけど、私は本来の目的を果たすのを優先し、そのことはあまり気にしないようにした。

 少し荒れていた息を整えたあと、私はたっくんの横に並んで帰路を歩き始める。

 またこうして並んで帰れる日が来るなんて想像もできなかった。お母さんには申し訳ないけど、転勤になってくれて良かったと思う。


「ねえ、たっくん。私が転校して来て驚いた?」

「そりゃあ驚いたよ。まさかるーちゃんが転校して来るなんて、夢にも思ってなかったから」

「そっか。ごめんね、驚かせちゃって。本当は前に会った時に言っておくべきだったと思うけど、ちょっとたっくんを驚かせてみたくなっちゃったから」


 おどけた感じでそう言うたっくん。

 そんなたっくんを見た私は、ちょっと悪いことをしちゃったかなと思いながら苦笑いを浮かべたあと、たっくんと同じように冗談めかした感じでそう言った。


「もう驚き過ぎて心臓が止まるかと思ったよ」

「ええっ? そんなに!?」

「いや、さすがにそれは嘘だけどね」

「もうっ、たっくんの意地悪」

「あはは、ごめんごめん」


 そんな冗談を半ば本気にしてしまった私を、たっくんは楽しそうに笑いながら見ている。

 私は簡単に騙されたことが恥ずかしくなり、その恥ずかしさを誤魔化すようにしてたっくんの背中を何度もポンポンと叩いた。この感覚、なんだか仲良くしていたあの頃のようで嬉しくなってしまう。

 懐かしい感覚に胸を高鳴らせながら、私はたっくんと学園の話や世間話をしながら歩いた。


「――そういえば、親の転勤でこっちに戻って来たって言ってたけど、こっちにはどれくらい居られるの?」

「うーん……正直どれくらい居られるかは分からないけど、少なくとも花嵐恋学園を卒業するまでは居られると思うよ」

「そっか。じゃあ、改めてよろしくね」

「うん。こちらこそ、よろしくお願いします」


 そう言って私とたっくんはお互いにペコリと頭を下げる。

 こんな調子で楽しく喋りながら、もう少しで自宅への分岐路へさしかかろうとしていた時、私は大切なことを聞くために心を落ち着かせようとしていた。


「――あの、たっくん。ちょっと聞いてもいいかな?」


 ゆっくりと歩きながら覚悟を決め、私は静かにそう話しかけた。


「ん? なに?」


 私の呼びかけにピタッと足を止めたたっくんがこちらを振り返った。

 それを見た私は、小さく息を吐き出してから再び口を開く。


「朝のホームルームのあと、一緒に教室の外へ出て行った女の子が居たでしょ? もしかして、あの時の子?」


 実は今日、担任の鷲崎先生からクラスメイトと早く打ち解けられるようにと、クラスみんなの名前が書かれた紙を受け取っていたのだけど、昼休みのちょっとした合間にそれを見ていた時、私はその名簿の中に覚えのある名前を見つけ、その人物が私の知っている人なのかがずっと気になっていた。

 もしもその名前の人物が私の知っている人なら、私はその人にも謝りたかったから。


「えっ!? それは――」


 私からの質問を聞いたたっくんは、なにやら悩むようにして沈黙する。

 そんなたっくんの様子を見た私は、やっぱり予想が当たっていたんだと確信することができた。

 実を言うと私には、あの女の子があの時の子だろうという、ある意味で確信めいた思いがあった。

 あの特徴的な長いポニーテールに、たっくんのことを“龍ちゃん”と呼んでいる人物と言えば、たっくんの幼馴染である水沢茜さんしか私は知らないからだ。

 それと水沢さんがたっくんを廊下へ連れて行こうとしていた時、彼女が一瞬こちらを見たのだけど、その時に見せていた怒りにも似た表情が、あの時の水沢さんを思い出させたからというのもあった。


「――あ、ごめんねたっくん、変なこと聞いて。今の話は忘れて」

「えっ、でも」

「いいの、ちょっと気になっただけだから。あっ、それからこれ」


 たっくんの態度から答えを悟った私は、その話を打ち切るようにして鞄から借りていたハンカチを取り出し、それをたっくんに手渡した。


「あの時はありがとう。たっくん」

「こちらこそ、わざわざありがとう。るーちゃん」

「ううん、ちゃんと約束を守れて良かったよ」


 借りていたハンカチをちゃんと返せたことで、私の約束はちゃんと守られた。これで私の転入してからの目的が一つ果たされたことになる。


「じゃあ、私はこっちだから」

「あっ、うん。気をつけて帰ってね」

「ありがとね、たっくん。バイバイ」

「バイバイ、るーちゃん」


 十字路を右方向へと曲がり、私は自宅への帰路をとぼとぼと歩きだす。

 私はたっくんと再び同じ教室で学べるという嬉しさや高揚を感じるのと共に、あの時に傷つけてしまったもう1人の人物との再会で、心の中は複雑にかき乱れていた。

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