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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
番外エピソード・朝陽瑠奈編
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違和感×気持ち

 高校生になって最初の夏休みを目前に控えていた放課後、私は普段から人気のない校舎裏へと向かっていた。机の中に入っていた手紙で呼び出されたからだ。


「ここでいいのかな……」


 辿り着いた校舎裏の周辺を見回しながら、私は手紙を出した人物が居ないかを確認する。

 でもどこを見回しても、それらしき人物の人影すら見えない。どうやら手紙の差出人はまだ来ていないようだった。

 手紙には詳しい場所の指定はなく、“大切な話があります。校舎裏に来て下さい”――としか書いてなかったものだから、私はここでいいのかと少し不安になっていた。

 周りにちらほらと植えられている木からは、せみたちのけたたましいほどの鳴き声が聞こえてくる。そんな蝉たちの幾重にも重なる鳴き声を聞きながら、私は少し憂鬱な気分を取り払おうと大きく吸った息を吐き出す。

 私がこの呼び出しに対して憂鬱になっているのには、もちろん理由がある。それはほぼ間違いなく、これから告白をされるだろうから。こう言うと自惚うぬぼれだとか言われそうだけど、こういったことが初めてじゃない私にとっては、そう思うなと言われる方が酷な話。

 それに普段はそう見えないように頑張ってはいるけど、正直言って男子にはまだ苦手意識もあるし、怖いと思うことも多い。多分そんな風に男子を苦手に思うようになったのは、お母さんが今までつき合ってきた男性の影響だと思う。

 私には父が居ない。物心がついてしばらくした頃に病気で亡くなったから。父は私の少ない記憶の中ではとても優しい人だった。そしてお母さんはそんな父をとても愛していた。

 高校生になった今、お母さんの父が生きていた時の愛し方を一言で言うと、“溺愛”という言葉が相応しいかもしれない。そんなお母さんが父をうしなった時、一緒に行った病院で激しく取り乱していたのを今でもよく覚えている。

 お母さんは父が亡くなってからしばらくの間は塞ぎ込んでいたけど、それでも私の面倒はちゃんと見てくれていた。

 そして塞ぎ込んでいたお母さんも私が小学生になる頃にはだいぶ元気を取り戻し、父が居た頃と変わらない明るさを見せるようになった。けれどその頃から、お母さんはたくさんの男性と恋愛をするようになった。

 たくさんとは言っても二股をかけているとかそういう意味じゃない。ちゃんと1人の男性とおつき合いをしているのだけど、あまり長続きしなかっただけ。

 もちろんお母さんにもそれなりの問題はあったとは思う。けれどそれでもお母さんがつき合う男性すべてが酷い裏切りをするのを見聞きしてきた私は、いつからか“男”という存在に対して激しい嫌悪感とある種の憎悪ぞうおのようなものを抱くようになっていた。

 まあ今では見る目がなかったお母さんもいけないとは思うけど、当時の幼かった私には、お母さんを泣かせる男の存在は許せないものだった。

 そういった出来事が影響していたからか、私は小学生の頃から男子に告白をされる度に容赦なくそれを断っていた。当時のことを思い出すと、とても冷たくてキツイ断り方をしてしまったなと思うし、そのことについてはかなり反省している。

 そしてそんな態度をとっていたからだとは思うけど、私は陰で“選り好みが激しい”――とか、“理想が高いんだ”――とか、あらぬレッテルを貼られ続けることになった。

 そんなこともあったせいか、小学校三年生になる頃には“生意気だ”――とか、“何様のつもりだ”――などと、同級生の女子にイジメを受けるようにもなってしまっていた。そんなイジメの数々はとっても辛かったけれど、でもそんな辛い状況にあった私の心を支えてくれた人物が現れた。

 私は手紙を出した人物が来るのを待ちながら、小学校三年生のあの日々を思い出していた。


× × × ×


「あの……俺、朝陽さんのことがずっと好きだったんだ」


 小学校三年生になって最初の放課後。

 日直の仕事で帰りが遅くなってしまった私は、誰も居なくなった教室で見知らぬ男子から告白を受けていた。


「なんで私が好きなの?」


 顔を紅くしてそう言ってきた男子に向かい、私は冷淡にそう言い放った。


「えっ?」


 予想してなかった返しをされたからなのか、その男子は表情に明らかな焦りを見せる。


「えっとあの……朝陽さん可愛いし――」


 男子はそれ以上の言葉が出てこないようで、そのまま顔を俯かせて黙ってしまう。

 それを見た私は、“またか”――と溜息を吐いてしまいそうになった。


「私なんかより可愛い子はたくさん居るんだから、その可愛い子を好きになった方がいいよ」


 私はそう言ってから自分の席に置いてあるランドセルを手に持ち、教室を出て行こうと廊下の方へと歩く。


「あ、あの――」


 後ろで告白してきた男子がなにかを言おうとしていたけど、私はそれを無視して下駄箱へと向かった。


「はあっ……男子なんてみんな同じ」


 小学生になってから、このように男子から告白をされることは少なくなかった。今回のように直接面と向かって告白してくることもあれば、ラブレターを使って告白してくることもある。ラブレターに関しては無視すればいいけど、直接言ってくる場合はそうもいかないのが悩みの種。

 それにしても、まともに話したこともないのに私のことが好きだと言って来る男子にはいつも本当に困ってしまう。

 告白を受けるようになってしばらくしてから、私は相手に対して“なんで私を好きなの?”――と必ず聞くようになった。最初は単純に理由が気になったからだけど、告白してきた男子たちから出てくる返答はいつもほぼ同じ。それは“可愛いから”という理由。

 私も女の子なんだから、可愛いと言われること自体は嬉しいと思う。だけど告白してきた男子たちの私を好きになった理由としては納得いかないと、毎回そう思っていた。

 だってそれは“私という人物を好きになった”――と言うより、“可愛い女の子だから好きになった”――と、そう言われてるようにしか聞こえないし、そこには私である必要性をまったく感じないから。

 私はそんなことを思いつつ、夕暮れに染まった道をトボトボと歩いて帰った――。




 三年生になって最初の告白を受けてから1週間後。私は隣の席に居た男子と机を合わせ、その男子に教科書を見ていた。本当なら別の人にそうしてもらいたかったけど、その男子の席は校庭側の一番後ろの席だったので、位置的に教科書を見せるのは隣の私しか居なかったから仕方がない。


「――ごめんね朝陽さん、教科書見せてもらって。ありがとう」

「うん」


 授業が終わってすぐ、その男子はお詫びとお礼を言ってきた。それに対して私が短く返事をすると、その男子はもう一度だけ『ありがとう』と言ってから机を元の位置へと戻して椅子に座った。

 この頃の私はクラスメイトの男子の名前もまともに覚えていなかった。特に興味がなかったからだけど、今考えれば酷い話だと思う。

 そしてこれが、鳴沢龍之介なるさわりゅうのすけくんと会話を交わした最初の出来事だった――。




「朝陽さん、ちょっといい?」


 三年生になってから3週間ほどが経った頃の放課後、ランドセルを背負って帰ろうとしていた私の背後から誰かが声をかけてきた。

 その声に後ろを振り向くと、そこには同じクラスの女子である相沢あいざわさんの姿があった。


「どうかしたの?」

「ちょっと話があるの、一緒について来てくれない?」


 私の反応に一瞬表情をしかめたあと、相沢さんは小さく息をふうっと吐いてからそんなことを言ってきた。その表情からは好意的な雰囲気は感じられない。むしろその鋭い目つきからは、ある種の敵意のようなものすら感じる。


「う、うん……別にいいけど……」


 相手の雰囲気からちょっとした危険のようなものを感じながらも、そう返事をしてからランドセルを机に置き直し、素直に相沢さんのあとについて行くことにした。


「どこに行くの?」

「そんなに遠くないから」


 私の質問にまともに答えることなく、相沢さんは廊下を歩いてどんどん人通りが少ない方へと向かって行く。

 相沢さんが向かって行く方向から場所を予想すると、おそらく今は使われていない焼却炉がある校舎裏辺りかなとは思った。


「――えっ……」


 予想通りに校舎裏の滅多に人が来ない場所へと連れて来られた瞬間、近くの木陰から3人の女子が現れ、私は相沢さんを含めた4人に一瞬にして取り囲まれるような形になってしまった。


「な、なに?」


 まさかこんなことになると思っていなかった私は、この状況に驚きながら恐る恐る相沢さんに向かってそう聞いた。


「朝陽さん、この前の金曜日に藤田くんに告白されて断ったんでしょ?」

「…………」

「その時に藤田くんになんて言ったの?」

「なにって……あなたに興味はないって言っただ――」

「なんでそんな酷いことを言ったの!?」


 私がまだ言葉を紡いでいるにもかかわらず、相沢さんは言葉を被せるようにしながら声を荒げてそんなことを言う。


「朝陽さん、あなた自分が可愛いからってなんでもしていいって思ってるんじゃないの?」


 声を荒げた相沢さんに続くようにして、私の後ろに居た女子がそんなことを言ってきた。

 そしてそれを聞いた相沢さんが、同調するように大きく頭を頷かせる。


「そ、そんなこと思ってないけど……」

「嘘よっ!」

「キャッ!」


 突然目の前に居た相沢さんが大きな声を上げたかと思うと、私の左肩に向けて思いっきり右手を突き出してきた。


「いたっ!」


 その手に突き飛ばされた私は足がもつれてバランスを崩してしまい、思いっきり地面に左膝を打ちつけてしまった。


「朝陽さんが告白してきた男子に酷いことを言って傷つけてるって、私知ってるんだからっ!」


 大きく体勢を崩して膝を着いた私に向かい、相沢さんが間髪いれずにそう言ってきた。

 私は傷みに顔を歪ませながら、打ちつけてしまった左膝を両手で覆う。


「誰か居るの?」


 その時、ゴミ捨て場のある方向から男子の声が聞こえてきた。


「あんまり調子に乗ってると、もっと酷い目に遭うからね。行こうみんな」


 相沢さんがそう言うと、他の3人は頷きながら一緒にその場を去って行った。

 そしてその4人と入れ替わるようにして、ゴミ箱を持った1人の男子が姿を見せた。


「朝陽さん? どうしたのこんな所で」

「別になにもないよ……」


 私は両手で左膝を覆ったまま、現れた男子に素っ気なくそう言い放った。


「いたっ!」


 そして何事もなかったように装うために立ち上がろうとしたその時、凄まじい激痛が左膝に走って私は再び地面に座り込んだ。


「ちょっ、大丈夫!? あっ、血が出てるじゃない!? 急いで保健室に行かないと!」

「だ、大丈夫だから放っておいて」

「大丈夫って、そんなに血が出てるじゃないか」

「しばらくしたら痛みも治まるから」

「…………」


 再び冷淡にそう言い放つと、その男子は黙ってゴミ箱を持ち直してからその場を離れ始める。

 膝の痛みで泣きそうだったけど、私はそれを見て少しほっとしていた。しかしその男子は途端にゴミ箱を置いてから私の方へと戻って来た。


「な、なに?」

「ごめん、朝陽さん。やっぱり放っておけない」

「えっ? きゃっ!?」


 その男子はそう言うと、ヒョイッと私をお姫様抱っこする形で抱え上げてから歩き始める。


「な、なにするの!? 下ろしてよっ!」

「ごめんね、朝陽さん。でもその怪我じゃ、どのみちまともに歩けないでしょ? 今ならほとんど人も居ないし、保健室に着くまで我慢して」


 確かにこの男子の言うとおり、立ち上がっただけであの激痛だったんだから、普通に歩くなんて到底不可能だったかもしれない。

 男子にこんな形で保健室まで運んでもらうなんて不本意ではあったけど、今の自分の状況を考えれば仕方ないと冷静になり、この場は黙って耐えることにした。


「――失礼します」


 男子は保健室前に着くと足で扉をゆっくりと開け、静かにそう言いながら中へと入って行く。


「誰も居ないか」


 そう言うとその男子は、椅子がある所まで行って私をその椅子へと座らせてくれた。


「あ、ありがとう……」

「ううん、気にしなくていいよ。それより傷の手当をしないと」


 その男子はそう言いながら手馴れた様子で部屋の中の道具を持ち出し、膝の傷の治療をしてくれた。


「――よしっ、とりあえずこんなところかな。とりあえず応急処置はしたけど、念のためにちゃんと病院で見てもらった方がいいよ?」

「う、うん。ありがとう……」

「どういたしまして」


 にこっと笑顔を浮かべてそう言う男子。今まで男子に優しくされたことは多々あったけど、こんな風に裏を感じさせないにこやかな笑顔を見たのは初めてかもしれない。


「手馴れてるんだね」

「うん。俺には元気のいい幼馴染が居てさ、小さな頃はよく怪我をしてその世話をしてたし、ずっと保健委員もやってたからかな」

「そうだったんだね」

「うん、それより足は大丈夫?」

「まだちょっと痛いけど、さっきよりは大丈夫」

「そっか、良かった」


 そんなにこやかな笑顔を向けてくる彼に対し、私は単純な疑問を抱いた。


「ねえ、なんで私を助けてくれたの?」

「えっ? なんでって……怪我をしてる人を助けるのに理由がいるの?」


 彼は私の質問に対し、不思議そうに小首を傾げながらそう聞き返してくる。


「う、ううん。ごめんね、変なことを聞いて」

「いや、別にいいけど」


 私は彼の言葉を聞いて少し嬉しくなっていた。

 彼は私だから助けた訳ではなく、誰であってもそうしたのだと思う。ただそれだけのことが単純に嬉しかった。私だからと特別扱いをされなかったことが。


「あれっ? 鳴沢くんと朝陽さんじゃない。どうしたの?」


 いきなり出入口の扉が開き、そこから保健の先生である梶園かじその先生が入って来た。


「あっ、梶園先生。ちょっと朝陽さんが怪我をしたから治療をしてたんです」

「そうだったの? 朝陽さん、大丈夫?」

「は、はい。鳴沢くんが丁寧に治療をしてくれたので」


 梶園先生が彼の名前を口にしてくれたおかげで、なんとか名前を知ることができた。クラスメイトなのに名前を知らなかった私の完全な落ち度だけど、彼に『名前はなに?』――なんて聞けなかったから助かった。


「足を怪我したのね。大丈夫? 車で送って行こうか?」

「えっ、でも……」

「そうしてもらいなよ、朝陽さん。ちゃんと歩くのはまだ無理そうだしさ」

「う、うん。じゃあ、お願いします」

「分かった。じゃあ私は車の準備をしてくるわね。朝陽さん、ランドセルは?」

「教室に置いたままです」

「あっ、じゃあゴミ箱を回収して教室に置いて来るから、ついでに取って来るよ」


 鳴沢くんはそう言うと、足早に保健室を出て行った。

 そして教室から戻って来た鳴沢くんと車の準備を終えて戻って来た梶園先生に支えられながら車へと移動し、その助手席へと乗り込んだ。


「足の怪我、ちゃんと病院でてもらってね」

「うん、ありがとう。鳴沢くん」

「またね、朝陽さん」


 そう言って手を軽く振る鳴沢くんに私も軽く手を振り返すと、車がゆっくりと前に進み始める。

 そして車の扉の方についている鏡に映る鳴沢くんを横目に見ながら、男子に対して初めて柔和にゅうわな気持ちを感じていた自分に、酷い違和感とちょっとした嫌悪を感じていた。

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