いつもの×ふたり
女の子5人がリビングで寄り添うようにして寝ている中、近くのソファーで目覚めた午前9時頃。
みんなが目覚める前に、勝手知ったる他人の家――と言った感じで俺は台所に立って朝食の準備を始めていた。
昨夜はまるで修学旅行のようなノリの女子トークを聞いて寝ていたわけだが、なんて言うか……男ってのは、女の子という生き物に相当な幻想を抱いているもんだなと、そんなことを思ってしまう内容だった。
だいぶ前に女子高に居る女の子の実態を知ると男は幻滅する――といった内容の話を耳にしたことがあるけど、あながち間違いではないのかもしれない。
だけどそれが分かっていたとしても、男はきっと女の子に対する幻想を抱き続けるのだろう。
「――おはようございます、龍之介さん」
ジュージューと音を立て、香ばしい匂いを放つ目玉焼き。その一つがそろそろ焼き上がろうかという頃、美月さんが台所へと入って来た。
昨日と違ってよろめいていないし、声も比較的元に戻っている。なにより顔色が随分と良くなっていることに安堵する。
「おはよう、美月さん。調子はどう?」
「はい、おかげさまで随分と良くなった気がします」
「そっか。でも、まだちゃんと身体を休めてないとダメだよ?」
「はい、そうします」
美月さんはにこやかに微笑むと、冷蔵庫から水が入ったペットボトルを取り出してコップに注ぎ、ゆっくりとそれを飲み干した。
「では、言われたとおり横になってますね」
「うん。今朝食を作ってるから、あとでみんなで食べよう」
嬉しそうに『はい』と返事をすると、美月さんはリビングへと戻って行く。
そして人数分の朝食を作り終えた午前10時頃、目を覚ましたみんなと一緒に少し遅めの朝食を摂った。
× × × ×
「ふあ~」
誰も居ないお昼過ぎの自宅。リビングのソファーに寝そべったまま、特に役立ちそうもない情報を流すテレビを見る。
「暇だな……」
夏休みのような長期休暇では、暇を持て余すことなど多々ある。ただ今年の夏休みは初日から忙しさ全開だったせいか、こうして不意に暇ができるとなおさら暇に感じてしまう。
美月さんは自宅で療養中、桐生さんは用事とやらでどこかに出かけ、杏子たち3人は遊びに出かけた。
実は杏子たちには、一緒に遊びに行こうよ――と誘われたのだが、俺はそれを断った。なぜかと言われれば単純に面倒だったからだ。
しかしこうして暇を持て余すくらいなら、一緒についていけば良かったな――とも思ったりしたが、まあこうして怠惰に過ごす時間てのも時には必要だろう。
半ば言い訳染みたことを心の中で思いつつ、ワイドショーから流れる芸能人の離婚話を見ていると、昼食後の満足感もあったからか、うつらうつらと眠気に襲われる。
そして心地良い眠りの波が完全に俺を包み込もうとしていたその時、不意に耳元で鳴り響いたかのような大きさで玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。
「ちっ……誰だよ」
眠気を押して身体を起こす間も、玄関のチャイムはけたたましく鳴り響く。まるでゲームコントローラのボタンを連打しているかのように。
こんなに玄関のチャイムを連打するなんて、いったいどこの馬鹿だ。
まあ少なくとも、宅配のお兄さんではないだろう。茜ならやるかもしれないけどな。
なんてことを思ったが、さすがに高校生にもなってこんな子供染みたことはしないか。
「はいはい、今開けますよー!」
リビングから廊下に出て、玄関に向かってそう叫ぶ。するとようやく玄関チャイムの連打は止まった。
のそのそと歩きつつ、玄関の鍵を解除して扉のノブに手をかける。いよいよ連打馬鹿とのご対面だ。
「やっほー、りゅーうちゃん! 元気してたあ~?」
ガチャリ――と、音を立てて開いた扉の向こうには、満面の笑顔でそう問いかけてきた茜が居た。
「…………」
さっきはちょっとした冗談のつもりで茜だったりして――なんて思ったりもしたが、まさか本当にそうだったとは……。
「どうしたの龍ちゃん? きょとんとしちゃって」
「俺に小学生染みた幼馴染などおらん!」
「えっ!? ちょ、ちょっと!?」
そう言ってバタンッと扉を閉め、ガチャリと鍵をかける。
うん、これでよし。うんうんと何度か頷いてから、俺はリビングへ戻ろうと踵を返す。
「ちょ、ちょっと龍ちゃーん! なんで閉めちゃうの!? 開けてよー!」
ドンドンッ! ドンドンッ! と、扉が何度も叩かれる。
そしてその音と共に扉の外からは、『開けてよー!』『なんで閉めちゃうのー?』と言う言葉が何度も聞こえてきた。
しばらくの間その様子を見ていると、段々と茜の声は弱々しくなっていった。
「もーう! せっかく旅行のお土産を持って来たのにっ!」
なにっ? お土産だと!?
その言葉を聞いた俺は、光よりも早く動く気持ちで玄関の鍵を解除し、扉を開けた。
「よく来たな茜! さあ、上がってくれたまえ!」
「えっ!?」
まるで国賓でももてなすような感じで満面の笑みを浮かべ、外に居る茜を自宅へと招き入れる。
まったく、お土産があるなら先に言ってくれよ。茜も人が悪いよな。
そう思いながらなぜか戸惑いの表情を見せている茜の背中を軽く押しつつ、リビングへと向かう。
「――さあ、とりあえずお茶でも飲んでくれ」
リビングへと通してソファーに座らせたあと、俺は少し良い値段のお茶っ葉で淹れた緑茶を茜の前のテーブルに置いた。
「あ、ありがとう……」
軽く首を傾げながらも、差し出された湯呑に手を伸ばし、ゆっくりとお茶を飲む茜。
「で、お土産はなんなんだ?」
そう言った途端、茜のお茶を飲む手がピタッと止まり、妙な目つきでこちらを見てきた。
「な、なんだよ」
「まさか龍ちゃん、お土産目当てで私を部屋に通したの?」
手に持っていた湯呑をテーブルに置いたあと、もの凄い笑顔でそう聞いてきた。
その飛びっきりの笑顔に背筋が怖気立つ。
「な、なーにを言っちゃってるんだよ。そ、そんなことある訳ないだろ?」
「本当に? じゃあなんで私を閉め出したの?」
「あ、あれはだな……そ、そう! 睡魔と言う名の悪魔に操られていたんだよ! じゃなきゃ、俺が茜を締め出すはずないだろ?」
言い訳としては苦しいと思うが、睡魔に襲われていたのは事実。
つまりあの時の俺は、俺であって俺ではないのだ。そう必死に自分の心に言い聞かせる。
「うーん……」
小さく唸り声を上げながら、まるで心の中でも覗き見るかのようにじっと俺の目を見つめてくる。
「な、なんだよ」
「……まあいいや。ところで、夏休みの宿題はちゃんとやった? まひろくんに迷惑かけなかった?」
お前は俺の母親か? と言いたくなるが、言えば余計な争いを生むのは分かっているので言わない。俺も大人になったもんだ。
「ちゃんとやったよ、まひろにも迷惑はかけてない」
多分だけどな……。
実際にまひろが迷惑していたかどうかなど、俺には分からないのだからこう答えるしかない。まあ俺としては迷惑をかけるようなことをした覚えはないし、これでいいと思う。
「ふーん。まあ、ちゃんとやったなら良かったよ。まひろくんに代行をお願いしたのは私だし、龍ちゃんが勉強しなくて迷惑かけてるんじゃないかって、ちょっと心配もしてたから」
別に悪気はないのだろうけど、茜の言いようは随分なものだ。これじゃあまるで、俺がまひろに迷惑をかけることを前提としていたみたいじゃないか。
そんな茜の言いように、俺は少し面白くない気分になってしまった。
「まひろは教え方も優しいからな。勉強を教わるには最適だったよ」
「むっ、どうせ私はまひろくんと違って優しくありませんよ――――だっ!」
「誰もそんなこと言ってないだろ!?」
「言ってるの! 口に出さなくても言ってるの!」
そこからはもう、売り言葉に買い言葉。お互いに言いたい放題だった。
「――ぐぐぐ……」
「むむむ……」
お互いに一歩も引かず、10分ほどの言い合いをしたあと、最後には睨めっこ状態になっていた。
そんな膠着状態が続く中、それを打ち壊すような大きな音が俺のお腹から鳴り響く。
「あっ」
自分のお腹から鳴り響いた音を聞いて、思わずそこを見てしまう。
「ぷっ! あははははっ!」
途端、さっきまで怒り顔だった茜が明るく笑い出す。
「わ、笑うなよ!」
「だ、だって~!」
「い、言い合いをしてたらカロリーを消費しちまったんだよ!」
恥ずかしさでいっぱいな俺を見ながら、なおも笑い続ける。
「あっ……」
そんな羞恥に耐え忍んでいた時、今度は茜のお腹からきゅるるるっ――と、可愛らしくも主張する音が聞こえた。
「ぷっ! あーはっはっはっ!」
「ちょ、ちょっと! 笑わないでよ!」
「茜だって俺のこと笑っただろ?」
「そ、それはそうだけど……りゅ、龍ちゃんと言い合いをしたから、無駄なエネルギーを使っちゃったの!」
さっき俺がした言い訳と大して変わらないことを言う。いつもながらテンパった時の言い訳が下手なやつだ。
「ふう……悪かったよ、茜。どうだ? 今から甘いものでも食べに行かないか?」
思いっきり笑ったおかげか、さっきまでの憤りもどこかへと消え去っていた。
「あっ、うん! 私ティラミスが食べたい!」
茜は少しだけ驚いた表情を見せたあと、にこっと笑顔を浮かべてそう言った。
「ティラミスか、いいな。じゃあ、行こうぜ」
「うん! あの……龍ちゃん、さっきはごめんね」
「おう、もういいよ」
その言葉に安堵したような顔をし、はあ……っと小さく息を吐く茜。
いつもくだらないことで喧嘩をし、ちょっとした切っ掛けで仲直りをする。昔から変わらない、俺と茜のお決まりの流れ。
このあと茜お勧めのスイーツ店でティラミスと紅茶を前に旅行の話を聞きながら、非常に和やかな午後のひと時を過ごした。




