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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・夏休み
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勘違い×予想外

 勘違い――というのは、生きていれば誰でも経験するだろう。

 そしてどんな類の勘違いであれ、それに気づいた時の恥ずかしさと言ったら例え様もない。


「はあっ……」


 俺は大きな溜息を吐きながら、美月さんの家のリビングに布団をせっせと敷いていた。

 そして美月さんの部屋では今、桐生さんが美月さんの身体を温かいタオルで拭いていることだろう。


「よしっ、こんなところかな」


 リビングに敷いた三つの布団。その布団の一つを出来るだけ残りの二つから離し、俺はソファーへと座る。

 ソファーに座った俺はテーブルに置いてある少し冷め始めたコーヒーの入ったカップに口をつけてながら、先ほどの出来事を思い返していた。

 美月さんの部屋へと来た時、彼女から『お願いです……独りにしないで下さい』――と言われた俺は、柄にもなくその言葉にときめいてドキドキしてしまったわけだが、続けて言われた『皆さんと一緒に居たいです』――と言う言葉に、自分の勘違いを自覚して恥ずかしくなった。

 そりゃあ病気で弱っている女の子からあんなことを言われたら、普通の男子なら“自分”に居てほしいんだって思うだろ。つまりは俺がそういう勘違いをしたって、なんら恥ずかしいことはないってわけだ。

 などと自分へ必死に言い聞かせるが、やはり心の中で恥ずかしさを感じずにはいられない。

 しかもその時、廊下からの物音に気づいて扉を開けると、タイミング悪く様子を見に来た桐生さんが居て、『あはは、邪魔しちゃったかな?』――などと苦笑いを浮かべられた。

 その時の俺は、『俺に居てほしいの?』――などと美月さんに口走らなくて本当に良かったと思った。

 そこから3人で色々とやり取りがあったわけだが……まあ結果的に俺と桐生さんが美月さんの家に泊まるということに決定してしまったわけだ。


「鳴沢くん、お疲れ様」


 カップの中のコーヒーを飲み終わったちょうどその時、美月さんの部屋へと行っていた桐生さんがリビングへと戻って来た。


「桐生さんこそお疲れ様。美月さんの様子はどうだった?」

「熱も平熱まで下がってたし、顔色もかなり良くなってたよ。さすが現代医療の薬は効果抜群だね。あっ、それとも鳴沢くんの献身的看護のおかげなのかな?」


 そう言いながら顔をニヤつかせ、俺に近寄ってから顔を覗きこんでくる。


「いやー、薬の効果が凄いんだろうねー。凄いよねー、現代医療は」


 俺は思いっきり棒読み加減でそう返答した。

 陽子さんの先輩である金森憂かねもりゆうさんの時もそうだったが、この手の発言をしてくる相手にまともな反応をしてはならない。まともな返答をすればするほど面白がってやってくるからだ。


「むう、そこは照れてくれないと面白くないよ? 鳴沢くん」

「俺は面白さは求めてないよ」

「もう、ノリが悪いな~」


 そう言って桐生さんは餌を口に詰め込んだハムスターのようにぷくっと頬を膨らませる。

 そして思ったとおりに桐生さんは俺をからかうことを止め、敷いている布団の方へと向かいだした。


「あれ? なんでこの布団だけこんなに離してるの?」

「なんでって、それは俺の布団だけど?」

「ええー!? なんで? もっと近くに寄せればいいのに」


 不満そうに口を尖らせながら、桐生さんはそう抗議してくる。


「いや、それはどう考えてもマズイでしょ……」

「マズイって、私のことは気にしなくていいよ?」

「いやいや、桐生さんが気にしないとかそう言うことじゃなくて、年頃の男女が一緒の部屋で隣り合って寝るとか、色々と問題あると思わない?」


 俺は至極正論であろうことを言って聞かせるが、桐生さんの表情は一向に納得するような感じを見せない。


「うーん、鳴沢くんは考え過ぎな感じがするな~」

「とりあえず俺はその離れた布団に寝るよ。それから俺は一度家に戻って風呂に入って来るから、美月さんのことお願いしていいかな?」

「うん、それは任せておいて」


 俺はにこやかにそのお願いを了承してくれた桐生さんを残して自宅へと戻る。

 そして自宅へと戻った時、ちょうどリビングでは杏子と愛紗がドライヤーで髪の毛を乾かしている最中で、俺が風呂に入る前に杏子たち3人には先ほど美月さんの家で決まってしまったお泊りの件を話して風呂へと入った――。




「あれっ?」


 20分ほどしてお風呂から上がった俺は、台所で冷えた麦茶を飲んでからリビングへと入る。

 しかしそこにはまだ居るであろうと思った杏子たちの姿はなく、しーんと静まり返った誰も居ない部屋があるだけだった。

 美月さんの家へと行く前に一言言っておこうかと思っていたが、杏子たちも小さな子供じゃないんだからいいかと、俺はそのまま美月さんの家へと向かうことにした。


「――あっ、お兄ちゃん遅かったね」

「……なんで君たちがここに居るんだ?」


 美月さんの家のリビングに入ると、敷かれた布団にマスクをつけて横になっている美月さんの姿と、ソファーに座ってテレビドラマを見ている杏子たちの姿があった。


「なんでって、私たちもお泊りに来たからだよ?」


 杏子は“なんでそんなこと聞いてるの?”――と言わんばかりの不可思議そうな表情で小首を傾げながらそう言ってくる。


「いや、そう言うことじゃなくてな、なんで3人揃って泊まりに来てるんだってことを聞いてるんだよ」

「だって、みんなで一緒に居た方が楽しいじゃない?」


 杏子はにこやかな笑顔を浮かべ、さも当然と言った感じで明るくそう言う。


「いやいや、美月さんは病気なんだぞ? みんなに病気がうつったらどうするんだよ」

「あっ、それについては既に問題は解決してるから大丈夫。お兄ちゃんはなーんにも心配しなくていいから」


 我が妹はそんなことをのたまうが、なにがどう心配要らないのかがまったくもって分からない。

 とりあえず杏子にこの話題を続けても仕方がないと思った俺は、その矛先を愛紗へと変えてみた。


「愛紗、無理に杏子につき合わなくていいんだぞ? もしも風邪がうつったりしたら嫌だろ?」

「そ、それはそうですけど……美月先輩のことも気になるし、もし風邪をひいてもその……」


 愛紗は上目遣いで俺を見ながら、もじもじと両手の指先を合わせて動かしている。

 なにやら期待に満ちたような瞳で俺を見ているが、その瞳に込められているであろう意味は俺には分かりようもない。


「まあ美月さんを心配する気持ちは分かるけどさ……由梨ちゃんもなにか言ってやってよ」

「うーん……正直私は皆さんとお話がしたいので、このままお泊りしたいですね」


 一番味方に引きこめそうだった由梨ちゃんからもそんなことを言われてしまい、俺はいよいよどうしようもなくなってしまっていた。


「鳴沢くん、人生には諦めが肝心って言葉もあるんだよ?」

「ごめんなさい、龍之介さん。私が我がままを言ったばっかりに……」


 布団で横になっている美月さんが、すまなそうな声音で弱々しくそう言ってくる。

 はっきり言って、美月さんが我がままを言うことなどほとんどない。それだけにそんな美月さんにこう言われると、俺も無下にあれこれと言えなくなってしまう。


「分かったよ……。じゃあみんなの分の布団も運んで来るから」

「さっすが鳴沢くん! 話が分かるね!」


 俺は桐生さんの賞賛を浴びながら、二階の一室に置いてある布団セットをリビングへと運ぶために階段を上る。


「――これは無理だな」


 美月さんが寝ている布団を中心に運んできた布団セットを並べていたのだが、ここのリビングの広さでは5人分を並べるのが精一杯だった。


「仕方ない、俺は自宅に戻って寝ることにするよ」

「そ、それは駄目ですよ先輩!」


 状況を見てそう言った俺に対し、予想外にも愛紗が慌てたようにそう言ってきた。


「いや、駄目って言ってもさ、もう布団も敷けないし仕方ないだろ?」

「で、でも……それだと先輩が1人になっちゃうし」

「俺のことなら心配しなくていいさ。寝る時はいつも1人なわけだし」

「お兄ちゃん!」


 そう言って自宅へと戻ろうと踵を返した俺の右手を、杏子がガッチリと両手で掴んできた。


「お、おい、離せよ杏子」

「お兄ちゃんは女の子を置いて戻って心配じゃないの?」


 杏子は情に訴えかけるようにそう言いながら、寂しそうな表情を浮かべる。

 なんだか前にもこんなことがあったような――と、デジャビュを感じずにはいられない。


「いや、別に1人で置いて行く訳じゃないんだし、これだけ人数が居れば大丈夫だろ?」

「そんなことないよ? もしも夜中に強盗が来たらどうするの? 可愛い妹さんや後輩ちゃん、美月ちゃんが怖い目に遭っちゃうかもしれないんだよ?」


 そんなことを俺に言ってくる桐生さん。

 話だけ聞けば真面目なことなんだが、仮に俺が居たとしても、強盗なんかが来たら太刀打ち出来ないと思うんだよな。

 それに太刀打ちすることを前提にするのなら、合気道が出来る桐生さんの方が俺なんかより遥かに役立つだろう。かと言って、女の子を矢面に立たせようとは思わないけどさ。


「はあっ……分かったよ。その代わり、俺はそこのソファーに寝るからな?」

「うん! ありがとね、鳴沢くん!」


 とりあえず俺が妥協をしたことに安心したのか、杏子に愛紗に美月さんはほっとした感じの表情をしている。

 そしてなぜかは分からないけど、桐生さんは美月さんを、由梨ちゃんは愛紗を見ながら嬉しそうに微笑んでいた。

 こうして半ば脅しにも似た引き止めにあい、俺は不本意ながらも――いや、決して不本意ではないのだが、女の子5人と一夜を共にすることになってしまった。

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