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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・夏休み
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予期せぬ×出会い

 美月さん宅を後にして桐生さんと一緒に自宅へと戻って来たんだけど、ちょっとした事態を前に俺は困惑していた。

 桐生さんは興奮気味に俺が開け放った扉から玄関へと入ったんだけど、高かったテンションは家へと入るなり急下降し、突然石の様に固まってしまったのだ。

 どうしたんだろうと思って桐生さんの前に行ってその顔を見ると、立ち尽くしたまま静かに涙を流していた。


「き、桐生さん? どうしたんです? 大丈夫ですか?」

「…………」


 その問いかけに桐生さんは何も答えなかった。

 涙を流している桐生さんからその感情を読み取ろうとするのは難しく、俺はどうしていいのか分からなかった。


「桐生さん! 大丈夫!?」


 その様子を見て更に心配になった俺は、失礼ながらも桐生さんの両肩に両手をそれぞれ乗せてから少し強く揺すってみた。


「…………あっ……鳴沢くん」


 何度か身体を揺すった後、桐生さんは俺の名前を呟きながらようやくこっちを見てくれた。


「大丈夫ですか? 突然泣いたりして。どうかしたんですか?」

「あっ、ごめんね。何でもないから」


 そう言って涙を拭ってからにこっと微笑む桐生さん。でも、その笑顔は少しぎこちなく感じた。


「そ、そうですか? それじゃあ、とりあえず上がって下さい」

「うん。あっ、それと鳴沢くん。同い年なんだから、そんなにかしこまらなくていいよ?」

「あっ、ごめんなさい。初対面だったし、ついつい癖で」

「気楽に話しかけてね。その代わり私もそうさせてもらうから――って、もうしてたか」


 そう言ってえへへっと笑顔を見せる桐生さん。

 泣いてる姿を見た時はかなり焦ったけど、どうやら元のテンションに戻りつつあるようで安心した。


「ははっ。さあ、とりあえず上がってよ」

「うん。お邪魔します」

「それじゃあ俺はお茶を入れて来るんで、リビングに案内するね」

「あっ、大丈夫だよ。分かるから」

「えっ!?」


 玄関で靴を脱いで丁寧に並べていた桐生さんにそう言うと、至って自然にそう言い返してきた。

 そしてその言葉どおり、桐生さんは迷う事無く我が家のリビングがある方へと歩き始める。美月さんの家でもそうだったけど、何でそんなに迷い無く動けるんだろうか。まあ、一般的に考えたらリビングの位置なんてのは想像するに難しくないのかもしれないけど、それにしたって迷いがなさ過ぎる。

 色々と不可思議なところが多い人だが、とりあえずこの疑問はしまっておくことにしよう。


「――お待たせ」

「あっ、気を遣わせてごめんね」


 リビングのソファーに座っていた桐生さんの前にあるテーブルの上に、コーヒーが入ったカップとスプーン、それと角砂糖の入った容器を置く。

 桐生さんは角砂糖の入った容器の蓋を開けると、そこから角砂糖を二つ取り出してからコーヒーへと入れてスプーンでかき混ぜる。


「とりあえず美月さんが治るまでの間、空いてる客間に泊まってもらう事になるけど、いいかな?」

「うん! ありがとね、鳴沢くん。凄く助かるよ」

「いえいえ。ところで、こっちには遊びに来たの?」

「そうだよ――って言いたいところだけど、こっちには下見に来たんだよね」

「下見?」

「うん。専門学校とか、養成所とかのね」


 専門学校とか養成所って言ってるって事は、進学の為の下見に来たってところだろう。


「つまり卒業後の進路先の下見に来たって事?」

「平たく言えばそうかな」


 桐生さんには夢が、なりたいものがある。俺にはそれがとても羨ましく思えてしまう。


「俺でよければ協力させてもらうから、遠慮無く言ってね」

「ありがとね、鳴沢くん」


 それから俺は、桐生さんとお互いが知らない美月さんとの学校生活についての話しをし始めた。


「――へえー、本当に色々とあったんだね」

「そりゃあもう、転校初日から今までたっぷりと色々な事があったよ」


 まあ、本当は転校初日からではなく、引越し初日から色々とあったわけだけど。今となっては懐かしい思い出だ。


「でも良かった。美月ちゃんが楽しそうに学園生活を送ってて。ホント言うとね、私、結構心配してたんだ。引っ越した先でちゃんとやれてるかな? とか、転校先で嫌な事されてないかな? とか。電話やメールはこまめにしてたけど、美月ちゃんてちょっと無理するところがあるから」


 そう言って苦笑いを浮かべる桐生さん。流石は親友と言ったところだろうか、その心配は非常に的確だと思えた。現にこうして病気である事を隠していたわけだし。


「桐生さんは優しいね。美月さんが大切な親友って言うだけはあるよ」

「そ、そうかな?」


 その言葉に桐生さんは照れくさそうに微笑む。美月さんにとって、前の学校で心の支えだったと言うのがよく分かる人柄だ。


「あっ! もうこんな時間か。妹もそろそろ帰って来るだろうし、夕食の準備をしないと」


 ついつい桐生さんと話し込んでいたからか、リビングにある時計をふと見ると、もう18時近くになろうとしていた。


「鳴沢くんは妹さんが居るんだね」

「うん。まあ、義理の妹だけどね」

「そっかそっか、これは楽しみが増えたな~」


 何やら不穏な発言をする桐生さん。考えてみれば、ノリが良くてわりと天然で俺を追い詰めてくるタイプの杏子を桐生さんに近付けるのはヤバイかもしれない。

 桐生さんとはまだ出会ったばかりだけど、何となくその性格的ノリの様なものは分かった。それを考えると、杏子と桐生さんの組み合わせは、気化したガソリンに火を近付けるくらいに危ない事かもしれないと思える。


「ま、まあ、お手柔らかにね」


 俺は苦笑いしながら不敵な笑みを浮かべている桐生さんにそう言う。


「お兄ちゃーん! 帰ったよー!」


 そんなやり取りをしていると、玄関の方から元気な杏子の声が聞こえてきた。


「あっ、妹さん帰って来たんだね。早速挨拶をしに行かないと!」

「あっ! ちょ、まっ――」


 言うが早いか、桐生さんはソファーから立ち上がると素早く玄関の方へと向かう。

 俺にはその動きを制止する暇すら無く、もはや杏子と桐生さんの接触は時間の問題。まあ、遅かれ早かれ接触はするわけだが、俺としては何かしらの対策を講じておきたかったと言うのが本音だ。


「お帰り、杏子」

「あっ、お兄ちゃん」


 桐生さんの後を追って玄関に向かった俺が見たのは、戸惑った表情を浮かべた杏子と愛紗の姿。

 そしてその二人の横には、愛紗の妹である由梨ちゃんの姿があった。

 玄関前の廊下に立つ桐生さんと、玄関に居る由梨ちゃんは、なぜかじっと見つめあう様にしていた。


「桐生さん? どうしたの?」


 我が家に連れて来た時の様に、硬直したまま由梨ちゃんを見つめる桐生さん。


「ゆり……ちゃん?」

「あすか……ちゃん?」

「「「えっ?」」」


 お互いの名前を静かに呼び合う桐生さんと由梨ちゃん。


 ――どういう事だ? 二人は顔見知りなのか? いや……それにしては反応がおかしい。


 二人の様子はさながら、遠い昔の友達に思わぬところでばったりと出会って驚いている――という様に見えた。だが、普通に考えてこの二人に接点があるとは思えない。

 俺はお互いの名前を呼び合ってから沈黙し続ける桐生さんと由梨ちゃんを見ながら、どうすればいいんだろうと頭の中で考えを巡らせていた。

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