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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・夏休み
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本番前夜×いつものやり取り

 19時をちょっと過ぎた頃、みんなと一緒に宿泊所へと戻って来ていた俺は、夕食を済ませた後で憂さんと買出しに行ったコンビニへと向かった。

 そしてコンビニで数種類のから揚げとペットボトルのお茶を買い、それを持って外に設置されているゴミ箱の横に立ってムシャムシャとから揚げを頬張っている。

 宿で出される料理はもちろん美味しいんだけど、分量と味付けの濃さが俺は少々物足りない。だからこうして、身体に悪そうなジャンクフードを買いに来たと言う訳だ。

 それにジャンクフードにも色々あるとは思うけど、特に最近のコンビニで売られているから揚げなんかは絶品だと思う。


 ――明日はいよいよ本番か……。


 口いっぱいに頬張ったから揚げをモグモグと噛んで飲み込み、手に持っていたペットボトルのお茶を口に含んでゴクリと飲む。


「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」


 コンビニ袋の中に入っている数種類のから揚げの中から、次はどれを食べようかと迷っていた時、コンビニから出て来た人物に声をかけられた。


「はい? あ、どうも」


 声をかけてきた相手を見ると、午前中に劇場の外ですれ違いに声をかけられた女性だった。

 俺がその女性に向かってペコリと軽くお辞儀をすると、相手も同じ様にこちらに向かってお辞儀を返してくれた。


「午前中はお忙しいところを呼び止めてすみませんでした」

「あっ、いえ。大した事をしていたわけじゃなかったので、気にしないで下さい」


 女性はその言葉にもう一度ペコリと頭を下げると、持っていた飲み物を口へと運んだ。

 そして口につけていたペットボトルの飲み口を離すと、ふうっと息を小さく吐き出してから再び話を始める。


「あなたも、明日の演劇に出演されるのですか?」

「いえ、自分は裏方なので舞台への出演はしません」

「そうでしたか……」


 女性はその言葉を聞いて少し残念そうな表情を浮かべて俯いた。

 それを見た俺は、その様子が少し気にかかった。午前中の様子からしても、桜花おうか高校総合演劇科に通う生徒の保護者だと思うんだけど、どこか妙に遠慮をしている様な感じがするからだ。


「あの……失礼とは思いますけど、舞台に出演する誰かの親御さんですよね? 何で会いに行かないんですか?」


 悪い癖だとは思うけど、疑問に思うとどうしても聞きたくなるのが性分。

 その女性は俺の質問に対し、少し考える様子を見せてから話を始めた。


「…………私がこうして見に来ている事は、娘には内緒にしてるんです。家族にも内緒なんです」


 子供の舞台を見に来るのを本人にも内緒にしている上に、家族にまで内緒にしていると言うのは何とも変な話だ。まあ、複雑な家庭事情を抱えているようだけど、せっかくの娘さんの晴れ舞台なのに、それをこっそりと覗きに来たなんて寂しい話じゃないか。

 しかしそうは思っても、俺がそういった家庭事情に首を突っ込むなど出来る訳もない。


「そうでしたか……立ち入った事を聞いてすみませんでした」


 そう詫びを言うと、『気にしないで下さい』と言ってその女性は微笑んでくれた。その柔和な微笑みは、どことなく自身の母親を感じさせる。

 そしてその女性は『ではまた』と言うと、静かにその場から去って行った。


「……から揚げ、やっぱり美味いな」


 袋の中にある紙カップに入ったピリ辛から揚げを爪楊枝で刺し、口へと運ぶ。

 俺はしばらくその場でから揚げをつまみつつ、15分程してから宿へと戻った。


「――あっ、龍之介くん。どこかに出かけてたの?」


 宿に戻ってロビーを抜けようとした時、ソファーが置いてある待合所から声がかけられた。

 そこには飲み物を片手に、もう一方の手でこちらに向かって手を振る雪村さんの姿。この宿の浴衣を着ているところを見ると、どうやらお風呂上りのようだ。

 今日の雪村さんも顔が少し高揚した様に赤くなっていて、その様を見るだけでゆっくりと温泉に浸かって来たんだろうと思える。

 それにしてもやはりいい。こうして女子のお風呂上りの姿を見られるのは、学園行事の修学旅行くらいしか機会は無いだろう。

 何より学校自体が別の雪村さんの浴衣姿など、普段では絶対にお目にかかれないから、紛れも無いレアショットと言えるだろう。それを考えれば、こうしてその姿を目の前にできるだけでも、この演劇合宿の手伝いに来た価値がある。


「ちょっとコンビニまでから揚げを買いにね」

「そうだったんだ」


 雪村さんが居る方へと歩いて近付き、向かい側のソファーへと座って質問に答えた。


「明日の本番、緊張するなー。照明をやるだけなのにこの緊張感なんだから、役者はもっと凄いプレッシャーや緊張感なんだろうね」

「うん。確かに緊張もするし、凄くプレッシャーも感じるけど、それ以上に楽しみなの。自分が演じる役が、見ている人にどんな気持ちを感じさせるのか……見ている人の心に何を残せるのか。それを思うとわくわくしてくるの」


 そんな事を満面の笑顔で話す雪村さんは本当に楽しそうで、それはこれまで見てきた彼女の笑顔とはまったく違って見える。本当にやりたい事をやっているっていう、充実感の様なものがその笑顔からは感じ取れるしから。

 そこから約20分くらい、夢中で演劇について話す雪村さんの話を俺は聞いていた。


「本当に雪村さんは演劇が好きなんだね」

「あっ、ごめんなさい。私だけ夢中で話しちゃって……」

「いやいや、いい話だったよ。あんなに夢中で楽しそうに話す雪村さんは初めて見たし、可愛かったよ」

「も、もう……か、からかわないで……」

「あっ、いや、ごめんごめん。別にからかってるつもりじゃなかったんだけど」


 俺の言葉に恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く雪村さん。

 話をしている時は、まるで子供の様に夢中で話す雪村さんは本当に可愛く見えた。

 それにしても、俺なんかの言葉に恥ずかしげに顔を俯かせるなんて、雪村さんは本当に純な人だと思う。

 将来、好きな人に告白でもされたら、彼女はいったいどんな表情をするんだろうか。燃え尽きそうな程の真っ赤な顔で俯いたりするのかな。

 そんな雪村さんの姿を想像すると、思わず笑みがこぼれそうになったけど、よくよく考えると、それって雪村さんが誰かと恋人になるって事だ。そう思うと、微笑ましく思えたその状況が、途端に胸がムカムカする状況へと変わる。


「クンクン……あれあれ? 何だかこっちから甘い匂いがしてくるなあ~」


 その言葉にはっと我に返り、雪村さんの背後にいつの間にか来て居た浴衣姿の憂さんに気付く。

 憂さんはまるで警察犬の様に鼻をスンスンと鳴らしながら、雪村さんと俺の方を交互に見る。また何か変な事を言い出すつもりなのだろう。


「うんうん……この甘い匂いは、君達から発せられているようですね!」


 一通り匂いを嗅ぐ動作を終えると、憂さんはそんな事を言い出した。

 雪村さんは元から甘くて良い匂いがするから話は分かるけど、俺は特に甘い物を食べたわけでも香水を使っているわけでもないので、俺まで含める意味が分からない。


「俺も雪村さんも、別に甘い匂いのする物は持ってないですけどね」


 自分の腕を鼻先まで持って行ってクンクンと匂いを嗅いでみるが、別段甘い匂いなどしない。

 むしろさっきまで食べていたから揚げの匂いがまだ鼻に残っていて、俺にはその匂いしかしないわけだが。


「はあーっ、龍之介くんは本当に困った子だなあ」


 憂さんは外人さんの様に両手の平を上に向けて腕を横にやり、首を左右に振ってそんな事を言う。


「私が言っているのはそんな事じゃなくて、Smell of loveの事だよ。特に陽子からそれを感じるかな」


 ――何だって? スルメラブ? スルメがどうした? 雪村さんがスルメを好きって事か?


 どうやら英語を言っているようだが、英語が超の付く程苦手な俺には、その意味が全然解らない。そもそも、この話にスルメが何の関係があるんだろうか。


「ゆ、憂先輩っ!?」


 そんな事を疑問に思って悩む俺とは違い、雪村さんは慌ててソファーから立ち上がり、憂さんに詰め寄った。

 すると憂さんの両肩にパッと手を置いてから激しく揺さぶり、早口で何やら激しくまくし立てている。

 二人のこんなやり取りも、今では既に見慣れたものであり、お笑い芸人で言うところの定番ネタとも言える展開だ。案の定、二人がそんなやり取りを交わした後、いつもの様に雪村さんが顔を赤く染めたまま、『もう知りません!』と言ってその場から去って行く。

 そして憂さんはいつもの様に、『やり過ぎちゃったみたい』と言いながらペロッと小さく舌を出す。


「憂さん、雪村さんをいじめるのも程々にしないと」

「いやー、陽子って反応が可愛いから、ついつい弄りたくなっちゃうんだよね」


 苦笑いしながらそう言う俺に対し、憂さんはとてもにこやかにそう答える。どうやら憂さんにとって、あれは雪村さんとのコミュニケーション手段の一つであり、欠かせないものらしい。

 まあ、憂さんだって雪村さんが本気で怒るような事はしないだろうから、そこは俺が心配するまでもない事だろう。


「あっ、憂さん、さっきの英語はどういう意味だったんですか? 俺、英語が凄く苦手で、まったく意味が解らなくて……」

「あっ、それでずっと首を傾げてたんだ」


 憂さんは自分の中の疑問が晴れたと言わんばかりの清々しい表情でそう言った。つまり、それだけ一般的には解るような英語を言っていたという事なのだろう。


「そうだなー。教えてあげてもいいんだけど、ここはあえて宿題って事にしておくね。ちゃんと勉強はしないと駄目だよ?」


 憂さんは意地悪な笑みを浮かべてそう言い、俺の肩をポンポンと軽く叩いてから部屋の方へと戻って行った。


「宿題ねえ……」


 まさかこんな遠くに来てまで、宿題をもらうとは思ってもいなかった。

 憂さんが去った後、俺はおもむろに携帯を取り出してからメール画面を開き、そこに『スルメラブって英語は日本語でどんな意味なんだ?』と文章を打ち、成績優秀な妹である杏子へと送信した。そして数分後、携帯がブルルッと震えてメールが来た事を知らせてくれる。

 俺は急いでメール画面を開き、その内容を確認した。

 そして成績優秀な杏子からの返信メールには、『ラブは分かるけど、スルメって読む英語は聞いた事が無いよ』――と、そう書いてあった。


「んー、いったいどういう事だ……」


 憂さんの言った言葉に更に首を傾げる事になり、本番前の夜だというのに、そこから約一時間くらい頭を悩ませる事になった。

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