思い方×その違い
稽古を終えたみんなと一緒に三日間お世話になる温泉宿へと来た俺は、夕食を済ませた後で古めかしいアーケードゲームがある一角へと向かい、そこにあった古めかしいシューティングゲームに興じていた。
今やっているゲームは、ちょうど父親と母親が俺ぐらいの年頃に流行っていたゲームだと聞いた事がある。そんなゲームがこうやって現役当時の姿のままで遊べるのだから驚きだ。
しかしいくら時代を経ようとも、面白いものはやはり面白い。レトロな物にはレトロな物なりの凄さと味わいがある。
「あー、くそっ！ またやられた！」
画面台に映し出されたゲームオーバーの文字を見ながら、画面台の上に積み重ねていた１０円玉を一枚手に取る。
今時ワンプレイ１０円で出来るゲームなどほぼ見かけないし、こんなレトロゲームを実機で遊べる機会などそうそうあるもんじゃない。貴重な体験としてプレイを楽しんでおくのも、ゲーム好きとしての役目だろう。
「おっし！」
１０円の投入を終えてから気合を入れてボタンを押すと、コンティニュー画面から通常ゲーム画面へと切り替わる。
もしも杏子がこの場に居たら、きっと俺の無様な姿を見ていられないと言われ、交代していただろう。それはそれで別にいいんだが、たまにはこうやって自分でのんびりとプレイするのもいいもんだ。
「――だーっ！ くっそ――――っ！」
幾度となくコンティニューを繰り返しながら、何とか最終ステージまでは行ったものの、どうしても敵の弾幕が激しくてボスまで辿り着けないでいた。
「龍之介くん」
二十枚も積んでいた１０円が残り三枚になった時、背後から声がかかった。その声に後ろを振り返ると、そこには浴衣に身を包んだ雪村さんが居た。
どうやらお風呂上りらしく、いつもサラサラの黒髪は艶やかでしっとりとしていて、とてつもない色っぽさを感じさせる。
「ど、どうしたの？ 雪村さん」
そんな雪村さんを前に妙に緊張してしまい、思わず上擦った声が出てしまう。
「あ、あの……私達が舞台で練習してる時、憂先輩と話をしてたでしょ？ 何の話をしてたのかなって、ちょっと気になっちゃったから」
恥ずかしそうに顔を俯かせながら、そんな事を聞いてくる。
あの時は雪村さんの話をしていたわけだが、それを本人に言うわけにはいかない。内容も内容だから。
「いや、大した話じゃないよ。お互いに自己紹介をして、ちょっとした世間話をしていたくらいだよ」
「そうなんだ。良かった」
雪村さんは本当にほっとした様に胸を撫で下ろしてから笑顔になった。何かそんなに不安になるような事でもあったんだろうか。
「あっ、陽子に龍之介くん。こんなところに居たんだ」
そう言いながらこちらに走り寄って来たのは、雪村さんと同じ浴衣に身を包んだ憂さんだった。憂さんも同じく風呂上りの様で、やはりその姿は色っぽい。
それにしても、どうして女性というのは風呂に入っただけでこうも色っぽくなるのだろうか。実に興味深い。
「二人で何の話をしてたの？」
憂さんは興味津々と言った感じのニヤついた顔で、俺と雪村さんの顔を交互に見てくる。
「な、何でもないですよ」
「本当にー？」
憂さんの行動に対し、顔を逸らしながら答える雪村さん。そんな雪村さんを、更にニヤニヤした表情で憂さんは追い詰めて行く。
雪村さんがそっぽを向く度にその方向へと回り込み、なおも顔を覗き込むの繰り返し。そんな風にしてその場でぐるぐると回り続ける二人。
「もうっ、憂先輩！ いい加減にして下さい！」
「あははっ、ごめんごめん。陽子が可愛いからついね」
こんな風におちょくられている雪村さんは初めて見る。何と言うか、その姿は結構新鮮に見えて面白かった。
そんな感じで雪村さんを見ていると、憂さんはチラッと俺の方を見てからニヤリと笑みを浮かべる。
「あれあれー？ 龍之介く～ん、そんな熱い眼差しで陽子を見ちゃって。いくらお風呂上りがセクシーだからって、そんなに見つめたら陽子が茹で上がっちゃうよ？」
そう言いながら、俺の腕を自分の肘でゴスゴスとしてくる憂さん。
――このお姉さんは本当にとんでもない事を仰るよな……。
そんな憂さんの行動を受けながら雪村さんの方をチラリと見ると、偶然にも視線が合わさってしまった。雪村さんの顔はこれでもかと言うほど真っ赤になっていて、自分の身体をしっかりと両手で抱き締めながら、恥ずかしそうに俺から視線を逸らす。
「憂さん、勘弁して下さいよ」
「おっ、君は思ったより冷静だね。陽子も見習わないとね」
苦笑いしつつそう答えると、憂さんはそう言いながら雪村さんのお尻に手を伸ばした。
「きゃっ！？」
「うん、いつもながら良い感触」
「ゆ、憂先輩っ！」
お尻を触られた雪村さんが怒りだすと、憂さんは『ごめんごめーん』と言いながら自分の部屋がある方のフロアへと走り去って行った。
「もうっ！」
「憂さんていつもあんな感じなの？」
「う、うん。だいたいあんな感じ……かな」
雪村さんは悪戯っ子に手を焼く保母さんのような感じで憂さんが走り去った方を見る。
そんな二人の様子を見た俺は、何となくその関係性が見えてきた気がした。
「それより龍之介くん。憂先輩、何か変な事を言ったりしなかった？ 例えばその……私の事とか、龍之介くんの事とか……」
何やら不安げな表情をしつつ、探る様な感じでそう聞いてくる。
しかしまあ、雪村さんのご両親についての話以外は本当に何でもないような内容だったし、それ以外の事なら話しても問題は無いだろう。
「うーん、憂さんと雪村さんが中学生時代の先輩後輩の仲だとか、それくらいだったと思うけどなあ」
「そっか、それなら良かった……」
「あっ、そういえばもう一つ。雪村さんがバイトを始めてしばらくしてから、急に様子が変わったとか言ってたかな」
「えっ！？」
その言葉を聞いた雪村さんは、再び顔が真っ赤になり始めていた。
――な、何だろう。俺、何かマズイ事を言ったんだろうか。
「ほ、他に何か言ってた？」
上擦った声で近付き、俺の両手首を掴む雪村さん。
掴まれた両手首からは小刻みな振動が伝わっていて、彼女が何やら動揺を感じている事が分かる。
「あ、えっと……『急に女の子っぽくなった』とか言ってたかな」
それを聞いた雪村さんの顔は一気に朱色に染まりきってしまい、握られていた両手首にかかる力が増していく。
「ゆ、雪村さん？」
「あっ……ご、ごめんね、龍之介くん。私ちょっと憂先輩に用事があるから」
「あ、ああ。行ってらっしゃい」
そう言うと雪村さんは両手をそっと離し、半泣きにも似た表情で憂さんが去った方へと歩いて行った――。
時間も過ぎ去って２２時の５分前を迎え、俺は憂さんとの約束通りに宿泊所のロビーへと来ていた。しかし来るのが早かったのか、まだ憂さんの姿は無い。
俺はとりあえず自動販売機で紅茶を買い、ロビーにあるソファーに腰を下してのんびりと憂さんを待つ。こういった場所に遊びや旅行以外で泊まるのは初めてだけど、やはり知らない土地に来てのお泊りは何となく楽しいもんだ。
「――ごめんね、待たせちゃったかな？」
２２時になってから８分くらいが過ぎたところで、憂さんがロビーに現れた。
「あ、いえ。別に待ったと言う程ではないので気にしないで下さい」
「そっか。ありがとね」
憂さんはにこやかな笑顔でそう言うと、おもむろに自動販売機の前に立ってから二本のジュースを買った。
「はい。遅れたお詫びね」
「すいません。ありがとうございます」
憂さんが差し出してきた二本のジュース、俺はその内から炭酸ジュースを選んで受け取った。
５分くらい前まで紅茶を飲んでいたから、別に飲み物はいらなかったんだけど、ここは素直にその厚意に甘えておこう。
受け取ったジュースのプルタブを引き上げ、飲み口を口元へと持って行く。するとかなり強めの炭酸が口の中にシュワシュワッと広がり、喉を通って体内へと入って行く。
「さてと……確か陽子が演劇をする事を反対されてる理由が聞きたいんだったよね？」
同じように飲み物が入った缶に口をつけていた憂さんが、何度か中の飲み物を口にした後、確認するようにそう聞いてきた。
「あ、はい。そうです」
「これは陽子のプライベートな部分だから、私も詳しく話すわけにはいかない。だから凄く曖昧な受け答えになるかもしれないけど、そこは勘弁してね」
「はい。それは構いません」
人のプライベートな部分を本人以外の人から聞こうというのだから、全てを教えてくれなどとおこがましい事が言えるはずもない。
「うん、よろしい。て言っても、そんなに難しい話ではないんだよね。龍之介くんは、私達みたいな役者を目指す人達の事をどう思う？」
「えっ？ そうですね……一般的な職種とは全然違うし、目指す人も多いって聞くから、凄く大変な世界だろうとは思いますね」
「そうだね、そうだと思う。そして龍之介くんが今言ったような事が、陽子の両親が反対している原因でもあるんだよね」
自分の発言の内容を思い出しつつ、色々と考えてはみるものの、やはり原因が何かというのはよく分からない。
「よく分からなかったかな？ つまりね、子供の立場じゃなくて、親の立場で物事を見てみると分かるって事だよ」
そう言われて再び考えを巡らせるけど、親になった事の無い俺には、親の気持ちを想像するというのは難しい。
俺が何度も首を左右に傾げていたからか、憂さんはクスッと微笑むと、しょうがないなーと言わんばかりにこう言ってきた。
「簡単に言うとね、親はいつでも子供の事を心配してて、幸せになってほしいって思ってるって事。私が言えるのはこれくらいかな」
憂さんはそう言い終えると、手に持っていた缶の中身をグイッと飲み干し、それを備えつけの缶捨て用のゴミ箱に捨ててから部屋の方へと向かって歩き始めた。話はこれでお終い――という事なのだろう。
「あっ、そういえば龍之介くん。何で陽子の事を雪村さんって呼んでるの？」
憂さんは突然ピタリと足を止めたかと思うとこちらを振り返り、思い出したかのようにしてそんな事を聞いてきた。
「えっ？ 何でって言われても……名前で呼び辛いと言うか何と言うか……」
「あの子は真面目な子だからそう言いたくなるのも分かるけど、これだけは知っておいて。あの子は誰よりも真面目だけど、誰よりも乙女なんだから。だから龍之介くんが名前で呼んであげたら、凄く喜ぶと思うよ？」
「いやー、それはどうですかね。名前で呼ばれるのって緊張するし、呼ばれる相手にもよると思いますよ？」
「なるほど……これは陽子も苦労しそうだね」
「えっ？ どういう事ですか？」
「ううん、気にしないで。あの子が色々な事に苦労するのは、今に始まった事じゃないし。でもまあ、先輩として一言言わせてもらえるなら、陽子と仲良くしてあげてねって事くらいかな」
「そんなの当たり前じゃないですか」
「そっか、それなら安心だね。それじゃあおやすみ、龍之介くん」
「はい。おやすみなさい」
この後、俺もすぐに部屋に戻ってから布団に入り、憂さんに聞かされた話などを自分なりに考えながら眠りの世界へと落ちていった。
