69.もふもふカフェ…?
それから数か月後――。
「……リス様~、…………クラリス様」
「んんっ……、もう少しだけ寝かせて…………」
「はいはい、起きてくださいませ~。今日はヒッポベイビーたちが来る日ですよ~」
「あぁっ! 起きないと! ……あいたたたっ……」
ベッドの上でうずくまる私に、カヤは苦虫を噛み潰したような顔。
「昨日カヤがあんなにルートヴィヒ様に言いましたのに。今日は体力を使うだろうから、万全の体調で出勤するためにもダメだって……」
ぼんっと頬が一瞬で赤くなったのを感じる。カヤがそんなことを彼に言ってただなんて。……そんなそぶりも遠慮もなかったけど。
「うっ……カヤ、その……、ごめんなさい……」
「クラリス様が謝る必要はありません! どうせあの男がしつこくクラリス様をひんひんと泣かせ――」
「わー、わー! カヤ、遅刻しちゃう。支度を手伝って」
「はいはい、立てますか?」
カヤの手を借りよろよろとベッドから降りる。支度をしながら夫がどこにいるのか尋ねてみた。
「あの体力お化けなら早朝から裏庭で私兵たちをいびり抜いてから執務室で仕事をしてましたけど、そろそろいつものように戻ってこられるかと」
その時、部屋のドアが控えめにノックされ、ルートヴィヒ様が顔を覗かせた。手には毎朝恒例となった花束を抱えて。
ルートヴィヒ様は私の目を見つめたまま、花束を手渡してきた。
「おはよう、クラリス。今日も君が目覚めてくれて、俺は世界でいちばん幸せな男だ」
「……おはようございます、るぅ。これは……ブルースターですか?」
「君の瞳のような美しい青い花を探してみたんだ。もちろん、君には敵わないけど……今日も君は世界でいちばん綺麗だね」
「……」
そう言って、彼は私の顔にかかる髪を、人差し指で耳にかけた。
歯の浮くセリフがすっかり定着してしまったルートヴィヒ様。カヤは無表情でその花を受け取り、ルートヴィヒ様は空いた両手で私をぎゅうっと抱きしめる。
……ここまでがほぼ毎朝のルーティーンと化している。
「さあ、朝食を食べたら一緒に出勤しよう」
そう言って、ルートヴィヒ様は私を抱き上げ、食堂まで連れて行く。もはやこの部屋に朝食を運んでもらいたいのだけど、ルートヴィヒ様はどうしても私を運びたいのだそうだ。
訳がわからないし、恥ずかしいし、私はいつも真っ赤な顔を両手で覆いながら身を任せているけど、使用人たちは微笑ましく私を見つめているわけで。
おかげさまで「冷遇妻」から「溺愛妻」に昇格したのは言うまでもない。
*
王城内の魔獣騎士団エリアに新しく建設された建物は、主に赤ちゃん魔獣たちが社会性を学ぶために過ごす幼稚園のような場所。そして、騎士が所属の垣根を超えてリラックスできる休憩所――カフェとしての役割を担うようになった。
三大魔獣騎士団の赤ちゃん魔獣や騎士たちが交流することで将来の連携を高める目的があるのはもちろん、他の魔獣や人間と触れ合うことで社会性が育ち、将来のパートナーとなる騎士との信頼が形成しやすくなることが期待されている。
休憩所を訪れる騎士達にとっても、自分のパートナー以外の魔獣と触れ合うことが少ない中、愛らしい赤ちゃんたちは癒しになっているようだ。
私はカフェ業務には携わらず、主に赤ちゃん魔獣たちのお世話係だ。今はドラちゃん、ヒッポベイビー三頭、それから一時預かり中のフェンリルベイビーの五頭をカヤや補助スタッフとお世話している。
「ギャ」「グルル」と楽しそうな笑い声。今は交流の時間ということで、騎士達と触れ合える時間帯。常連騎士はコワモテをデレデレに崩し、もはや威厳を失っているけど、この癒しの時間を糧に仕事を頑張って欲しいと思う。
その様子を見つめながらぽつりとこぼした。
「……離縁したら、もふもふカフェを開こうと思っていたのに、まさかこんな形で叶うとは……」
その時、背後から聞こえたのは彼の柔らかな声。
「どう? クラリス。夢だったもふもふカフェのイメージと相違はない? インテリアから人員まで、気に入らないことがあれば教えて? 全力で叶えるから」




