63.天使はどこに?(ルートヴィヒSide)
クラリスと参加した魔獣騎士団設立三百年記念パーティー。俺の妻が美しすぎて心臓がずっと浮かれている。九か月……いや、もう残り八か月に迫った結婚三年の日までになんとかダメ夫を挽回したいところだが、前よりは少し会話が増えてきたように思う。……うれしい。
それにしても、今日のクラリスは注目の的だ。本人はぼんやりした色合いだと謙遜するが、純度の高い鉱石のような銀髪に冬の夜明けを宿したかのような灰青色の瞳。一度見たら忘れられない神秘的な美しさに、周囲の目がどうしても集まってしまう。
クラリスに向けられる男たちの視線を遮り、女たちの悪意をけん制してはいるが、……彼女にとってパーティーとはかくも危険な場所なのかと痛感する。もう、クラリスが行きたいと言わない限り、パーティーは欠席でいい。
今日はパーティーの間中、べったりクラリスの隣にいようと思っていたのだが……、アロルドから違法商団についての内密な話があると聞かされ、人目を避けるため場所を変えることに。
彼女を会場に残すことが気になったが、魔獣騎士だらけのこの会場で護衛を二人付けたのだから、ここ以上に安心な場所はないだろう。不審者がクラリスに何かしようとしたところで、そいつは見るも無残な姿になることは明らかだ。
「ルートヴィヒ、手短に言う。どうやら王宮内にも手駒がいるようだ。潜り込ませたのか買収したのかはわからない」
「……潜伏している間に、規模が大きくなったようですね」
「ああ。泳がせていたやつが王宮侍女と接触しているのを確認した。下っ端だろうから却って口を割りやすい。この機会に内も外も余さず討って断ち切ろうじゃないか」
「はい……! 一人残らず捕まえてみせます……!」
いよいよだ。いよいよ、あの悪質な違法商団を根こそぎ叩き潰せる時が迫って来た。
トカゲの尻尾切りのように潰しても再生するあいつらに手を焼いてきたが、今回は違う。三つの魔獣騎士団が連携し合い、時には我慢を重ねながらその実態把握に努めてきた。ようやく規模の全貌を掴んだ今、王宮内部にまで侵食しているというのなら、内憂外患を全て取り除いてやる。
「取り急ぎ、王宮内も油断するなと伝えたくて。おかしな動きがするやつがいないか、一応警戒してくれ」
「はい」
そう。俺たちが大ホールを離れたのは、ほんのわずかな時間だった。
すぐに会場に戻ったのに、クラリスの姿がどこにもない。護衛に付けた二人もいないし、化粧室にでも行っていると思ったんだが、……周囲にいたやつらに一応尋ねてみた。
「え? ここにいた天使がどこに行ったか、ですか……?」
困惑を浮かべる騎士にアロルドがなぜか謝っている。
「……すまんな。ルートヴィヒ団長の奥方を探しているんだ」
「え? あ、ああ。護衛を二人連れた、銀髪の女性のことでしょうか?」
「そう、その女性だ」
「その方なら王宮侍女が迎えに来てましたよ。ソフィア王女がお呼びだとかなんとか」
「……ソフィアが?」
思わずアロルド団長と顔を見合わせる。
「へぇ。王女殿下は謝罪でもしようと思ったのか? それなら自分が会場に来るべきなのに、あいつは何を言っても結局のところ傲慢だな」
「……」
ソフィアのためにもアロルドの前ではフォローを入れてやりたいところだが、この件に関しては彼の言うとおりだ。大ホールまでソフィアが来てくれればいいのに。そして、俺とはただの同僚でやましいことはないときちんと公言してくれれば、未だに疑いの目を向けてくるやつらだって納得するのに。
「あれ? 王女様が来ましたよ」
その声に振り返ると、ソフィアがドレス姿で会場入りするところだった。しばらく休養したいという理由で魔獣騎士団を休んではいるが、今日は王族として出席するつもりなんだろう。
体のラインがわかる大人っぽいドレス。普段の制服姿ではわからないメリハリのある体型に会場中の視線が釘付けだ。ふわふわしたドレスを着た姿しか見たことがなく、珍しいなと思ったが……。
ちらっと隣にいる男を見て、誰かにアピールしたいんだろうなとなんとなく思う。
俺たちの元にまっすぐやってきたソフィア。冷静さを保とうとしつつも、そわついているのが手に取るようにわかった。いや、多分アロルドはソフィアのこと褒めないと思うぞ。
「パーティーは楽しんでる? 庭園の方はヒッポグリフの赤ちゃんたちがもうすぐ来るそうよ」
あぁ。クラリスが楽しみにしていたな。
「そうか。で、俺の妻は?」
「……え? どうかしたの?」
「どうかしたのも何も……宮殿へ彼女を呼び出しただろう?」
ソフィアは眉根を寄せて首を傾げた。
「……悪いけど、私けっこう早くから会場入りしてたわよ。その……アロルドをずっと見てたの……」
後半の独り言のような告白に愕然とした。
じゃあ、クラリスは誰に呼ばれたんだ?




