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旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~  作者: 魯恒凛


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60.忘れていた日々

 そうよ、ルートヴィヒ様が言っていたじゃない! 赤ちゃん魔獣を欲しがる密猟者が増える季節で、巡回を強化しているんだって!


「ああ、そんな……」


 抱き上げた小さな体は今にも命の灯火が消えてしまいそうだ。ドレスをさらに破いて体の血を拭き、その体を調べてみても、怪我はない。この強いフェンリルママが指一本触らせなかったんだろう。

 

 それなら、生まれながらに体が弱かったのかもしれない。

 

 見上げたフェンリルは体力の限界なのか、体を横たえてしまった。体をゆっくり上下させながら、私と赤ちゃんを見つめている。何とかして助けてあげたい……。多分、フェンリルママは……。


 涙を拭って必死に考えてみる。何か、何かを思い出せそうなのに。


「うぅ、わからない……。赤ちゃん魔獣のこと、何かの本で読んだ気もするけど、思い出せない……」


 ボロボロ泣きながら謝る私に、フェンリルは力を振り絞るように体を起こすと、額にキスをしてくれた。

 触れられたところが温かくなり、じわりと何かが広がっていく。これは魔力なのかな……?


「あ……」


 頭の中に温かな魔力が流れ込んでいく。じゅわっと広がった魔力は記憶の片隅を固く封じ込めていた氷の塊を突き抜けた。四方に亀裂が走り、パリンと音を立て、分厚い氷が粉々に砕け散る。


 その瞬間、封じ込められていた記憶と忘れていた日々が急激に頭の中へ流れ込んだ。

 

 もふもふに囲まれたあの丘、少年と過ごした日々――。


『るぅ! りっぱな騎士になったら、結婚してくれる?』

『ク、クラリス! それは男の方から言う言葉なのに……』

『るぅ、怒った?』

『……怒ってないよ。……だけど、次は僕が……から、…………で』

『え~? るぅはいつもぼそぼそいうから聞こえな~い。きゃははっ』


 あぁ、私はどうして忘れてたんだろう?


「思い出した……。私は、赤ちゃん魔獣を助けたことがある」


 *


 あれは、私が六歳の時――。


「クラリス。今日からお客様がお泊りするけど、いたずらしちゃだめよ? 仲良くしてね」

「だれ? だれがとまるの?」

「第二魔獣騎士団の団長をつとめているレーンクヴィスト団長と奥様、それから息子さんだよ。クラリスより二つお兄ちゃんだね」

「こんなへんぴなところに、なにしに来るの?」

「クラリス……そんなこと言われたらパパ泣いちゃう……!」


 やってきたのは、辺境領へ向かう途中のレーンクヴィスト伯爵家だった。

 グリフォン連れの彼らにうちは都合がよく、片田舎のヴェルナール領が中継点のひとつに選ばれたらしい。


 護衛を含め、一団体でやってきた彼らは圧巻だった。男前の団長に美しい奥様。強そうな護衛たちがわらわら周囲を取り囲み、グリフォンたちがゆったりと歩く。

 目を瞠って彼らを眺める私の元へ、お互いの親たちが子どもたちを引き合わせようとやってきた。


「クラリス。ご挨拶してね。こちらはルートヴィヒ君。レーンクヴィスト伯爵のご子息だよ」

「るぅといっひくん、はじめまして! クラリスです!」

「……め……て」


 もじもじと恥ずかしそうにしていた美しい黒髪の男の子は人見知りで、私と目を合わせてくれなかった。


 しばらくの間滞在することになったレーンクヴィスト伯爵家。普段会うことのないグリフォンと仲良くしたかったのだけど、その多くは近くの山で体を休めることになり、なかなか会えず。

 だから私は、ルートヴィヒ様が頑なに離そうとしない、赤ちゃんグリフォンに会いたくて堪らず、何度も突撃を繰り返したのだ。


「るぅといっひくん! 赤ちゃん、見・せ・て!」

「……だめ」

「え~、なんで~?」


 しつこい私を見かねて、父と母が注意をしてきた。


「クラリス。あの赤ちゃんグリフォンは体が弱くて、辺境へは一縷の望みをかけて治療にいくらしいんだ。本来ならルートヴィヒ君のパートナーになるはずだったのに、とても残念で悲しんでいるそうだよ。だから、そっとしておいてあげなさい」

「……あのグリフォン、死んじゃうの?」

「死ぬと決まったわけじゃないけど……体の中で魔力の回路が詰まってしまっていて、衰弱しているらしい」

「魔力詰まり?」

「ああ。去年亡くなったばあさんが生きていたら何か手伝えたかもな。魔獣の研究をしていた変わり者だったから」


 ヴェルナール領よりもっと田舎で生まれた元ド田舎令嬢の祖母は、魔獣が生息する領の生まれ。父は幼い頃、瀕死の魔獣に手を貸す祖母の姿を見たことがあったそうだ。


「変わった人だったなぁ。魔獣の生態を観察するんだ、って山へ籠ることもあって。だけど、人が傷つけた魔獣を手当てするために研究をする素晴らしい人だった」


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