50.取り戻しましょう
――これからは行動で示すから。
そう言ったルートヴィヒ様は、やることがあるからと出て行った。夕食を必ず一緒に食べると約束して。……いや、そんなこと言われても。
「……まあ、夕食はどうせ食べるんだし、違法商団が捕まるまで本邸にいないといけないみたいだし、いっか。……いや、よくないわ!」
ど、どうしよう。クララの仕事はどうしたらいいのよ!
別邸の気ままな暮らしとさよならして、本邸での護衛付き奥様暮らしが始まったら、ドラちゃんのお世話係も辞めなくちゃダメ……?
いやいやいや、私にはもふもふカフェを開きたい夢もあるし、ドラちゃんともお別れしたくない。
「カヤ……。ちょっと相談があるんだけど」
「お任せください。クラリス様のお願いとあらば、不肖カヤ、この身に火をつけてでも叶えてみせます」
「えっと、そんな重たいのはいらないんだけど。……実は魔獣騎士団のお手伝いの話、ルートヴィヒ様には言ってないの」
「どういうことですか?」
周囲にバレてもいいと思っていたものの……、いざとなると気が引ける。
それに、クララを友達だと思っているルートヴィヒ様はどうしよう!?
一通りの説明を終えると、カヤは腕を組みながらふむふむと頷いた。
「なるほど。問題はこの状況でほいほい外に出てよいのかということですね。身の安全を気にするルートヴィヒ様を納得させるためにも、護衛をわんさか引き連れて王城へ行きましょう。王城内はカヤがつきます。それなら安全だからとやかく言われないはずです。多分」
「な、何を言ってるの、カヤ。ルートヴィヒ様の妻だとバレるのが嫌でクララとして変装しているのに、そんなに連れて行ったら私がクラリス・レーンクヴィストだってバレちゃうじゃない……!」
「クラリス様」
カヤは私の両手を取り、優しく語りかけてきた。
「国民の理想のカップルを邪魔する悪妻なんて、存在していなかったんです。クラリス様が変装して王城に行く理由なんてあります?」
「た、確かに……。だけど、小伯爵夫人が働くだなんて、外聞が……」
「九か月後に離縁するんだからいいじゃないですか。よもやレーンクヴィスト伯爵家の財政が傾いていると思わせられて、ざまぁみろって感じです」
「あら。言われてみればそうね」
「ね? 今はまだレーンクヴィスト小伯爵夫人ですけど、クラリスを取り戻しましょう? 本が大好きで物知りで、とっても優しくて美しい女性、それがクラリス・ヴェルナール、私の大好きで大切なお嬢様です。何も悪い事なんてしていないんだから、胸を張ってください。カヤがお供しますから、ね?」
「……ありがとう、カヤ」
頼もしくて、ちょっと過保護なカヤ。カヤがいてくれるなら、怖いものなしに思えてしまう。
「だけど、ルートヴィヒ様を騙していたことは……」
「ああ、それは問題ないです。気にしなくて大丈夫ですよ」
「そ、そうかしら……うん、そうね」
カヤがそういうなら大丈夫な気がする。
……気弱なクラリスも本当はカヤがいてくれたら、っていつも思っていたのにね。カヤの幸せを願って領地に置いてきたのに、まさか嫁の貰い手がなかったとは。
「万が一クラリス様の悪口を言うようなやつがいたら、口にヘドロを詰め込んでやりますから、楽しみにしていてくださいね」
「……う、うん」
えっと、ちょっと過保護じゃなかったわ。だいぶ過保護で過激かも。
……王城で、誰も私の悪口を言わないことを祈るばかりね。
そんなわけで、第一魔獣騎士団への出勤は、レーンクヴィスト伯爵家所属の護衛を四人引き連れていくことに。もちろん正面玄関からレーンクヴィスト伯爵家の馬車で行くことになったわけだけど。
支度を終えてカヤと玄関に向かった私を待っていたのは、執事を筆頭に膝をつき頭を垂れる使用人たちだった。
「奥様、本当に申し訳ございませんでした……!」
「許されざる罪を犯しました……寛大なお心に感謝いたします……!」
口々に謝罪をする使用人たち。ああ、ルートヴィヒ様から何かしらの話があったのね。
カヤが口をモゴモゴしだしたのが目に入り、慌てて止める。……今、彼らに唾を吐こうとしたでしょう? カヤが何かしでかす前に、早く王城へ行こう。
「……過ぎたことだしもういいの。各自、やるべき仕事をまっとうしてちょうだい」
微笑を浮かべる私に、奥様、奥様、と笑顔になる彼ら。うん、普通に仕事をしてくれればそれで十分よ。
私は馬車に乗り込むと窓を開けてもらい、彼らににっこり笑いかけた。
「私は九か月後に離縁して出ていくから、それまでよろしくね」




